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「池田晶子 不滅の哲学」



不滅の哲学





池田晶子さんとは、1960年生まれで、2007年に肝臓がんのため46歳

の若さで亡くなった文筆家です。

 

彼女は、哲学を一般人向けに、専門用語を使わずに語るという新しい分野を開拓

した人で、中学の教科書に書き下しが掲載されたりしており、特に14歳から

の哲学-考えるための教科書は、道徳の教科書などに引用されたという。

 

そうなると、哲学者という方が適切かもしれなませんが、彼女は、哲学者という

のは、自分から名乗るものではなく、他者がそう呼ぶものだとして、文筆家だと

名乗っていたようです。

 

さて、著者の若松英輔氏は、この本の初めに、「会ったこともなければ、遠く

から見かけたことすらない。生前には、どんな声かも知らなかった。ある期間、

確かに同時代に生きたのだが、その言葉は、彼方の世界からやってくる、そんな

感覚をぬぐいさることができなかった。それは彼女が亡くなった今でも変わらない。

池田晶子の言葉、誤解を恐れずにいえば、言葉である池田晶子は、今も語ること

を止めない。」と述べています。

 

池田晶子さんは、「言葉はそれ自体が価値である」と何度も述べているが、彼女の

いう「言葉」とは、通常、私たちが感じている言語の領域をはるかに超えていて、

ときには、色であり、音であり、また芳香、あるいは形でもあるような、姿を定

めずに私たちの前に顕れるものであり、それは「コトバ」と言い表す方が適切だ

としています。

 

「死の床にある人、絶望の底にある人を救うことができるのは、医療ではなくて

言葉である。宗教でもなくて、言葉である。」

 

つまり、彼女のいう「コトバ」は、魂にふれる。また、ときに、私たち自身より

も私たちの魂に近づくこともできるということのようです。

 

では、彼女がいう「価値」とはなんでしょうか。

 

著者は、「価値」とは、もともとは、かけがえのない何ものか、つまり、絶対

価値を意味したが、絶対を信じることが困難な今日では、その原意を見失い、

いつの間にか価値の意味も相対的なものになってしまったという。

 

よって、「価値」には絶対が分有されていなければならず、「存在はコトバで

ある」、つまり、存在=超越者は「コトバ」として世界に顕われるがゆえに、

言葉それ自体が絶対であり、救済は言葉によってもたらされるというのです。

 

そして、池田晶子さんは、「言葉それ自身を追求してゆくと、当然言葉の向こ

う側へ出てしまう。」「言葉』とはすなわち『意味』であり、『言葉の不思議』

とは、『意味の不思議』。」「言葉の意味というものは、目に見えて手でさわれる

この現実の世界には、存在しないということなんだ。意味というのは、別の世界

に存在するものなんだ」だとして、五感で認識される言語である言葉の世界から、

意識の世界を超えた「意味」の領域へと向かっていきます。

 

かくして、著者は、言葉を認識することは、「別の世界」にふれることである。

「言葉」、あるいは「意味」が別世界にあると信じる者にとって、別世界の

存在自体は疑い得ない。「世界」であると私たちが信じて疑わない、こちらの

視点から見れば、「別の世界」が異界なのだが、それが私たちの世界を包み

込むように存在しているのなら、「異界」と呼ばれるべきは、こちらの世界

かもしれないとしています。そして、池田さんが言うように別世界にある以上、

それにわずかでもふれようと思い者は、彼方なる世界へと歩を進めなくては

ならないと述べています。

 

ところで、池田晶子さんのいう哲学とはどのようなものなのでしょうか。

 

彼女の処女作「事象そのものへ!」の第一章は、まさに、走っている最中に

全構想が閃いたとあるように、哲学とは、躍動する営みとして感じられて

いたということです。

 

「内的発語の不思議。誰が誰に語っているのか。ことばはどこから紡ぎ出され、

どこへと向かい、また、何故その必要があるのか。あるいはまた、表象される

映像群。それらはどこに見え、また何故その当の意味を担っているといえる

のか。記憶の切実さは何によってそうなのか。そして-夢。ことばであったり、

なかったり。見知らぬひと見知らぬところ、知られすぎている自身の気配の

なかで。「物質」を超えて、塊状の「意味」が飛来する」

 

一見、これは哲学というより詩のように思われますが、著者は、「哲学者が

詩人になるとき、それが哲学の誕生である」とし、それは形而上学の始原

である古代ギリシャ以来、変わらない。哲学者に宿った言葉が、「哲学」

として他者に伝播してゆくとき、詩情(ポエジー)を欠くことはできない。

詩情は、詩だけではない。絵画にも、音楽にも、造形にも働きかける。

哲学も、詩情が自らを顕す場の一つである。哲学研究は驚くほど進展を遂げ

たが、哲学それ自体がこれほど力を失った時代もまた、ない。哲学に論理を

欠くことはできない。だが、人間において魂なき肉体が意味をなさないように、

哲学における詩情は、その根幹を司る働きを担っていると述べています。

 

そして、彼女にとって哲学とは、形而上の経験に論理の肉体を与えること

だった。哲学とは学業や学科の名称ではなく、日常で経験される気づきの

瞬間それ自体である。生活の根柢を支えているのが、予想を排した偶然の

連続であるように、そこで実が結ばれる哲学もまた、形式化されることを

拒む。「哲学者」を自称するものが次々に現れるとき、「哲学」は人々の手

から奪われ、雲間に隠される。彼女は「哲学の巫女」と称する。ここに

一切の比喩はない。避けがたい宿命と、神聖なる義務の自覚がある。彼女は、

自分の思想を語ろうとしたのではなかった。天岩戸(あまのいわと)に隠れ

た「哲学」を呼び戻す、巫者たつことを願ったのであると喝破しています。

 

ただし、このように、彼女にとって哲学は、止むことのない律動、持続する

律動、つまり、叡智の律動そのものであるがゆえに、もし、わずかであっても

この律動への感覚が開かれていないと書き手である彼女と読み手の間に溝が

深まることがあるという。よって、きわめて熱心な読者がいる一方、どうしても

なじむことができないという人も少なくないようです。

 

しかし、著者が、そして彼女が書くのは、そうした異和を感じる読者に向かって

でもあるという。なぜなら、私たちが経験する始原的な営み、それが「知る」

ことであり、「知る」ことは、しばしば異和の経験であると同時に、根元的な

「知」につながる合図でもあるからだというのです。

 

そして、池田晶子さんは言う、知ることは想起である。あらかじめ在るものを

知るのであり、ないものを知ることでは決してない。知ることは確認である。

「われわれ」が知るのではない。「概念」が、「宇宙」が、「われわれ」という

場所において、既に在る自身を想起しているのだ、と。

 

また、彼女は、哲学と決別した科学主義に対し、「彼ら(科学主義)は言う

だろう。神や魂などの形而上的存在など、信じられない。われわれは、目に

見えるもの、証明できるものしか、信じない。しかし、目に見えるものしか

信じないという彼らに目は、じつは、目にみえるものすら見てはいない。」

という。「なんでみんなわからないことをわかっていると思い込んでいるのか。

知りもしない死のことを、知っていることとでもあるかのように怖がるのか。」

ともいう。

 

これらのことから、著者は、領域を問わず、近代が作りだしたもっとも大きな

ドクサ(臆見)こそが死、存在の消滅としての死ではないかとし、この「臆見」

という幕の後ろに実在の世界を開示すること、それが池田晶子さんにとっての

哲学の使命であったと明言しています。

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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マイスター・エックハルト-「非神秘主義」2-



エックハルト



 

上田閑照氏は、さらに、真の神秘主義、つまり、氏のいう「非神秘主義」

として、禅とマイスター・エックハルトについて論述していますが、

今回は、エックハルトについて少し触れてみたいと思います。

 

エックハルトは、1260年頃、中部ドイツのエルフルト近郊に生まれ、

若くして説教者修道会ドミニコ会に入り、パリとケルンで哲学および

神学を学んだという。

 

