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大乗仏教の出現



インド仏教の歴史


 

釈迦の説法は、「阿含経」という経典にまとめられて、各部派で伝承されて

いったのですが、釈迦の入滅後、3、4百年ぐらい経ったころ、新たな

「仏説」がまことしやかに流布され始めたといいます。

 

具体的には、「般若経」「華厳経」「法華経」「無量寿経」といった経典が、

釈迦の説法として宣布されていくことになるのです。

 

それは旧来の正統的な部派教団としては考えられない新しい仏教、仏教的

新興宗教の出現ですが、新仏教の担い手は、みずからの仏教を『大乗』

(偉大な教義)と呼び、旧来の仏教を小乗(劣った教義)といって

非難したとされます。

 

しかし、釈迦の入滅後、4百年近くも経ってのち初めて現れた経典が、直接、

釈迦が説いたものだということは考えられません。よって、これらを制作

したものは当時の何者かであったということになります。

 

ですが、それが部派仏教のなかの修行者の一部の特殊なグループであったのか、

それともまったく部派の外部にいた求道者のグループであったのか、あるいは

両者の協同によるものか、そのあたりは確かなことは何もわかっていないと

いうことです。

 

ただし、これらの経典を人々に説いて聞かせた者たちについては見当がついて

いて、それはダルマ・バーナカ(法師)と呼ばれる人たちであったようです。

バーナカとは、正規の出家僧ではなく、インド社会の宗教制度のなかでは

卑しい落ちこぼれ的な存在であったが、そのような、いわば、民衆の心のひだ

を伝い歩くようなバーナカが大乗経典を語り歩いたとされています。

 

それ以前は、バーナカのなかには、「阿含経」を語るバーナカや釈迦の過去世

物語を語るバーナカなど、様々なバーナカがいたようですが、「般若経」など

の今まで見たことのない「仏説」に出会うと、バーナカたちはこぞってその

新しい教えを語るようになったようです。

 

民衆の心の琴線に触れるものは何かを身をもって体得していたバーナカたち

は、大乗の新しいダルマ(法)こそ、人々に語るに足る深い教えだと感じた

のではないかということです。(もっとも、その背景には、正統的な部派教団

の制度化され、形骸化した権威的な僧らに対する対抗意識もあったかもしれ

ません。)

 

そうなると、逆に、旧来の仏教僧からすると、ダルマ・バーナカ(法師)らは、

いかがわしい存在であり、公的権威をもたない新奇な教えを説く厄介な存在で

あったと思われます。

 

よって、部派教団やそれと親密な関係を結んでいた在家の支配層らは、新興の

大乗運動を目の敵にし、言論や力でもって対抗しようとしたようであり、たと

えば、「法華経」で常不軽菩薩(常に相手を軽んじなかった菩薩)という名の

菩薩が、大乗仏教に敵意を抱く人々からどんなに迫害されようと、ひたすら

「あなたは仏となる方です」といって合掌礼拝したとあるのは、大乗運動を

進める者たちのそうした者への姿勢と考え方を表しているものといえる

ようです。

 

いずれにせよ、ダルマ・バーナカ(法師)が語る新しい仏教の教えの材料を

仕入れることのできる拠点がどこかになければなりません。大乗仏教のそう

した教団的拠点は、かつてから釈迦の遺骨を祀る仏塔信仰の集団、そして、

そこに常駐する人々に求められているようです。

 

というのも、元来、仏塔は部派教団の管理外にあったからです。釈迦は

出家者に対し、自分の遺骸について心配するなと言い残しており、仏塔は

在家者によって管理されていたからです。

 

こうしたなかで、ダルマ・バーナカ(法師)、民衆、仏塔管理者、そして、

専門的求道者たちが協同して、新仏教=大乗仏教を作り上げていったのでは

ないかということです。(もっとも、最近では、部派仏教の大衆部の中から

出てきたという有力な説も唱えられているようですが。)

 

