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森のバロック-三つのエコロジー-

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森のバロック 
 



博物学や植物学、民俗学では近代日本の先駆的存在といわれる異才南方熊楠が、

長い海外生活の後、日本に帰って、孤独な森の隠遁生活に入り、市井生活に

戻って社会と対面したときに遭遇したのが、神社を一町村一社にするという

神社合祀令であったが、熊楠は、それに対して敢然と論陣を張り、反対運動

を展開していったとされています。

 

このことによって、熊楠は、現代の自然保護運動の先駆者のようにも言われ

ていますが、その内実は一体どのようなものだったのでしょうか。

 

中沢新一氏は、彼はほんとうにエコロジストだったのだろうか。エコロジー

には、「よいエコロジー」と「わるいエコロジー」がある。私たちは、ひょっと

して、「よいエコロジー」としての熊楠の思想と行動を、誤って「悪いエコロ

ジー」につながる道に導くような、口あたりのいい理解に閉じ込めてしまおう

としてきたのではないか。私たちは、もう一度、神社合祀に反対する熊楠の

思想の、奥底にまでたどりつく努力をおこなってみる必要があるのだ。

述べています。

 

さて、熊楠は「神社合併反対意見」のなかで、敬神思想を損なう、人民の

融和を妨げ、自治機関の運用を妨げる 地方を衰微させる、庶民の慰安を

奪い、人情を薄くし、風俗を乱す 愛郷心、愛国心を損じる 土地の

治安と利益に大害あり 景勝史跡と古伝を隠滅する ⑧天然風景と天然

記念物を滅亡する、の8項目をあげて議論を展開しています。

 

結果的には、彼の必死の運動はある程度の実りはあったようで、のちの神社

合祀令は廃令に追い込まれますが、その過程でも、神社の合祀は進み、廃社

された神社の森は伐採され、一方、残った神社も人工的な施設と化し、森

そのものが神社であったはずが、神社のまわりに生命力を衰弱させた森が

残るだけという有り様になったということです。

 

元来、自然の森が、日本人の自然感覚と宗教思想の形成にとって、きわめて

重要な働きをしてきたといわれています。とくにそれは、神社の聖域に守ら

れた鬱蒼たる森の存在をとおして、日本人の宗教的な意識に絶大な影響を

及ぼしてきたようです。

 

中沢氏は、次のように述べています。「神社というものが、古い日本語では、

神のヤシロとか、神のモリと呼ばれていた」「ヤシロというのは、儀礼を執り

おこなうために、仮にしつらえたられた設備のことをさしている。つまり、

それはいま見るような社殿ではなく、祭りにあたって神を迎えるための聖所

だったのである」「もっといえば、神社自体がもともとは、神の鎮まる森その

ものを、さしていたのである」「だから、神社に社殿をつくる必要がなかった」

「日本人の宗教感覚のこういう側面を、ここでは仮に原神道と名づけること

にしよう。原神道は森の宗教だった」と。

 

もっとも、熊楠が反対運動に立ち上がった動機は、神社合祀令によって、

彼が大切にしていた貴重な森の動植物の生態がとりかえしのつかない破壊を

こうむろうとしていたからだということです。

 

それは「ナチュラリストの自然への偏愛に発する、エゴイスティックな動機

から出発したといえるかもしれない。しかし、彼は、運動の展開の中で、

反対運動の論理を成長させ、ナチュラリストの狭い視野をはるかにのりこえ

て、前代未聞の深まりをもったエコロジー思想を展開させることに成功した

のである。」と中沢氏は述べています。

 

なぜなら、熊楠のエコロジー思想には、単なる「生態のエコロジー」に

とどまらず、そこに「社会のエコロジー」と、「精神のエコロジー」の側面

が結合されているからであると言うのです。

 

まず、「社会のエコロジー」ともいうべき側面として、熊楠は、私たちが空

にむかって伸び、花を咲かせ、身を結ぶためには、どこかに根をはって土の

中から生い立つ草木のようでなければならないと考えていたようです。

 

そして、かつて「家郷」と言われた民俗的な共同社会に、落ちつきと相互の

思いやりと倫理観や謙虚さや、さらに奥ゆかしさをもった、人間にとっての

望ましい世界の、ひとつの姿を見出そうとしていたというのです。

 

もっとも、このことから、熊楠を土着主義者のように考えてはならないとして、

中沢氏は、「熊楠が、探究していたのは、このような古い土着性が失われて

いったとしても、人間が希望を失ってしまう必要のない、実存のテリトリー

の条件そのものだったように、私には思われるのだ」と述べています。

 

さらに、中沢氏は、そのような「来るべき土着性」をもつ空間は、それぞれの

個人が、マンダラ的ないしオートポイエーシス的な構造に、みずからの主観性

をつくりかえることができたとき、そのような新しい共同性に土台をすえる

ことができるはずだとして、「社会のエコロジー」のためには、個人の主観性の

構造深くまでおよんでいくような「精神のエコロジー」が必要なのだとしています。

 

そして、このふたつのエコロジーとのつながりが実現されることによって、従来

の、生命を常に観察者の立場からみる客観科学の矛盾を越えて、動植物の生存

条件と自然環境の状態をめぐる「生態のエコロジー」がはじめて本当の意味で

可能になっていくのだと主張しています。

 

最後に、中沢氏は、「神社合祀反対の運動をとおして表明された、南方熊楠の

エコロジー思想においては、これら三つのエコロジーが、ひとつに結合され

ようとしていた。ナチュラリストとしての熊楠は、生態のエコロジーに対する

危機感から立ち上がったが、同時に民俗学者としての熊楠は、それが社会の

エコロジーの問題に深くリンクしていることを理解していた。そして、森の

秘密儀に通じたマンダラの思想家としての熊楠は、その問題が精神のエコロ

ジーと結びつかないかぎりは、けっして豊かな未来を開くものではないと

見抜いた。・・・南方熊楠は、いまだに、私たちの前方を歩んでいる。」と

結んでいます。

 

ところで、熊楠は、科学者でありながら、幽霊の存在を信じていたということ

です。なんと、幽霊は、熊楠にさまざまな植物学上の発見の手がかりを与えて

くれたというのですが、このようなことが、のちに、西洋の客観科学にあきたら

なくさせ、華厳や真言密教を背景とした、熊楠独特の「南方マンダラ」の思想

の誕生へとつながっていったのでしょうか。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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オルフェウス教の秘儀

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オルフェウス教

オルフェウス(オルペウス)教は、紀元前6世紀に古代ギリシャで発達した

秘教的な色彩を帯びたマイナーな宗教ですが、当時の都市国家公認の伝統的

な宗教とは大きく異なっていたと言われています。

 

当時の一般的なギリシャの人々は、「古典期アテナイ民衆の宗教」(ジョン・

D・マイケルソン)によると、「平均的なアテナイ人が死後において予見した

のは、何かがあるとすれば、それは彼の魂が大地の下なる冥府に住み、ペル

セポネーの「部屋」に居住するのだということであった。地下の冥府について

なされたさまざまな神話的、文学的、哲学的な記述が流布し親しいものであった

けれども、誰ひとりとして、それをあまねく受け入れていたとは思われないので

ある。」「平均的なアテナイ人は、この世で自分がなした行為に対する死後の報奨

あるいは罰を期待することはなかったのである。平均的アテナイ人にとっての

重要事は明らかにこの世の人生であったし、紀元前4世紀にはアテナイ人は

死後の生の侘しい不確かな展望に関心を抱くことはほとんどなかったので

ある。」といった状況であったようです。

 

その背景にあるのは、ホメロスに代表される伝統的な宗教観で、死後に対して

は、存在はするとしても、そこには特に「天国」のような望ましいイメージも

なければ、「地獄」のような恐ろしいイメージも乏しい、まさに、影のような

存在になった死者がさまよっているだけの世界というおぼろげなイメージしか

なかったようです。

 

