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新プラトン主義の潮流-イアンブリコス、プロクロス-




新プラトン派

 

新プラトン主義は、プロティノスの死後も生き続け、ギリシャ末期の哲学の

主流になるに至ったようですが、その展開は、大きく分けて次のような三つ

の学派に区分することができるようです。

 

アレクサンドリア派

プロティノスとその弟子ポルピュリオス及びアメリオスを代表者とする

草創期の学派。

 

シリア派

ポルピュリオスの弟子イアンブリコスを代表者として、主にシリアを活動の

中心とした派。この派においては、新プラトン主義の神秘主義的傾向が

さらに助長され、神働術(降神術)や占星術に大きなウエイトが置かれる

ようになったということです。

 

アテナイ派

プラトンの創設したアカデメイアもその末期には新プラトン主義の支配する

ところとなったようですが、アテナイにおける新プラトン派の代表的な哲学者

はプロクロスという人で、彼によって新プラトン主義は再び学的な厳密性を

期するものとなったようです。

 

さて、ここでは、以上のような学派のなかから、イアンブリコスとプロクロス

について触れておきたいと思います。

 

まず、イアンブリコスですが、プロティノスらの魂論に対して大きな軌道修正

を提唱したということです。彼らは人間の魂は神的なものと同じ本質をもち、

直知者、直知対象および一者自身になりうるというように、魂に不当に高すぎ

る存在階層を割り当てしまったとイアンブリコスはいうのです。

 

つまり、イアンブリコスによって、上位の存在の魂への内在の側面が批判され、

魂は、存在階層を上下に浮動するスポットライトのごときものではなくなり、

固定した位置を与えられて、境界を踏み越えられなくなったということです。

よって、存在階層の下への移動、すなわち他の動物への輪廻転生も否定され

たということです。

 

また、人間の魂全体が感性界に降下したのではなく、その一部が直知界に

とどまっているというのがプロティノスのテーゼであり、意識の座にある

魂の中間的部分が情念に引き回され、道徳的に悪しき行ないを犯しても、

魂の最上位の部分は清らかさを失うことはないということになりますが、

イアンブリコスには、魂のこのような分割は容認できなかったようです。

 

もし、人間が罪を犯したならば、それは魂の全体が堕落していたからで

なければならない、人間の魂はその全体が感性界に降下したのだと主張

したということです。このようなアンブリコスに始まる魂の地位の降格は

プロクロスなどのアテナイ派の新プラトン主義者に継承されることと

なったということです。

 

そして、魂はその全体が感性界へ降下して肉体と結びつき、変化を被らない

部分など存在しないのであれば、魂は同一性を失わないながらも本質が変化

したはずだとイアンブリコスは考えたといいます。

 

魂は受肉に際し非理性的生命を産出すると、自己から傾き自己の本質の外に

出る。他方、絶えず新しい生命を注ぎ出す根拠として、自己のうちにとどまる

側面も併せもつという。そして、傾くということは、上方に無変化の部分を

残しておくということではなく、魂の本質が同一性を保ちつつ弛緩するという

ことだとしています。

 

しかし、魂の一部が直知界にとどまることはなく、魂全体が感性界へ降下した

というテーゼは継承しながらも、魂は本質上弛緩するという主張はプロクロス

には受け入れられなかったようです。

 

なお、イアンブリコスは、カルデア神学やヘルメス主義に傾倒していたようで、

テウルギアなるものを行ったということです。テウルギアとは、神を動かす術

という意味と、人を神的にする行という意味があり、神働術と訳されていて、

儀式や瞑想を通じて神との神秘的合一を目指すものであるとされています。

 

プロティノスはテウルギアを行うことを望む人々に観想(テオーリア)を

勧奨したということであるが、イアンブリコスは、祈祷や宗教的であると

同時に魔術的でもある儀式を伴う、より儀式化されたテウルギアの方法を

教えたという。彼は、テウルギアは神々の模倣であると信じ、著書『エジ

プト人の秘儀について』において、テウルギア的祭儀は、受肉せる魂に宇宙

の創造と保護という神的責任を負わせる「儀式化された宇宙創成」である

と述べたということです。

 

