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カバラーの新たなる展開と逸脱


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カバラー2




13世紀後半、カバラーはスペインにおいて最も創造的な時代、黄金期を迎えた

ようですが、14世紀後半には、イベリア半島でキリスト教徒による反ユダヤ

主義が激化したことでユダヤ人の人口流出が始まります。

 

そして、パレスチナや北アフリカへ逃れていったのですが、そんな中、16世紀

に至って新たなるカバラーの中心地になったがパレスチナだということです。

 

そこでの特筆すべき人物は、イツハク・ルーリアというカバリストで、彼の主張

は、ユダヤ人の贖いが近づきつつある時代には、律法の本当の秘密が明らかに

されねばならないという、終末の予感を色濃く漂わせるものであったようです。

彼は、若くしてこの世を去りますが、その影響は大きく、後に「ルーリア派」

という派が形成されます。

 

さて、スペインに残った者は、暴徒化した群衆に殺害される者や、強制改宗に

よってユダヤ教を捨てる者も相次いだということですが、15世紀になっても

ユダヤ人への迫害が続くなかで、メシアニズムが人々の心をとらえ、終末論が

カバラー文学のなかに現れるようになったということです。

 

メシアとカバラーということになると、17世紀の有名なシャブタイ(サパタイ)

・ツヴィを取り上げなければなりませんが、その前に、少し時代をさかのぼって、

13世紀後半に現れたアブラハム・アブーラフィアという放浪の神秘家に触れて

おきたいと思います。

 

アブーラフィアは神秘体験を重視する自らの技法を予言カバラーと呼び、彼の

関心は、神の世界よりも、預言によってメシアになりうる人間そのものに向け

られていて、現に啓示を受け、メシアの自覚にたどり着いたということです。

 

このユダヤ教の戒律や規範より、預言という至高体験を重視する考えは、神秘

と規範が不可分とする当時の主流の考えからは大きく逸脱しており、のちに

取り上げるシャブタイ派やハシデズムのカバラー、あるいはキリスト教

カバラーにも見られるようです。

 

さて、それでは、先に述べたシャブタイ・ツヴァイに移りたいと思います。

 

シャブタイ・ツヴァイというと、思い浮かぶのは、メシアの棄教、つまり、

自身もメシアとして振る舞い、多くの同胞が終末と救済の期待を抱くなか、

メシアの王国を実現しようとして殉教するのではなく、一見すると肩すかし

のような挫折、棄教か死刑かの選択を迫られるなかで、その場で自らの頭に

ターバンをかぶってイスラム教に改宗したというエピソードです。

 

ですが、問題は、単なる偽予言者の挫折で終わらなかったところにあります。

大半のユダヤ人は失望したようですが、シャブタイ・ツヴァイのまわりに

集まったカバリストたちは、そう簡単にメシアの棄教を見過ごすことが

できなかったようです。

 

むしろ、彼らは本物のメシアならばイスラム教という悪の領域まで足を踏み

入れ、その内部で悪を善に戻して世界を「修復」できるはずだと考えたと

いうのです。

 

シャブタイ・ツヴァイのあとを追ってイスラム教に改宗した人々がおり、

のちにドンメ教団と呼ばれる宗派を形成したようですが、ほとんどのカバ

リストがメシアのあとに従わない道を選んだようです。つまり、ユダヤ教の

なかに留まり続け、ガザのナタンやアブラハム・カルドーゾのように特定の

共同体に属することなく活動した支持者もいたが、何名かのカバリストは

その信仰を隠して共同体のラビを務めたということですし、シャブタイ派の

メシア信仰は密かにヨーロッパ各地の共同体に拡散していったとされて

います。

 

そして、この素性を隠してシャブタイ・ツヴァイを信仰するという、いわゆる

隠れシャブタイ派の問題は、後の世にまで尾をひいていったようです。

 

もう一人、偽装的な改宗をめぐってシャブタイ・ツヴァイと並び称される著名

な人物に、ヤアコブ・フランクがいます。

 