そして、以後、エックハルトは、パリ大学神学教授として学問の領域に

おいても、また、修道院長あるいは管区長としてドミニコ会内部においても、

次第に重責を担っていったということです。

 

なお、ドミニコ会は、古い修道会とは異なって、都市という新しい世界に

おける托鉢説教者修道会として、学問と説教によってキリスト教の真理に

仕えることを務めとし、特に異端を改宗させる任務を教皇から与えられて

いたようです。

 

晩年は、シュトラスブルクで約10年、続いて、ケルンにおいてめざましい

説教活動を行ったということですが、その極限的な教説のゆえに異端の告発

を受け、弁明書を提出するも、審問を待つ間に没したということです。

 

その死後、1329年、エックハルトは異端の宣告を受け、著作の刊行、

配布が禁止され、そして、彼に関する歴史的資料の多くは失われて

しまったようです。

 

もっとも、公にエックハルトの教えを信奉することが許されなくなっても、

人々に語りかけたエックハルトの精神の息吹は、人々の心から消えることは

なく、彼の説教の聞書きがひそかに伝写されて、数世紀にわたって広い範囲

で秘蔵され続けたということです。

 

エックハルト、次のような言葉を残しています。

 

「我々は何かであることを放棄しなければならない。我ということ、それは

欺くことである」

 

「神の言葉を聞こうとするならば、自分自身を完全に捨て去らなければならない。

そうすれば、そこで永遠なる神の言葉を聞くことができる。永遠なる言葉とは、

神の存在であり、神の本性であり、神の神性である」

 

「見返りを求めて何かを捨て去るならば、それは何一つ捨てたことにならない。

永遠の命のために、霊的な成就のために何かを捨て去るならば、あなたは何一

つ捨てたことにならない。そういうあなた自身を捨てさらなければならない。

自分自身を捨て去った人は真に純粋であり、もはや彼は何ものにも悩まず、

完全に自由である」

 

「汝の自己から離れ、神の自己に溶け込め。さすれば、汝の自己と神の自己が

完全に一つの自己となる。神と共にある汝は、神がまだ存在しない存在となり、

名前無き無なることを理解するであろう」

 

「神と私、私たちは一である」

 

著者は、このような或る極限性を含む思想が一体、そして何故に可能であったの

であろうかと問い、そこにはエックハルト自身の実存究明の徹底性ということが

あるであろうし、同時にそれは、時代の激動のなかで当面した問題の困難さに

対する一つの思い切った思想の試み、歴史において自分の生をもって実験する

解決の試みであったと見ることができるだろうと述べています。

 

エックハルトが繰り返し、繰り返し説いたことは、「脱却して自由」ということ

だという。「我(が)」性からの徹底的脱却、すなわち「我」性に死して神の生命

に甦り、神が人間の魂そのものになること。

 

その際、神を徹底的に経験したエックハルトにとっては、神と考えられるような

神は、真の神ではなかった。そのような神は「我」性の引力圏内である。むしろ、

そのような神との合一によって「我」性のほうがますます膨らむという。

 

その故に、エックハルトは、神自身における真の神を神と区別して「神性の無」

という。同時に、神が人間の魂というにとどまらず、「神性の無」こそ魂の底

なき根底だというのです。

 

かくして、エックハルトが「神から離れ」、神なき砂漠に大死すべきことを説く

のは、「我性」の徹底的放脚のためであり、それによって魂の根底が「神性の

無」に無限に切り開かれるためだということになります。

 

そして、そのような「神性の無」から「何故なく」湧き出ずるところに、生

の根源性と絶対的主体性と生活の醒めた平常性が一つに融合して現成して

くるのだそうです。

 

以上の論述は、非常に難解で、なかなか理解することが難しいですが、仮に、

「一心」に何かをしているとき、その「一心」の持続のなかで「我を忘れる」

ことの極地に至って「一心」ということも忘れ、「無心」に何かがなされて

いるようなニュアンスを思い浮かべると理解の一助になるのではないかと

いうことです。

 

この「一心」から「無心」へは、緊密な持続があり、そして、その持続性が

切断されて飛躍的に質の転換が起り、その真っ只中にあって真の現実性が

現れるというのです。

 

ところで、著者によると、エックハルトが説教において繰り返し説いた

のは、「魂のおける神の子の誕生」と「神を突破して神性の無へ」の

二つの根本命題であったとしています。

 

前者は、キリスト教神秘主義の伝統の中軸をなしてきたものであり、後者は

いわゆる「否定神学」の徹底的な実存的遂行であるとしても、エックハルト

に特徴的なことは、この両者の間を思想的・実存的な「高揚」の動性で

つないだことであり、そこに「神秘主義から非神秘主義のへ」の動性が

見られるのであると主張しています。

 

かくして、エックハルトは死し、異端の宣告を受けながらも、その思想は

生き続けたが、これは、歴史的制約をまぬがれない教えの形態のままで、

あるいは神学思想のままで受け継がれていった場合よりも、より力強く

根源的に、エックハルトの裸形の精神が伝わってゆく道であったかも

しれないとしています。

 

そして、エックハルトの精神は、絶えることなく、地下水のように歴史の

深層を流れ、時代時代の思想的根本問題に触れては、新しい解決への泉と

なり、いわゆる「ドイツ神秘主義」と呼ばれる、歴史を貫流する一つの

大きな精神的潮流となったのではないかと主張しています。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「非神秘主義」-真の神秘主義-




非神秘主義



著者の上田閑照氏は、神秘主義について次のように定義づけています。

 

「神とか、最高実在、あるいは宇宙の究極的根拠などと考えられる絶対的なもの、

ないし絶対者が、絶対性のままで人間主体の内面において直接体験される、経験

される立場と見ることができます。」

 

まず、絶対者と自己との合一体験が基礎となり、それが、自己からの脱却、自己

という枠の突破と結びついて成立するという。つまり、合一即脱自ということ

であり、そのような神秘家の体験が、脱我、忘我、エクスタシーなどと言われる。

それによって、初めて真の自己と絶対者に目覚めるが、そこでは、人間主体は

その絶対者の直接的現前ですっかり吸収され尽くして無になる。しかし、その

ことは同時に絶対者が人間にとって対象であるという対象性が脱落して、真の

自己の根元になるという事態が起こるというのです。

 

また、それは神秘家自身にとっては、死して甦る出来事、それが最も単純に

生起する出来事であるということができるという。つまり、それは、神秘家が

霊とか魂とか呼ぶところの人間の内面の最内奥の出来事であり、絶対的なる

ものに直接触れられることによって内面に向かって自分自身を塞いていた

ような自己という壁が破られて無限の深さが開かれる、神的生の尽きぬ泉に

没して、そこから真新しく生まれ変わって出る、そのような体験として神秘家

自身によって自覚されるということです。

 

そして、合一即脱自の体験は、やがて反省的に自覚化されて、絶対者のあり方

とか、あるいは絶対と相対の関係とか、魂の最内奥、あるいは魂の本質と魂の

働きの関係、などに関する思索が展開していき、神秘哲学などの思想形態も

生まれてくるという。ただし、その思想形態は、「光り輝く闇」とか、「一切を

含む無」といった徹底的に否定的な表現、逆説的な表現、象徴的な表現に

なるということです。

 

さらに、以上のような思想展開とともに、一方で合一体験が基礎となって独特

な実践の形態が形成されてきます。合一への魂の上昇の過程が自覚化されて、

いわば階梯ができ、一つの神秘道として構築されてくるということです。

 

これは非持続的であった合一体験を経験の主体自身が反復する道にもなり、

同時に、また神秘体験に与ろうとする者に対して示される歩むべき道に

もなるという。

 

かくして、神秘道は「行」的な生活を帯びてきます。最初の段階は、沈黙

とか、孤独とか、貧という宗教的な言葉で表現される徹底的な自己放棄、

そして、次の段階は、それと結びついて、瞑想、ないしは絶対者への極度

の集中、そして最後は成就完成の段階ということになります。

 