また、公認の宗教で義務づけられていたことは、神と人間の違いを肝に銘じる

こと、そして、神に生け贄を捧げるということであり、神に生け贄を捧げて

いれば、それが敬神の証であるとされていたようです。

 

一方、オルフェウス教は、多神教であるが、ディオニュソス神を崇め、ディオ

ニュソスの神話をもとに魂の不死性を主張していました。

 

人間は本来、神と同一の起源から発した存在であると主張され、人間の魂は、

神と同じく不死であり、肉体が滅びると、別の肉体に入って生まれ変わる、

いわゆる輪廻転生が信じられていました。だが、人間の魂にとって、この世に

生まれ変わり続けることは、苦しみ以外の何物でもないとされ、この輪廻転生

の苦しみから解放される方法は、あらゆる殺生と肉食を断つことである。生前

は浄い生活を送り続け、肉体が死んだ暁には冥府で女神ペルセフォネにその

ことを証明できたなら、その人間の魂は輪廻転生から解放され、神の性質に

回帰することができるとされていたということです。

 

それは、公認伝統宗教の、常に神に適切な生け贄を捧げていれば、それで十分

信心深く、神の加護を得られるという考えに真っ向から対立するものでした。

現世がすべてで、死後はほとんど何もないというギリシャの宗教的風土の中で、

このような、いわゆる救済宗教があったことは注目すべきことです。

 

さて、ディオニュソスの神話とは、「オリュンポス神たちの敵、ティタン族が、

幼神ディオニュソスを殺し、八つ裂きにする。ディオニュソスはゼウスとペル

セフォネの息子なので、ゼウスが殺害者であるティタン族を雷で撃つ。神を

殺したティタン族は焼け焦げ、煙が上がった。そして積った煤から、人間が

生まれた」というものです。

 

よって、人間の種族は不死性から生じており、ティタンが犯した罪は、その

神性というものを吹き散らかし不死の性質を摘み取ってしまったが、すべての

人間の魂は、この散り散りになった部分をとどめているというのです。よって、

それぞれが散らばってしまった不死性を、最終的に再び集めなければならない

としています。

 

このように、人間は不死なる魂を持っているということになりますが、その源は

神々の間で生じた穢れを持っているとすると、神に同化するためには、浄めが

必要なります。オルフェウス教徒は、救いの道は「オルフェウス式生活様式」

によって解決されるとして、生け贄の奉納のための殺生をも含めた、あらゆる

殺生を禁じる禁欲生活を送ることが求められたようです。

 

そして、禁欲の掟の実践によってのみオルフェウスが打ち立てた秘教への入信

儀礼の最終段階にたどりつけるとされました。

 

一般的に秘儀とは、入信儀礼の儀式のことであり、それが終わったあかつきには、

神とは言語を絶した存在であるということを身をもって感じるという恍惚の体験

をし、また、あの世での自分自身の至福の運命を確保できるというものでしたが、

オルフェウス教の場合は、禁欲という戒律の遵守を一生実践し続けなければなら

ないという厳しいものであったそうです。

 

注目すべきことですが、オルフェウスの秘儀は、入信儀礼を受けた人が、死後の

運命に対して安心できる見通しを持つことで満足するというレベルをはるかに

越えていたようです。

 

この秘教の儀式において、信徒が死後その魂がたどるべき道程を繰り返し習熟

させるのですが、さらなる救いの手立てが用意されていたというのです。忘却

という最後の危険を予測して、その人の魂が、冥界でペルセフォネのいる場所に

たどり着くまで、途中、忘却しそうになっても、とるべき道筋を最後に思い

出す縁となるよう、信徒は、冥土の旅にとっての必需品(「金板」)を受け

取ったということです。

 

魂は死ぬことができない。よって、魂にできるのは、冥界の分かれ道において、

左の道を取って、自分を忘れ、その神的起源を忘れるか、右の道を取って神的

起源を思い出すかしかないのだということのようです。

 

ところで、オルフェウス教は、かのソクラテスやプラトンなどに、ピタゴラス派

の思想とともに影響を与えたと言われています。

 

「パイドン」においても、プラトンは、「こころしておかねばならない。もしも

魂が不死であるとなれば、その魂についての世話は、生あるあいだというその

かぎりの時のためではなく、まさに永劫のために必要とされるのだということ

を。もし人がそれを等閑にしようものなら、まことに恐るべき危険がまちうけ

ていると、事実、いまとなっては思われるだろう。」とソクラテスに語らせて

います。

 

もっとも、全面的にプラトンがオルフェウス教を支持したということではない

ようで、オルフェウス教の修道士の貪欲さを激しく批判していたようですが、

その核心的な部分については、大いに共感するものがあったと思われます。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「神伝禊法」を読む

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神伝禊法 
 水波一郎 著 アマゾン 発売

本書を読んで、まず、思うことは、神伝禊法とは、非常に古い歴史を

もっているにもかかわらず、最も新しい、そして現代人にこそ必要な

霊的トレーニング法なのではないかということです。

  

形としては、ずいぶん前に出た水波氏の最初の商業出版書である「神伝禊法

入門」の改訂版だということですが、ほぼ全面的に書き換えられており、

旧版の面影は全くといっていいほどありません。

 

改訂版の出版理由について、著者は、「自分の本を読んでみると、時代が

あまりにも変わってしまったことにびっくりしている。当時は当たり前で

あった事も、今ではまるで違っている。例えば、当時、不道徳な霊魂に干渉

されている人も確かにいたが、今ほどの人数ではなかった。当時と今とでは

まるで霊的な事情が違うのである。」「また、当時の私はまだ霊媒としての技術が

今よりも未熟であった。その為に、今から見ると、随分と力が弱かった。その

ようなレベルで書いた本では、これからの時代を生きる皆さんにはお勧めでき

ない。」「現時点での最善の書として、「神伝禊法入門」を改訂するものである。」

と述べています。

 

さて、「禊法」というと、一般的には、川面凡児が創始し、今でも神社神道など

が行っているところの海や川に入って行う行法をイメージしますが、本書でいう

神伝禊法はそれとは全く違うということです。

 

水に入るのは、初歩の段階であり、神伝禊法は水に入らないで行う上級の禊法

までを体系づけた高度な禊法であると言っています。

 

また、山に入って何年も下りてこないというような古来の修行法は、多忙な

現代人に向いていないが、この神伝禊法は日本で新しく現代人のために生まれ

た技法であるとも述べています。

 

そして、地震が心配され、津波が心配される日本では、いつ、壊滅的な災害が

起こるとも限らないし、人は誰しも、いつ死ぬか分からないという、そういう

時代だからこそ、特別な霊的修行法が必要になったのであり、真に高貴な霊的

存在から、人類のために降ろされた神秘の技法、それこそが神伝禊法なのである

と宣言しています。

 

ところで、水に入ったりかぶったりすることだけが禊でないとすると、ほかに

どのような形態があるのでしょうか。

 

本書では、5段階の禊があるとしています。つまり、水の禊の次に光の禊、

そして、風の禊を経て、霊の禊、最後に、神の禊へと進む体系になっています。

 

それぞれの意義については、興味のある方は本書を読んでいただくとして、

禊を成功へ導く条件として、1.高貴な存在が力を貸してくださるレベルの

次第書の使用 2.良い指導者の存在 3.参加者の熱意を掲げています。

 

なお、水の禊について、旧版では、詳細な次第が記されていたのですが、本書

では、割愛されています。それは、著者によると、次第というものがたえず改善

され、変わってゆくためであるとしています。よって、今後の変化に対応するため

に、次第の実際を書かず、禊法の本質を表現することにしたと述べています。

 

神伝禊法等の霊的トレーニングを行おうとする者の心得についても記しています。

 