18世紀、ポーランド・リトアニアで強制改宗ではなく、かなりの数のユダヤ人

が自ら進んで洗礼を受け、カトリックに改宗するという事件が起こるのですが、

そのグループの指導者がヤアコブ・フランクだったのです。

 

フランクは、最初、シャブタイ派のドンメ教団と深いつながりを持っており、

そこから独立して活動を始めたとされています。そして、次に、イスラム教に

改宗し、さらにカトリックへ集団改宗したということです。

 

この一見不可解な行動に対して、「総説カバラー」の著者山本伸一氏は、

<フランクの信奉者は彼を秘教とメシア信仰の伝承者と見なしていたし、

実際にフランクが語ったとされる記録にはカバラーの概念や「光輝の書」

の物語がいくつも出てくるが、フランク自身の判断からするなら、単純に

シャブタイ派の新しい展開、あるいはカバラーの教義に支えられた運動とは

できない>と述べています。

 

そして、<フランクはポーランドにおけるユダヤ人の自治的な共同体の建設

という完全に政治的な動機で動いていたわけではない。彼はポーランドを

「エドの地」と呼び、そこが神がユダヤ人に与えた新しい土地であると

いう宗教的救済論を唱えていて、そうした救済論を継承しつつ、ポーランド

からの政治的な独立とラビ・ユダヤ教からの解放を目指していたのである>

としています。

 

さて、シャブタイ派とは異なる形で規範よりも体験を重視するものにハシディ

ズムがあります。本来は敬虔主義という意味ですが、ここでは一般的なユダヤ

教の精神性のことではなく、イスラエル・ベン・エリエゼルという人物に端を

発するとされる宗教的な伝統をさすようです。

 

イスラエル・ベン・エリエゼルは、聖書やタルムードを学ぶラビというよりは、

カリスマ的な民間宗教者のような人物だったということです。彼は呪術で病人

を癒してまわり、神秘体験によって普通の人に見えないものを見通したと信じ

られていたようです。

 

もっとも、それ以前から「神の名を修めた者(バアル・シェム)」という放浪

の宗教者は東欧各地に存在したが、連綿と続くハシディズムの系譜において

優れたバアル・シェム、つまりバアル・シェム・トーブとして特別視された

ということです。

 

彼は、中世のユダヤ教の伝統に基づいて聖書やタルムードを学ぶよりも、

神と結びつき、献身することに宗教的な意味を説いたようで、信仰に篤い

義人は祈りによって霊魂を昇天させ、神の力を地上に引き降ろすことが

できるというふうに、精神性や呪術性を重視するのが彼の教えの特徴で

あったようです。

 

ハシディズムの思想的な特徴は精神性の強調のほかにカバラーが挙げられるが、

それはごく一般のユダヤ人にも理解できるような形で単純化され、より平易な

言葉で語り直されたということです。たしかにレッペ(指導者)が神と人間を

つなぐ結節点と見なされるが、その目的は多くのユダヤ人が神の恩恵に浴する

世界を築き上げることで、レッペは神に祈り、信仰生活の指導を与え、周囲に

集う人々の霊魂を自らの霊魂の一部として天に上昇させようとしたのだそうです。

 

このようにハシディズムは進んで大衆に関わっていき、多くの批判にさらされ

ながらも、ユダヤ教独自の精神を復興させ、近代化のなかで危機にさらされた

伝統を守ることを使命としたと言われています。

 

以上、近代までのユダヤ教のなかにおけるカバラーの展開を見てきましたが、

最後に、ユダヤ教の外部におけるカバラーの展開に触れておきたいと

思います。

 

本来、カバラーの知恵は、異教徒はもちろん、教育を受けていないユダヤ人に

さえも簡単に明かされてはならないとされました。にもかかわらず、15~

16世紀のイタリアにおいて、最初にユダヤ教という民族宗教からカバラーを

切り離して普遍化しようとしたのは、ルネッサンス期の人文主義者たちで

あったということです。

 

