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役行者伝説


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役小角読本





前回、紹介したように、公的に役小角について記述のあるのは、「続日本記」

のみであり、それも、小角は、弟子である韓国連広足により、事実を偽って

妖術で人を惑わしていると訴えられ、配流(島流し)された。また、彼は

鬼神を使役し、呪術で鬼神の自由を束縛したという風聞がある、という

非常に短いものでした。

 

よって、ここから小角の人物像を導き出そうとすると、歴史的資料にもとづき

当時の社会状況、政治状況から推測する形のかなり主観的なものにならざるを

えないということになります。

 

もう一つ、「続日本記」から30年ほど後に完成した、薬師寺の僧景戒の

編による仏教説話集「日本霊異記」のなかに、小角に関する最古の説話が

あります。

 

先に紹介した「役行者と修験道」においても、この二つを参考にしながら、

一つの役行者像が描かれていました。

 

著者の久保田展弘氏は、小角の修行には道教・神仙思想の反映が見られるが、

基本的には彼の仏法への篤い信仰が、絶え間ない山林修行によって究められて

いたことをうかがわせるとしています。

 

そして、小角が修めたという孔雀経の呪法に触れ、その伝来の密教の修法は

朝廷の呪禁師でさえ教えを乞うほどのものであり、請雨、止雨に際し、多くの

農民が待ち望んだものだったに違いない。しかも仏教、道教、神仙思想をも

融合していたと思われる彼の実践宗教は、奈良時代に入って、いよいよ具体的

なかたちを見せてくる神仏習合の先駆けでもあったと述べています。

 

しかし、「日本霊異記」は正史ではなく、仏教説話であり、それをどう解釈する

かによって異なった見解が出てくることになります。

 

今回は、少し違った役小角の人物像を紹介したいと思います。

 

さて、今回、紹介する藤堂一保氏の「役小角読本」では、資料を基本的な前回の

久保田氏と同様、「続日本記」と「日本霊異記」によりながらも、小角を在俗の

仏教修行者ではなく、神仙道修行者として捉えています。

 

「霊異記」は、いわゆる、仏教説話であるが、「続日本記」からさほど隔

たっていない時代に成立したため、空海の真言密教以前の雑部密教である

孔雀経の呪法を修めたとしながらも、一方で、神仙道の仙術をも修めたと

あり、道教・神仙思想の影響を否定していませんでした。

 

しかしながら、後世になると、小角にまつわる伝説は、彼が傑出した仏教者

であることを力説するようになったというのです。

 

<前世から山岳に籠って修行を重ねた小角は、舒明6年正月元旦、大和国に

生まれた。母が密教法具である独鈷杵ないし金剛杵が口に入る夢を見て生まれ

た子で、生まれながらに仏縁が深く、仏陀や聖徳太子がそうであったように、

小角も誕生後すぐに仏語をしゃべって人々を驚かせた。>

 

<幼いときから深く仏教に思いを寄せ、泥や草で仏像や仏塔を作って遊んだ。

人々を仏法に導くために、十代で山に籠って仏教修行に入った。山中では

孔雀明王の呪法を駆使して種々の不思議な験(しるし)を表し、鬼神を使役

した。その足跡は日本全土におよび、各地の霊山を開いた。云々> といった

具合です。

 

しかし、藤堂氏は、「続日本記」と「日本霊異記」、そして関連資料を注意深く

読んでいくと、とても、小角は仏教の超人、あるいは仏教系呪術者とはなら

ないと言います。

 

上記のような伝説上の仏教的小角像を払拭したのちの小角像は、従来、語り

継がれてきたものとは大きく異なっていて、小角の使ったとされる呪術も、

奇門遁甲や役使鬼術といった道教系の呪術であって、世間で流布している

仏教系の「孔雀の呪法」ではない。小角の生涯に立ち込めている匂いは、

道教、それも仙人になることを目標とした神仙道の匂いであって、仏教の

それではないとしています。

 

そこで、もう少し詳しく藤堂氏の描く小角の人生のアウトラインを紹介して

おきますと、次のようになります。

 

<役小角は、大和国に生まれた。生家は賀茂氏に仕える賀茂役君といい、のち

に高賀茂氏を名乗った。賀茂氏の氏神を賀茂の大神、またの名を葛城の

一言主神といい、国家のために託宣を行う朝廷の守神でもあったが、

この大神の祭祀や神憑りによる神託を取り次ぎ、呪術などを司祭する

のが小角の生家の仕事で、シャーマン色の濃い血筋の家柄であった。>

 

<こうした環境の中で、小角は先祖から伝えられた家職の神事や祭祀に

関するさまざまな知識を幼い頃から叩き込まれて育ったが、やがて、

それだけでは飽き足らず、大陸伝来の神仙道や道教方術にも強い関心

を示すようになった。>

 