別に厳しい戒律や難しい遵守事項があるわけではありません。男女を問わず、

中学生以上であれば誰でも可能なものあり、とにかく、一般的な社会の常識を

わきまえて行えということなのですが、やはり、霊的トレーニング特有の遵守

事項があるということです。

 

それは、単独ではなく、良き指導者について行うのは当然として、絶対、他の

流派の技法を同時期に行ってはならないということです。このことは、軽く

思われがちですが、それが霊的修行者にとって大きな事故や失敗の原因になり、

大変危険なことであると述べています。

 

それでは、そもそも、神伝禊法とは一体何のために行うのかということになり

ますが、水波氏は、次のように言っています。

 

「まず、死後に上の世界に入る為のパスポートという面がある。」

 

「次には、霊的な生命体としての進歩を促進するという面がある。」

 

「しかし、禊はそれだけではないのである。さらに大きな力を持っていたので

ある。それには、二つあった。」

 

「まずは、過去世の意識に変化をもたらすという事の結果、この世を生きる

上での 不幸をよりより小さくできるという面がある。」

 

「もう一つは、高貴な存在との交流である。」「神伝禊法の最大の魅力はここ

にある。」と。

 

最後に、<人は、霊的な生命体であり、霊的生命体としての人間の人生は死後も

延々続いてゆく。霊的世界の真実は、あまりにも深く、あまりにも神秘的であり、

人という霊的生命体は神秘に満ちている。たった一つ言えることは、これまで

 この世の人々は何も知らなかったということである。神霊による霊的トレーニング

はどこまで行っても先が見えない。それは、霊的生命体として永遠に続く人間の道

だからであろう>と述べたあと、<禊法は、人類にとってどうしても必要な修行法

である。しかし、そんな禊には敵がいる。それは、人類である。人類が敵になって

しまうと、さすがに禊も生き続けられなくなってしまう。これからも、こうした状況

がすぐに変わらないのだとしたら、せめて、読者には禊の真意を理解してほしい。

それが、これからの子供達のためなのである。>と訴えて結んでいます。

 

私達は、近代以降の科学文明によって物質的な繁栄を享受してきましたが、反面、

様々な矛盾が蓄積し、それが極限まで達してしまったようです。すべてが汚濁に

まみれてしまったように思える今、再び、巨大地震、津波、火山噴火、巨大事故

等々の「禊」を待っているかのようですが、そのような時代だからこそ、各人が

それを自ら乗り越えるために、神伝禊法というものが世に出ることになったので

はないでしょうか。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「最後の親鸞」

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最後の親鸞


まず、冒頭で、吉本隆明は、「おもえばいままで、最後の親鸞というかんがえ

に、ずいぶんと魅せられてきたような気がする。」と述べています。

 

それは、なぜでしょうか。

 

私は、親鸞が、他の宗教家に類を見ない、一宗派を興した宗教家の枠を超出

し、宗派の解体といえるほどの地点にまで到達してしまったその孤高の姿に、

思想家としての吉本の心が感応し、激しく揺さぶられたからではないかと

思います。

 

しかし、「魅せられるほどにこの考えが確かなものかという段になると、

とても心もとない。」とも述べています。なぜなら、最後の親鸞は、親鸞

自身の著述のなかにはなく、親鸞が弟子に告げた言葉に一種の思い入れの

ように込められた思想からしか見つけることができないからだと言うの

です。「遠い道程を歩いてきた者が、大団円に近づいたとき吐き出した唇の

動きのように微かな思想かもしれない。」という言い方もしています。

 

どんな自力の計らいをも捨てよ、<知>よりも<愚>の方が、<善>より

も<悪>の方が弥陀の本願に近づきやすいのだ、と説いた親鸞にとって、

自分がかぎりなく<愚>に近づくことが願いであったようです。しかし、

愚者にとって、<愚>はそれ自体であるが、知者にとって<愚>は、

近づくのが不可能なほど遠くにある最後の課題のように思われます。

 

これは、<知識>にとって最後の課題は、頂きを極め、その頂きに人々を

誘って蒙をひらくことではない。頂きを極め、その頂きから世界を見おろす

ことでもない。頂きを極め、そのまま寂かに<非知>に向かって着地する

ことができればというのが、おおよそ、どんな種類の<知>にとっても最後

の課題である。この「そのまま」というのは、わたしたちには不可能に近い

ので、いわば自覚的に<非知>に向かって還流するよりほか仕方がない。』

と言う吉本隆明自身にとっての重要な思想的課題と重なりますが、最後の

親鸞は、この「そのまま」というのをやってのけているようにおもわれ

る。』と言うのです。

 

しかし、<非知>は、どんなに「そのまま」寂かに着地しても<無知>とは

合一できません。<知>にとって<無智>と合一することは最後の課題です

が、どうしても<非知>と、<無智>との間には「紙一重の、だが深い淵」

が横たわっています。吉本は、<無智>を荷った人々は、宗教が考えるほど

宗教的な存在ではない。かれは本願他力の思想にとって、それ自体で究極の

ところに立っているかもしれないが、宗教に無縁な存在でもありうる。その

とき<無智>を荷った人たちは、浄土教の形成する世界像の外にはみ出して

しまう。そうならば宗教をはみ出した人々に肉迫するのに、念仏一宗もまた

その思想を、宗教の外にまで解体させなければならない。最後の親鸞はその

課題を強いられたようにおもわれる。』と問題の核心を述べています。

 

また、天変地異とそれによる飢餓や疫病の流行でバタバタと人が死んでいく

という当時の時代状況に対して、吉本は、ただ「生死無常」を説くことは、

現実の世界を諦めによって不動なものと定めてしまい、そこからの絶対的な

跳び超しを与えるにすぎないのではないか。飢えて死ぬ者にとって、必要で

充分なことは飢えない現実を出現させることである。親鸞の思想は、ほと

んど絶対的といっていいほど、その具体的な処方をつくっていない。だが

浄土真宗は、全力をあげてこの課題に応えなければならない。親鸞の思想は、

その精髄を挙げて飢え死ぬものをどうかんがえるのか、どうやって救済する

のか、この現実の世界をなんと心得るのか応えなければならなかった』の

ではないかと問うています。

 

これに対して親鸞はどう応えたのでしょうか。

 

吉本は、親鸞が具体的にどう考えたのかは分からないが、「歎異抄」にひとつ

だけ暗示がみつけられるとして、その一節を引用して、次のように述べて

います。「わたしたちはここで、とてつもない思想につき当たっている。」と。

親鸞の言うことは、「助かるはずがない瀕死の病人の傍に、豊富な喰べものを

つんだり、財貨をもってきたりしても、なんのたすけにもならない。それより

も往生して浄土へゆき、そこで仏になってから、現世に生まれ変わって人々を

救ったほうがいいと教えているようなものである」と。

 

この考えには異様なところがあるが、それはどこから来ているのかを考えて

みると、当時がまさに「土塀の外、道傍に、餓死した者たちが、数えきれない

ほどある。取片つけるすべもわからず、死体の臭いは、あたりに満ちて、腐って

ゆく死体の形の変わりようは、目もあてられないことがおおい。」というような

方丈記の世界のごとき世の中であったがゆえに、「親鸞にとっては、<衆生>を

考えるときに死者を土台にして考え、その救済の思想を展開するのに、死後の

世界を根本においたとしてもある意味で当然であった。」「眼前に捨てられた飢餓

の死を甦らせることもできないし、飢餓の死を防ぎとめる方途を実現できないと

すれば、一念、多念にかかわらず、称名念仏によって一挙に浄土へ横超できると

説くことは、異様ではあるが解決のひとつである。」と吉本は述べています。

 

さらに、吉本は、親鸞が<非知>へ、愚者へ向かう思想的な道程を追ってゆき

ます。

 