ただし、その道を歩む場合、自力によって合一が可能になるというよう

に神秘家が考えているわけではなく、絶対的な受動性、自己放棄の道で

あるとしています。

 

なお、合一体験というのは、ずっと持続するものではなく、神秘家は

必ず合一からの脱落というものを経験するが、その場合、合一からの脱落、

つまり神秘的虚脱ともいうべき事態に対して、そこをどのように実存と

して生き抜くかということが、神秘主義が単に一時の心的現象であるのか、

それともはっきりとした生き方になるのか、その境目になってくる重要な

ところだとしています。

 

以上、神秘主義とは何かということについては、このようなことになり

ますが、神秘主義をどう位置づけるか、どのような意義を与えるかという

点になると、驚くほど見方が分かれてくると述べています。

 

まず、宗教的な見地から神秘主義の意義を認める立場がある。一つには、

神秘主義を宗教の普遍的な核心と見る立場があり、また、神秘主義の意義

を同じように認めるにしても、神秘主義(一元論)と預言者的敬虔(二元論)、

あるいは信仰の立場を宗教の二つの基本的な類型(超倫理的と倫理的など)

と見る見方があるという。

 

さらに、神秘主義の意義を認める場合であっても、そのような類型として

ではなく、真の宗教性への一つの段階、あるいは宗教性の一つの真理契機

と見る見方があり、また、それとは反対に、宗教の究極的な可能性が

神秘主義のうちに実現されている、あるいは実現されるという見方も

あるということです。

 

また、神秘主義を宗教的な現象というより歴史的な現象と見る立場もある

ようです。それによると、既成宗教が教義や儀礼、戒律などの面で形式化し

外面化してきた場合、あるいは教会組織が世俗化したり、神学における合理

主義的な傾向が非常に強くなってきた場合、歴史的な既成宗教のなかから、

その地盤になる宗教的な自由な生命が固定性を破って噴出してくる。

あるいはその特定の宗教の生きた宗教性の源泉に帰ろうとする運動が

起こってくる。そこに神秘主義が成立するという見方です。

 

一方で、このような神秘主義に対する肯定的な見方ではなくて、原理的に

否定的な態度な態度をとる見方があります。

 

それによると、脱自的合一ということ自体がすでに宗教の空想的な、

あるいは頽落的な形態である。なぜなら、そういう仕方で神と人間との

向かい合いが消されてしまうところでは、人格性というものが解消されて

しまうばかりではなく、人間のこの現実の有限性も絶対者の絶対性も共に

誤解され、誤認されてしまうからだというのです。

 

また、直接的な信仰の立場からだけではなく、人間経験の基礎的な理解

からして、あるいは人間経験の基礎的な構造に対する哲学的な理解から

して、そもそも神秘主義なるものは不可能であるという考え方もある

ようです。なぜなら、人間の経験の基礎には経験するものと経験される

もの、主観と客観の区別が大前提であり、神と人間との合一を主張する

神秘主義は、空想的な自己誤解であったり、あるいは情緒の一時的な

異常な高揚にすぎないというのです。

 

このように、神秘主義というものは、その評価が激しく分かれてくるが、

著者は、こうした事態そのものが神秘主義をめぐる非常に特色的な事態

であると論述しています。

 

 

以上のことを踏まえて、著者は、神秘主義というものが上記のように極限的

で単純極まりない一つの出来事であるゆえに、そのコンテクスト如何が非常

に重要になってくるとしています。そして、現代というコンテクストの

なかで神秘主義がどういう意味を持ち得るかを問うています。

 

その答えとして、まず、仏教とキリスト教が大きな規模とスケールで出会う

なかで、各宗教の伝統的な自己理解における基本的な枠組みや様々な概念を

相対化し得なければならないが、それには神秘主義が大きな示唆を与える

のではないかとしています。

 

また、神秘主義は、絶対的なものは、「これこれである」というように肯定的

に言うことができず、「これこれでない」という否定的な表現に特徴があるが、

そのような神秘主義の否定的な言い方のなかに、或る無制約的なものに

かかわる生き方そのものを否定せず、自己について語る語り方を相対化する

原理的な可能性が用意されているのではないかとしています。

 

さらに、機械化といった現代文明の陥っている病弊ともいうべき事態に対して、

神秘主義の様々な契機が、ある原理的な解毒作用を及ぼし得る予感があるとも

述べています。つまり、神秘主義は決して制度化できないものであり、個人の

自発性をというものを通して、その当の個人自身を本当に甦らせることができる

可能性を持っているというのです。

 

以上、上田閑照氏の神秘主義についての論述を見てきましたが、もう一つ、

著者は、「神秘主義から非神秘主義へ」という言い回しで著者の主張の核心を

述べています。

 

神秘主義と言われるあり方の要になるところを合一即脱自と見てきたが、合一

も脱自も独特な運動であり、動的構造としては一挙に合一即脱自であるが、

経験の動態においては「合一から脱自へ」であり、脱自にまで至って合一が

成就するとともに、脱自においては合一ということもないことになる。よって、

この全動性を真の神秘主義と呼びたいと述べています。

 

つまり、合一のところを神秘主義と呼び、脱自のところを非神秘主義と名づけ

るとすると、「神秘主義から非神秘主義へ」という動性全体、すなわち「非神秘

主義へ」というところまで含めて真の神秘主義と見るというのです。

 

合一のところで停滞する、たとえば、「神と私との合一」をいう場合、合一に

とらわれてそこに止まり続けると、「私」へのとらわれと相乗化されて、「神と私

との合一」が「私」の方にひきよせられて、「私」が「神」によってふくらんで

いく、つまり、自我が肥大化していく危険性が生まれてくるという。

 

かくして、真の神秘主義は、神秘主義にあらず、非神秘主義と言うのが適切だ

と主張しています。





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「死者との対話」-死者がひらく、生者の生き方-



死者との対話




 

著者の若松英輔氏は、批評家であり、また、一方で有機栽培の薬草を販売する

会社を経営されている方だということです。

 

また、生後40日でカトリックの洗礼を受けたキリスト教の信仰者であるという

ことです。

 

しかし、現代の宗教、あるいは宗教者の在り方を厳しく批判しています。

 

著者は、死者を語ることを暗黙のうちに封印された近代で、個別の経験を超え、

無条件に公然と死者の実在を語れるのは、いや、語らねばならなかったのは、

宗教者もしくは文学者を含む芸術家たちであったが、それを実践した者は

極めて少なかったといいます。

 

そして、「過度に乱暴な言い方をすまいと思いますが、死者を語らない宗教

など、すでに宗教の名に値しないと私は思います。宗教は、教義に道徳でも、

倫理道徳でもありません。どう生きるのが「正しい」のかを説く思想でもあり

ません。宗教とは、生者と死者がともに超越と不可分の関係にあることを示す

契機であり、伝統であり、生きる道です。」と述べています。

 

とにかく、本来なら生者と死者の間をいっそう強く結びつけるはずの宗教が、

かえってニ者の間を分断してしまうのなら不要である。生者を超える世界が

あり、私たちには知り得ない世界があって、死者はそこと私たちが暮らす

この世界とを縦横無尽に行き来しながら生きているという、元来、宗教が

持っている「常識」を説くことをやめてしまうなら、存在する意味はない

というのです。

 

また、病気の治癒など、宗教的な奇蹟について次のように述べています。

 

「宗教的な奇蹟は確かにあります。難病などが治ったりすることがあります。

・・・そういったことを信じますか、と尋ねられれば信じると答えますが、

どう思いますかと聞かれれば、そこを何か特別なことのように切り取って、

格別な意味を認めるようなことは絶対にしないと、申し上げると思います。」

 

つまり、病が癒えたということは「奇蹟」であると同時に、病む以前の状態

もまた「奇蹟」だった、日常生活そのもの、今日生きていることが「奇蹟」で

あるとしています。

 

