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「禊 神秘の法」を読む



禊 神秘の法 


 
 一般的に、禊とは、自分自身の身に穢れのある時や重大な神事などに従う前、

又は最中に、自分自身の身を川や海や滝で、つまり、水で洗い清めることで

あり、現在の神社神道における禊作法は、昭和戦前期に川面凡児氏が行って

いたものに基づいているようです。

 

しかし、本書で著者の水波一郎氏は、それらとは全く異なる禊法の存在を主張

しています。水波氏は、修行法としての禊は一般の人が思っているような水を

かぶるということとは違うのであり、水、火(光)、風等を用いた禊を指導し

ているということです。

 

禊というと、すぐに日本神道の宗教行事などと考えがちであるが、現在の神社

神道や教派神道といった宗教が成立する前に、すでに禊というものは誕生して

いたのであり、仏教系やヒンズー教系の宗教が、この禊を取り入れても別に

何の不思議もなく、むしろ、禊は世界的なものだと考えていて、神道色は

なるべく抜き取りたいと述べています。

 

とにかく、古代の禊は、神的行事であり、神々と人との交わりを前提として

行う秘儀であった。それは自分自身の心を清め、高級な心をもつ新たな自分

に成長し、神々の前に出るにふさわしい自分になるための修行法だったはず

であるとしています。

 

要するに、禊とは、水行ではなく、魂を清め、人間をより進化させ、神々の

前に出るにふさわしい人間にするための技法だということです。

 

さて、よくいわれる禊とは、ともすると冬に冷水をかぶったり、数十分、

いやそれ以上に水につかっていたりする、異常な荒行になっていることも

多いが、それを禊法と呼ぶのは浅はかだという。それでは体を壊すのが落ち

で、心はちっとも進化しないのだそうです。

 

禊と呼びうるほどの水の行には、神々を呼ぶ作法や水の行に入る前の前提
となる潜在心を浮き上がらせる作法といったものが最初に必ず必要であると
述べています。



なぜなら、人は、カルマという過去世からの歴史を持っており、その歴史は、

時に善人であり、時に悪人であった。良いこともすれば悪いこともして、

それらトータルな魂としての自分を内在させている。何回もの過去世の

うちには、人殺しをしたこともあろうし、貧乏人につばをかけたことも

一度や二度はあったに違いないというのです。つまり、一度も何の罪も

犯していないといった人は、通常地上に生まれてこなくてもよい魂だ

というのです。

 

ましてや、地上に生まれれば、全員動物や植物を殺して食べており、一歩

外を歩けば、小さな虫を踏みつけている。となれば、人間はいかに自分は

罪はないと言い張っても、一日でも生存すれば、確実に他の生命を奪って

いることになります。

 

そうなると、人間は、自分では何も悪いことはしていないと思っていても、

確実に何らかの生命体によって呪われているのであり、その念は力となって、

人間の心や身体に突き刺さっているかもしれないのです。

 

このように、人は何回もの再生の繰り返しにより、多数の罪を背負い、その

潜在心には、他人にはわからない苦しみや悲しみ、そして憎悪といった傷が

残っているはずだとすると、それを深部から解消する手立てが必要であるが、

そうした自分自身の根本を浄化し、潜在心を少しずつ進歩向上させ、より

高い部分の過去世の影響を浮き上がらせ、魂の全体を進化させるのが真の禊

という技法だということです。

 

また、禊は、自分自身の正体を明きらかにする法であるとも述べています。

人には生存欲というものがあるが、それは他者との共存ではなく、他者を

殺しても自分が生きたいという欲求である。乳幼児期はこの欲求が強く

ないと生きてゆけないが、大人になると、逆に、社会の慣習に従いそれを

抑圧しないと社会人として生きてゆけません。

 

よって、人は全員ストレスの塊であり、その潜在心は抑圧に満ちている

のであり、その未熟さ、醜さを前提に教育しなければならないのであるが、

そのためには、表面の心がいかに説教しても無理なため、潜在心に対して

神霊の部下が高級エネルギーを侵入させ、その未熟で自分勝手な正体を暴き

浄化するのが禊法だということです。

 

つまり、禊法は、未熟な潜在心を高貴なエネルギーで清めてしまう技法だ

としています。

 

かくして、水波氏は訴えます、「人はいかように生きても、他の人からの恨み

やひがみを受けるのであり、正しいとか間違いとかとは無関係に念を受ける

生命体なのである。」「したがって、人は生きれば生きる程、罪はますます重く、

不幸はますます増大し、次の再世時にはより一層の不幸をもたらしてしまう

ことも多い。」「ところが困ったことに、自殺でのしようものなら、他の家族は

大迷惑である。」「したがって、いかに苦しくても、自分勝手に自殺などができ

ないのが現代なのである。」「生きれば生命を殺し、自分の意思で死ねば肉親が

不幸になる。よって、救いはない。」

 

「そこで、禊法はいうのである。この地上を正しく生きよ。そして罪を自覚し、

なるべく罪を少なくする努力をせよ。魂が進化すれば、地上ではない、はるか

に高級な世界の住人になれる。そこでは殺生など一切ない。生命体を食する

ことなく生活しうる世界なのである」と。

 

何はともあれ、現象としての生死を超える実在のパワーを秘めた古伝の禊や

現代人のための高貴な禊を得た人は幸いであり、今、神伝の禊法を行じること

が何よりも大切であろうと主張しています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体