「禊 神秘の法」を読む



禊 神秘の法 


 
 一般的に、禊とは、自分自身の身に穢れのある時や重大な神事などに従う前、

又は最中に、自分自身の身を川や海や滝で、つまり、水で洗い清めることで

あり、現在の神社神道における禊作法は、昭和戦前期に川面凡児氏が行って

いたものに基づいているようです。

 

しかし、本書で著者の水波一郎氏は、それらとは全く異なる禊法の存在を主張

しています。水波氏は、修行法としての禊は一般の人が思っているような水を

かぶるということとは違うのであり、水、火(光)、風等を用いた禊を指導し

ているということです。

 

禊というと、すぐに日本神道の宗教行事などと考えがちであるが、現在の神社

神道や教派神道といった宗教が成立する前に、すでに禊というものは誕生して

いたのであり、仏教系やヒンズー教系の宗教が、この禊を取り入れても別に

何の不思議もなく、むしろ、禊は世界的なものだと考えていて、神道色は

なるべく抜き取りたいと述べています。

 

とにかく、古代の禊は、神的行事であり、神々と人との交わりを前提として

行う秘儀であった。それは自分自身の心を清め、高級な心をもつ新たな自分

に成長し、神々の前に出るにふさわしい自分になるための修行法だったはず

であるとしています。

 

要するに、禊とは、水行ではなく、魂を清め、人間をより進化させ、神々の

前に出るにふさわしい人間にするための技法だということです。

 

さて、よくいわれる禊とは、ともすると冬に冷水をかぶったり、数十分、

いやそれ以上に水につかっていたりする、異常な荒行になっていることも

多いが、それを禊法と呼ぶのは浅はかだという。それでは体を壊すのが落ち

で、心はちっとも進化しないのだそうです。

 

禊と呼びうるほどの水の行には、神々を呼ぶ作法や水の行に入る前の前提
となる潜在心を浮き上がらせる作法といったものが最初に必ず必要であると
述べています。



なぜなら、人は、カルマという過去世からの歴史を持っており、その歴史は、

時に善人であり、時に悪人であった。良いこともすれば悪いこともして、

それらトータルな魂としての自分を内在させている。何回もの過去世の

うちには、人殺しをしたこともあろうし、貧乏人につばをかけたことも

一度や二度はあったに違いないというのです。つまり、一度も何の罪も

犯していないといった人は、通常地上に生まれてこなくてもよい魂だ

というのです。

 

ましてや、地上に生まれれば、全員動物や植物を殺して食べており、一歩

外を歩けば、小さな虫を踏みつけている。となれば、人間はいかに自分は

罪はないと言い張っても、一日でも生存すれば、確実に他の生命を奪って

いることになります。

 

そうなると、人間は、自分では何も悪いことはしていないと思っていても、

確実に何らかの生命体によって呪われているのであり、その念は力となって、

人間の心や身体に突き刺さっているかもしれないのです。

 

このように、人は何回もの再生の繰り返しにより、多数の罪を背負い、その

潜在心には、他人にはわからない苦しみや悲しみ、そして憎悪といった傷が

残っているはずだとすると、それを深部から解消する手立てが必要であるが、

そうした自分自身の根本を浄化し、潜在心を少しずつ進歩向上させ、より

高い部分の過去世の影響を浮き上がらせ、魂の全体を進化させるのが真の禊

という技法だということです。

 

また、禊は、自分自身の正体を明きらかにする法であるとも述べています。

人には生存欲というものがあるが、それは他者との共存ではなく、他者を

殺しても自分が生きたいという欲求である。乳幼児期はこの欲求が強く

ないと生きてゆけないが、大人になると、逆に、社会の慣習に従いそれを

抑圧しないと社会人として生きてゆけません。

 

よって、人は全員ストレスの塊であり、その潜在心は抑圧に満ちている

のであり、その未熟さ、醜さを前提に教育しなければならないのであるが、

そのためには、表面の心がいかに説教しても無理なため、潜在心に対して

神霊の部下が高級エネルギーを侵入させ、その未熟で自分勝手な正体を暴き

浄化するのが禊法だということです。

 

つまり、禊法は、未熟な潜在心を高貴なエネルギーで清めてしまう技法だ

としています。

 

かくして、水波氏は訴えます、「人はいかように生きても、他の人からの恨み

やひがみを受けるのであり、正しいとか間違いとかとは無関係に念を受ける

生命体なのである。」「したがって、人は生きれば生きる程、罪はますます重く、

不幸はますます増大し、次の再世時にはより一層の不幸をもたらしてしまう

ことも多い。」「ところが困ったことに、自殺でのしようものなら、他の家族は

大迷惑である。」「したがって、いかに苦しくても、自分勝手に自殺などができ

ないのが現代なのである。」「生きれば生命を殺し、自分の意思で死ねば肉親が

不幸になる。よって、救いはない。」

 

「そこで、禊法はいうのである。この地上を正しく生きよ。そして罪を自覚し、

なるべく罪を少なくする努力をせよ。魂が進化すれば、地上ではない、はるか

に高級な世界の住人になれる。そこでは殺生など一切ない。生命体を食する

ことなく生活しうる世界なのである」と。

 

何はともあれ、現象としての生死を超える実在のパワーを秘めた古伝の禊や

現代人のための高貴な禊を得た人は幸いであり、今、神伝の禊法を行じること

が何よりも大切であろうと主張しています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「三万年の死の教え」

 

「三万年の死の教え」 



前回まで紹介してきた「チベットの死者の書」は、端的にいうと、輪廻転生を

前提としながら、人が死んでから再び生まれ変わる期間(バルド(中有)と

いう)を四十九日と設定し、その間に、できるなら、生まれ変わらずに解脱

できるように、死者に対して死について教えを説いて聞かせる経典だという

ことです。

 

能力の優れたヨーガの実践者は、死後にバルドの期間を経過しないで確実に

解脱に至るということですから、対象となるのは、理解力はあるがまだ悟って

いない人、悟ってはいるがまだ実践の浅い人、そして、教えの伝授を願って

いる一般の凡俗の人たちであり、その人たちが恐怖のために道に迷わないよう

このお経によって道案内をするということになります。

 

今回は、中沢新一氏の三万年の死の教え』のなかの「死者の書』のある

風景」によりながら、少し具体的にその流れを追ってみたいと思います。

テキストの違いで、前に紹介したものとは、細部において相違がありますが、

基本的な流れは同じであり、時代と文化と越えた大切なことが把握できるの

ではないかと思います。

 

さて、人は死に際して全く未知の体験をするようです。

 

まず、死の間際には、肉は土の要素に溶解され始め、死んでいく人は、自分が

重いものに押しつぶされていくように感じるというのです。そして、息が止まる

と、死者の前には、生命の存在の根源をつくる、まばゆい光があらわれるという。

そこで、ニンマ派(古派)のラマ僧が、「この光こそがあなたという生き物を

つくっていた純粋な本質であり、そのことを悟って、この光と合体することに

つとめなさい。」と言いますが、普通の人は修行ができていないため、その光は

持続せず、すぐに消えてしまいます。

 

そこで、さらに、「この光を見ながら、あなたは自分の守り本尊のことだけを考え

なさい。ここにあらわれているのは、純粋な本質をもった幻影なのだ。この純粋

な幻影が、あなたを解脱に導いていくだろう。」と語り聞かせます。

 

しかし、普通は、ここで解脱に至る、つまり、救われるのは難しいようです。

このとき、死者の意識は、すでにからだを離れていますが、ラマ僧は、語り続け

ます。「あなたは、これから心の本性のバルド(チョエニ・バルド)の中に

入っていく。さまざまな光や音や色を体験するだろう。でも、それをこわがって

はいけない。おののいてはいけない。この音も光も色も、あなたの存在本来の

姿そのものが、あらわれているのにほかならないのだから」と。

 

かくして、心の本性のバルトに突入した死者は、いったん失神するが、三日

ほどして目覚めるといいます。

 