「歎異抄」の中で、親鸞が、唯円の念仏をとなえても、踊りあがるような歓喜

の心があまりわいてこないこと、また、いちずに浄土へゆきたい心がおこらない

のは、どうしたことなのでしょうか』という疑念に対して、よくよくかんがえ

てみるに、天に踊り地に躍るほどに喜ぶべきことなのに、喜ぶ心がわいてこない

というのは、凡夫のしるしで、ますます「きっと往生できる」とおもうべきでは

あるまいか。喜ぶべき心を抑えて喜ばないのは、煩悩がなせる仕わざである。』と

語っています。

 

これに対して、吉本は、喜ぶ心がわいてこないというのは人間にとって<自然>

なことであるが、それは、究極的には、<信心>にゆくか<不信心>にゆくか

を<自然>に委ねることであるから、すでに念仏をとなえるという宗教的行為

自体が、無意味ではないのか、と問います。

 

しかし、それでは、この現実世界は、どこまでいっても相対的な世界にすぎ

なくなり、浄土への契機もなければ、絶対他力への接近もいらなくなるが、

<信心>は捨てられ、悩みは残ったままで、飢餓も死も残ることになります。

 

よって、親鸞は違う答え方をしています。<煩悩>のせいで、称名念仏も嬉し

くなく、いそいで浄土へゆく気にならないからこそ、かえって「往生は一定」

なのだと。

 

これによって、そのまま<自然>のままに突き進むかに見えた、相対的な世界

像は少し揺らぎはじめたように見えますが、果たして、この現世的な中心の

ない世界に風穴をあけることは可能なのでしょうか。

 

吉本は、「歎異抄」で何ごとでも心に納得することであったら、往生のために

千人殺せと云われれば、そのとおりに殺すだろう。けれど一人でも殺すべき

機縁がないからこそ殺すことをしないのだ。これはじぶんの心が善だから殺さ

ないのではない。また、逆に、殺害などすまいとおもっても、百人千人殺す

こともありうるはずだ』と親鸞が語ったことを踏まえて、ここまできて、この

現世的な世界は、たんに中心のない漂った世界ではなく、<契機>(「業縁」)

を中心に展開される<不可避>の世界に転化する。理由もなく飢え、理由も

なく死に、理由もなく殺人し、偶発する事件にぶつかりながら流れてゆく相対的

な世界ではなく、<不可避>の一筋道だけしか、生の前にひらけていない必然

の構造をもつ世界が見えてくる。一切の客観的なあるいは主観的な恣意性が、

<契機>を媒介として消滅することは、<自由>が消滅することを意味している

のではない。現世的な歴史的な制約、物的関係の約束にうちひしがれながら、

<不可避>の細い一本道ではあるが<自由>へとひらかれた世界が開示される。

』と述べ、相対的な世界に穴を開けるかもしれない<契機>(「業縁」)という

思想の現れを見ています。

 

しかし、親鸞が、現世の中心にこの<契機>(「業縁」)を据えたとき、「苦悩の

旧里」である現世と「安養の浄土」とが、称名念仏を媒介として直結するはず

だという浄土教の理念は、疑義にさらされたとおもえる』として、吉本は、

さらに、親鸞の思想の行きつく先を見極めようとします。

 

歎異抄の親鸞にとっては、「ただ念仏をとなえて、弥陀の本願によって救われ

るようにしなさい」と優れた先達から云われて、そう信じるほかに、かくべつ

の理屈があるわけではありません。念仏はほんとうに浄土へ生まれる種子で

あるのだろうか、また地獄へ堕ちるような業であるのだろうか、そういうこと

は与り知らないことです。』結局のところ、愚かな私の信心では、そう思議

するよりほかはありません。このうえは、念仏をえらびとり信じ申すも、また

捨ててしまわれるのも、皆さまの心にまかせるほかはありません、と云々。』

という一節を引用し、次のように述べています。

 

親鸞における<契機>(「業縁」)は、客観的なものと主観的なものの恣意性

を排除し、いわば<不可避性>を深化してゆくとき、当然のように対象である

他者の解体にむかうべき構造をもっている。』もうひとつは、このような

<不可避性>を深化してゆけば、ついにそれがはじめに出逢った<契機>その

ものの重さを超え、<契機>そのものを解体せざるをえなくなる。<契機>

そのものの解体とは<信心>そのものの解体である。「個のうえは、念仏を

とりて信じたてまつらんとも棄てんとも面々の御計らいなり」というとき、

親鸞は念仏思想そのものを越境してしまっている。ここに絶対他力そのものを

再び対象化し、さらに相対化したあげく、ついに解体表現にまでいたっている

最後の親鸞が開始されている。すくなくともわたしには、そう思える。』と。

 

そして、念仏を唱えれば、一念多念を問わず、善も悪も同じ浄土へゆくこと

ができるというのが浄土真宗の考えですが、親鸞が、<知>と<愚>が本願の

前に平等であり、<善>と<悪>もまた平等というところから、<愚>と<悪>

こそが逆に本願成就の<正機>であるというところまで歩むほかなかったと

すると、その<愚>と<悪>がもっとも仏から遠い存在、死んだあとは浄土へ

ゆきたいという信心を自分から決しておこさない非宗教的な存在、宗教の領土

の外にある存在だという矛盾にどのように応えたのかという究極の問いに対

して、その要諦は、親鸞自身の著作からではなく、いわゆる「語録」の中で

しか伺い知れないとして、それらを引用しています

 

「このうえは、念仏をえらびとり申すのも、また捨ててしまわれるのも、皆さま

の心にまかせるほかありません。」<歎異抄>

 

「念仏がほんとうに浄土へ生まれる種子であるのだろうか、また地獄へ堕ちる

ような業であるのだろうか、そういうことは与り知らないことです。」<歎異抄>

 

「なにが善であり、なにが悪であるか、というようなことは、おおよそわたし

の存知しないことである。・・・」<歎異抄>

 

「だからじぶんで「浄土へ行くだろう」とも、また「地獄へ行くだろう」とも

定めてはいけない。」<執持抄>

だとえ牛盗人といわれても、あるいは善人、あるいは後世を願う聖とか、仏法

を修行する僧侶とみえるように振舞ってはならない。」<改邪抄>

 

「・・・親鸞は弟子一人ももっていない。・・・」<歎異抄>

 

「弥陀の五劫にわたる思惟の願を、よくよく考えてみると、ただただ親鸞一人

の為にある。・・・」<歎異抄> 

 

ここから、伺い知ることができる「唇の動きのように微かな思想」とは、如来へ

の絶対的帰依と他方での<浄土>と<念仏>との因果関係の引き離しと断絶、

布教そのものの放棄、宗派人としての自己放棄、つまり、他力往生を本旨する

浄土真宗そのものの解体であり、同時に他宗派の無化である。他力の絶対性を

さらに解体するために宗教的信仰そのものを拒否する視点があらわれたのだと

見るほかはないと述べています。

 

終りに、吉本は、末燈抄の一節を引き、「最後の親鸞を訪れた幻は、<知>放棄

し、称名念仏の結果にたいする計らいと成仏への期待を放棄し、まったくの

愚者となって老いた自分の姿だったかもしれない。」「目もみえなくなった、

何ごともみな忘れてしまった、と親鸞がいうとき、老もうして痴愚になって

しまったじぶんの老いぼれた姿を、そのまま知らせたかったにちがいない。

だが、読むものは、本願他力の思想を果てまで歩いていった思想の恐ろしさ

と逆説を、こういう言葉にみてしまうことをどうすることもできない。」と

結んでいます。

 

さて、吉本隆明は、このように思想家としての親鸞を徹底的に追い求めましたが、

私の関心事は、宗教家としての親鸞にあります。そうなると、果たして親鸞は、

そのとき、彼を心から信じた人々を救い得たのか、浄土へ導くことができたのか
が本当に知りたいところな
のですが、どうなのでしょうか。私は、親鸞は確かに
衆生を救い得たと信じています。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「生命観を問いなおす-エコロジーから脳死まで-」

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生命観を問いなおす 

 