その背景にあったのは、異教徒の知恵にキリスト教の真理の原型を見出そうと

する試みであり、かつてグノーシス主義を徹底的に論駁した教父と異なり、

ルネサンス人文主義者の知的冒険心は外部に向かって開かれていたのだと

いうのです。

 

彼らは、ユダヤ人が読み込んできた聖書やタルムードを飛び越えて、直接、

カバラーのなかに失われたキリスト教の真理を見つけだそうとしたのであり、

ラビ・ユダヤ教を踏まえない新たなカバラー、「キリスト教カバラー」を作り

出したといえるが、果たしてこれをカバラーと呼ぶことができるかいうこと

です。

 

山本氏は、<正統派のカバラーというものをあえて認めない立場からいうと、

もちろん可能ではあるが、それでも確認しておかなければならないのは、

キリストのカバリストたちがあくまでキリスト教の枠組みのなかに留まり

続けたということである>と述べています。

 

さらに、19世紀後半になると、カバラーは英国やフランスにはじまる近代的な

形態のオカルティズムのなかに取り入れられていったようです。

 

オカルティストたちは、ユダヤ教やキリスト教などの伝統的な宗教からは徐々に

離れていき、カバラーをいくつもの普遍的な秘教伝統の一つとして取り入れた

のであり、カバラーからはユダヤ教の要素がすっかり抜け落ち、呪術的な技法と

象徴体系が強調されたということです。

 

この呪術的な技法と象徴体系としてのカバラーは、エリファス・レヴィやマク

レガー・メイザース、そしてアレイスター・クローリーなどのオカルティストに

継承され、1960~70年代のニューエイジ運動へと連なっていったようです。

 

かつて、私自身がニューエイジ(精神世界)に翻弄されていたときに、目にした

カバラーとは、まさに、そのような正当とは言えない、近代オカルティズムの

呪術書としてのカバラーであったということになります。

 

もっとも、ユダヤ人学者ピンカス・ギラーは、「知の教科書カバラー」で、

<標準的ユダヤ教の圏外でカバラーを用いるということは、ユダヤ教の歴史で

珍しいことではない。何世紀もの間にそれは幾度も起こった。カバラーは常に

クロスオーバーな現象であった。そして、そのようなクロスオーバーがアメリカ

のショッピングモール(ギラーは、ショッピングモールはニューエイジ現象の

基盤であり、その現象の礼拝堂はニューエイジの書店であるとしています)で

起こっているとき、抗議する理由は、実際ない>と述べています。

 

しかし、そこから何か斬新で価値のあるものを生み出すことができるの

でしょうか?

 

 

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生命の樹-カバラーの思想-


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 seimeinoki.png 生命の樹2


 

ユダヤ教は、キリスト教、イスラム教とともに唯一の神を信仰する一神教で

あり、その源泉は唯一神が行った世界創造にありますが、他方で、唯一神が

地上の人間に示す性格を考えるとき、そこには多様性も備わっていることが

明らかになります。

 

一神教の理念を貫くにはさまざまな困難が伴いますが、ユダヤ教は、この多様

な神の表れを唯一性のなかに昇華しようと思弁を尽くしてきたようなのです。

 

そして、多様な神の性格が世界の法則をつかさどっているという認識を理論化

し、それを独特のシステムとして体系化したのがカバラーであるということ

です。

 

神は「一者」、あるいは「完全なる統合」などと呼ばれ、唯一性が前提となるが、

カバリストは、そうした唯一性に内在する複数性に世界の法則と調和の秘密が

あると考えたのであり、タルムードの思想や中世ユダヤ哲学よりも、カバラー

は、この複数性が決定的な役割を果たしているのです。

 