目覚めた死者に対してさらにラマ僧は言います。「あなたは今、心の本性の

バルトゥの中にいるのだ。あなたはそこで、さまざまな幻影に出会うことに

なる。これらの幻影は、心の本性からわきあがってくる純粋な光のたわむれ

であると同時に、あなたをふたたび輪廻の中に誘惑していこうとする力でも

ある。細心の注意で、このバルトゥを渡っていくのだ。そして、このバルト

において、こんどこそ解脱を実現するのだ」と。

 

つまり、心の本性のバルトゥに入った死者の意識は、そこで自分をつくってきた

おおもとの存在の、ありのままの姿を見ることになるというのです。生きている

人の胸のあたりには、四十八の静寂尊がいて、おだやかな波動を送っているが、

大脳のあたりには、五十二の憤怒尊がいて、破壊的な力をもった波動を放ち、

そのふたつの波動があわさって、人間の活動をつくっているという。このように、

身体を離れた死者の意識は、このバルトゥの中で、静寂と憤怒のふたつの姿を

した、自分のほんとうの姿と出会っていかなければならないのだそうです。

 

ラマ僧は、なおも「あなたの前にこれからおそろしい憤怒の形相をしたヘルカ神

が、つぎつぎとあらわれてくる。でも、それを見て驚いたり、しり込みしたり、

おののいたり、逃げだそうとしてはならない。それらの神々は、あなたの大脳に

住んでいる神々のほんとうの姿なのだ。それはあなたの心に生まれた純粋な幻影

なのだ。あなたが、こうした恐ろしい神々に恐怖してしまうことがなければ、

あなたはかえってこれらの神々によって、確実に解脱できるだろう。」

 

「あなたの前に出現したブッダ・ヘルカの恐ろしい姿に、おびえてはいけない。

おののいてはいけない。この神はあの大日如来が、姿を変えたものにほかなら

ない。恐ろしい姿のその心には、広大な慈悲の力がみなぎっている。この神の

姿によって、悟りなさい。この神の姿によって、あらゆる幻影に打ち勝つのだ。」

と言い聞かせます。

 

このような静寂や憤怒の神々のイメージがあらわれてきたときに、自分の心の

信実を理解することができれば、その人には解脱が実現するが、それはとても

難しいことなので、たいがいの人は、その後、深い失神状態におちいってしまう

のだそうです。

 

そして、その失神からさめると、以前自分がもっていたのとよく似た身体、

「意識だけでできた身体」がむっくりと起き上がってくるのを感じるようです

が、これは悟ることができなかったために、ふたたび輪廻する世界への再生に

向かう道に入りはじめているということなのだそうです。

 

このように、死者の意識が、純粋な光の中から出て、ふたたび再生へと向かう

道に入りはじめても、それでもなお、死者の意識へ向けて、「いまのあなたは、

ただ、観音菩薩の慈悲すがることだけを、心に念じればよいのだ」と教えが

説かれます。

 

それでも、多くの人は解脱することができずに、再生に近づいていきます。

このとき、死者の前には、地獄に住むヤマ法王が出現してきて、生前の行為の

善し悪しを判断して、その人がつぎの生で悪い条件に生まれるべきかどうかを

決定するということです。ただし、そのヤマ王の恐ろしい姿も、自分の心の

本性と異なるものではないのだから、幻影のとりこになってはいけないと

さとすのだそうです。

 

しかし、それでも、なお、再生にむかう最後のバルトゥに入っていき、六つの

違った構造をもつ、輪廻の世界のどこかに再び生まれようとするとき、ラマ僧

はさとす、「自分が生まれる世界を正確に見抜きなさい。そして、細心の注意

を払い、輪廻に向かうかわりに、観音菩薩のほうにむかい、六つの形をした

輪廻におちこんでいくのを、可能なかぎり、防止しなければならない」と。

 

こうした最後のチャンスを逃した者には、自分が生まれてくることになる世界

の光景が次第にはっきりしてくるという。バルドゥもここまできてしまったら

致し方なく、意識を善いもの、優れたもの、清浄なもののほうにむけて、餓鬼

やアシュラなどの意識に触れないようにしなければならないが、このときには

もう、観音菩薩の力による救いを待つしかないということです。

 

かくして、バルトゥ(中有)の死者への導きとさとしは終わるのですが、勤め

を終えた帰りがけに、お供の小坊主が、師であるラマ僧に「私たち、生まれて

きてしまったものの生には、意味がないのでしょうか?」と問うています。

 

それに対して、ラマ僧は次のように答えています。

 

「生と死のむこうにある、心の本質を知ることができたら、その生には意味

があるということになるし、それができなければ、無意味なことを積み重ねた

ことにすぎないだろう。お前はなにも知らずに生まれてきたが、今は生まれて

きたことの意味を、知りはじめている」と。

 

ところで、中沢新一氏は、この『三万年の死の教え』という著書の中で、

『チベットの死者の書』はチベット仏教のニンマ派に伝承されている書物で

あるが、ニンマ派に伝承されてきたたくさんの教えのなかでも、いちばん

高度な「ゾクチェン」の教えのクラスに属しているようであり、ゾクチェン

の瞑想によって体験されるものと『チベットの死者の書』が説いている死後

の意識の体験するものとが、本質的に同じものつながっているという認識が

できるとしています。(なお、ゾクチェンという言葉は、「大いなる完成」を

意味し、人間を含むあらゆる生き物(一切有情)の心性における本来の

様態、またはあるがままで完成された姿のことを指していて、「大究竟」

などと訳される)

 

そして、また、数万年の古さをもつオーストラリア・アボリジニーの精神

伝統の中には、ゾクチェンで行われる青空を見つめる瞑想に類似した営みが

みられるが、このことから中沢氏は、両者の共通性にもふれ、アボリジニー

の「ドリームタイム」の思想には仏教の空性の思想と相通じるものがあると

して、人類学的な見地から、ゾクチェンがニンマ派のゾクチェンの伝統を

超えたきわめて古い人類の精神文化に連なっているのではないかと指摘

しています。

 

 







 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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『チベットの死者の書』の心理学



瞑想の心理学







エバンス・ヴェンツの
チベットの死者の書』の英訳の出版の7年後にこの訳に

もとづいて忠実なドイツ語訳が刊行されたが、これに「心理学的解説」という


長文を寄せたのが、C.G.ユングでした。


 


ユングは、この書に対して、「その出版の年以来、何年もの間、バルド・ト


ドル』は私の変わらぬ座右の書であった。私はこの書から多くの刺激や知識を


与えられたばかりでなく、多くの根本的洞察をも教えられた。」と賞讃したと


いうことです。


 


このことについて、中沢新一氏は、三万年の死の教え』のなかで、「ユングは、


自分が生きたプロテスタントやカソリックのキリスト教の世界が、人間のたま


しいの秘密のすべてに精通しているとは、考えることができなったのです。


むしろ、キリスト教は、人間の魂の秘密にかかわるたくさんの部分を、見え


なくしてしまったり、抑圧したり、それについての探究を阻んできたような


ところがあります。そこで、ユングは、自分たちの文明の「生命の源」に触れ


るために、精神性の別の源泉を、探し求めようとしました。」「ですから、彼は


エバンス・ヴェンツの出版したチベットの死者の書』を発見したとき、自分


の探し求めていたものをみいだしたような興奮と感動を覚えたのでした。」


と述べています。


 


ところで、チベットの死者の書』は、チカエ・バルド(死の瞬間の中有)


からチョエニ・バルドゥ(存在本来の姿の中有)、そして、シパ・バルド


(再生へ向かう迷いの状態の中有)へというふうに、究極最高の状態から迷い


と不安と恐怖の状態へという方向性で説かれていますが、ユングは、それとは

逆に、
終りから前へと読むことを進めています。


 


つまり、我々が誕生のとき以来、失ってしまった、人間の魂そのものの持つ


神性を全的に回復しようとする通過儀礼の過程として捉えようとするのです。


 


現在、西洋文明圏で実用に供されている唯一の通過儀礼手段は、精神分析医が


用いる「無意識の分析」であり、治療上の目的から意識の背景や根底へと入り


込みます。そうして、意識下の、萌芽状態にある、まだ産まれていない心的内容


を意識上の引き出す作業を行います。


 


