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宮澤賢治と信仰

 
宮澤賢治




宮澤賢治というと、詩人・童話作家、あるいは、農業科学者・農民運動家、

そして、宗教者・法華経の信者というように、多彩な顔を持っていますが、

どれが最も自分にとって大切であると考えていたのでしょうか。

 

客観的にみると、芸術家としての、或いは詩人、童話作家としての宮澤賢治

と、法華経信仰者としての宮澤賢治とどちらが偉大だと思うかというと、

普通は、詩人、童話作家としての宮澤賢治のほうを偉大だと思いたい

ところです。

 

しかし、吉本隆明はある講演の中で、もしかすると、なんとなく宗教者と

しての自分、法華経の行者、あるいは信者としての自分をいちばん大切に

考えていたんじゃないかという感じがします。そして、宮澤賢治がいち

ばんひっかかった法華経の肝腎なところは、「安楽行品」であったと思える

のです。と述べています。

 

この「安楽行品」は、法華経というのは、大変すぐれた人、菩薩にだけ説く

べきお経で、文学、芸術、娯楽のたぐいを真っ向から否定して、そんな遊び

の要素、快楽の要素の含まれているものに近づくのなら、法華経の信者には

なれないと説いています。

 

よって、吉本隆明は先の講演で、宮澤賢治は思春期にはじめて(安楽行品を

)読んだときにぶつかって、死ぬまで文学、芸術をやめられわけですから、

なんかの意味でこれに対する心の解決が、宮澤賢治にはなくてはならない

ところです。と言っています。

 

そこで、宮澤賢治はどういう解決の仕方をしたかというと、吉本隆明は、「マ

リヴロンと少女」という童話を例にして、賢治が、芸術と宗教の相違を突き

詰めて行ったとして、最終的に、あなたが考えるそこにはいつでも私がいる

んです、ということは芸術からはいえないのです。私が書いたもの、つくった

も読むことによって、あなたなりの受けとり方がありうるだろう。そして、

それはもしかすると役に立つ、くらいのことは言えるかもしれませんが、それ

以上のことは芸術には言えないのです。・・・必ず救われるぞ、みたいなこと

も言えないわけです。・・・それを言ったらまたうそになってしまいます。

それが芸術の立場です。たぶん、宮澤賢治はそこまでは解決したと思います

とし、さらに、宗教がほんとうに宗教であるなら、おまえは何かかんがえた

り悩んだり、芸術のことをおもったりしたら、そこにいつでもわたしがいるん

だよ、とそういえなければ宗教でないということになります。それ以外に宗教が

人を同化することはできないのです。いつでもあなたが悩んだりかんがえたり、

立ち止まったりしたとき、現実のからだは離れていても、その場所にわたしは

いるんだとかんがえてくれていいんだよ、といえるのは宗教の立場だと思います。

わずかに、宗教と芸術のちがいはそこだけなんだというところまで、宮澤賢治は

追いつめていったと思います。と述べています。

 

しかし、吉本隆明は、宮澤賢治が解いていった宗教と芸術のかかわりあいの問題

は、結局、解決していないのではないかとして次のように言っています。

 

そこの問題を宮澤賢治は解いていないとおもいます。それで、法華経に違反する

ことなんですが、自分は解いたと思ったかもしれません。初期の頃は童話作家で食べ

ていこうとしていたわけですが、ある段階からそれはやめて、自分ひとりではなんと

なく解決したような生き方をやっとこさしたんだといえそうな気がします。そして、

臨終のときに、自分の作品は迷いのあとだから処分してくれ、という伝説があるくら

いですから、個人的には解決していたんでしょうが、だれにでも通用するところまで

は解決していないとおもいます。

 

ただ、吉本隆明は、この問題の追いつめ方は大変真剣な追いつめ方のようにおもい

ます。・・・宮澤賢治の場合は、たぶん一生を棒に振って、宮澤賢治なりに最終の

ところまで追いつめていったと思います。しかし、その追いつめ方はどうも不可能

な追いつめ方じゃないかという感じがします。しかし、『(追いつめ方に)限界は

あるかないかは、まわりを見ればどうでもいいことで、それをそうしたかどうか、

そのためにどこまで本気で自分の生涯をつぶしていったかということのほうが重要

なのかもしれません。とも言っています。

 

とにかく、一生、法華経信仰と文学、芸術の創造を常に並行してやめなかったと

すると、通俗的にみれば、法華経信仰に人々を勧誘していくために童話や詩を書く

のなら、許されるんではないかと考えたようにも思えます。しかし、人々を信仰に

引き入れるモチーフをもって書かれていようといまいと、読んだ人が受けとる芸術

的な感銘は、独立したもので、もし何か感じる無形のものがあるとすれば、それは

宗教かもしれないというかたちで、宮澤賢治は文学作品を生み出していったとも

考えられます。

 

しかし、法華経との関わりにおいて、宮澤賢治はあくまで自分を菩薩にする精進、

励み方、道の求め方を生涯やめませんでした。自分は人間を超えられる、この現世

を超えられるとかんがえた人です。現世を超えて、あの世、涅槃、最上の道に行ける

ことを諦めずに精進をつづけました。そして、自分だけではなくて、万人を連れて

そこに行きたいんだというのが宮澤賢治の最後までの願いでした。と吉本隆明は

断言しています。

 

宮澤賢治は、臨終のとき、南無妙法蓮華経と題目を唱え、また、法華経を千部刷

って知り合いの人に分けてくれと父親に遺言して死んだと言われています。(もっと

も、彼は法華経信仰に当てはまらない、はみ出した部分があるといわれますが)この

ことからも法華経の行者として死んだと言えるのではないかと思います。彼が望んだ

ように、芸術家よりも、宗教家としての一生を全うしたとみることができるのでは

ないでしょうか。


 
 
 
 
 
 
 
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