この体系は、<神は10個のセフィロート(単数はセフィラー)と呼ばれる

言葉で概念化することができる。それが有機的な結びつきをもって神を構成

している。このセフィロート体系は神の多様な性格を示していると同時に、

聖性の位階構造によって秩序づけられている。天に近い上位のセフィラーは、

地上に近い下位のセフィラーよりも聖性が高い。光や流れで表象される神の

充溢は、この位階構造にしたがって上から下へと流れ、逆に人間が作用を及

ぼすことで下から上へとのぼってくる。また、神の慈悲深さを表す右側と厳格

さを表す左側の対称性は世界の対立原理を支配している。それはあたかも正負

の関係にあり、神の中枢において均衡を保っている>というものです。

 

このように唯一神の複数性が内在していることで、そのなかに構造と序列が

生じ、さらにエネルギーの対流が起こるのであり、セフィロートがもたらす

ダイナミズムがカバラーの不可欠な特徴であるとしています。

 

では、その位階構造、対立原理、象徴体系についてより詳しく見てみたいと

思います。

 

まず、10個のセフィロートの上位にその源泉というべきものがあるようです。

その源泉は、終わりのない「無限(エイン・ソーフ)」と呼ばれ、セフィロート

の上位に位置づけられるが、すべての創造はこの一点から始まり、神の光は

ここから流れ出るというのです。

 

この超越性と言表不可能性を凝縮した言葉は聖書にもラビ文学にも現れない

ものであり、12世紀に初めて登場し、カバラーの流出論を語るうえでなく

てはならない概念として普及したということです。

 

もっとも、宗教の歴史を見渡せば、神的存在が人間の認識を超えている、

あるいは否定によってしか表現できないという考え方は稀有なものではなく、

なく、神の秘密を求める者たちは唯一神を純粋な概念として抽出しようとする

とき、口をそろえて、無、非存在、言表不可能性を掲げてきました。

 

また、新プラトン主義の創始者プロティノスの流出のヒエラルキー、つまり、

すべてを超越する「一者」から創造の原動力である「知恵」が生じ、そこから

さらに「世界霊魂」が生まれ、段階的に物質的な世界が形成されるという位階

構造はセフィロート体系と似ているとされます。

 

ただし、新プラトン主義では流出が「一者」の外部に向かっていくのに対して、

セフィロート体系は神の内部に展開している、つまり、あくまで流出は神々の

なかで生じる出来事であるとされています。

 

互いに連結したセフィロートは樹木に喩えられ、しばしば「発散の樹」、

「セフィロートの樹」、「生命の樹」と呼ばれますが、我々がよく目にする

「生命の樹」としてのセフィロートの図像は、14世紀になって書かれ

はじめ、徐々に複雑で入り組んだものになっていったようです。

 

さて、第一のセフィラーは、「生命の樹」において、神の性質を備えている

10個のセフィロートのなかで、もっとも高い聖性を備え、樹に活力を

与えるセフィラーで王冠(ケテル)と呼ばれます。

 

この至高の性質は「無限」から生まれ、一般的にセフィロート体系の頂点

をなすと考えられています。「光輝の書」では、「無限」も王冠も高い

聖性を備えているが、人間が知ることができるかどうかではっきり区別

されているということです。

 

しかし、その一方で、王冠はときに無限と同一視され、その下に展開する

セフィロートとは別格に扱われることもあるようです。

 

つまり、セフィロート体系の頂点は人知を超えているため、神の構造は

この王冠から生じ、地上に向かって展開していくというのです。これが

神の内部で起こる最初のプロセスとなります。

 

第二のセフィラーは知恵(ホフマー[コクマー])と呼ばれ、知恵はあらゆる

ことを知る神の性質として際立ったものとしています。ユダヤ教において、

神をある種の知性と結びつける考えは珍しくないようですが、カバラーでは

隠された王冠が神の存在としてはっきりと見える点が知恵の始まりと位置

づけられるということです。つまり、知恵こそがセフィロート体系の実質的な

始まりと見ることもできるというのです。

 