しかし、主として性的な夢(リビドー)をとりあつかうフロイトの精神分析学


からはじまったこの治療法は、心的な傷の基本的原因を誕生時の経験、さらには


誕生以前の母の子宮内の胎児体験に見出すまでにいたったものの、限界に達して


しまいました。


 


なぜなら、生物学的前提だけで無意識の領域に進入するとき、ひとは本能の領域


にはまり込んでしまい、それを乗り越えることができないので、繰り返し肉体的


な生の次元に引き戻されるだけになってしまうからです。


 


そのような自然科学的前提とはまったく異なる考え方で、『チベットの死者の書』


がその先を説いていたとしたらでどうでしょう。


 


当該『死者の書』の訳者である川崎氏は、ユングは、この書のような四十九日間


の叙述とは逆に読むことにより、フロイトによって開拓されたわれわれの意識存在


の背後にある領域(「シパ・バルド」)を超えて、フロイトが入るのをためらった


「隠されたオカルト領域」、すなわち「集合的無意識の領域」に立ち入ることが


できることを示唆しているとしています。


 


魂の旅を一貫してその根源まで遡り、そこに個々の人間としての誕生以前の過去の


生命の源泉ともいうべきものを見いだし、この体験主体の痕跡とでもいうべきもの


を実感することをユングは求めたのだというのです。


 


しかし、ユングは、解説の終盤で、彼が提案したテキストの配列順序の逆転は、


読者の理解を助けるためにしたことで、バルド・ト・ドルの意図したこと


ではないと念を押しています。つまり、「この風変わりな書物の本来の目的は、


二十世紀の教養あるヨーロッパ人にとっては、すこぶる異様な感じを与える目的、


つまり「中陰」の領域を旅している死者たちに説明してやるための努力にある


のである。」というのです。


 


そして、「われわれ西洋人が行う死者への配慮は、きわめて未発達な段階にある。


しかし、それは、われわれが霊魂の不死について十分納得することができない


からではなく、われわれがわれわれのうちにある魂の欲求を排除し、逆に合理化


しようとしてきたからである。われわれは、われわれがそういう不死への願望を


もたないかのように知的にふるまい、死後の生を信じることができないからこそ、


絶対に何もしようとしないのである。」と言っています。


 


また、一方で、ユングは、「この書物の全体が、無意識の原型的諸内容から


つくられていることは、全く明らかなことなのである。」「神々と霊の世界は、


つまり、私の内なる集合的無意識に「すぎない」のである。この命題を逆に


いえば、「無意識とは、私が外に経験する神々と霊の世界である」という意味


になる。」とも述べています。


 


そして、最後に、「バルド・ト・ドルは秘教的な書物であったし、今もなお、


われわれがそれについてどんな注解を加えてみても、このことに変わりは


ない。なぜなら、それを理解するには、ある種の精神的能力を必要とする


からである。その能力は、だれも所有していないような特殊な能力ではなく、


ある特有な生き方と人生経験とを通じて、はじめて所有できるような能力で


ある。その内容と目的について、そのような「無用」な書物が現代に存在する


ということは、まことに喜ばしい。このような書物は、われわれ現代の「文明


世界」が求めているような種類の効用や目的や役割などに対して、もはや重要


な価値を認めないようになった人々のために書かれたものなのである。」と述べ、


締めくくっています。


















 

 

 

 

 

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「チベットの死者の書」



チベットの死者の書


「チベットの死者の書」というのは、原典の名称ではなく、今から70年以上

も前に、エヴァンス・ヴェンツという人物によって英訳されたときに付けられた

名称のようです。

 

彼はアメリカ生まれで、オックスフォード大学で社会人類学を学び、卒業後は

インドに渡ってタントラを学んだという。そののち、彼は5年以上にわたって

セイロン(スリランカ)やヒマラヤの各地をめぐり、都市やジャングルや僧院

を遍歴して教えを乞うなかで見出したのがこの書物だということです。

 

原典は、「深遠なるみ教え・寂静尊と憤怒尊を瞑想することによるおのずからの

解脱」という十七書の独立した作品集で、十七書全体では木版本で四百葉を

超える大部のもののうち、その三分の一を英訳したのだそうです。一般には

「バルド・ト・ドル(中有における聴聞による解脱)」という呼び名で知ら

れているものです。

 

この「チベットの死者の書」は、現在でもチベットで家に死者が出たときに、

その枕辺に密教の僧侶が招かれて唱えるお経だという。日本の「まくら経」、

「引導法」に相当する実用的な経典であり、また、その後、七日、七日ごと

に七週間にわたって唱えられる死後四十九日間の追善廻向、鎮魂のお経と

もいえるようです。

 

その内容は、死の瞬間から次の生での誕生までの間に魂がたどる旅路、七週

四十九日間の中有(バルド)のありさまを描写して、死者に対して迷いの

世界に輪廻しないように、「正しい道はこっちなのだ」と正しい解脱の方向

を指示する経典だということです。

 

もう少し具体的に言うと、チカエ・バルド(死の瞬間の中有)とチョエニ・

バルドゥ(存在本来の姿の中有)、そして、シパ・バルドゥ(再生に向かう

迷いの状態の中有)の三つの部分から成っています。

 

まず、チカエ・バルドゥは、死の瞬間に魂が経験する出来事について説明して

おり、チョエニ・バルドゥは、死に続いて起る一種の夢のような状態、いわ

ゆるカルマ(業、因縁)によって生まれる様々なビジョン、幻覚を扱って

います。そして、シパ・バルドゥは、再び現世に生まれるときの本能的衝動

と、誕生に先立つ出来事について説いています。

 

ここで注目すべきは、死が現実に訪れる最初のとき(チカエ・バルドゥ)

に、崇高な洞察と光明、さらには解脱を得る大きな可能性を与えられる

ということです。

 

その後、やがて「幻覚」の状態(チョエニ・バルドゥ)が始まるが、輝く

光りは次第に弱くなるとともに多様になり、幻影は次第に恐ろしさを

加えます。この魂の下降状態は、救いの手をさしのべる真理から意識が

離れてゆく過程を示すとともに、肉体的再生へと再び近づいてゆく過程

を示しているという。

 

よって、この経典の教えは、次々に起る惑いと混乱の各段階を通ってゆく

死者に対して、その時々になおも残されている救いの可能性に気づかせる

とともに、彼らが見る幻影の性質について説明してやる目的を持っている

ということになります。

 

しかし、このような実用的ともいえるアジアの仏教経典が西欧文化の中に

流布し、異常に有名になり、そして、日本にまで至ったのでしょうか。

 

本書の翻訳者である川崎信定氏は、1960年代に、当時全盛をきわめた

ヒッピーやフラワーピープルの間で流行したLSDという幻覚を引き起こす

薬物体験の指南書としてこの「チベットの死者の書」が崇められるように

なったことを強調しています。

 

たとえば、この「死者の書」には、次のような描写がなされています。

 

「息が途絶えようとするときに<ポア(転移)>を行うとよい。<ポア>を

行うことができないときに、導師となった人が次の言葉を告げるべきである。

「ああ、善い人(善男子)○○よ、今こそ、汝が道を求める時が到来した。汝

の呼吸が途絶えんとするや否や、汝には第一のバルドの<根源の光明>という

もの―以前に汝の師僧が授けた―あの同じものが現れるであろう。外への息が

途絶えると、虚空のように赫々として空である存在本来の姿<法性>が現れる

であろう。明々白々として空であって、中央と辺端の区別がない、赤裸々で

無垢の明知が顕現するであろう。このときに、汝自身でこれの本体を悟るべき

である。そして、その悟った状態に留まるべきである。私(導師)もまたこの

時にお導きをなすであろう」と、死におもむく者の体外へ吐く息が途絶える

前から、その耳許で何遍となく説いて、彼の心にしっかりと刻みつける

ようにするべきである。・・・・・」

 

一方、現代では使用を禁止されているが、LSDの幻覚体験には、共通の型が

あるようで、強烈な閃光、明るさ、春の叢林、揺らめく炎、明るく輝く赤、

黄、緑であり、絵にすると、ショッキングピンク色の蓮華の花と蕾、葬式の

花輪にみるような艶消しの濃い緑色の蓮の花、同じ緑色の種子状のもの、

あるいは母胎・子宮を思わせる形状があるという。

 

