FC2ブログ

新プラトン主義とは何か?-プロティノス-



 新プラトン主義


 
 
 
新プラトン派とは、西洋古代哲学史の最終局面に登場した一大学派ですが、

それは、ある思想傾向を共有する多数の哲学者を、哲学史の研究者たちが

便宜的に一括したというぐらいの意味での学派のようです。

 

新プラトン派は誰から始まったかについては、二つの見解があって、一つは

プロティノスだという説、もう一つは、彼の師であったアンモニオス・サッカス

という人だとする見方があるようですが、アンモニオスは何も書かなかったので

史料がなく、文献としてはプロティノスの著作が新プラトン主義の出発点と

されています。

 

新プラトン主義とは、どのような思想信条であるのかについては、広義の新プラ

トン派ではもちろんのこと、最狭義の新プラトン主義者(プロティノス、イアン

ブリコス、プロクロスなど)の間でも見解に対立する点があるということである

が、プロティノス哲学に基づく新プラトン主義の特徴については、大体、次の

ようになるようです。

 

<新プラトン主義の根幹部分は、プラトン哲学の、ある解釈の産物である。>

 

つまり、プロティノスの考えは、新奇なものでも、いま初めて語られるものでも

なく、プラトンなどによってとっくに言われていたもの、だだし、詳細にでは

なく、暗示的に、あるいはごく簡単に言われていたものである。そして、プラ

トンもまったく独自の思想を創出したのではなく、彼以前のギリシャ思想を受け

取って、それを発展的に解釈したのだということです。

 

<新プラトン主義の特色の一つは、存在するものの段階(階層)を想定している

ことである。>

 

プラトンは感覚される領域と思考あるいは直知される領域を区別して、後者を

前者よりも実在性の高いものとみなしたが、同様に、プロティノスも、存在する

すべてのものを、直知される世界と感覚される世界とに二分した。直知される

ものとは、われわれの「頭の中にある」いわゆる概念ではなく、感知される事物

よりも実在性が高いものである。

 

直知界は「一(一者)」と知性と魂の三者(三層)から成り立っている。知性と

言っても、人間の知性や魂でなく、何者でもない、マクロの巨大な力をもつ

知性と魂である。

 

感覚界(物理的世界)は直知界をモデルにして作り出されたものであり、その

意味ではこの世界の創造者は知性であるが、直接にこの世界を産出したのは

世界魂である。世界魂の下端である大自然から最初に無形質の素材が生じ、

この素材に色々な形相が与えられることによって、諸元素と、諸元素から成る

複合物が出来上がったという。

 

<プロティノス哲学の最大の特色の一つは、存在階層の最上位に、すべての

ものの唯一究極の原因者として、知性と実有をさえも超越する無限定のものを

置いたことである。>

 

この超有的・超知性的なものをプロティノスは「一」とか「善」とか「第一者」

とか「自足者」などと呼んだ。彼は「われわれは別の始原をさらに求めては

ならない。このもの(「一」)を真っ先に立てて、それからこれの次に知性を、

つまり第一義的に直知しているものを、そして知性の次に魂を置かねばならな

い。なぜなら、これがそれぞれのものの自然(本性)に従った順序であるから。

そして直知界にこれら(三者)より多くのものをも、少ないものをも置いては

ならないのである。」と述べたという。

 

<直知する知性と直知される対象である実有を同一のものと考えたことも、

プロティノス哲学の一つの特色である。>

 

知性は同時に諸有なのである。つまり、知性は、一切の実在(プラトンが

「イデア」と呼んだもの)から出来上がっている一つの世界(狭義の直知界)

である。だから、知性は自己だけを直観するのだが、そのことによって全実有

を直観しているというわけである。イデアは知性に内在するというプラトン

解釈は以前からあったが、プロティノスはこの理論を整備し深めたということ

です。

 

<存在階層の上位者から次位者が産出される特有の様式を考案したことも、

プロティノス哲学の特徴の一つである。>

 

「一」(一者)からヌース(知性、英知)が生まれ、ヌースから魂が生まれた。

(生まれたと言っても、それは、ある複雑な特殊な産出形式を意味している。

また、この様式は、便宜的に「流出」とか「進出」とか「発出」などと呼ばれ

る。)さらに、魂(これは何ものの魂でもない純粋魂である)から世界の魂と

個々の動植物や人間の魂(個別魂)が産出され、そして世界魂から物理的世界

が生じた。この世界は、ある意味で世界魂の内に内在している、としています。

 

<われわれの魂は、すべてのものの究極の原因者である至高の神(一者)と

合一することができる、とプロティノスは主張した。>

 

実際に彼は、その合一に成功したと伝えられている。それが、彼が「神秘主義

者」と言われる所以である。もっとも、このような合一、あるいは見神を実際

体験しなくても、少なくともその可能性を承認することが、狭義の新プラトン

主義者の要件の一つであるとされています。

 

このようなギリシャ哲学史上における新プラトン主義の祖プロティノスの歴史的

位置について、井筒俊彦は「神秘哲学」の中で、プラトンとアリストテレスを

つなぐギリシャ哲学主流の線上に、しかも両者の思想が脱自的観照生活の一点を

通じて相交叉するところに存立するとし、プラトン的観照とアリストテレス的

観照の交叉交流とは、かのミレトスの自然学以来連綿として陰に陽に、あるいは

対立し、あるいは協力しつつギリシャ思想の底流をなし来ったイオニア的自然

主義と、密儀宗教的霊魂神秘主義との最後の綜合でなくて何であろう、と述べて

います。

 

(つづく)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スポンサーサイト



テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体