森岡正博氏は、80年代になると、アメリカを中心としてディープエコロジーの


思想が興隆し、これと並行して、日本では生命主義とでも呼ぶべき思想が独特の


展開をしてきたのだと述べています。


 


行き詰まった現代の文明を打開するために、「自然」や「生命」を、もう一度


深く考え直さなければならないという流れがアメリカと日本で同時に起きた』


というのです。


 


まず、ディープエコロジーとは、アメリカの伝統的な自然保護思想を背景として


1960年代~70年代のエコロジー運動や反体制運動の影響を強く受けて


成立した独特の環境思想です。


 


ディープエコロジーの思想家たちは、地球と「私」とを連続したものとして考え、


地球の危機を救うためには私たち自身が変わらなければならないという発想を


しています。だから、従来の、「環境危機が大変な問題になっている。これ以上、


汚染が進み、資源が枯渇すると、先進国に住む人々の生活は大変なことになる。


だから、なんとしてもこれらを解決しなければならない。」というような発想を


するエコロジーは、浅いエコロジーだと言います。


 


最初にディープエコロジーという言葉を提唱したのは、ノルウェーの哲学者、


アルネ・ネスだと言われていますが、彼は浅いエコロジーにとどまっていては


ならない、環境問題を生みだした根本原因にまでさかのぼって事態に対処する


「深いエコロジー」必要だとして、管理ではなく、脱中心化、人間中心主義で


はなく、生命圏平等主義を掲げ、実践的な環境哲学として現代文明の批判を


行っていきます。


 


80年代に入ると、ディープエコロジーは、次第に大きな流れに形成して


ゆきます。まずは、自己の探求や瞑想などを行い、誤った近代的な世界観を


捨て去ること。そのかわり、有機的な生命世界のなかに織り込まれて存在して


いる真の自己あり方に目覚めること。そして、生活をエコロジカルなものに


改め、調和のとれた世界を実現してゆくための直接行動を訴えます。つまり、


「自己実現」と「生命中心主義的平等」が、ディープエコロジーの二大目標と


いうことになります。


 


次に、生命主義の思潮とは何かというと、「生命」をキーワードにして、


人間社会や宇宙を見てゆこうとする考え方です。


 


我が国において、生命を深く問い直すことで、現代社会の諸問題を解決する


糸口が見つかる。生命を再評価することで、近代文明のパラダイムを脱出する


ことができるという考え方がまとまってあらわれてきたというのです。


 


森岡氏によると、それは、欧米で流行した文化や思想の単なる輸入では説明し


きれないものをはらんでいたということです。


 


80年代の「生命」に関する言説の主なものをピックアップすると、まず、


「生命倫理」があります。森岡氏は、「生命倫理は、80年代日本の文化史


の重大事件でした」と述べていますが、どうも、生命倫理というパラダイム


は、医療や科学研究の現場をもっと近代市民社会化してゆこうとするもので、


近代のパラダイムを超えてゆこうとする「生命主義」が育たなかったよう


です。(ただし、例外的に脳死論の中に、生命主義的な考え方の萌芽あった


ようですが。)


 


次の登場するのは、「ニューサイエンス」です。アメリカ西海岸に端を発した


ニューエイジ運動の波は日本にも及び、「ニューサイエンス」と翻訳されて定着


し、我が国の知識人や学生たちに大きな影響を与えたと言われています。


 


「ニューサイエンス」とは何だったのかという問いに対し、森岡氏は、無理を


承知でと前置きしたうえで、<近代科学の機械論、還元主義、主客二元論を


捨て、ものごとの関係性を重視した、ホリスティックな世界観へとパラダイム


シフトし、東洋の知恵に従って意識を変革し、地球と調和してエコロジカルな


生を送ることで、我々は新しい次元へと至ることができる。>これが、ニュー


サイエンスのメッセージだったと思います。』と述べています。


 


しかし、ニューサイエンス80年代後半から90年代に到ると下火になって


いったようです。そして、日本のニューサイエンスは、ひとつは、気というもの


を探求してゆく流れと、もうひとつは、エコロジー思想、運動への流れに分派


していったということです。


 


以上が、森岡氏の言う、80年代のディープエコロジーとその日本版である生命


主義の大雑把な展開過程ですが、では、あとから振り返ってみると、これらは、


いったい何だったのかが問われなければなりません。


 


森岡氏は、80年代に再発見された生命主義は、ニューサイエンスなどと結び


ついて、「反近代」や「脱近代科学」のキーワードにもなりました。「生命」に


こだわってゆくことで、この矛盾にみちた「近代文明」をのりこえることが


できる。この不完全な「近代科学」のパラダイムをのりこえることができる。


そういう夢を、私たちに与えてくれました。』と一定の評価をしながらも、


そこには、大きな問題点が潜んでいたと述べています。


 


森岡氏は、ほとんどのディープエコロジーや生命主義の思想において、『生命」


「自然」というと、すぐに「調和」とか「共生」とか言って、そこで思考を


ストップさせているものがいかに多いことか。』『そういうロマン主義は、私


たちの知性をにぶらせます。』ロマン主義は、「生命」や「自然」こそが、


大いなる悪の根源であることを見つめようとしません。』だから、ディープ


エコロジーや生命主義が、本当の意味での文明批判の思想として開花する


ためには、それがもっているロマン主義に、一度、はっきり死んでもら


わなければならないと思うのです。と断言しています。


 


しかし、森岡氏は、80年代生命主義のいくつかは、単なるロマン主義を超え


た地平へとしっかりと根をおろしていたとも述べ、鳥山敏子氏の「いのち」の


教育の例をあげています。「生きるということは、生きているものを食べる


ことです!食べるということは、生きているものを殺すということです!殺し


て自分のいのちにしてしまうことです!」と言う鳥山氏のいのち論は、生命論


にこういう境地を切り開いた点で、高く評価されるべきであり、80年代生命


主義の最高の成果のひとつだと賞賛しています。


 


エピローグで、森岡氏は、『『私は、ロマン主義的な傾向のある言説を、あまり


にも執拗に批判しすぎたかもしれません。しかし、これは、私自身が経験して


きた過ちに対する、苦い経験でもあるのです。』という自戒の上に立って、


「生命」とは、「調和」とか「共生」などの美しい言葉だけで捉えきれるよう


な、単純なものではありません。「生命」を捉え、考えてゆくとは、「生命」の


奥底にあるその本質にまでさかのぼり、そこに内在する様々な矛盾や、葛藤や、


妥協や、悪や、愛などをつかみとってゆく作業なのです。』「私たちはいったん


生命の奥底まで降りていって、そこにひそむ生命の本質をあらゆる角度から


解明しなければなりません。そのうえで、「どうして生命は、他の生命を犠牲


にしようとするのだろうか」「それにもかかわらずどうして生命は、他の生命


や自然と調和したいと願うのだろうか」という疑問を、ひとつひとつ考え


ぬいてゆく必要があるのです。』『これが、今の私が考えている「生命学」


のスタート地点です。と結んでいます。


 


ところで、それからもう20年ほど経過しています。森岡氏の生命学は、


その後、いかに展開されていったかについては、後日、触れてみたいと


思います。




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魂の不死について-パイドン-

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パイドン 


「パイドン」は、プラトンの対話編のひとつで、死刑宣告を受けたソクラテスが

刑に服し、毒をあおって死ぬ、まさにその日に行われたソクラテスと弟子たちの

魂の不死をめぐる対話、問答の有り様をプラトンの視点で描いたものです。

 

対話編の名前となったパイドンとは、ソクラテスに最後まで付き従った弟子の

名前です。その他、この対話編に登場するのは、エケクラテスというピタゴラス

派の哲学者、シミアスとケベスというピタゴラス派の影響を受けたとされる

も、のちにソクラテスの弟子となった者等ですが、このシミアスとケベスと

ソクラテスの問答が中心になります。

 