そのほか、研ぎ澄まされたような感覚の高揚、永遠の時間との接触、脈打つ

エネルギー鼓動の実感、内なる火の流れ、全身の溶融、流体感覚などが

LSD服用後の拡張した変性意識としてあるようで、これらが「チベット

の死者の書」の記述と類似しているとしています。

 

中沢新一氏も「三万年の死の教え」のなかで、「「チベットの死者の書」は、

死者の意識が体験するものに、さまざまな形而上学的な意味づけをおこな

おうとしています。この本を、彼らの「聖書」のひとつにしたアメリカの

若ものたちは、ですから、ぎゃくに中世チベットで書かれたこの書物を

とおして、自分たちのLSD体験に「意味」をあたえようとしていたのだ

と思います。」と述べています。

 

とにもかくにも、「チベットの死者の書」は、死のカーテンが引かれて

三日半経過して突然に意識を回復する死者の姿を提示してみせます。我々

すべてに死後三日半に必ず起ることとして、一片の疑問の余地もない断固

たる口調ですべての人にとっての死後の目覚めを断言します。

 

このように、確固たる口調のもとに、死を超えて存する生の体験を説き、

生死の枠づけを超えた存在の意味を我々に語りかけるのが「チベットの死者

の書」ということになります。

 

本書の翻訳者である川崎氏は、これを読んだ友人が「いやあ、これは死んで

からが大変なんですね」と言ったと述べていますが、死後の世界があると

して、それが本当に「チベットの死者の書」のような世界かどうかは置くと

しても、未知の世界へ行くための準備や案内が必要であり、安易にこの世と

同じような考え方で参入していったら、赤ん坊が砂漠のど真ん中に裸で放り

出されたような、大変なことになるように思えてなりません。

 

やはり、備えあれば憂いなし、ということだろうと思います。







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「ユング 魂の現実性」



ユング 魂の現実性


河合俊雄氏は、ユングにとって魂は最も重要なキーワードであろうけれども、

それだけにほとんど定義不能であると言います。

 

魂というのは、ユングにとって個人が所有している自分の心のようなものでは

なく、むしろ、魂における存在、あるいは魂の内の存在ということが言われる

ように、逆に、魂の内に自分が住んでいるのであって、魂とはそこに自分が

住んでいる世界のようなものだというのです。

 

しかし、魂は何か容器のようなものではなくて、ファンタジーという働きに

よって現実性(リアリテ)を生み出していくだともいう。

 

だから、物理的で文字通りの「現実」に主観によって媒介された心的現実が

付け加わるのではなくて、「心的現実がわれわれの直接に経験できる現実」

なのだということです。

 

また、魂は自分の魂のイメージという意味にも使われているようです。異性

像としてのイメージとして現れる魂というのがその典型的な例ですが、ユング

は魂のイメージを、こころの相補性と全体性のために異性像で現れることに

気づき、女性像をアニマ、男性像をアニムスと名づけます。アニマは気分と

して現れたり、現実の女性に投影されたり、女優、女神、魔女などの女性像

で現れることもあるとしています。

 

一方、アニムスはむしろ意見と現れ、アニマと同様、男性に投影されたり、

様々な男性像で登場したりするということです。

 

よって、これらイメージとしての魂は、自我や意識にとっての他者のように

なり、また、ひるがえっては、ユングの石の体験のように、あらゆる他者が

魂でもあると思えるとしています。

 

その他に、魂には、精神と身体、精神と物質をつなぐというニュアンスも

あるようであり、ユングにギリシャ的な精神、身体、魂という三分論が

見られるとしています。

 

ところで、ユングは死というものをどのようにとらえていたのでしょうか?

 

「死は心的に誕生と同じくらい重要で、誕生と同様に人生を統合する構成要素で

ある」そして、また、「死は心理学的に正しく見るならば、終わりではなく目標

であり、それ故に正午の高みを過ぎるやいなや死への人生がはじまる」と述べて

いるように、人生の後半を重視する心理学を提唱したユングにとって、死は常に

中心的なテーマであったようです。

 

来世や死後の世界は、ユングがその中に生きたイメージやユングの心を打った考え

の記憶から成り立っていて、それはある意味ではユングの著作の底流をなしており、

ユングにとっては、死や死後の世界というのは、真に実感を伴ったものであって、

現実性を持ったものであったということです。

 

しかし、ユングは、死後の世界、死後の生命については物語を語る以上のことは

できないと言っているようです。これが神の問題にしろ、存在の問題にしろ、

常にそれの心理学的なイメージしか対象にせず、それを物語るという形で拡充

していくというユングのスタイルであるという。

 

ともかく、ユングは夢によって、多くの神話的世界観と同じように、死者の世界

や死後の生命を実感していたようですが、そのなかで、伝統的に、死者は偉大な

知識の所有者であると考えられてきたけれども、死者は自分が死んだときに知って

いたことしか知らないとしているのは興味深いことです。

 

また、河合氏は、ユングが母親の死に際して遭遇した矛盾した感情、一方では深く

悲しみに沈みつつ、心の底では悲しむことができず、喜びを感じるという感情の

パラドックスについても次のように述べています。

 

「ユングはこのパラドックスを、死ということがあるときは自我の視点から見ら

れ、あるときは心全体から見られたためだと解している。自我の観点からすると

死は破局である。「死とはおそろしい残忍性である」として、死がいかに残忍で

あるかを言葉を尽くして強調している」「しかし他の観点からすると死は聖なる

結婚であり、喜ばしいことなのである」と。

 

そして、母の死に対して結婚式のようなお祭り騒ぎを聞いたとあるように、死と

いうものを結合として捉えるのもユングの特徴のようです。

 

ともかく、ユングの言うことは神話的世界観に共通しているけれども、それは、

たとえば、先祖は山にいると信じられているといった、単にある文化で伝承

されてきた世界観というわけではなく、ユングが経験的に確かめてきたもの

だということです。

 

ユングの臨死体験についても、特徴的なことが述べられています。

 

ユングは、70歳になる直前に心筋梗塞等で危篤状態に陥ったそうです。

そのとき見たビジョンでは、ユングは地球を離れて完全に向こう側から、

宇宙の側から地球を見ているのであるが、多くの臨死体験で体を抜け出

した魂が上の方から自分を見ているのに対して、ユングは地球のはるか

上に昇っていって、地球を見ていたという。河合氏は、個人を越えた無

意識や魂を提唱した人にふさわしい臨死体験ではないかと述べています。

 

また、臨死体験で言われる光の体験や至福感はユングにも認められるが、

苦痛があるというのが興味深いとしています。様々なことが脱落していく

のがいかに苦しかったかを強調しており、それが薄っぺらい至福感がやたら

強調される臨死体験よりも余計に本物らしいインパクトを与えてくれると

いうのです。

 

その後の回復過程で、ユングは来世における彼の結婚式のビジョンを見た

ということですが、ここからも、死とは婚礼であり、結合の神秘である

というユングの思想が、まさに彼自身の体験に基づいていることが

わかるとしています。

 

ユングは、85歳で亡くなります。彼の死に対しては、英雄視し、ほとんど

聖人伝説のような扱いをするものもあるが、一方で、ユングは悟った聖人など

ではなく、混乱の迷いのうちに死んでいったという報告もあるようです。

 

河合氏は、これほど死について考え、また、体験していながら、まだ分から

ないことや迷いがあったことが大切なように思われるとして次のように述べ

ています。

 

「臨死体験や死後の生命、異界などのイメージを取り上げてしまうと、逆説的

なことに、これらが「この世」の話になってしまいがちである」「もしも神に

ついて知ってしまっているならば、それは神は人間の世界の中に位置づけられ

てしまって、神でなくなってしまっている。死ぬ数日前のユングが、「まだ

欠けているところがある」と述べたように、知っているということは、知らない

ということに同時に裏打ちされてこそ意味を持つのである」「だから死について

もユングは知っていたし、知らなかったと考えられるのである」と。

 

ユング自身も、「われわれ自身の独自性―すなわち、究極的には限定されている

こと―を知ることにおいて、われわれはまた無限性を意識する力をもつことに

なる」と「自伝」で述べています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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「霊術家の饗宴」