このような著者の主張は、大いに心を動かされますが、果たして、「死者」、
著者のいう
「死者」とはどういう存在なのでしょうか。

 

読んでいくと、著者の「死者論」の重要な契機の一つとして、著者の妻の死と

いうものがあるようです。

 

著者は、自分が妻の亡骸を前に泣き叫んでいるとき、横に彼女がいて、「大丈夫、

大丈夫だよ。私はここにいる。心配いらないよ。」と声を掛け、しっかり私を

抱きしめてくれているという光景(ビジョン)を「見」たというのです。

 

そこいったことから、死者とは抽象的な概念ではなく、実在である。それは、

人間が安易に解釈することを拒むものであり、汲めども尽きぬ、何かであると

認識に至っていると思います。

 

そして、「死者は実在する、だが、死を経験した生者はいない、ということが

私の死者論の基点です。臨死は死ではありません。こちらの岸の彼方に、「彼岸」

の世界がある、そのことだけで十分ではありませんか。そこがどうなっている

かは、私たち自身が死の彼方に赴いたときに、自分で経験すればよいのですし、

そちらでどう生きるべきかは、またその場で考えるべきことだろうと思うのです。

私のいう「死者論」とは生者と死者の関係、あるいは交わりを考えることです。」

としています。

 

また、一方で、「近年、盛んな、いわゆる「スピリチュアル」な視点-死者が

存在するかいなか、死者はどこにいるのか、死者の国は、どうなっているのか

という問題とは関係ないものです。」とも述べています。

 

このような視点から、著者は、「死」はこれからも悲惨な出来事であり続ける

かもしれないが、亡骸とは異なる死者を「見る」ということをすれば、その

姿は逞しく、輝いており、死者はすでにその惨めさのなかにはいない、と言い

ます。

 

そして、「私は、死者とは何かという話をしなくてもすむ日が来るとよいと

願っています。死者が現代人の日常において、否定しがたい事実として

「生きている」のであれば、改めて論じる必要はなくなります。私はそういう

日が来ることを心から望んでいます。」と主張しています。

 

死者が決して消滅してはおらず、まさに「生きている」ということについては、

異論はありませんが、疑問に思うことがないわけではありません。

 

著者がいう死者の実在とは、個性を持った実体が存続するということでもない

ように思われます。あるいは、それはいったん不問に付そうということかもしれ

ませんが、それは一つの立場、思想としてあるとしても、死者はみじめではなく、

逞しく、輝いているというのはどういうことなのでしょうか。

 

生者は、様々な苦しみや悲しみ、そして、怒りや恨みを抱えて生きていますが、

その罪業や苦悩を抱えたまま死んでいったとしたらどうしましょうか。そして、

死後、さらに生者以上に苦しんでいるとしたら・・・。

 

あえて申すならば、そういった状況に対する解決の道筋を示すのが、本来の宗教、

つまりは、信仰や霊的な修行の果たす使命ではないかと思います。

 

私が申すまでもなく、著者も信仰者ですから、そのようなことは心のなかに

しっかりと秘めておられると思いますし、実際、異なる局面において述べて

おられるだろうと思いますが・・・。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「ジャイナ教」3-その戒律と生活-



ジャイナ教3 




ジャイナ教の出家修行者には、多数の戒律規定が制定されていますが、まず、

何よりも遵守すべきは、一 非殺生・二 非妄語・三 非盗(非与取)・四 非淫

・五 非所有の五つの大誓戒です。

 

パーサ(パールシヴァ、ジャイナ教の第二十三祖、マハーヴィーラの先駆者)に

おいては、非殺生・非妄語・非与取、他に与えず、という四つの戒めを定め、

非淫は当然のこととして「他に与えず」の戒めのうちに含めて考えられていた

ようであり、マハーヴィーラの第四と第五は、パーサの第四制戒を拡大したもの

であろうと一般的には考えられているようです。

 

ジャイナ教の修行者は戒律を厳格に遵守し、実行し、戒律を破るよりはむしろ

死を選んだという。非殺生戒は特に重要視され、一切の生きものに対して慈悲

を及ぼさねばならないと考えたようです。一切の生きものは生命を愛している

のであるから、生命を傷つけるのは最大の罪悪であるとされたということです。

 

(非殺生)

ジャイナ教では、修行者は生物間の敵意を取り去り、他の生きものを傷つけ

ないように心がけねばならないと主張されています。ありとあらゆるものの

中に霊魂の存在を認め、霊魂は自分と同質のものであるから、これを傷つけ

たり、殺してはならないというのです。

 

このような慈悲の思想は、仏教にもあり、必ずしもジャイナ教だけが説いた

ものではなかったようですが、歩きながらどんな微小な生物でも足で踏み

潰さないように注意する。物を持ち上げたり置いたりするときに、何物も

傷つけないように、また圧しつぶさないように気をつける。極微動物を

食べたり、飲み込んだりしないように、食物と飲み物に注意するなど、

徹底したものであったようです。そして、この「生きものを殺すなかれ」

という戒律を遵奉することを世俗の信者たちにも要求していたということ

です。

 

しかし、このような戒律は、出家修行者といえども、実際に完全に実践

することは困難なことではなかったでしょうか。

 

なお、非殺生、生きものをあわれむという慈悲の思想は、自然科学的な

視点や個人の良心といった観点からではなく、輪廻転生を信じていた

彼らは、その過程でお互いどのような親密な関係を結ぶかもしれない

という、具体的な感情にもとづいていたということです。

 

また、この非暴力・非傷害の思想は、ガンジーによって近現代の政治

の世界に生かされることになったということです。ガンジーは幼少

の頃、ジャイナ教の影響を受けて成長したといわれています。

 

(非妄語)

すでに、バラモン教において、「真実を語れ」といわれてきたようで

あり、ジャイナ教においても、「虚言を語るな」と教えられている。

出家修行者の資質として、真実を尊重するという伝統があったと

いうことです。

 

(非与取)

ジャイナ教では、物に執着してはならないというのであるから、当然、

与えられないものを取る心、すなわち、盗み心を起こしてはならないと

されます。盗みをすることがなぜ悪い行為であるのかと理由について、

財物が人間の外的な生命であり、それを取り去るならば、それらの外的な

生命が殺されるからであるからだという。つまり、盗みをしないという

ことが、生きとし生きるものの生命をいつくしむという精神にもとづいて

いるのです。

 

(非淫)

ジャイナ教では、人間の欲望のうちでも、特に淫欲を断てということを強く

命令しているという。バラモン教においても、夫人を見つめたり、触れては

ならないと説いていたようですが、ジャイナ教の修行者は、身体でも、心でも、

ことばでも行わない、つまり、一切の性的関係を断つ清浄行為を実践すると

いうのであるから、実にそれは徹底したものだといえると思います。

 

(非所有)

当時のジャイナ教徒は、非所有ということを理想としてめざしていたという

ことです。何ももたぬというは、当時の修行者一般の理想であったようですが、

ジャイナ教の修行者は、衣服さえも所有しないのです。

 

マハーヴィーラ自身も裸形であったと伝えられていますが、初期の修行者たち

は一糸もまとわないで、蚊や蝿などに身をさらして裸形で修行をしていた。

しかし、やがて白衣をまとうことを許す一派が現れて、白衣派と称された。

そして、まったく衣をまとうことを許さない保守的な人々を空衣派あるいは

裸形派と称しました。

 

では、なぜ、裸形でいるのか。

 

すでに、われわれの肉体でさえも霊魂にまといつく覆い、束縛となっている

のであり、まして、衣服を着けることは、なおさら霊魂の清浄な本性を覆い

隠すというのです。全裸形の修行は、イスラムのインド侵入以後、一般的

に禁止されたが、現在でもまれに全裸の修行僧がいて、ジャイナ教徒の間

では非常に尊敬されているということです。

 