最初、ソクラテスは、死に対する態度について次のように語ります。

 

「死とは、魂の肉体からの分離に他ならないのではないか。すなわち、一方では、

肉体が魂から分離されてそれ自身となり、他方では、魂が肉体から分離されて、

それ自身単独に存在していること、これが死んでいるということではないか。」

 

「哲学者は他の人とは際立って異なり、できるだけ魂を肉体との交わりから解放

する者であることは、明らかだね。」

 

「もしわれわれがそもそも何かを純粋に知ろうとするならば、肉体から離れて、

魂そのものによって事柄そのものを見なければならない、ということである。

その時こそ、思うに、われわれが熱望しているもの、われわれそれの求愛者で

あると自称しているもの、すなわち知恵がわれわれのものになるだろう。」

 

「魂の解放をつねに望んでいるのは、特に、いや、ただ、正しくは哲学している

人々だけなのである。そして、哲学者の仕事とは、魂を肉体から解放し分離する

ことである。そうではないか。」「それなら、本当に、シミアス、正しく哲学して

いる人々は死ぬことの練習をしているのだ。」

 

「節制も正義も勇気も、これらすべての情念からのある種の浄化(カタルシス)

なのであり、知恵そのものはこの浄化を遂行するある種の秘儀ではなかろうか。

そして、われわれに浄めの儀式を定めてくれたかの人々も、恐らくは、つまら

ぬ人々ではないようだ。じっさい、かれら大昔から謎めいた言い方でこういって

いるらしい。秘儀も受けず浄よめられもせずにハデスの国に到る者は、泥のなか

に横たわるだろう。」と。

 

ここには、「正しく哲学している人々は死ぬことの練習をしているのだ。」

というようなピタゴラス派的な、極端に禁欲的なソクラテス像が描かれて

いますが、ソクラテスが単なる禁欲主義者ではなかったことは、心にとめて

おかなければならないと思います。

 

さて、これに対して、魂は肉体から離れると煙のように飛散消滅するのでは

ないかというケベスが反論しますが、ここから霊魂不滅の証明が始まります。

 

そこで、ソクラテスは、霊魂不滅の証明を試みるわけですが、まず、最初に、

なにか反対のものがあるかぎりのものにおいては、その一方は反対である

他方からしか生じないという生成の循環的構造による証明法によって、生

から死へ、死から生へ循環の必然性を証明しようとします。

 

次に、ものごとを想起するには、人々のうちにあらかじめ知識や正しい説明

が内在していなかったら、それは不可能である、さらに、もしわれわれの魂が

この人間の形の中に入る前に、どこかで存在しており、すでに学んでしまって

いなかったら不可能であるという、想起説による証明を試み、最終証明として、

「イデア論」による証明で締めくくります。

 

「イデア」とは、「まさに正義であって、それ以外のなにものでもないもの」だ

ということです。美についても、善についても、等しさについても同様で、この

世界に存在する個々の具体的な正しいことや美しいことは、いずれも不正や醜さ

やの入り混じった不完全な正義や美であるのだが、これらの不完全な正義や美が

ともかくも正義や美であるのは、正義のイデアや美のイデアを分有することに

よってであるということになります。

 

ただし、プラトンは、このような仮説を立てる根拠については説明していません。

「イデア」が実在するという思想は、議論の余地のない前提としてソクラテスの

グループによって受け入れられていたようです。

 

ともかく、ソクラテス(プラトン)は、イデア論を展開するなか、ある性格(イデ

ア、形相)は、それと反対の性格を受け入れない、むしろ、反対の性格が近づいて

くると、それは滅びるか退却するという論理を導き出し、「不死なるものについて

また次のように言うのが必然ではないか。もし、不死なるものが不滅でもあるなら

ば、死が魂に近づくとき、魂が滅びることは不可能である。なぜなら、すでに

述べられたところからして、魂が死を受け入れたり死んでしまったりすることは

ないだろうからだ。」述べ、最後に、「神とか、生の形相そのものとか、その他

何か不死なものがあるとすれば、それが決して滅亡しないことは、万人の同意

するところだろう。」「では、不死なるものは不滅でもあるかあらには、魂は不死

であるならば、不滅でもあるのではないか」「すると、ケベスよ」「魂が不死で

あり不滅であることは疑問の余地がなく、われわれの魂は本当にハデス(冥界)

において存在することになるだろう」と結論づけています。

 

以上の証明の方法は、現代人にはなかなか納得しにくいところがありますが、

ソクラテスは、良い神々のもとへ赴くという良い希望をもって死んでいったの

であり、プラトンは、その希望をイデア論による霊魂不滅の証明により何とか

理論化しようとしたのではないかと思われます。(ソクラテス自身は、死後の

生について、ピタゴラス派の信仰に希望を抱いていたことが伺われますが、

理論的には、不可知論の立場をとっていたようです。)

 

しかし、イデア論はなお根拠づけを必要とする仮説として提出されているところ

から、プラトンがこの証明に絶対の確信を持っていなかったとされています。

 

シミアスも、霊魂不滅の証明のあとも、「しかし、言論がかかわってきた事柄の

大きさのために、また、人間の弱さを低く評価せざるをえないために、僕として

は語られたことについてなお不安を抱かざるをえないのだ」と疑問を投げかけて

います。

 

そこで、論証ではなく、死後の裁きとあの世の物語というミュートス(神話)で

さらに補完しようとします。ミュートスは、問答法的な議論にある論理的な強制

力はありませんが、代わりにそれは人々を心から心服させることができるから

です。

 

プラトンのミュートスは、多くの非事実と若干の真実を含むが、純然たるフィク

ションではなく、別の高次な真理に一致すべきものとして、つねに代替可能な

物語だとされています。

 

かくして、生きている間のわれわれ自身にそっくりであるが、影のような、煙の

ような、実在性の希薄な亡霊で、ものを見分ける力さえない無力な存在にすぎ

ないという従来のホメロス的な霊魂観を否定して、プラトンは、何としても、

肉体との分離後、生き延びた魂が存在を持続し、生前以上の力と知力と自己

同一性を保持し続けることを示そうとしたのだと思います。


霊魂不滅の証明は、不可能のように思われますが、霊魂不存在の証明も

不可能だと思います。プラトンは、今なお、我々にこの難問に立ち向か

うことを促しているように思います。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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科学とオカルト

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科学とオカルト

一見、科学とオカルトは、全く相容れないもののように見えますが、どうも

そうではないようです。

 

池田清彦氏は、我々の科学は、いかにギリシャ自然哲学の思想的後衛のような

顔をしていようとも、実は、オカルトの嫡子なのではあるまいか。私見によれば、

科学はオカルトが大衆化した所から生じたのである。と述べています。

 

どうも、パレケルススのような錬金術師から化学や医学が発達したようであり、

コペルニクスの地動説は、占星術から生まれたようなのです。

 

 

錬金術師たちは経験や実験や事実を重視し、その中に科学の萌芽があったと

いえますが、科学との根本的な違いは、どのようなやり方をすればある特定の

理論に基づく結果が再現できるかについてきわめて曖昧であったということに

なります。

 

錬金術が、オカルト的であるのは、もっぱらその方法論にあります。錬金術の

理論は、隠された秘法であるため、今日的な意味で実証可能なようにはできて

いなかったということです。

 

16世紀から始まった科学革命は、技術は、ギルド(特権的同業者組合)に、

理論はもっぱら教会や大学にというふうに独立して存在していた理論と技術

・経験を結びつけようと試みます。

 

しかし、その内実は、未だ、我々がいかがわしいと思っている錬金術や占星術

の理論の一部であり、キリスト教的伝統に対しての異端的な宗教的言説、独自

の神学的信念というニュアンスが強かったようです。

 

さらに、産業革命とともに、大きな変化が起こってきました。錬金術の秘術は

他人のまねができないことに価値があったが、産業革命を経た技術は、これ

とは逆に他人がまねができることに価値が移ってきたのです。

 