霊術家の饗宴


江戸時代末期、なにもかもが新時代の到来の予感に混乱し、あわただしい

旧時代の終わりの詰めがはたされていたころ、民衆たちは未だ生活の不安

と疫病の恐怖におびえていたという。

 

町や村に漢方医はいたが、長患いともなれば薬代はかさみ治療効果にも

限界があった。山間僻地ともなると頼りなる医者すら居ず、不安な日々

を過ごすのであった。こんななかで、土地の古老や医学に関心を抱いた者

が、経験的に知った怪しげな煎薬を与え、ただひたすら病者の回復を願う

といった状況であったようです。

 

著者の井村宏次氏によると、今日まで伝わっている言い伝えのなかに、多種

多様な病気治療法をみることができるが、この種の言い伝えに関する文献を

あれこれ見ていると、積極的な内容のものより不吉な内容のものの方が多い

という事実に気づくという。

 

他の文献をひもといても、やはり伝承集は不吉な箇条書きにみちているが、

このことは、一昔前の人々がさまざまな不安にとりかこまれていて、それを

排するために、日常的儀礼をつみかさねていたことを示している。だが、正統

医学からは価値なしとされる呪術的伝承の異常な多さは、単に彼らが科学的に

無知であったとか、あるいは昔のことですまされる問題ではないとしています。

 

ひとつには、呪術そのものの効果という問題があるが、それよりも、不安が

あまりにも大きかったので、呪術治療の方向が異常に拡張されていったという

事実の中に、著者は彼らの苦吟を聞きとることができると述べています。

 

そして、このような医学的環境の貧困は、民衆を祈祷宗教へと誘う大きな要因

を形成したといいます。つまり、江戸時代、仏教寺院は本末制度および寺請制度

をテコとして、幕府による民衆支配の機構としての位置を賦与され、経済的

または経済外抑圧者として立ち現れたため、生活と肉体の不安にとりつかれた

民衆は、表面的には菩提寺におもねりながら、祈祷宗教へと、より吸引されて

いったというのです。

 

その祈祷宗教の中心をなしたのが修験道であったことに異論はないだろうと

しながら、その山伏の近世初期からの地域社会への急速な定着の進展に注目し、

里に定着した末派修験あるいは里山伏たちが、村人の依頼によって、鎮守の

別当となるケースが多くみられたとしています。

 

また、山伏は、葬式、仏事に関与することを禁じられていたため、葬式仏教たり

えず、現世利益、とくに加持祈祷に活路を見出さざるをえなかったという側面も

あったということです。

 

また、近世末期には、それと同時に、これら山伏とは別に、いわゆる、巷のまじ

ない師が続々と登場したし、さらに、幕末に誕生して、今に至るまで影響を与え

続けている、黒住、天理、金光などの新宗教が、洋漢両医学の主導権争いに

あけくれる医学界、維新によって再編され右往左往する既成宗教、そのいずれ

もが民衆の声をなおざりにする状況下で、治病を武器に快進撃を開始したと

述べています。

 

では、その後、霊術、治病術というものは、どのように展開していったで

しょうか。

 

何と、当然、その中核となるはずの修験は、維新政府の宗教政策によって

大混乱に陥ったというのです。

 

神仏分離政策は、神仏習合を前提とする修験道の宗教的基盤をゆるがすもの

であった。権現は神社か寺院か、あるいはその両者に分割され、地方諸山に

奉仕する修験者たちも神職になるか僧侶になるか、あるいは環俗するかの

選択を余儀なくされたということです。ことに、庶民のよき相談相手であり、

呪術的治病に従事していた里山伏(末派修験)においては、中央政府の意向

を伺う地方庁の命令で、選択の余地もなく環俗させられるケースも多かった

という。

 

こうして、彼らのうちのある者は故郷で百姓になるべく社を去り、別の者は

新たな修行のために山へと向かい、ある一派は諸国を放浪して、火や刀を使う、

いわゆる危険術を枕に、祈祷や霊薬売りを業とし、また、ある者は町に入って

祈祷を業とする者となったのではないかということです。

 

著者の村井氏は、山は捨てたが、かといって新宗教の教祖にはならず、病気

治しのプロの道を選択した一匹狼の気合術師、浜口熊獄という人物を第一に

取り上げ、紹介していますが、彼の道筋こそが、近代末期の里修験の姿と

合致していると述べています。

 

しかし、浜口熊獄が気合いを武器に全国をかけめぐっている間に、時代は

大きく変化し新興の霊術が新しい演目となっていったという。

 

それが、幻術、つまり、のちの催眠術でした。

 

そして、大正中期から昭和初期にかけての大霊術ブームの頃には、霊術の

内容を見ると、加持祈祷や気合術といった伝統的な霊術に代わって、その

半数近くが西洋から入ってきた心理療法、つまり、暗示や催眠などの

療法になってしまったということです。

 

また、「霊術」とは言うものの、霊術家を名乗る者の多くが、神も霊も

信じていなかったようなのです。精神力こそすべてであり、それが

霊であり、物質は、神や霊に従うのでなく、精神に従うと考えて

いたようなのです。

 

 

こうなると、霊術という用語の意味はどこまでも拡大、逸脱し、よく

わからなくなってしまいます。

 

よって、今一度、「霊術」とは何か、を振り返ってみたいと思います。

 

水波一郎氏の「霊魂学」によると、本来、「霊術」とは、「霊的な技術」

の略語として使用しており、様々な霊的技術を指しています。

 

そして、その霊的技術には、人の望みをかなえるために行う技と、霊的

な治療法、祓いの法などの技術があるということです。

 

さらに、霊術の効力を決めるのは、霊的な力であり、そのためには、高級

な霊魂団の協力、援助を得なければならないとされています。

 

また、人の否定的な望みを叶えるための技の最たるものとして「呪い」の

術というものがありますが、これは、この世から無くなったほうがいい

ものであり、霊的な進歩向上をめざす者は、近寄ってはいけないという

ことであります。

 

今、流行りの「気」の技についても、一見、短期的には、心身にその効果

が求められるとしても、広い見地からみると、霊的に良くない影響をもたらす

ことがあり注意が必要だと言われています。

 

とにかく、もう一度、霊術というものの真の意味を再確認し、その大きな価値

と、他方での危険性をしっかりと見極めたいものだと思います。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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神に人の苦悩を理解できるのか?-「バガヴァッド・ギーター」3-



バガヴァッド・ギーター3



シュレーゲル、フンボルト、ヘーゲルといった人たちの「ギーター」読解の

試みは、キリスト教世界に育ち、その価値観を身につけた人間が、ヒンドー教

の教典を読み、それとある種の対決を通じて、そこに、果たして普遍的な人間

精神の構造を見出しうるかどうかを問おうとするものであったという。

 

しかし、赤松明彦氏は、もうひとつの読み方、つまり、「ギーター」の教説を

主体的、実践的に読みとろうとする読み方があるとして、ガンデーと

シモーヌ・ヴェイユを取り上げています。

 

二人はともに翻訳から「ギーター」の世界に入っているという。ガンデーが

「バガヴァッド・ギーター」を読んだのは、1889年、法学部の学生として

ロンドンに留学中のまだ20歳のときであり、神智学運動へと接近する中で、

「ギーター」を友人たちと読むことになったようです。一方、ヴェイユが熱心

に「バガヴァッド・ギーター」を読んだのは晩年。晩年といっても、1943

年に34歳で亡くなるまでの4年間であったということです。

 

2人が生きたのは戦争の時代であった。第一次世界大戦中の1915年にインド

に帰ったガンデーは、非暴力主義を掲げて英国に対する不服従運動を行い、第二

次世界大戦後の1947年にインドの独立をかちとった。しかし、同時にそれは

インドとパキスタンの対立の激化のはじまりでもあり、ヒンド―教徒とイスラム

教徒の融和を求めて何度も断食を行ったガンデーであったが、翌1948年の

1月末に暗殺されます。1926年2月24日から11月27日までの間のサテ

ヤーグラハ・アーシュラム(集会)における「バガヴァッド・ギーター」について

の講話をはじめ、「ギーター」についてのまとまった仕事としては四つのものを

彼は残しているということです。

 