<仙人に対する憧れは年とともに募っていったが、小角には継ぐべき家職が

あったから、夢は夢としてそっと自分の胸にとどめて十代、二十代は知識の

習得と家職である神への奉仕生活に明け暮れた。やがて、小角は、博学で

あるとともに、呪術面でも傑出した才能を発揮し、人々の声望を集めるよう

になっていった。>

 

<しかし、三十代のはじめころ、小角の身辺に、内容はわからないが、それ

までの人生観や価値観を一変させるような何らかの事件が起こった。その事件

を契機に、小角は、仙人になろうと心に決め、一切を捨てて葛城山-現在の

金剛山に籠った。>

 

<小角は、山中で過酷な修行に明け暮れた。まず、肉体を造り変えるべく、

道教でいう辟穀を実践し、松の実や松葉のほか、さまざまな草根木皮だけを

口にして露命をつなぎ、そして、山中をくまなく歩き回って仙薬の材料を

収集し、丹薬を練って服用するという日々を続けた。>

 

<丹薬を練って服する服餌と並んで、小角が最も力を入れて鍛え上げたのは

呪禁の力であった。呪禁とは気をもって万物を制御・制圧する法のことで、

肉体の変容後、小角の呪禁力は一気に高まったが、さらに、小角は、遁甲

方術など、もろもろの道教方術をおのれのものとしていった。>

 

<こうして、小角は、神仙道の外丹法と内丹法の双方を習得し、日本での最初

の本格的な神仙道家になった。>

 

また、小角の配流の理由についても、妖術で民衆を惑わしたからではなく、

朝廷が命じた各地の鉱物資源の調査に、大和の諸山に精通していた小角が

従わなかったからであり、それに朝廷が激怒し、罪をでっち上げて、小角の

弟子の韓国連広足に密告させたものだとしています。

 

先の説と比べると、完全に道教・神仙道にウエイトを置いた見解ではないか

と思われます。

 

しかし、呪禁道というものが、古代中国の民間呪法であり、それが道教の

なかに取り込まれていったということ、また、道教は、仏教が中国に入って

くるとそれと習合し、仏教は道教の方術を取り込み、道教のほうでも仏教の

呪術を取り込んだということ、さらに、日本に伝来してからも、呪禁の法は、

密教・陰陽道・修験道に吸収され、消滅していったことを考えると、どちら
がどちらへ影響を与えたか、ということを明確にするのは難しい
ように思い
ます。

 

よって、役小角は、密教や修験道を含む仏教的修行者であったか、あるいは、

神仙道修行者であったかを特定することはあまり意味があることではないよう

にも思われます。

 

より、重要なのは、日本の宗教史上で、小角が果たした役割、使命ではないか

と思いますし、外来ではない、日本固有の呪術、あるいは、神道の源流という

ようなものとの関わりはどうであったのかが気になります。

 

歴史・民俗学者の和歌森太郎氏は、著書「神と仏の間」において、小角に

ついて、彼は、古来の山岳信仰にこたえて、山中の霊界を操り、抑える

仏教信仰とは関係ない呪術師であったのである。それは、中国から伝来する

方術や、仏教の真言呪法に触れる以前から、固有の呪術を操るものであった

ろう。それは、あるいはシャーマンの類であったかもしれない。こうした

ものの存在が、後の修験者、山伏の祖型になるのである。役小角自身は山伏

修行者ではなかったけれども、すぐれた山の固有的呪術師であったという点

で、後世輪をかけてその呪術が喧伝され、山伏の祖師のようになったのだと

述べています。

 

また、霊魂学の水波一郎氏は、旧著「大霊力」のなかで、役小角が果たした

使命について次のように述べています。

 

<小角は、独自の密教を開発した。それは神伝密教である。彼は、仏教思想の

深さに惹かれ、いったん神道を捨てて仏教へ参入した。>

 

<しかし、彼には、疑問があったという。インドで生まれた仏教の神、そして、

仏は、日本にまで出張してくるだろうか。日本の神の怒りに触れないだろうか。

彼は悩んだ。しかし、日本の神は、仏教の仏に違いない。日本の神に仕える

眷属は、仏教でいう神々に違いないという結論を出した。彼は両者を同一の

存在と見破った。>

 

<そして、それから一挙に進歩した。精神的な壁を破ったのである。彼の生涯は

仏法と神道の融合であった。>

 

<彼は、至るところで仏教を説き、神道の秘術を行った。日本初めての仏教神道、

仏教密教の誕生であった。それが空海をして「虚空蔵求聞持法」へと誘導させ

たのである。>

 

<役小角は聖人であった。しかし、自分の役目は、法燈を伝えることにのみある

と考えた。将来、出る人のために、伝えることに意義を感じたのである。日本の

民衆は役小角を理解しえなかったからである。それがやがて、親鸞によって実現

されるに至る。>

 

とにかく、役小角という人は、容易には捉えきれない深遠なる人物であることは

確かなように思われます。









 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体