かくして、以上のような厳しい戒律は、見る者を驚かせるような慣習、風俗

を生みましたが、その根本にあるのが、非殺生、つまり、生命尊重の精神で

あり、それが戒律の総体を規定しているものと思われます。そして、これに

もとづく宗教体験の多様な形は、すべてただ一つの目的、すなわち輪廻と

カルマに支配された世界からの解脱をめざすものにほかならないといえる

のではないでしょうか。

 

ところで、教団の生活についてですが、長くなりますので、簡単に触れて

おきたいと思います。ともかく、教団の生活のあり方は、カッパと呼ばれ

る生活規則によって詳細に定められています。

 

まず、マハーヴィーラの教えに従う者は、サンガという集団を形成している

が、それには僧と尼僧、男性の在家信者と女性の在家信者の四つがあり、

修道僧(僧と尼僧)たちは、団体生活をしているという。そして、修道僧

たちは、その集団の身体的、精神的安定にたえず心を配る一人の指導者を

その頂点にいくつかの小グループに分かれているようです。(ただし、白衣

派の一派だけは、頂点に位置する教主を中心に組織されているという)

 

修道僧は在家信者よりも優れたものとされているが、俗世間の人々を決して

無視することはなく、教団を構成するこの二つの集団の密接な連帯を積極的

に持ち得ることがジャイナ教の存続の理由の一つだということです。

 

また、ジャイナ教は決して尼僧(修道女)を排除しておらず、尼僧の数が

僧の数を上まわっているという。ただし、地位的には劣った地位にある

ようです。

 

そのほか、衣類、持ち物、食物、礼儀などについて細かく定められているが、

それを遵守しながら、ジャイナ教では、6月から9月までの雨期の四カ月間は、

寺院に籠りきりの生活を行う以外、一年の残りの期間は、同じ場所に3~4日

留まるだけの遊行の生活を行うということです。

 

最後に、ジャイナ教の聖地について触れておきます。

 

ジャイナ教では、当初は、尊像崇拝も行われず、聖地巡礼も問題にされていな

かったようですが、その後、一般的にジャイナ教の聖地は、開祖と見なされて

いるマハーヴィーラ自身と彼以前にこの世に出現したという二十三人の祖師=

救世主が滞在し、そこで重要な事績をなした地が聖地であると認められて

いるようです。

 

現在、ジャイナ教徒が巡礼する聖地は、いずれも山の上にあるが、その理由

について著者は、信仰心の篤いジャイナ教徒にとって、高い山の頂が解脱した

マハーヴィーラの遺骨にこの世で一番近い場所という意味が込められている

に違いないと述べています。

 

 

 





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「ジャイナ教」2-その教義-



ジャイナ教2

 
 




今回は、あまりよく知られていない、その教義の内容を紹介したいと思います。

 

<世界観>

世界の形に関しては、古くからの思想として、上下の両方が広がっていて、

中央部に置いて狭くなっていると伝えられている。そして、世界(ローカ)の

外に非世界(アローカ)が存在するとする。そして、世界は霊魂(ジーヴァ)

と非霊魂(アジーヴァ)とからなる、と説かれています。

 

非霊魂は、運動の条件・静止の条件・虚空・物質の四つであり、霊魂と合わせ

て数えるときは五つの実在体を称する。この五つの実在体が世界を構成して

いるのである。また、ある場合は、時間を一つの実体と考えて、合わせて六つ

を想定することもあるという。

 

五つの実在体のなかで、虚空は世界と非世界とを包括し、他の四つの実体は、

世界と同じ広がりを有するとされる。そして、霊魂に至るまでの、すべての

実在体は、非霊魂で、物質の至るまでのすべては形態がないということです。

 

このように、世界はこれらの五つの実在体によって構成されていて、世界の

外に非世界があるとされ、世界と非世界を合わせたものが全宇宙という

ことになります。

 

そして、宇宙は永遠の昔からこれらの実在体によって構成されていて、

ジャイナ教では太初に宇宙を創造し、あるいは支配している主宰神の

ようなものは存在しないとされています。

 

<宇宙観>

ジャイナ教では、後世、宇宙は両腕を弓なりに曲げて拳を腰にあてて起立

する人間の姿で現されるという。宇宙は、三界からなる。三界とは、宇宙

の人間の下肢に相当する下界と帯の地域である中界と上界である。そして、

大気の三重の包みがこれを取り巻いている。

 

下界は、相重なる七つの地があり、主に地獄に堕ちた者たちが住む世界だ

という。上界は、様々に分類される神々の居住地であるが、中界、つまり、

中央の世界が重要だということです。なぜなら、そこでは時間が支配し、

業(カルマ)の法則が作用し、それゆえに至福を人にもたらす「解脱」へ

と到達しうる地上の世界が存在するのがこの中央の世界だからだそうです。

 

<世界の劫>

宇宙の時間は劫という相等しいいくつかの時期に分かれ、それが無限に

繰り返すと考えるインド共通の観念をジャイナ教もまた踏襲している

ようですが、ジャイナ教のこれらの時期は車輪のある一定点に比較され、

それは下降相と上昇相に分かれている。

 

現在は下降相にあって、徳と真理の支配が弱まり、無秩序が増大する方向

に向かっており、六期にうちの五期にあたるという。この時代は、不幸

以外はほとんどない時代で、二万一千年続き、ジャイナ教は次第に消滅

するであろう。そして、誰でも、たとえ苦行者であっても、少なくとも

一度は再生しなければ解脱できないだろうとしています。

 

そして、第六期はさらに嘆かわしいことになるだろう。それもニ万一千年

続き、その終わりに恐るべき大変動が人間に襲いかかるであろうとして

いますが、それでヒンドウー教のように宇宙が還滅するのではなく、

そのとき、劫の車輪が上昇相に転じ、逆の六期を経て、世界の幸福は

再び絶頂に達するだろうという。このように周期は際限なく続くこと

になります。

 

なお、極度の幸福の時期と極度の不幸の時期は精神の解放には不都合で、

むしろ中位の時期が好都合であるとしているようです。

 

<七つの真実>

ジャイナ教では、1.霊魂、2.非霊魂、3.業の流入、4.束縛、

5.防ぎ守ること、6.止滅、7.解脱、という七つの真実があり、

この七つの真実を知ることが解脱に至る道だとしています。つまり、

正見・正知・正行が解脱に至る道であるが、七つの真実を正しく

知ることが「正知」であり、それへの信頼が「正見」であり、

この七つの真実を実践することが正行だということです。

 

(霊魂)

霊魂は、地・水・火・風・動物・植物の六種に存するから六種の霊魂が

あると考えられるという。そして、霊魂の本質は精神作用であると想定

されていて、具体的には、認識と直観と快感と苦であるといい、また、

正しい認識と正しい直観と正しい行と苦行と努力(精進)とである

ともいう。つまり、霊魂の本質は、意志を含めた知と生命性である

ということができましょう。

 

さらに、ジャイナ教のやや後世の霊魂観によると、霊魂はその宿る身体

がどのような大きさであってもそれを充たす性質を有し、また、太陽や

月に世界へ昇るという上昇性を持っているという。

 

そして、霊魂には、意識を持つものと意識を持たないもの、解脱した霊魂と

輪廻の中にある霊魂があり、輪廻の中にある霊魂には、不動のものと可動の

ものがあるということです。また、霊魂の遍歴の階梯として、地獄の住人、

人間以下の動物(畜生)、人間、天人(超人または神)の四つの道がある

とされています。

 

かくして、ジャイナ教は、インド哲学一般でいう唯一の常住偏在なる我を

認めず、多数の実体的な個我のみを認める多我説に立っていると見なされ

ているようです。

 

(非霊魂)

非霊魂とは、先に紹介したように、運動の条件・静止の条件・虚空・物質

の四つである。運動の条件とは、他のものを運動させる条件となるものであり、

静止の条件とは、運動しているものを静止させる条件となるものです。また、

虚空は、世界と非世界を含む大空所、無限な全体であり、この中にもろもろ

の実在体が存在するという。そして、物質とは、原子とも呼ばれ、無数に

存在し、多数の物体を構成し、場所を占拠し、活動性と下降性を有し、

色・味・香・可触性を有し、また、その可触性は、冷・暖と粗・密とが

結びついたものだとされています。

 