また、研究者の業績の評価の必要性なども生じてくることになりますが、

これらの流れについて、池田氏は、第一の科学革命の頃のように、研究は

所詮オカルトだから、優劣の判断基準など知らない、ではすまなくなって

きたのである。そこで、様々なオカルト(個々の研究者の理論や実験結果)

を平準化する必要が生じた。オカルトの大衆化あるいは民主化といっても

よい。社会的に平準化されたオカルトは、公共性を獲得したのだから、

もはやオカルトとはいえない。それでは何と呼ぶかというと、「科学」と

いうことになったわけだ。』と述べています。

 

科学とオカルトの区分けは、普通、思うほど簡単ではないようですが、

簡単に区分けをするとすれば、オカルトは公共性を持たない信念体系

であり、科学は多少とも公共性を持つ理論体系であるということに

なります。

 

もう少し詳しく言うと、「科学」では、同じやり方に従って行えば、だれ

がやっても同じ結果が出ること、これを「再現可能性」と言うようですが、

この「再現可能性」が大衆化された技術やオカルトが科学になるための

公準となったということ、そして、「科学」は、理論から極力個人の特殊

性を抜くこと、主観性を排除し、客観性を重視することで公共性を確保

したということです。

 

つまり、オカルトが再現可能性と客観性を獲得した結果、科学になり、

この二つの公準により公共性を獲得して制度化されたということになり

ます。

 

しかしながら、制度化され、不動の地位を得たのも束の間、科学が進歩

すれば何でも解決できるというような期待とは裏腹に、徐々に様々な

問題点が露呈してきます。

 

客観が一番保証されるのは、数値と、不変の同一性としての実体だと

言われていますが、この二つだけによって記述ができるなら、記述は

完璧な客観性を持つことができます。しかし、それとは裏腹に、日常の

コトバから乖離していく科学のコトバは、一般人にとっては理解不能に

なっていくことになります。

 

公共性を獲得した科学は、建前としては、だれでもわかるはずのものに

なったが、客観を追求するに従って、専門家以外の人にはわけのわから

ないものになってしまったようです。

 

また、科学の高度化に伴ってあらわになってきたのは、科学の巨大化と細分

化です。科学の巨大化は、莫大な資金を必要とするようになり、最先端の

科学理論は実証不可能な理論になりつつあるということであり、また、

専門化、細分化により、一人一人の主観を越えた膨大な客観の累積の総体

は、関係者以外、誰にとってもわけのわからないものとなって、皮肉にも、

客観という公共性を追求した科学が、そのゆきつく先として、徐々に公共性

を喪失しつつあると言われています。

 

池田清彦氏は、オカルトから発した科学は、客観という公共性により、

オカルトとはっきりと別のものになった。それはそのとおりであったし、

今もそのとおりであろう。専門家にとって、彼の専門分野の科学理論は

オカルトとはまったく異なるものである。客観という公共性は、彼が属

する専門家集団の間では未だ有効性を失っていない。しかし、非専門家

の普通の人にとっては、科学の理論は、わけがわからないままにただ信じ

るべき有難い御託宣か、さもなくば社会に害毒をもたらすあやしげな

オカルトになったのである。と喝破しています。

 

これらに対して、近年、科学への盲信に対する批判あるいは反省の声が

あがっていますし、若者の理科離れが進んでいるようです。若者たちは、

科学に魅力を感じなくなったばかりでなく、科学がそんなに良いもので

はないと思いはじめたのかもしれません。客観という公共性を盾に、

巨大化し、細分化し、社会のコントロールが不十分なままに暴走し、

非人道的な技術さえ生み出した科学の危険性を若者たちは感じ始め

ているのかもしれません。

 

では、科学というものにどのような位置づけを与えればいいので

しょうか?

 

池田氏は、科学はもともと、自然の中から何らかの同一性を引き出す

術だったのである。』『我々は自然の中から、くり返して起こることを

見出して、それを法則という形式で記述したのだ。くり返さなかったり、

たった一度しか起きないことに関しては科学は無力なのである。』『世界

ではもともと、科学では説明できないことの方がむしろおおいのである。

たかが、人の脳が理解できる範囲のやり方(科学もまたそういうものの

一つである)でもって、自然を全部説明しようというのは、そもそも無理

なのである。人の脳は自然の一部である。一部で全体を説明するやり方に

無理が生ずるのは、考えてみれば当たり前ではないか。と述べています。

 

となると、科学は、自分がこの世に生まれた意味、生きる意味を教えて

くれない、そして死んだらどうなるのか、どこへ行くのかにも答えて

くれない、と嘆くのは、ないものねだりということになります。

 

池田氏によると、科学を、株式市場や八百屋や野球に置き換えてみれば

よくわかると言います。株式市場が生きる意味を教えてくれないからと

いって、株式市場に文句を言う人はいないだろうと。個々人の生きる

意味といった個別的な点に関しては科学はまったく無力であり、科学

とはそれだけのもの、そういうものだと、と明言しています。

 

かくなる上は、科学に過剰な幻想を抱くことなく、その正当な価値を

見極めるとともに、己の正体とは何か、いかに生きるべきか、そして、

死とはなにか、という個々の切実な問いについては、何物をも盲信す

ることなく、各人が真剣に思索し、また、直観をとぎすまし、思い悩み

ながら、その答えを求めていかなければならないと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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ソクラテスと神託-神(ダイモン)の声-

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ソクラテスの弁明 

プラトンの「ソクラテスの弁明」は、「ソクラテスは罪を犯すものである、

彼は青年を腐敗せしめかつ国家の信ずる神々を信じずして他の新しき神霊

(ダイモニア)を信ずるが故に。」 つまり、ソクラテスは、自らつくった

新しい神を信仰し、国家の神々を冒涜し、また、若者たちに悪しきことを教

えて、堕落させたとして告発されますが、それに対して、それは全く不当で

あること、ソクラテスが実際は深く神を敬愛する真に宗教的な人であり、また、

青年を向上せしめたことを示すとともに、彼が法廷においていかなる精神を

もって、また、いかなる態度でもって自ら弁明したかを描いたものです。

 

さて、自らつくった新しい神を信仰し、国家の神々を冒涜したとはどういうこと

でしょうか? そして、それは果たして事実だったのでしょうか?

 

ソクラテスは次のようなことを言っています。私の身の上に、実に不思議なこと

が起こったのである。すなわち私の聴き慣れた(神の声の)予言的警告は、私の

生涯を通じて今に至るまで常に幾度も幾度も聞こえて来て、特に私が何か曲がった

ことをしようする時には、それがきわめて些細な事柄であっても、いつも私を諌止

する』と。

 

どうも、ソクラテスは、幼少の頃から、特異な能力を持ち、不可思議な体験をして

きたようです。重大な局面で、神的かつ超自然的な存在、つまり、神霊(ダイモン)

から天啓を受けてきたと主張しているわけですが、それは、ソクラテス自身が神託

を神から直接受けるということであり、一般のアテナイ人の慣習、掟からは認めら

れないことのため、このことが、まず、人々の敵意と憎悪を募らせることになった

のではないかと思われます。

 

もっとも、ソクラテスは、決して国家の神々、たとえば、デルフォイの神託を軽

んじてきたわけではなく、むしろ、重んじてきたとさえ言えます。(ただし、民衆

の伝統的信仰に対しては、それが道徳的に不純なものは容赦なく批判したようで

すが。)

 

たとえば、『私は充分信頼すべき一人の証人の言葉を諸君に伝えようとしている

のである。すなわち、私の知恵に関する-もしそれが実際知恵といえるものなら

ば-またその性質に関する証人として私はデルフォイの神を立てる。』と述べて

います。

 

