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スウエーデンボルグの真実-近代スピリチュアリズムの歴史1-



スピリチュアリズムの歴史  霊界日記 


最初のスピリチュアリストと呼ばれるエマヌエル・スウエーデンボルグについて

触れてみたいと思います。

 

スウエーデンボルグは、ルネッサンス的天才といわれた多才な科学者であったが、

科学者であることを断念するに至った55歳以後の霊的な分野における業績に

よって、スピリチュアリズムの先覚者であるといわれるようになります。

 

科学者としての彼に一大転機が訪れたのは、1744年4月に滞在中のロンドン

のホテルで「キリスト霊」の最初の訪問を受け、その翌年のやはり4月に「キリ

スト霊」から、今までの世俗的な学問を一切捨てて、霊的な仕事に専念するよう

に命じられたからであるということです。

 

それまでのスウエーデンボルグは、鉱山技師としてスウエーデン国立鉱山局に

勤め、鉱山技術を改革し、土木事業にも貢献したという。そのほか、数学、

天文学、生物学、生理学、心理学など科学の諸分野において先進的な業績を上げ、

国際的に認知されていたばかりではなく、ラテン語の詩集を出したり、科学雑誌

を発行したり、また、貴族院議員として国政にも深く参与するなど、歴史上の

最高の天才に勝るとも劣らない働きをしたとされています。

 

このように科学者として多方面にわたって時代に先んずる業績を上げていたにも

かかわらず、また、世界最高の科学者になろうというのが青年時代の夢であった

にもかかわらず、56歳になって科学者の道を断念するに至ったのはなぜなの

でしょうか?

 

「キリスト霊」の勧められたのが直接の原因だということですが、「キリスト霊」

に出会うまでに、彼は、特別な環境に生まれ育ち、様々な霊的体験をし、精神的

な危機にさらされていたようなのです。

 

まず、スウエーデンボルグは、生まれながらにしてキリスト教とは深い縁が

あったようです。彼の父親はスウエーデン王室の祈祷所の牧師で、ウプサラ大学

の教授でもあったため、こういう父を持つ家庭の中で、幼いスウエーデンボルグ

が強い宗教的影響を受けて育ったということは容易に考えられます。

 

さらに、家庭の教育ばかりではなく、彼自身が生まれながらにして霊的な素質を

持っていたということです。晩年、友人への手紙の中で述べているところに

よれば、4歳頃からすでに神や霊のことについて考えていたということであり、

時々、神懸かりのようなことも言って両親を驚かせたこともあったということ

です。

 

また、成人してからも、旅行中に故国の火災を霊視したり、重大な国家機密を

担当者でもないにもかかわらず知っていたというような異常な能力を見せたこと

などは、よく知られています。

 

これらは、霊魂が肉体を離脱して現地へ行って見てきたということになるが、

スウエーデンボルグはこの霊魂離脱の方法を「死ぬ方法」と名づけ、これに

よって霊界にいる死者たちの霊魂と随時交流したことを明らかにしています。

 

さて、大科学者が「大霊能者」に変貌する過程における、その葛藤は如何

ばかりであったでしょうか?

 

若い頃のスウエーデンボルグは、世界最高の科学者になる野心を持っていたが、

一方、それを批判する内面の声も強かったという。そして、彼は自分の世俗的な

野心がたとえ学問という高貴な衣装をまとっていたとしても、神の意に添わない

のではないかと絶えず恐れていたようです。

 

彼は、父の死後、鉱山監査官の仕事を休職して、外国を旅し、その後、人体と

生理学の研究である「生物界の理法」を発刊しますが、この本が発刊されてから

3年後に、1年以上にわたって、彼は重苦しい、時には恐ろしい夢を見るように

なったというのです。

 

このことは、彼の死後百年ほどたってから発見された日記の断片、いわゆる

夢日記によって伺い知ることができます。

 

日記によると、スウエーデンボルグは科学的研究への愛情と神への愛の二者

択一に悩むのです。自分が出版したばかりの「生物界の理法」について、

そんなものにかかずらってはいけないと思いはじめ、自分の研究に対する

愛情は、神やキリストを愛するために役立つものでなければ俗悪なもので

しかないとも考え、自分は自己愛と誇りばかりが染みついた人間で、神の

恵みに全く値しないと悩み続けたということです。

 