(時間)

時間は、永遠にして単一なるものであり、空間的な広がりを有しない。

時間の特相は持続であるとされる。時間は実体を有しないとされるが、

空間に類似する一つの実体とする見解も内部にあるということです。

 

(業の流入)

人間の身体が活動して、身・口・意の三業が顕現すると、その業のため

に微細な物質が霊魂を取り巻いて付着する。これを流入と称している。

ジャイナ教は、外から入ってくる業の流れなるものを想定し、この世の

苦しみは行動(業)から生ずるものであると考えていたようです。

 

(束縛)

霊魂が業(カルマン)の作用によって曇り、迷いにさらされることを束縛

という。霊魂の本質的活動は「注意深い意識」の活動であるが、その活動が

妨げられることをいうようです。

 

(防ぎまもること(制御))

ジャイナ教では、われわれが苦しみに悩まされる根源は、執着があるからだ

と考えているようです。そこで、外界の対象に執着してはいけないとして

制御を説いています。

 

なお、著者によると、この「防ぎまもること」に関するジャイナ教の伝承と、

仏教の伝承には似たものがあるということです。ともに、いかに業(煩悩)

の流れを制御するかが説かれているのではあるが、しかし、そこには微妙な

違いがあるという。

 

つまり、ジャイナ教では、苦行によって過去の業を滅ぼすとともに、他方

では、新しい業の流入を防止して、霊魂を浄化し、霊魂の本性を発現させる

ようにしなければならないとするのに対し、仏教は、苦行ではなく、智慧に

よって煩悩の流れを塞がなければならないとしたということです。

 

(止滅)

新しく流入する業物質の防止ではなく、すでに霊魂の中に蓄積された業物質

を、苦行などによって霊魂から払い落すことを止滅という。このように、

汚れを物質化、実体化する考え方がジャイナ教にあったということです。

 

(解脱)

「悟らざる者は、老死を繰り返しつつある」といわれるように、輪廻とは、

迷い迷って生存を繰り返すことであるが、ジャイナ教においても、この

輪廻転生からの魂の解放が最大の課題だったようです。

 

しかし、人は行為すると、身・口・意の活動によって物質が流入して霊魂に

付着する。霊魂に付着した物質はそのままでは業ではないが、さらにそれが

霊魂に浸透したとき、その物質が業と呼ばれる。これが霊魂と業の結びつき

である。霊魂はこのように業と結びつき、そして業に縛られて輪廻転生を

繰り返すのである。

 

この輪廻転生から脱するには、一方ですでに入り込んでいる業を滅し、

他方では新たに業が流入するのを防止しなければならないが、そのため

には厳しい苦行をしなければならない。

 

苦行によって業の束縛が滅せられ、微細な物質が霊魂から払い落されるが、

その死滅の結果、罪悪や汚れを消し去って完全な智慧を得た人は完全者と

なり、「生も望まず、死をも欲せず」という境地になり、さらに「現世をも

来世をも願うことなし」という境地に達するという。

 

すなわち、この境地が解脱、あるいはニルバーナだということです。

 

なお、ジャイナ教には、裸形行など極端に見える戒律とそれに伴う生活が

ありますが、長くなりますので、次回の紹介としたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「ジャイナ教」



ジャイナ教1

 
 
ジャイナ教は、紀元前5~6世紀ごろ、インドの地で生まれ、現在もなお、

インド内部で生命を保っている古い歴史をもつ宗教です。

 

紀元前5~6世紀ごろは、ガンジス河の中、下流域において商工業が盛んに

なり、伝統にとらわれない商人階層が台頭し、併せて、懐疑論者、唯物論者、

快楽主義者、運命決定論者、道徳否定論者等々、多数の自由思想家が現れて、

インド思想史上でも最も華やかな時代を迎えたということです。

 

ゴーダマ・ブッダもその一人とされますが、仏教の古い経典には、仏教以外の

人たちの教説を「六師外道」、「六十ニ見」などとして詳しく記述されていて、

そのなかで、ニガンタ・ナータプッタとして取り上げられている人物が、

ジャイナ教の開祖マハーヴィーラ(大勇者の意味)です。

 

外道というのは、あくまで仏教から見てのことであって、各々の宗教思想家

には固有の価値があるのであり、仏典のジャイナ教批判にこだわらずにテキ

ストそのものを読み解くことによって、古代のジャイナ教のありのままの

すがたが浮かび上がらせることができるとしています。

 

さて、マハーヴィーラは、紀元前444年ごろに当時の商業活動の中心地で

あったヴァイシャーリー市の北部のクンダ村(今日のバスクンドにあたる)

で貴族の子として生まれたという。

 

一説に成長して一婦人と結婚し、一女を儲けたとされるが、これは、ジャイナ

教にあるニ派のうちの白衣派の伝承であって、もう一方の空衣派では、結婚の

事実も、娘の存在も認めていないようです。

 

その後、伝承によると、30歳のときに故郷を去り、出家してサマナ(出家

修行者)になったということです。着用していた衣服をも捨て、女性を近づ

けず、人と交わらず、問えども答えず、礼するも受けず、打たれても動揺

せず罵られてもひるまず、ただ黙々と瞑想に専念し、人々を驚嘆させたと

いう。歌舞音曲のようなものに心を奪われず、2カ年以上、冷水を使ったり

求めたりしなかった。そして、地水火風の各元素、植物、動物が生命をもって

いること、存在物の上昇と下降、その原因としての業が存在すること、感覚や

行動に業が流入すること、女性が業を生ぜしめることを自覚したということ

です。

 

そして、そのあと、遊行の生活に入り、12年以上継続したようです。この

期間は、種々の迫害に会い、修行生活は辛酸を極めた。あるときは、樹の根元、

あるときは墓場で寝起きをし、寒暑と戦い、害虫に苦しめられ、悪人愚者に

悩まされた。しかし、マハーヴィーラは、勇猛心をもってこれに耐え、遊行

生活を継続したといわれています。

 

12年間の苦行を終わったマハーヴィーラは、第13年目の夏の夜、サーラ樹

の下で、最高の完全智に達し、完全者の位を得た。一切智に達し、悟りを開いた

時には世界、神々、人間、悪魔のありさま、彼らがどこから来て、どこへ行く

のか、という詳しい姿を見通したということです。

 

マハーヴィーラは、その後、1年のうち、8カ月は遊行を行い、4カ月は雨の

ために一カ所に定住した。遊行は、村には一夜、都会にあっても五夜を出ない

ものであったが、マハーヴィーラの名声が高まるにつれて、人々の迫害は次第

に止んでゆき、驚きと尊敬に変わっていったそうです。

 

遂には、王の庇護を受けるようになったということですが、30年間の教化を

行うなかで、72歳で亡くなり、ニルバーナに達したといわれています。

 

なお、ジャイナ教の伝説によると、マハーヴィーラが現れる以前に23人の

救済者が現れ、マハーヴィーラは第24祖師に該当するそうです。この24

祖師を数えることは後世に成立したものだそうですが、第23祖師のパール

シュヴァはマハーヴィーラの先駆者として実在の人物であったと認められて

いるようです。よって、マハーヴィーラは改革者ということになりますが、

実質的な創始者とされています。

 

また、ジャイナ教は、単一の教派を形成し続けてきたわけではありません。

紀元1世紀以来、白衣派(修行者に白衣を着ることを許す派)と空衣派

(裸形派ともいい、より厳格で、非殺生と非所有を実践するために裸で

いる)に分裂したということです。

 

両派は根本的な教説において違いはないようですが、その聖典を同じくする

ことを認めないということです。つまり、一般的に空衣派は聖典が伝承され

ていないと主張し、すべて聖典は散逸したとしているが、そうではなく、

空衣派は白衣派の現存の聖典の権威を認めないということなのだそうです。

 