シモーヌ・ヴェイユは、1931年、22歳で大学教授資格試験に合格し、リセ

の哲学教授になるが、1936年7月、スペイン内戦が勃発するやすぐにカタロ

ニアに向かい民兵組織に参加、前線に配属されたがやけどを負い9月末に帰国

する。1942年12月、ロンドンで、ド・コール将軍の対ドイツ抵抗運動

「自由フランス」に参加するが、翌1943年8月24日、ロンドン郊外の

療養所で永眠。1941年頃にサンスクリットを独習していたヴェイユは、亡く

なる直前の数週間を「バガヴァッド・ギーター」の翻訳に費やしたようです。

 

ガンデーとヴェイユが、ともに「バガヴァッド・ギーター」から受け取った

メッセージが、「結果への関心を放棄して、ただ行為のみ行え」であったと

いう。赤松氏は、もし、この行為が道徳的な義務(当為)の要請ではなく、

カーストの掟という自然的規定を前提とするものであるなら、個人の実存的

苦悩も、人間の苦悩としては成立しないかのようであり、当為(義務)もまた

必然でしかないようであるとしながらも、「結果への関心を放棄して、ただ

行為のみ行え」という言明のうちに、人間としての当為を見出したのである。

それは、二人が、きっと人間アルジュナの苦悩を自らも引き受けようとした

からに違いないとしています。

 

また、ガンデーは、「バガヴァッド・ギーター」を「実際の戦場のイメージ

を借りて、人間の生において展開する精神の戦いを表すもの」として、終始

それを寓意的に読もうとしている。一方、ヴェイユは、しばしばアルジュナ

とジャンヌ・ダルクを対比的に並べて語っているが、それはまた戦争情況に

身をおいた自身の姿をもそこに重ね合わせるものであっただろう。「バガヴァ

ッド・ギーター」を、古典として主体的に読むとはこういうことである、

と述べています。

 

ところで、ガンデーは、アルジュナにさぞかし共感を寄せていると思いきや、

実のところアルジュナの苦悩なんぞまったく理解いない風なのだという。

 

赤松氏は、アルジュナの弱気は、単に一時の気の迷いである。彼がもし自分

の果たすべき仕事を放棄してしまったら、それこそ混乱と無秩序を作り出し、

彼自身と彼と無数の係累に不名誉をもたらすだけである。もしアルジュナが

非暴力の考えをもち、それを実際に行為に移したらなどといったことを推測

するは詮無いことである。始めた限り成し遂げよ、ぐずぐずするなという

のが、ガンデーのアルジュナ観であったと述べています。

 

一方、シモーヌ・ヴェイユはどうであったのでしょうか。

 

赤松氏によると、戦わざるをえない状況に置かれた者が、一時の気の迷いで、

あるいは憐憫の情に押し流されて、戦いたくないと言っているだけであり、

ガンデーと違っているわけではない。しかしながら、ヴェイユにはアルジュ

ナに対する共感があったという。「もはや選択の余地はない。」ヴェイユが

カイエ(雑記帳)の中で何度も繰り返すこの言葉こそが彼女がとらえたアル

ジュナの情況であり、まさにそこにおいてアルジュナに共感したのである

としています。

 

もはやそうするしかない情況で行為する。これが「無行為の行為」であり、

彼女が「ギーター」から理解した「行為の超越」ということであった。それゆえ、

アルジュナは、もはや戦う以外には道はないのであり、彼女もまた、戦う以外

に道はなかったのであったと述べています。

 

かくして、アルジュナは戦う以外に道はないとされるなか、最終章の第18章に

おいて、クリシュナは次のように言明します。

 

「あなたが我執により、「私は戦わない」と考えても、あなたのその決意は空しい。

(武人の)本性があなたを駆り立てるだろう。アルジュナよ、あなたは本性から

生ずる自己の行為に縛られている。あなたが迷妄の故に、その行為を行おうと

望まないでも、否応なくそれを行うであろう。」

 

赤松氏は、この言葉に対して、これではまるで自然の本性や神の意志には逆らえ

ぬのだといっているだけではないか。いったい、クリシュナにアルジュナの苦悩

は理解できていたのであろうか、と疑問を呈しつつも、「全身全霊で彼にのみ

庇護を求めよ。アルジュナよ。彼の恩寵により、あなたは最高の静寂、永遠の

境地に達するであろう。」とクリシュナが述べるところに着目し、神が今まで

一人称で語られてきたのが、「彼」と三人称で指示されているところから、

この部分のテキストの成立が、時期的には古い層に属しているとしています。

 

しかし、「バガヴァッド・ギーター」の全体をいまわれわれが目にするような

かたちに仕上げた古代の編集者は、巧妙であったと言います。古い層の周辺に

新しい層を重ね合わせ、文脈を接合して、全体を完成したというのです。

 

最後の最後に、クリシュナは、へたり込んだままのアルジュナにいう。

 

「さらにまた、すべての秘密のうちで究極の秘密である、私の最高の言葉を

聞け。あなたは私にとってこよなく愛しいから、あなたに有益なことを語ろう。」

 

「一切の義務(ダルマ)を放擲して、ただ私にのみ庇護を求めよ。私はあなたを、

すべての罪悪から解放するであろう。嘆くことはない。」

 

赤松氏によると、この詩において、明らかにクリシュナの、つまり神の態度が

変化しているという。ようやく神に人間の苦悩が理解できたとでもいうべき

であろうかと。

 

つまり、クリシュナが積極的にアルジュナをすべての罪過から「解放しよう」、

「救済しよう」という意志を表すのは、ここが最初であり、唯一ここだけである

と述べています。

 

この究極の秘密を聞いて、アルジュナはついに立ち上がります。

 

「迷いはなくなった。不滅の方よ。あなたの恩寵により私は正気を取りもどした。

疑義は去り、私は断固立ち上がった。あなたのいうとおりにしよう。」

 

終りに、赤松氏は、「アルジュナに共感をよせたヴェイユは、しかし戦いの場を

もはや与えられることなく、サナトリウムで衰弱死する。「ギーター」の教えを

日々実践したガンデーは暗殺され、彼の夢はまだ実現しないままである。

困難な時代に生きるわれわれも、「バガヴァッド・ギーター」におけるアルジュ

ナの苦悩を、きっと自分たちのものとして引き受けなければならないことがある

だろう。そのときのために、また、もう一度、「バガヴァッド・ギーター」を読む

ことにしよう。」と述べ、結んでいます。

 

 



 
 
 
 
 

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「バガヴァッド・ギーター」2 -その原型そしてテーマを探る-

バガヴァッド・ギーター2


「バガヴァッド・ギーター」をひととおり読んでみて、そのテーマを一言で

いうとすれば、義務の遂行、無私の行為、神への信愛、神の体験、精神の集中、

ヨーガの実習等々の言葉が頭に思い浮かぶとしても、一言でその主題をいう

のは到底無理なように思われます。

 

「書物誕生 あたらしい古典入門「バガヴァッド・ギーター」」の著者の赤松

明彦氏は、このことに関して、次のように述べています。

 

「バガヴァッド・ギーター」は、聖典として伝承されるようになったときには、

すでにひとつの作品として、おそらく今日のわれわれが目にしているのと同じ

表現と内容をもった詩節の集まりとして完成していたはずである。しかし、

そこに至るまでには長い年月の経過があった。口頭伝承によって伝えられ、

吟遊詩人たちによって唄われて、ヒンドー教の聖典として完成に至るまでの

その長い年月の間に、様々な要素がそこに加わり、変容があったに違いない

のである。その変容の痕跡が幾重もの層となって「バガヴァッド・ギーター」

という作品の中に残されている。近代になって、ヨーロッパ世界に「ギーター」

が紹介されて以来、読み手としての研究者や思想家たちが最も熱心に論じる

ことになったのも、まさにこの点であった、と。

 

かくして、赤松氏は、テーマを探るために、テキスト成立の歴史的な過程を

考察するとし、そこに残された変容の軌跡から原型を探っていきます。

 

そこで、まず、「バガヴァッド・ギーター」が、叙事詩「マハーバーラタ」の

一部を構成している点に着目します。

 