第三のセフィラーは理知[図では理解](ビーナー)と呼ばれ、同じく神の

知性に関わります。理知は神の身体の中央を占める六つのセフィロートを

生み出す源泉でもあるとされています。つまり、世界創造のきっかけを

作る神の力であり、俗なる六日間がはじまる直前のセフィラーと考えられる

ということです。そして、それは、しばしばユダヤ人の贖い、安息日、ヨベル

の年、メシアといった救済の象徴にもなるということです。

 

これら知恵と理知のセフィロートは王冠から垂直に展開し、神聖四文字の

最初の二文字、「ヨッド」と「へー」で表され、また、「父」と「母」にも

喩えられるようです。

 

父なる知恵からの流出が母なる理知に流れ込み、神の下位領域が生成される

というふうに、流出のプロセスには、こういった性的な比喩が頻出するのだ

そうです。

 

神の身体の中央を構成するセフィロートとして、聖句に由来する五つの言葉、

卓越(ゲド―ラー)[図では慈悲(ケセド)]、厳正[図では峻厳](ゲヴー

ラー)、壮麗[図では美](ティフェレット)、永遠[図では勝利](ネツハ)、

栄光(ホード)に、世界の根幹(イソード)[図では基礎]を加えて六つの

セフィロートが考えだされたということです。

 

卓越のセフィラーは、多くの場合、慈愛(ヘセド)と呼ばれ、創造の第一日に

現れた光に喩えられます。「神が光あれと言うと、光が生じた。神はその光を

よしとした」(創世記)このような創造の業を認めたことが、世界に対する神

の慈愛にほかならないというのです。

 

それに対して、慈愛[慈悲]の左側で対をなす厳正は神の裁きを意味します。

第二日に天上の水と地上の水が分かたれたにもかかわらず、他の日のように

その日の仕事がよしとされなかったのは神の厳しさのためだというのです。

 

慈愛と厳正には、神の世界の対立原理が表され、そして、この原理は人間の

世界にもそのまま反映しているとされています。

 

この二つの力の対立を仲立ちするのが、壮麗[美]のセフィラーです。創造の

第三日に、神が二度にわたってその日の仕事をよしとしたのは、慈愛と厳正

の対立を中和させるためであったというのです。

 

六つのセフィロートの中心に位置する壮麗は、神聖文字の第三の文字「ヴァヴ」

で表されるが、垂直な線で描かれる「ヴァヴ」は天地を貫く神の中軸であり、

王冠から注ぐ天上の光を地上の人々に伝える。一方で、人々の祈りは神の王冠に

直接届くことはなく、壮麗のセフィラーを通して伝わるとされます。壮麗は、

アブラハムとイサクの血を受け継ぐヤコブの象徴であるということです。

 

壮麗からさらに下ると永遠[図では勝利]と栄光が左右に展開しています。これ

らのセフィロートは預言者の霊感の源であり、モーセとアロンをも表している

という。また、それぞれが慈愛と厳正から神の流出を受けているため、ここに

も同じような対立原理が表れているということです。

 

そして、六つのセフィロートの最下位に位置するのが、根幹のセフィラーです。

これは永遠と栄光の対立を中和させるだけでなく、すべての流出を一点に集約

します。それゆえ、「天と地にある万物」が神の根幹と解釈されるようです。

根幹は世界の基盤であり、ときに正義や義人と呼ばれるということです。

 

かくして、カバラーの神学では、神の両性具有性が前提になっているのですが、

王冠から湧き出した神の流出は、壮麗を中心とする男神の身体をめぐり、根幹

のセフィラーに集まってきます。そして、この男性的なエネルギーが「女性の

世界」と呼ばれる10番目の臨在(シュヒナー)[王権(マルフート)とも

呼ばれる]のセフィラーに向かって流れ込む、つまり、王冠から注がれはじめ

た神の光は限りなく地上に近い神の女陰へ結びついていくというのです。

 

ラビたちはカバラー以前のいかなる時代においても、神のなかに女性の性質を

見いだすことはなかったようであり、最下位のセフィラーである臨在という

言葉も、神の顕現を意味するだけであったのだそうです。

 