しかしながら、そのデルフォイの神託の内容そのものが、一方で、ソクラテスの

賢者としての評判を高めたものの、他方で、かえって多くの敵を作ることになり

激しい誹謗を受けることになったようなのです。

 

あるとき、デルフォイの神に、ソクラテスの弟子で友人のカイレフォンが、ソク

ラテス以上の賢者が存在するかという伺いを立てたところ、デルフォイの巫女から

「ソフォクレスは賢い、エウリピデスはさらに賢い、しかし、ソクラテスは万人の

中で最も賢い。」との託宣があったというのです。

 

ソクラテスは、そこで、その神託を聞いたとき、私は自問したのであった。神は

一体、何を意味し、また何事を暗示するのであろうか、と。私が大事においても

小事おいても賢明でないことは、よく自覚しているところであるから。して見ると、

一体どういう意味なのであろうか、神が私を至賢であるというのは。けだし、神に

はもちろん虚言のはずがない、それは神の本質に反するからである。』と思い悩み

ます。

 

そこで、ソクラテスは、神託そのものが間違っているのではないかを確認するため

に、つまり、己が至賢でないことを示すために、彼をしのぐと思わる賢者の世評

ある人々を訪ね歩き、対話・問答を重ねるわけですが、結局、何も知らないのに

「知っていると思っている」人ばかりがいることを見出し、真の知者はいないが

「知らないということを知っている」、いわゆる「無知の知」という点でわずか

に自分がそれらの人々より賢いと結論に到ります。

 

しかし、それが、また、周囲のえせ賢者やその信奉者たちの恨みを買う原因に

なってしまうことになってしまったようです。

 

かくして、ソクラテスは、保守主義者・復古主義者とも、民主主義者とも異なる

孤高の存在であるために、双方からうとまれる結果になり、あげくは、ソフィスト

まがいの不信心者、無神論者、危険思想の教師として裁かれることになってしま

いました。

 

裁判において、告発の不当性を正々堂々と主張したソクラテスですが、最終的に

不当にも死刑の判決を受けことになります。しかし、今回の裁判に対する己の立

ち振る舞いに対して神からの予言的警告は一切なかったとして、よって、死は

一種の幸福であるとの希望を胸に、全く死を恐れることなく、平然として死後の

世界へ赴いたようです。

 

以上のことから考えますと、ここから浮かび上がるソクラテス像とは、通常、

世に言われているような理性(ロゴス)の権化のようなイメージとはかなり

異なります。真理の探究者であることは間違いないにしても、単なる理性の

人ではなく、熱烈なる理性信奉者であると同時に宗教的神秘家であったという

ことになります。

 

はたして、ソクラテスとは、宗教学者の鎌田東二氏がいうような、シャーマン

であり、かつ審神者であり、同時に、脱シャーマン・脱審神者の道を歩むよう

な存在、つまり、超感覚的・直観的知と悟性的理性的知との統合をめざす偉大

な求道者であったのでしょうか?



 
 
 
 
 
 
 
神伝鎮魂法 
   (水波一郎 著 アマゾン 発売)
 












テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

「神伝鎮魂法-幽体の救い-」を読む

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神伝鎮魂法
 水波一郎 著  アマゾン 発売 
 

「鎮魂」という名で呼ばれる行法は、従来は、座禅や瞑想のような精神集中、

精神統一の意味だと理解されていたり、死者の霊魂に対する慰めを目的とする

呪術的行為を鎮魂としたり、憑依儀礼、霊魂操作法、健康術、そして、種々

の呪術などを鎮魂と呼ぶなど、おおよそ統一的な内容を持たないようで

あります。

 

では、本書で言う「神伝鎮魂法」とは一体どういうものなのでしょうか?

単なる上記のような古めかしいものの復活でしょうか?

 

水波一郎氏は、『私の言う神伝鎮魂法は、現代人の為に改良した修行法なの

で、それら(従来の鎮魂)とは、目的も作法も異なっている。よって、同じ

名前は使っていても、実質的には別のものであると言える。』と述べています。

 

時代は大きく変わり、従来の修行法が通用しなくなったようです。人は神や

霊魂を信じなくなり、我々の周囲には低い幽気(霊的に汚れた気)が溢れ、

少し移動するだけで、どこかで低い幽気に接触してしまう、現代はこのよう

な時代であり、このような大変な時代にふさわしい、つまり、低い幽気や

邪悪な霊魂への対処を前提とした、新しい修行法が是非とも必要になった

のだそうです。

 

よって、「神伝鎮魂法」とは、まず、現代のような競争社会、ストレス社会

において、必然的に飛び交う攻撃的な他者の想念により、幽体(死後に使用

する霊的な身体)が傷つかないように幽体を成長、強化させる行法であると

しています。

 

さらに、それはとりもなおさず、(死後の世界があるとして)死後の救いを

もたらす、つまり、死後、幽体の損傷や不調のために辛く苦しい世界へ落ち

てしまう危険性をなくすための、とても大切な行法でもあるとのことです。

 

もっとも、「神伝鎮魂法」は、幽体を強化するだけの技法ではなく、遥かに

高貴な技法であるとしています。初伝では、まず、幽体の強化や成長を目的

としていますが、次伝になると、「霊体」という、幽体とは異なるより高貴

な霊的身体の成長を目的としており、さらに上位の研修を含めると、全部で

5段階の研修プログラムがあるということです。

 

ところで、「神伝鎮魂法」の「神伝」とは何かについて、水波氏は、神霊
からの
伝法である。少なくとも、神霊の御意志を受けて、高貴な霊魂方が作成
に加わられた
法でないと、神伝とは言えない。』と言い、私一人で神伝の
法の
次第など作成できない。学者の方がどのようにおっしゃるかは知らないが、

私にとっては、神霊とその部下の高級霊魂なのである。よって、その方々が

おっしゃるとおりに、神伝の法を指導する。』と述べています。

 

どうも、神伝の法の次第、作法の意味の分かりにくさは、神霊の意図を受けて、

それを指導する高級霊魂の側の視点によって作成されているからのようです。

よって、高級霊魂の関与があってこその修行法であり、とても物理次元の

常識では捉えることができないもののようです。

 

このほか、本書では、「神伝鎮魂法」にかかわる様々な説明がなされていますが、

詳しい次第などは記されてはいません。なぜなら、たとえ、次第を書いたとし

て、読者がそれを独習しても、全く成果が出ないからだそうです。現代のよう

な霊的環境が劣悪な時代は、まず、神伝の法を指導する人たちが、高級な霊的

空間を作るための儀式を行い、その高級な霊的空間に入ることが何よりも大切

であり、それがあって初めて、神伝は力を発揮することができるのだそうです。

 

ただ、そうなると、信仰を嫌い、束縛を嫌がるという現代の風潮の中、「神伝

鎮魂法」は、このトレーニングを行おうとするものに単なる技法の習得を越えた

「信仰心」のようなものを求めることになります。

 

それは、多くの人々に受け入れてもらうためには、大きな妨げになるのではない

かという疑問がわいてきます。

 

それに対して、著者は、ここでいう「信仰」とは、伝統宗教のように特定の教義

や戒律を守ることではなく、実際に存在している高級霊魂の力をお借りするので

あるから、その際に礼儀を忘れない、ただ、それだけのことであり、人間として

当たり前のことでしかなく、それは、信仰というよりも、霊的な現実を素直に受け

入れる、だたそれだけであり、生き方は個々の自由、一人一人が自分で考えれば

いいことであると、主張しています。

 

最後に、水波氏は、以上のことから、別の主張に傾倒している人や、態度が悪い

人、不真面目な人を除けば、誰でも参加できるのが神伝の法なのである。(もちろ
ん、
国籍や民族は無関係である。)』『神伝鎮魂法は、未来の人類の為にも、最善
の霊的
トレーニングだと』強く訴えています。

 

さて、私は、大いに触発され、納得するところは大でしたが、どうでしょうか?

 

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