なお、大乗仏教出現のもう一つの要因として仏教文学運動の流入というもの

があるようです。このことが、バーナカたちが大乗仏教になびいた大きな

理由の一つであったようです。

 

大乗仏教の仏の慈悲の強調には、本性譚(釈迦の前世物語)の数々の物語が

かかわっていたし、大乗仏教の修行の核にある六波羅密の修行(布施・持戒・

忍辱・精進・禅定・智慧)は、仏伝文学(釈迦はどのようにして発心し

修行したかを説くもの)から出てきたものであるし、大乗の修行者を菩薩と

呼ぶが、この言葉も仏伝文学において、釈迦の成道以前の呼び名として出て

きたものであるとのことです。

 

このように、これもまた正統教団のやや周縁で営まれていた文学活動の中での

仏の追求、人間の追求が、大乗仏教の極めて基本的な部分にかかわってきたと

いうことです。

 

なかでも、菩薩という語の意味の変化は注目されます。元来は、仏伝において

釈迦の成道以前をさすものであったのが、大乗仏教では、大乗仏教に帰依し、

菩提心(求道の心)を発した者は、すべて菩薩なのだといいます。大乗仏教徒

は、すでにひとりひとりが菩薩だというのです。

 

正統教団の部派仏教では、修行の最終の地位は阿羅漢であり、我執を断つこと

によって、身心を灰滅し、静的な涅槃に入ることしか説かれていませんが、

大乗仏教は、釈迦と同じ仏となろうということを堂々と目標に掲げるに至る

のです。

 

かくして、大乗仏教は、歴史上の釈迦に範をとるものではなく、仏伝文学の

仏陀観を継承したものであるということになりそうです。仏伝文学に表されて

いるように、菩薩が他の仏に出会って、みずからも仏になろうとし、必ず仏に

なって他の人々を仏ならしめていく。その無限の連環の壮大な物語を、大乗仏教

はその根幹にすえているということです。

 

ここで、改めて大乗仏教と部派仏教(小乗仏教)の違いを簡潔に記しておくと、

次のようになるようです。

 

大乗では、人間は誰でも釈迦と同じ仏となれると考えられているが、小乗では、

人間は釈迦には程遠く、修行してもとても及ばないと考えられている。

 

大乗は、最終的に仏となり、自覚・覚他(自ら覚し、他を覚させる)円満の

自己を実現するが、一方、小乗は、最後に阿羅漢となり、身と智を灰滅して

静的な涅槃に入る。

 

大乗では、一切の人々を隔てなく宗教的救済に導こうと努力し、利他を重視

するが、小乗では、自己一人の解脱のみに努力し、自利のみしか求めない。

 

大乗は、みずから願って地獄など苦しみの多い世界におもむいて救済行に励む、

生死への自由があるが、小乗は、業に基づく苦の果報から離れようとするのみ

で、生死からの自由しかない。

 

大乗は、釈迦の言葉の深みにある本意を汲み出すなかで、仏教を考えようと

したが、小乗は、釈迦の言葉をそのまま受け入れ、その表面的な理解に終始

する傾向があった。

 

とはいっても、大乗仏教は、いかがわしいものとして、当初、部派の正統的な

教団の大勢からは、いわば白眼視されていたのであり、その後も、いわゆる

大乗非仏説は繰り返し主張されるのであり、さらに、近代に入って科学的な

仏教史研究が始まってからも、再燃することになったようです。

 

「インド仏教の歴史」の著者、竹村牧男氏は、大乗仏教は、それを表現した

人たちの宗教体験を通路として、釈尊-仏陀に迫るような宗教であるとし、

氏自身は、歴史上の釈尊以外は信用しない、その釈尊のみに帰るべきである、

という立場に立とうとは思わないと言い、釈尊の覚ばかりでなく、釈尊が

人々に何を説いたかに仏教を見たいし、そこに含まれる相手側の主体との

関係における真実をそれぞれ尊重したい、と述べています。

 

さて、釈迦自身は、このことについてどうお考えでしょうか?

 

(つづく)

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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