長い伝承の歴史を経たのちで完成したひとつの作品がそのまま大叙事詩のなか

に存在している理由を考えると、その原型は、三つの可能性が考えられると

しています。

 

ひとつは、もともと叙事詩「マハーバーラタ」とは関係なしに独立して存在

していた。それが、色々な要素を含み込み、時代を経てひとつのものとして

完成した後に、叙事詩の一部として編入された。

 

ふたつ目は、もともと叙事詩「マハーバーラタ」とは関係なしに独立して存在

していた。それが、まず叙事詩の一部へと編入され、その後に叙事詩の内部

で現行のもののように改変された。

 

もうひとつは、もとから叙事詩「マハーバーラタ」の一部としてあった。

それが核となって、そこに色々な要素が付け加えられた結果、今のよう

な姿になった。

 

いずれにせよ、ポイントは「マハーバーラタ」との関係にありそうだとし、

その関連性を「ギーター」の内容に照らし個々に検討していく必要があると

しながらも、とにかく、「マハーバーラタ」の話の展開からすると、「ギーター

」は、同族間の戦闘が始まったとき、敵陣に居並ぶ親族、同族を見て戦意を

喪失したアルジュナが再び戦闘に立ち向かうまでの話であるということが

確認できるとしています。したがって、これをひとつの原型とみることが

できるとも述べています。

 

「クリシュナよ、戦おうとして立ちならぶこれらの親族を見て、私の四肢は

沈みこみ、口は干涸び、私の身体は震え、総毛立つ。ガーンディ―ヴァ弓は

手から落ち、皮膚は焼かれるようだ。私は立っていることもできない。私

の心はさまようかのようだ。」

 

それにしてもなぜアルジュナは戦意を喪失したのか? シバァ神からガーン

ディ―ヴァ弓という最強の兵器を与えられた勇者がその弓を取り落として

しまうほどの意気消沈はどこからきたのか? いよいよ、「ギーター」の

解読に入っていきます。

 

さて、第一章かけて第二章にかけて、アルジュナは自らの戦意喪失の理由を

語ります。アルジュナが発した言葉は、直後にクリシュナによって「分別くさ

い」と笑われるが、著者、赤松氏は、ここに見出されるアルジュナの苦悩は、

彼の倫理観に深くかかわるものだとしながら、ここには、実存的といってよい

ような個人的な倫理観、現実社会における義務的な倫理観、さらには伝統的な

社会の中にあって歴史的な制約からくる倫理観が複雑に混じり合って表明

されているとしています。そして、ひとりの人間がこのようにレベルの異なる

倫理観をもち、その相克から生じてくるデレンマ苦悩するというのは、実は

それこそが叙事詩のテーマであるということを指摘しておきたいと述べて

います。

 

また、「マハーバーラタ」においては、戦争はもはや栄光に満ちた讃えられる

べき出来事ではなくなっている。戦争は殺戮であり罪悪ではないのかという

疑念こそが、叙事詩「マハーバーラタ」の全編に漂う雰囲気なのである。

それはまた「バガヴァッド・ギーター」の全体を通奏低音のように貫いて

いる気分でもあるとしています。

 

そうすると、アルジュナが、「私は戦わない」と戦争を放棄する第一章から

第二章のはじまりにかけての部分は、「マハーバーラタ」の筋の展開に

ぴったりとおさまっており、もともと一体的にあったということができ、

「ギーター」の原型をこの部分に認めうるのではないかとも述べています。

 

それでは、「バガヴァッド・ギーター」の原型の成立を「マハーバーラタ」

とは関係ない場所に見出そうとするとどうなるのか。これはそのまま「ギー

ター」の主題をクリシュナの教えのいずれかのうちに見出そうとすること

であるとして、クリシュナの説得の展開を追っていきます。

 

最初にクリシュナがいうには、個我は永遠に不滅であり、身体が殺されて

も個我は決して殺されることはない、それゆえ、嘆くべきでない、と。

つまり、アルジュナの悲痛な嘆きを、それとはレベルの異なる形而上的

な原理、すなわち「個我の永遠不滅性」を説くことによって昇華解消して

しまおうとするもので、これは、「知識のヨーガ」と呼ばれる、クリシュナ

の教えのひとつの軸である哲学的・思弁的な立場をよく示しているものです。

 

次に続くのは、クシャトリア(王族、士族)としての義務(ダルマ)は戦うこと

であるから、戦わないことは、自己の義務と名誉を捨て、罪悪を得る、さらに、

戦わなければ、不名誉と軽蔑を人々から受けることになるというもの。著者、

赤松氏は、この部分は、「アルジュナの苦悩の言葉を「分別くさい」と一笑に

付したわりには、あまりにもあたりまえのインパクトのない言葉に思える。」

「ここでのクリシュナは、せいぜい勇者アルジュナの友人であり御者である

人間クリシュナであって、それが無理やり「戦え」といっているだけのよう

に思える。」と述べています。

 

かくして、最初の説得は空振りに終わるが、「殺す」いうことを意味する理屈

として、もうひとつ別のものが提示されることになる。次に述べられるのは、

「殺しての、殺したことにはならない」という行為の転換を導く知性の状態で

ある。これが「行為の束縛」を離れる「行為のヨーガ」の教えであるという。

 

赤松氏は、「結果を考慮せず行為を行え、結果への執着を捨てて行為せよ、

といういわゆる「無私の行為」の宣揚を、クリシュナの教えの中心的な

メッセージであると考える読み手は多い。後に紹介するガンデーやシモーヌ

・ヴイユも、最初に心惹かれたのがこの教えであった。」と述べています。

 

ただし、これはやみくもな実践の勧めではなく、自己の制御、専心、つまり、

ヨーガ行者のような心的状態をもって行為を行えということであるとして

います。

 

では、クリシュナの教えにおいては、何に向けて心を集中せよといわれる

のでしょうか。

 

「バガヴァッド・ギーター」では、「ヨーガ」という語が様々なレベルで

使われており戸惑うが、精神集中とされる場合、その意識が集中される

一点とは、「自己」であり、さらに「私」、つまり教示者であるクリシュナ

自身であり、ウパニシャッド以来の神学において最高実在の位置を占めて

きた「ブラフマン」であるという。

 

ここでは、「自己」と「ブラフマン」が同じ位置に置かれており、このよう

な神秘的同一観念から、「ギーター」が、ウパニシャッド的な思想風土の中

から、一元論的汎神論を原型として生まれてきたのではないかという考えを

提供することになるとしています。

 

さて、あいかわらず動揺を隠せないアルジュナに対して、クリシュナは、

とうとう、「アルジュナよ、私に意を結びつけ、私を帰依所として、ヨーガ

を修めれば、あなたは疑いなく完全に私を知るであろう。それにはどうすれ

ばよいか、聞きなさい。」と、つまり、自らを神として、「私に帰依せよ」と、

アルジュナに対して語り始めます。

 

ここで、それまで同じひとつの戦車に乗る御者と射手として、はたまた友人

としての両者の間に隔絶が生じるが、赤松氏は、「この隔絶こそが、インド

における全く新しい「神」の誕生を告げるものである。」としています。

 

第七章から第十一章では、クリシュナの神としての一人称による語りが

圧倒的な割合を占める。圧倒的な神、驚異的な唯一絶対の神の姿が語り

続けられます。

 

第十二章で、「このように常に(あなたに)専心し、あなたを念想する信者

(バクタ)たちと、不滅で非顕現なものを(念想する)人々とでは、どちら

が最もヨーガを知る者であるか。」というアルジュナの問いに対し、クリシュ

ナは、「私に意を注ぎ、私に専心する、最高の信念を抱いた人々は、「最高に

専心した者」であると私は考える。」と答えています。

 

赤松氏は、第七章から十二章までの全六章は、「「バガヴァッド・ギーター」

の中心にあってひとつのまとまりを形成しており、神に対する「信仰」、

「信愛」、すなわち「バクテ」を主題として語られて部分であると述べて

います。

 

「バクテ」の観念は、ヒンドー教の「信仰」の特徴をよく表すものとして

知られたものであるが、神に対する強い信愛の感情を表す語として宗教的な

意味を帯びて使われたのは、「バガヴァッド・ギーター」が最初であると

しています。

 