にもかかわらず、カバリストたちが神の世界とイスラエルの歴史を語るために

神の女性的な性質を導入したことは、一神教の基盤だけでなく、神を男性の姿

でイメージする伝統的な前提を揺るがしかねない大きな跳躍であったとされて

います。                                                                                                      

 

しかし、両性具有は多神教の神話を思わせるものであり、臨在において、世界

のすべてが神の反映であるというに至ったとき、神が万物に宿っていると述べ

ているわけではないが、それは汎神論と紙一重となり、一神教としてのユダヤ

教を危うくすることになるため、しばしば、ユダヤ教の内外から批判が起こる

ことになったということです。

 

以上、生命の樹、セフィロート体系とは神の世界に見取り図のようなもの

であったわけですが、すべてのカバリストがセフィロート体系に絶対的な

価値を見出したわけではないようです。

 

神秘家、つまり、神秘体験や地上への神の顕現について多くを語る神秘家に

とって、神の世界を細かく記述することはそれほど重要でなかったが、それ

でも、セフィロート体系はあらゆる時代のカバラーを理解するうえで避けて

通ることができないものであるようです。

 

さて、なかなか、なぜカバラーが魔術や占いなどに結びついたのかという

ところまでたどりつけませんが、次回には何とか道筋をつけたいと

思います。

 

 



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カバラー-ユダヤ神秘主義-


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カバラー





 

カバラーというと、魔術とか、数秘術などという妖しげなイメージが思い

浮かびますが、本来は、どういうものなのでしょうか?

 

「総説カバラー」によると、著者の山本伸一氏は、カバラーというものは、

決して太古の秘教ではなく、中世に展開した展開した多様なユダヤ思想の

一側面であるとしています。

 

また、確固たる聖典があり、しかるべき解釈が宗教的な権威に委ねられて

いるような、ひとつの枠組みに収まる体系的な思想とみなすことができるか

というと、そうではないと言います。

 

そして、カバラーと呼ばれる現象のなかには、実にさまざまなタイプの考えが

混在し、地域や時代によって様相を変えていき、何世紀にもわたっていくつ

もの伝承がからまり合って伝わってきたのは確かであるが、決して一枚岩の

体系的な神学ではないと述べています。

 

「カバラー」は、ヘブライ語で「受容」あるいは「受け取ること」を意味し、

一般的な言葉にすぎなかったが、徐々に、秘教的な伝統という意味を含む

言葉になっていったようです。

 

山本氏は、「カバリストはその教えを天からの啓示として受け取る。それは

ひとりひとりの神秘家と神との関係によって可能になるという。その一方で、

師から弟子への伝承の系譜が強調されることもある。モーセが受け取った天啓

が口伝の教えとして代々継承されたように、カバリストも律法の秘教的解釈を

弟子に伝える。カバラーという言葉は、宗教的天才の独創的な教説や解釈よりも、

天の啓示や伝統の連鎖から秘密を受け取るという意味を連想させる」と述べて

います。

 

さて、古代ユダヤ神秘思想のなかで、カバラーに直接的な影響を及ぼしたもの

に、メルカヴァー神秘主義と「形成(イラー)の書」というものがある

としています。

 

まず、メルカヴァー神秘主義とは、何を指すのでしょうか?

 

古い時代のユダヤ思想のなかでは預言者というものが重要な位置を占めて

おり、カバラー以前に存在したユダヤの秘教伝統のなかで、神の言葉を授かる

預言は神秘体験の同義語であり、よって、聖書の預言者が神秘家の原像と

なったということです。預言書として描かれる最初の人物はモーセですが、

彼こそが体験という点からも知恵という点からも神秘家の理想像とされた

ようです。

 

また、エゼキエル書に、預言者エゼキエルが、バビロンの捕囚地において、

<天空に神の玉座を見た。それは光り輝く四つの生き物で、顔や翼があり、

車輪までついていた。その玉座の座った人間のような姿は神の顕現であった>

とあるが、この乗り物をのちの人々はヘブライ語で「メルカヴァー」と名づけた

ということであり、このエゼキエルの幻視体験が後世のユダヤ神秘家に大きな

インスピレーションを与えたということです。

 