その後、ジャイナ教は、インド国内に留まり続け、古い姿を今に伝えている

という。世界宗教として展開した仏教とは対照的に、インド以外にはほとんど

伝わらなかったが、およそ2500年に長きにわたりインド文化に影響を与え

続け、現在もなお篤信の在家信者が存在していて、その数およそ320万人ほど

で、少数ではあるが、有力な社会的勢力として存在しているということです。

 

ところで、インド以外の国がインドを意識し始めたときには、学者たちはジャイナ

教というのは仏教の一派と見なしていたということです。

 

研究が進み、両者には大きな違いがあることがわかり、別の宗教であるという

ことが判明したが、それでもなお、人生を苦であるとみなすこと、輪廻転生、

業、過去仏思想をはじめとして、解脱、涅槃、戒律、特に五戒などはほとんど同じ

といってよく、何かしら起源を同じくする共通の基盤を感じさせるものがあると

いわれています。

 

また、前5世紀ごろ、仏教、ジャイナ教と並んでアージーヴィカ教という宗教が

有力な宗教として勢力を競っていたそうです。

 

先に少し触れた「六師外道」、自由思想家の一人、マッカリ・ゴーサーラという

人がこのアージーヴィカ教の代表的な人物であったとされていますが、彼と

マハーヴィーラは、6年間一緒に修行をしたということであり、ジャイナ教と

アージーヴィカ教には、最初、深いつながりがあったのではないかといわれて

います。

 

アージーヴィカとは、「生活を得る手段として修行する者」というような良く

ない意味だそうですが、その否定的な意味づけは、仏教やジャイナ教、つまり、

ライバル宗教からの資料によるものであり、その真実の姿は、アージーヴィカ教

の聖典が湮滅しているため、わからないということです。

 

それでも著者は、ジャイナ教とアージーヴィカ教は、同一派内の正統と異端の

関係にあったとも考えられるとし、アージーヴィカ教を率いるゴーサーラは、

当時の自由思想家のなかでも、最も有力な人物であり、恐らくはマハーヴィーラ

やブッダと同等以上の扱いを受けていたであろう、そして、解脱は万人に決定

しているとする彼の平等解脱思想は、カースト下層の人々の救済思想として

受け入れられたであろうと述べています。

 

では、ここでいったん中断し、次回は、ジャイナ教の教義、戒律、教団生活

などに触れてみたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「生と死の接点」2-イニシエーション、老いの神話-



生と死の接点02 

 
 
ライフサイクルという考えにおいて、そのプロセスのどこかのところで、

今までの段階から異なる段階へと生き切るためには、重要な境界線を

突き切ることが重要である、つまり、イニシエーションということが

極めて重要なこととしています。

 

このイニシエーションには、宗教学者エリアーデによると、未開社会以来、

三つの型があったということです。

 

ひとつは、少年から成人に移行させるものであり、成人式、部族加入礼など

があり、特定社会の全成員に義務づけられていて、集団儀礼として行われた

という。

 

次は、特定の秘儀集団、講集団に加入するためのものであり、もうひとつ

は、神秘的召命によって、呪医やシャーマンになるためのものであったと

いうことです。

 

とにかく、イニシエーションによって、ある個人はまったくの「別人」に

なると考えられていたということです。

 

しかし、この、未開社会において重要視されたイニシエーションという、

ある個人がひとつの段階から他の段階へ移行するとき、それを可能にする

ための集団的な儀式は、近代社会になって消失、あるいは、まったく形骸化

してしまったようです。

 

なぜなら、近代社会は、社会の進歩ということを信じ、しかもそれに価値を

おいているので、既存の固定した伝承の世界へ加入するための儀式など

わざわざ行う必要がないからだというのです。

 

ところが、それでことが済めばいいのですが、そうはいかないところが

大きな問題なのだそうです。

 

近代人は、社会的な儀式としてのイニシエーションを捨て去ったが、その

無意識内には、イニシエーションの元型的なパターンが存在し、われわれに

今なお作用を与えているというのです。

 

著者によると、現代人の夢分析を行うと、そのなかにイニシエーションの

元型パターンが生じ、それはその人に大きな意味を持っているという。

つまり、集団的なイニシエーション儀礼を失った代わりに、個々人が自分

なりのイニシエーションを体験し、それをクリアーしてゆかねければなら

ないということになります。

 

また、多くのイニシエーションの儀礼の研究をおこなったエリアーデは、

そこに「死と再生」のプロセスが象徴的に認められるとしていて、夢など

でイニシエーションの元型が作用するとき、実際、死の原型もそこに作用

していると見なされることが多いという。

 

このとき、夢などによってそれを象徴的に体験してゆける人はいいが、

そうでないときは、イニシエーションの必要な時期に、死の危険がつき

まとい、イニシエーションに伴う死の体験を昇華し切れずに、実際的な

死に身を任せてしまうことがあるということです。

 

また、いわゆる非行少年たちが、バイクで暴走をしたり、流血の闘争を

引き起こしたりすることの背景には、イニシエーション元型が存在して

いると考えられるとしています。

 

かくして、人生へのイニシエーションが、何らかに事故や事件によって

引き起こされることがあるが、さらに、それは未開社会においては集団で

行われていたことをまったく個人の責任において行わなければならないため、

そこには強い孤独感が存在することも忘れてはならないと述べています。

 

いずれにしろ、死の元型がそこにはたらいているのであり、死の孤独に

耐える力をもってこそ、イニシエーションは成功するとしています。

 

ところで、河合隼雄は、近年において、老人と言えば「ぼけ」を連想させる

ような傾向があるとし、このような傾向に対し、根本的に老いの意味を問い

直し、老い=ぼけと対極をなすような老人観を示し、老いの意味を考察

しています。

 

まず、ユングがアメリカへ旅行したとき、プエブロ-インデアンの老人

たちが威厳に満ち、悠然として暮らしている、その秘密について述べて

いる興味深い文章を紹介しています。

 

ヨーロッパの孤独のなかに暮らす老人の姿と比べて、あまりにも異なる

その立派さはどこから来るのか。

 

ユングが彼らと親しくなるなかで、「われらの宗教によって、我々は、

われわれは毎日、われらの父(太陽)が天空を横切る手伝いをしている。

それはわれわれのためばかりでなく、全世界のためなんだ。もしも、

われわれが宗教行事を守らなかったら、十年やそこらで、太陽はもう

昇らなくなるだろう。そうすると、もう永久に夜が続くに違いない。」

と、その威厳の秘密を教えてくれたということです。

 

つまり、輝かしい老いの秘密は、彼らに宗教、あるいはその神話の

中にあったということです。

 

著者は、現在では、神話という言葉は「事実とは異なる馬鹿げた思い込み」

というような否定的な意味で用いられることが多いが、神話というものは

決してそのようなものではないのであり、神話の価値を人間が認めなく

なったことと、老人の評価が下落したことは、案外、軌を一にしている

のではないかと述べています。

 

科学の知の強力さは疑いのないことではあるが、それをそのまま自分の

世界観としてしまうところに問題があるのではないか。科学の知は、自分

以外のものを対象化してみることによって成立しているので、それに

よって他を見るとき、自分と他のつながりは失われがちとなる。自分を

世界のなかに位置づけ、世界と自分とのかかわりのなかで、ものを見る

ためには、我々は神話の知を必要としているのだとしています。

 

ただし、にわかにプエブロ-インデアンのように自分の生が太陽の

運行を支えていると信じることはできません。では、どうすべきか。

 

著者は、老いの神話学のなかで、重要なイメージの一つは、老賢者の

イメージであるとしています。そして、代表的なものとして「老子」の

老賢者像をあげています。

 

つまりは、中間に何も媒介者も必要としない、「個」が直接的に、「普遍」

と結びつく、このようなイメージは、老賢者の知を示すのにぴったりで

あり、科学の知とも共存する、あるいは、科学の知を補償するものとして

必要なもの、というべきではなかろうかと述べています。

 