もっとも、近年の研究では、この「バクテ」の観念をふくむ層は、「ギー

ター」の中では、最も新しい層、つまり最後に付加された部分であると考え

られているようです。ただし、「バガヴァッド・ギーター」という聖典に

とってのこの観念の重要性はいうまでもなく、この観念がなければ、宗教

聖典としての「バガヴァッド・ギーター」の全体が存在し得たはずはなく、

インドにおいても、今日に至るまで、これほどまでに汎ヒンドー教的な

影響力を「ギーター」が持ち得たはずもなかったであろうと述べています。

 

さて、アルジュナはまだ座り込んだままです。いったいいつになれば、

またどうすれば再び立ち上がるのか? また、ガンデーやシモーヌ・

イユは、「ギーター」をいかに読んだのか? それは次回に触れ

たいと思います。

 

 


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「バガヴァッド・ギーター」1-聖典の誕生-

バガヴァッド・ギーター1


「バガヴァッド・ギーター」は、岩波文庫で118ページの書物としては小さい

ものです。しかし、この小さい作品は、ヒンドー教の聖典としてインド社会の

人々に広く受け入れられているだけでなく、世界中で読まれている書物でも

あります。

 

現在話されている30以上の現代インド語や、40近い世界の主要な言語に翻訳

されており、ラテン語やヘブライ語、エスペラント語の翻訳まであるそうです。

 

では、なぜ、これだけ世界中で広く翻訳がなされてきたのでしょうか?

 

赤松明彦氏の「書物誕生 新しい古典入門バガヴァッド・ギーター』」により

ながら、その魅力を探ってみたいと思います。

 

さて、「ギーター」には、文字で記された書物というかたちをとる以前に、口頭

伝承の時代があったようです。口頭伝承とは、それが声と記憶で、作品として

語り継がれ、歌い継がれてきたということです。

 

著者は、その伝承が、文字によらず口伝えによる時代があったといわれると、

その時代には、まだ作品としての内容も言葉づかいも定まっておらず、語り手

や歌い手によって様々に、いわば即興的に表現されていたのではないかと思

われるかもしれないが、その予想はなかば正しいし、なかば間違っていると

言います。

 

つまり、確かに「ギーター」の中には、様々な異なった考え方が含まれており、

ときに矛盾したことが述べられていたり、同じ語であるのに明らかに次元の

異なる意味で用いられたりしていることから考えると、おそらく長い年月を

経て出来上ってきたもので、その間に種々の思想を取り込みながら作り上げ

られてきたのではないかと思われる側面がある。しかし、一方で、インドの

文化伝統(インドには、ヴェーダをはじめとする聖典のテキスト(文字では

ない)を代々に伝承してきた家系があって、その家系に属する学者はパンデ

ットと呼ばれている)によって、文字が使用される時代になっても、口伝が

極度に重要視され、制度化されるなかで、音声レコーダーに比すべきほどの

正確さで伝承がなされてきたとしています。

 

ところで、著者は、インドにおける口頭伝承されるテキストの類型を表す

用語として、古来、「シュルティ」と「スムリティ」という二つの語が

あったと述べています。

 

「シュルティ」は「天啓聖典」あるいは「天啓文学」、「スムリティ」は

「伝承聖典」あるいは「聖伝文学」というふうに訳されることが多い

という。

 

この語の意味を「聖典化」という観点から考えてみると、まず、「シュル

ィ」と呼ばれうるのは、「リグ・ヴェーダ」と、「アイタレーヤ・ブラー

フマナ」、「アイタレーヤ・アーランヤカ」、そして このアーランヤカに

含まれて伝承されている「ウパニシャッド」の四つだけであるということ

です。そして、これで「ヴェーダ」(知識を意味する)と呼ばれるひと

まとまりの文献群になっているようです。

 

このヴェーダ文献の歴史的発展の姿は、多様で複雑で画一的な範疇におさめ

うるものではないとすると、では、それがすべて「シュルティ」と呼ばれる

理由は何かということになります。

 

著者は、その理由について次のように述べています。

 

「その理由は、ヴェーダが、太古の聖仙(リシ)が直接見に「見た」神聖な

言葉を伝える聖典類であるからである。「見た」とは、つまり聖仙がそれを

作ったのではないということである。」「ヴェーダは、聖仙(リシ)、つまり

神的な眼をもった詩人-人でもなく神でもない-がまさにありありとその

眼前に見たものなのである。ヴェーダはこのようなものと信じられている

のである。そのことを示すためのものが「シュルティ」という観念に他

ならない。つまり、シュルティとは、ヴェーダの言葉に聖典としての価値を

賦与するレッテルとして生み出された観念にほかならないのである。」と。

 

そして、このような観念を作りだす必要性については、別の新しいテキスト

が生み出されて、それらが新しい価値を持ち始めたからであるというのです。

新しい実用的で便利なテキストに対して、従来のヴェーダ文献を、権威ある

聖典として護持する必要があったからだというのです。

 

もう一つの語「スムリティ」とは、「思い出されるもの」という意味だそう

です。シュルティが聞くことによって直接師匠から弟子への伝承がなされる

ことを意味するのに対し、スムリティにはそのような直接的な伝承の連続性が

ないということです。つまり、スムリティは、シュルティと違って、あるとき

誰かある人によって作り出されたものであるというニュアンスがあるようです。

 

しかし、著者は、スムリティと呼ばれる文献群には、実用性という一つの共通性

を見ることができるが、このように、スムリティが実用性をもつ知識として登場

してきたことは、インド的な知のあり方に新たな局面をもたらすことになったと

しています。

 

つまり、実用的であるとは、その知識が人々によって共有され、実際の生活に

役に立つということであり、シュルティと呼ばれたヴェーダの知識のように

秘密の知として師資相承されるのではなく、公共性をもった知識として広く

共有されることになったのだというのです。

 

そして、もう一つ重要なこととして「ダルマ・スートラ」という、共同体に

生きる人々が、社会的に守るべき規範を定めた規則集の類がテキストとして

出現し、それが、前2世紀頃になるとダルマ・シャーストラ(法典)へ発展

していったということがあるそうです。

 

その中でも、「マヌ法典」が今日でも有名ですが、「マヌ法典」は、その冒頭で、

偉大な聖仙(リシ)たちが人類の祖マヌから聞いたものであると述べています。

 

「リシが聞いた」とは、本来シュルティのもつ特徴であったはずであるが、

マヌ法典は、ヴェーダにも等しい神聖性をみずから主張していることになり、

ここにおいては、スムリティが、シュルティと並ぶ聖典としての価値を表す

概念となったということができ、スムリティもまた聖典化したのであると

著者は言っています。

 

以上のような古代インドのテキストの聖典化の過程を踏まえて「バガヴァッド・

ギーター」を見るとき、どうして「ギーター」がヒンドー教の聖典としての

位置を占めるようになったのかが明らかになってくるのだそうです。

 

本来的には、決して「聖典」といえるほどのものではなかったように思えると

しながら、著者は、今日においては汎ヒンドー的な聖典としての位置を与え

られたのは、「ギーター」がシュルティの勢力圏から逸脱した、あるいはシュル

ィを超越したからである。ヴェーダに代わるものとして自らを受け入れさせる

ことに成功したからといってもよいかもしれない、と述べています。

 

そして、「ギーター」は、御者であり神であるクリシュナが、戦士アルジュナに

語る教説を内容としているが、今この教えを説いている私=クリシュナは、永遠

の過去において最初にこの教えを説いたクリシュナと同じだと言うとき、ここ

において、「バガヴァッド・ギーター」は、時間性を超越したものとなり、聖典

としての独自の永遠性をもつことをそれ自体で宣言しているとしています。

 

さらに、もう一つ重要な点は、クリシュナが教えを説くということにある。神

自らが姿を顕し、一人称で教えを開示する。ここには、明らかにシュルティとは

異なるまったく新しい聖典の誕生した姿をみることができるだろう。「バガヴァ

ッド・ギーター」こそは、ヒンドー教における信仰のあり方の転換点に違い

ないのであると主張しています。

 

次回は、「バガヴァッド・ギーター」の内容へと入っていきたいと思います。

 







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