では、次にプロクロスに移りますが、彼も魂というものを感性界の鉛のような

重石や、この世的なものから自由にし、神との同化を準備するための浄化的徳

を教え、自らもオルフェウス教や「カルデア神託」の教えに基づいて実践したと

いわれています。

 

しかし、彼の思想的な特徴は、複雑な形而上学的体系を構築したことにある

ようです。新プラトン主義思想の特徴は諸存在を一つの<階層>にまとめる

ことにあり、その構造は、基礎となる下位のものを土台に積み上げられるの

ではなく、最上位のものを究極的な始まりとして、そこか順に下位のものが

産出される仕組みになっているが、その内部構造は重層化され、より複雑に

なっているということです。

 

つまり、プロクロスにとっても最高原理は<一>であるが、階層は、<一>

-知性-魂というシンプルな三階層を維持したプロティノスとは大いに異な

っていて、「生み出す」原因は神だけではなく複数あるのです。そして原因

同士の関係もまた立体的・階層的に理解されるというのです。

 

たとえば、先行する原因であるイデア(可知的存在)が後続する原因である

魂を生み出すことになるが、イデアは先に肉体の原因となり、それに後続する

原因である魂が働き、生き物が生み出されるというのです。

 

また、この世界の原因を探求するとき、プロクロスはプロティノスの<一>

-知性-魂では不十分だと考えたようです。彼は知性の階層をさらに「存在」

-「生命」-「知性」へと細分化したということです。説明すべきものに

応じて原因の階層は多層のものになったようです。

そして、この知性の階層の相違のほかには、プロティノスとの最大の違い

として、一から発出するものの最下層にある「素材」の位置づけが

あげられます。

 

プロクロスによれば、素材とは一・善という究極原因によって生み出された

ものであり、存在はしていないが必然的なものであるという。一方、プロ

ティノスは、一・善からの発出の末端の素材を、善なる光が届かない闇と

とらえ、「悪」と呼んでいる。プロクロスは、<一・善>が生み出すものは

悪ではない。素材は、形相の欠如であっても善の欠如ではないとプロティ

ノスの説を批判したということです。

 

なお、最後にもう一つ付け加えると、プロクロスの神学の中核には、<ヘナ

デス>という概念と<分有>に対する新たな考え方があるということです。

(「ヘナデス」は、基数の一から派生した集合数ヘナスの複数形であり、

「分有」は、プラトンがイデアと個物の関係を表すために用いた用語)

 

<一・善>を分有関係で表すと、

分有されない一=<一・善>

分離した仕方で分有される一=ヘナデス

不可分な仕方で分有される一=内在する一

一を分有するもの=すべてのもの

となる。

 

つまり、すべてのものは直接的にせよ間接的にせよ一を分有する。そして、

それぞれに一が内在している。また、それぞれのものから分離した一が

ある。これがヘナデスである。ヘナデスとは、すべて分有されるもの

なのだということです。

 

具体的には、ヘナデスは存在するものに同一性・善性を付与する。その働き

は「摂理」と呼ばれ、摂理を働かせるヘナデスは神々であるという。

 

プロクロスは、この可知的な存在における神々を通して「プラトン神学」と

いう神学体系を構築しようとしたようです。

 

なお、プロクロスのあとは、新プラトン主義はダマスキオスによって継承

されていきますが、ユスティニアヌス帝の勅令が直接のあるいは間接の

引き金になって、新プラトン派は徐々に衰微の一途をたどっていったと

いうことです。もっとも、新プラトン主義の思想はのちの時代に大きな

影響を及ぼすことになるのですが、学派そのものの活動はそこで消滅する

ことになります。

 

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体