さらに、著者は、ライフサイクルの考え方として、あるいは、老いの神話学の

延長線にあるものとして、死の向こう側、死後の生命についても触れています。

 

死を絶対的な終りとしてではなく、それに続く異なる生への入口として受け

止める方が、はるかに老いや死を受容しやすく感じられるとしています。

そして、「瀕死体験」について研究を行った精神科医レイモンド・ムーデ

不治の病で死んでゆく人たちを看とる仕事のなかで、死後生の存在を確信

するようになり、「私は、死後生を信じているのではなく、科学者として

わかっているのです」と主張したというホスピス運動の先駆者キュブラー

・ロスなどを紹介し、キワモノとしてではなく、誠実で性格な研究を積み

重ねてゆくことによって、われわれは多くのことを得られるであろうと

述べています。

 

著者自身は、死後生そのものの存在につては判断を留保しているようです

が、死後生について、自分なりの神話の知を持つことは、自分が老いや死を

どう受け入れるか、ということにおいて、有用であることを認めなければ

ならないと主張しています。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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「生と死の接点」-ライフサイクル-



生と死の接点01

ライフサイクルについては、以前、何度か死生学に関する論文を紹介したこと

があり、その中で、幾つかのライフサイクル論について触れたことがあります。

 

今回は、そもそもライフサイクルとは何なのか、こういった捉え方というもの

がどうしてクローズアップされるようになってきたのか、そして、今後の課題

は何なのかを、心理学者河合隼雄がユング派の心理学を土台にして述べている

ところを紹介してみたいと思います。

 

従来、人間がこの世に生まれたときから、だんだん成長して成人となり、その

後は年をとり老人となって死に至る、そのような変化を追求する学として、

心理学に発達心理学というものがありました。

 

これによって、人間の発達の様を相当に明らかにすることができたようですが、

それは自然科学的な方法によるものであるために、外的な観察可能な事象に

重きを置くことになりがちであったようです。

 

しかし、一方で、フロイトが深層心理学の立場から、発達段階に関する独自の

理論を作り上げましたが、このようなフロイトの理論を踏まえ、アメリカの

エリク・エリクソンという精神分析学者が、それを拡張した形で、人間の全

生涯にわたる発達段階の図式をライフサイクルとして提唱したことにより、

彼のアイデンテの考え方と共に、ライフサイクルの考えは、広く一般に

知られるようになり、今日のように、わが国においても一般化するように

なったということです。

 

エリクソンは、フロイトによる発達段階の理論、つまり、青年期に人間の自我

が確立するまでの段階を、性衝動の顕れに注目して設定する考えに、社会的

観点などを加え、それに後の段階をつけ加えましたが、そこには、なお、

西洋文明特有の「自我の確立」という観点が強力に働いていることは

否定できないようです。

 

ただし、フロイトの場合、それは壮年の男性をイメージすることによって考え

出された発達段階であり、より強くなり、より高く昇ることに目標が置かれて

おり、その発展段階が壮年をもって終わりとするものであったが、エリクソン

の場合は、相当の発想の転換があり、そこにはユングの影響があったのでは

ないかとしています。

 

著者によると、ユングにとっては、人生前半の強い自我を確立してゆく過程

よりも、人生の後半の問題が重要であったようです。

 

つまり、ユングは、人間が自我を確立するということは、その自我にとって

受け入れ難いことを排除することであるが、中年以降になって、ある個人が

社会的地位や名声などを築きあげたとき、自分が今まで無視してきた半面に

気づき、それを取り入れようとすることから危機が始まるという。しかし、

評価されないものを取り入れることは困難であり、破滅的な状況を迎える

かもしれないが、このような人生の後半の問題に直面して生きることに

よってこそ社会的な一般的な評価とかかわりのない真の個性を見出して

ゆけるとしています。

 

では、なぜ、ライフサイクルの問題が、多くの人に関心をもたれるように

なったのでしょうか?

 

どうも、多くの人々に関心をもたれるようになった背景として、平均寿命が

急激に伸びたことが見逃せない要因になっているようです。人生50年と

言われた頃と比べると、80歳近くまで生きる人が増えて来る中で、より

強く、より高くと思って努力を続け、ある程度目標を達成して死んでゆく

というパターンは少なくなり、多くの人が老いてゆくことについて真剣に

考えざる得なくなっているということです。

 

また、著者は、ベトナム戦争後のアメリカなどを見ると、欧米中心主義が

崩壊してゆくことと、ライフサイクルの考えが一般に受け容れられてゆく

ことは、案外、深いところで結びついているのではないかと述べています。

 

そもそも、人生の後半の意味を強調するユングが、東洋思想の影響を強く

受けていたのであり、現代における東洋の考え方に関心を持つ人の増加と、

人生の後半の意味を考えることによって、人生全体を見ようとする態度

とは大いに関連があるとしています。

 

そこで、古代、とりわけ、いにしえの東洋に目を向けてみますと、古人に

とって、人生を全体として把握するということは、むしろ、当然のことで

あったことが分かります。

 

まず、中国の孔子の「論語」にある、「吾れ十有五にして学に志す」から「七十

にして心の欲する所に従いて矩を踰えず」までの有名な言葉が想起されますが、

著者は、「三十にして立つ」「四十にして惑わず」という、西洋的な自我を確立

するような表現の後で、「五十にして天命を知る」というところから、それまで

とは方向が変化することに東洋的な知恵が感じられる。人生後半におけるこの

ような態度の変更が、七十歳に向かって完成してゆくための要因としてはたら

いていると思われると述べています。

 

そして、それは老化という自然の生理的な流れに逆らうのではなく、うまく

身をまかせて完成に至る道であるとしています。

 

もう一つ、インドのヒンドー教の「四住期」というライフサイクルの考え方

も注目されます。

 

これは、上位のカーストに属する人々が、人生の理想的な過ごし方だとして

いたもので、人間の一生を、学生期、家住期、林住期、遁世期の四つに

分けて考えるものです。

 

学生期には、厳格に禁欲を守り、師の言うことにひたすら耳を傾け、心を

こめて学ぶこと、家住期には、親の選択に従って妻帯し、職業について

きちっと生計を営むこと、林住期には、結婚生活によって得たもの、財産や

家族などすべて棄て、社会的義務も棄て、人里離れたところで暮らすこと、

最後の遁世期には、この世への一切の執着を捨て去って、家もなく、財産も

なく、乞食となって巡礼して歩く生活を送ることが求められるということ

です。

 

このようなインドの四住期説に見るライフサイクルの考え方は、我々に

とっても共感を呼ぶものであり、多々教えられるところがあります。

 

しかしながら、それを実際に実行するとなると、我々現代人が大切と考えて

いる、人格とか自我ということを無視してしまわなければならないことに

なります。

 

西洋近代の自我形成とは異なるにしても、我々日本人にとっても自我の

位置づけ、扱いの問題はないがしろにできないものと思われます。

 

この自我の確立と自我の放棄という真っ向から対立する課題を解決

する方法はあるのでしょうか?

 

著者によると、ユングは、東洋の考えの影響を受ける中で、自我が意識の

統合の中心であるのに対して、人間の心全体、つまり、意識も無意識も

含めた全体の中心として、「自己」というものが存在すると仮定し、人生

の前半は、まず、自我の確立が必要であり、その確立された自我の一面性、

部分性を何らかの意味で補う無意識内の心的内容が、「自己」のはたらきに

よって自我に送り届けられてくるのに対峙し、それを意識化しようと試みる

ことを「個性化」、または自己実現の過程と考え、それが人生の後半のテーマ

であると考えることによって解決しようとしたということです。

 

つまり、現代人は、古来のインドのように個性を捨てることは不可能なので、

まず、自我を確立した上で、あくまで「自己」との対決と相互作用によって、

個性的な自己実現を行ってゆくべきと考えたようです。

 

さて、次回は、イニシエーション(通過儀礼)、老いと神話などについて

触れてみたいと思います。

 

 




 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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