しかし、最後に、自分には何も分かっていなのであり、神の裁きにすべて

を任せて服従するのが最上なのだと悟り、キリストの導きに自己の運命を

任せることによって危機を脱出することができたとされています。

 

かくして、宗教的転向を成し遂げたスウエーデンボルグは、最初に聖書全体

の言葉の検討を行い、そして、有名な霊界探訪の記録を綴っていったという

ことです。

 

彼と同時代の先駆的なスピリチュアリストであるアンドリュー・ジャクソン・

デイヴィスが、聖書の言葉には誤謬があり、全体は不完全な物語であると

言ったのとは異なり、スウエーデンボルグは聖書を信じ、その中に書かれた

事柄はすべてそれに呼応する霊界の事象によって裏打ちされていると考え、

それを明らかにしようとしたということです。

 

ただし、彼の「三位一体」説は、旧来の説とはかなり異なっていて、キリスト

は肉体という地上の部分を持ち、聖霊はキリストの「働き」を表すとしている

ようです。また、別の次元から見ると、「神」は「愛」に対応し、「子」は

「叡智」、「聖霊」は「働き」に対応するとし、この「愛・叡智・働き」の

三位一体は、人間のレベルにおける「霊・心・体」に対応するという複雑な

「三位一体」説を説いたようです。

 

この別の次元、レベルのものが呼応するという考えは、「照応」の理論といい

スウエーデンボルグの霊学の基本原理とされています。つまり、地上にある

もので天上にないものはなにもない。自然界に存在するものはすべて天上

(霊界)にもとの姿を宿している。なかでも、人間は霊的存在として霊界に

対応するとともに、肉体的存在として自然界にも対応しているというものです。

 

なお、スウエーデンボルグの名を世界に広く知らしめたのは「天界の秘義」や

「天界と地獄」といった霊界探訪記です。

 

そこでは、まず、天界の主はキリストであってキリストの神格が全天界に行き

渡っていると述べたのち、天界の仕組みや、性質、天界に住む者たちの様子など

を事細かに述べています。人間は死後精霊界にとどまり、生前から交わっていた

霊たちとの縁によって、天界に行くか、地獄へ行くかが決まるという。

 

霊界には時間も空間もなく、すべて心の状態の変化のみである。人間は死後も

生前と同じ人格を保ち、同じような仕事をする。愛と叡智のみが行動の規範で、

その深浅が霊の進歩や退歩を決めるとしています。

 

では、スウエーデンボルグに対して、同時代の、そして後世の人たちはどのよう

な評価がなされたでしょうか。

 

ヘレン・ケラーやバルザック、エマソンといった人たちは全面的な賞賛を送った

とされる一方で、カントやヤスパースといった人たちは、彼を精神病者である

として批判したようです。

 

私には、彼の正しい評価はできませんので、かつて何度か紹介したことのある、

水波霊魂学の提唱者で、自身が霊媒でもある水波一郎氏の見解を紹介しておき

たいと思います。

 

水波氏は、今は絶版となった旧著「大霊力」のなかで次のように述べています。

 

「私は、あまり彼については語りたくない。私の意図する霊媒とは違うからで

ある。」「彼の人生は、偉大な学者としての生涯であった。しかし、霊媒として

の能力は低かったといえよう。」「私が思うには、彼の幽体に、ある者の意識が

飛び込んできた。彼は、それを霊界探訪として発表した。それが事実のようで

ある。」

 

「神界とか、天界とか、そういった世界には、幽体は参入できない。質量の

違う世界だからである。」「過去何人もの霊能力者を育てたという霊魂も、人類

をずっと見てきたという霊魂も、共通して語るのは、幽界の霊魂は、霊界へは、

よほどのことがない限り入れないということである。まして、神界など、見る

ことも不可能である。」

 

「過去の歴史において、霊界探訪において、幽界はともかく、それより上の世界

の探訪を、物質界の人間が行ったという通信はひとつもない。本当の霊覚者と

いわれる、聖者、神人はそういうことは言っていない。必ず、「霊魂が、そう

言う」と、なっているはずである。それは当然である。意識によって違うよう

にしか見えない世界は、表現しようがないからである。」

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : スピリチュアル
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