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「幽体の悲劇」を読む

幽体の悲劇 
 (水波一郎  著  アマゾン  発売) 

 死後、肉体を失っても、個性が存続するとする立場、つまり、神秘学や

霊学においては、肉体以外の身体、つまり、霊的な身体、「神秘体」と

いうものがあるとしています。

 

しかし、その「神秘体」というものは、従来、極めて抽象的にしか語ら

れず、この世に生きている間は、あまり関わりのないものであるという

風に考えられてきたように思います。

 

水波一郎氏の霊魂学では、それを「幽体」と名付けていますが、関わり

がないどころか、人は「幽体」とともに生きており、「幽体」を知って

初めて自分がわかる、つまり、各人が肉的存在であると同時に、霊的

生命体であるというのです。

 

本書では、その「幽体」は、誕生から他界までの間、肉体と重なって

成長し、たえず、肉体の意識に大きな影響を及ぼしているとしています。

 

つまり、肉体の脳で自分を表現する意識と、「幽体」の脳にあたる器官に

より表現する意識の、二人三脚の人生を送るというのです。

 

その「幽体」と「幽体」の意識が、誕生ののち、乳幼児期、少年期、

思春期において、肉体の成長の過程で、どう関わり、どのような影響を

及ぼしていくのか、そして、成人期、老人期を経て、他界に至るとどう

なるのかを、特に、成人期においては、日常編、仕事編、結婚編などに

細かく区分して、その一つ一つに焦点を当てながら、詳しく述べられて

います。

 

ところで、タイトルが「幽体の悲劇」とあるように、「幽体」にとっては

誕生とともに「幽体の意識の屈辱の歴史」が始まるようで、「幽体」は、

肉体の鋳型にはめられたように、自分の意志では何もできず、一方的

に、肉体と記憶を共有させられ、肉体の勝手な思いを理解することを

強制されて生きることになるようです。

 

そのため、この世を生きる間は、表に出られない、自己表現できない

影の存在として、「幽体」の意識は、特異な性質、傾向を持っているよう

なのです。

 

それは、端的に言うと、とてもわがままな性質であり、自分勝手で、

楽を好む一方、その不自由さゆえ、大変ながまんを強いられて、

ストレスを溜め続けているということです。

 

よって、「幽体」の意識は、あまり理不尽は扱いを受けると、がまんも

限界を越え、激しい自己主張をして、肉体の意識に強い衝動をもたらし

人生を狂わせてしまうことがあるようです。

 

特に、「幽体」の意識が発する、他者に対しての激しい想念は、相手の

「幽体」を傷付けてしまうことになるようであり、「幽体」に様々な

不調をもたらし、その結果、死後、大きな不幸をもたらすことに

なるようです。

 

とにかく、まず、もう一人の自分の存在を知り、認めるところから

始めて、その分身の思いを十分理解してやりながら、それでいて、

わがままな主張の言いなりにならず、共に成長していくことが大切な

ようです。

 

ところで、ややこしいことに、思春期になる頃、もう一人の自分に

とどまらず、さらに、三人目の自分、つまり、「霊体の意識」という

ものが登場し、自己主張を始めるそうです。

 

そうなると、私は、そして、「幽体の意識」は、いったい、どうなる

のでしょうか?

 

それが今生の人生に、そして、死後の行方にどう影響するの

でしょうか?

 

いや、そもそも、私とはいったい何者なのでしょうか?

 

本書からは、これらに対する驚くべき示唆が得られると思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体