よって、「創造の御業」と呼ばれる神の世界創造の奥義とともに、神の知る

ための知恵と見なされてきたのが、王座の幻視に関わる知識、つまり、「玉座

の御業」であり、エゼキエルの体験は、神秘家が到達すべき理想の意識状態と

して理解されてきたが、このエゼキエルの幻視体験をモチーフとして書かれて

きた文書群をメルカヴァー神秘主義と称するとしています。

 

では、「形成の書」とは何でしょうか?

 

ユダヤ教の神秘家たちは、カバラーが生まれるよりもずっと前から、天地創造

に深い秘密が隠されていると信じていたようで、彼らは誰よりも創造論に多く

に思索を尽くしてきたようです。そんな中で、創造をめぐる神秘思想を謎めいた

言葉でつづった非常に古い文書が注目されたが、それが「形成の書」だという

ことです。

 

この書は、空気や水といった自然の構成要素、天体やヘブライ文字と神の性質

の結びつきが、驚くほどシンプルな言葉でつづられているということです。

中心となるテーマは、神による世界の形成、つまり、「創造の御業」であるが、

その創造のプロセスは、創世記の記述とはまったく異なっているようです。

聖書には神が6日間かけて空や大地や生き物を創った様子が壮大な筆致で

描かれているが、「形成の書」では抽象性の高い概念が目立ち、世界は32本

の知恵の道によって創造されたとし、32本の道は、10個のセフィロートと

22個のヘブライ語のアルファベットからなります。カバラーでは、セフィラー

(セフィロートの単数形)がダイナミックな神の力を表すようになるが、ここ

では単なる1から10までの数字を指し、それによって世界の要素、構造、範囲

を説明しているということです。

 

この「形成の書」は、著者も不明であり、著作年代も研究者の間で見解が分かれ

ているようであるが、ラビ・ユダヤ教よりも古代ギリシャ思想の特色が色濃く

表れていることから、ヘレニズム哲学が栄えた時代に書かれたとする見方が

強いということです。

 

とにかく、「形成の書」は多くのカバリストの想像力の源泉であったようで、

「形成の書」の著者は、神の内部構造や律法の秘密に関心をしめすことは

なかったが、中世のカバリストは、そこに書かれたヘブライ文字をめぐる

解釈やセフィロートの教義こそが隠された創造の原理であると考えたようです。

 

さて、時代が進むとともに、カバリストが多彩な象徴的表現を用いながら語る

さまざまな概念として、上に述べたような古代ユダヤ神秘思想のなかで議論

されなかったようなものが付加されていきます。

 

それは、たとえば、神の内部構造、両性具有の唯一神、律法の価値の極端な

相対化、世界創造や終末の意味、霊魂の生まれ変わり、人間に内在するメシア

の霊魂、世界の価値を左右する時代の周期性、などといったテーマです。

 

これは秘教の伝統が中東からヨーロッパへ伝播していく過程と関連している

ようで、こうした出来事がまとまった形で実を結んだのが「清明(バヒール)

の書」というものです。

 

「清明の書」は、今日の研究者たちがもっとも古いカバラー文献と考える文書

のようですが、その起源はよくわかっていないということです。著者は、タル

ムードに登場するラビ・ベン・ハカナー(1~2世紀)とされるが、それほど

古い時代にさかのぼる根拠はなく、当時の多くのユダヤ神秘主義文献と同じ

ように、12世紀から13世紀に成立した匿名の偽書だとされています。

 

「清明の書」はミドラシュという聖書注解の形式をとっていて、ラビが対話の

なかで聖書に潜む秘密の意味を語り合うというものですが、そこで用いられる

シンボルはそれまでの古代ユダヤ神秘主義に見られないものであったようです。

 

「形成の書」ではセフィロートが言葉や要素を象徴しているに過ぎなかったが、

「清明の書」においては単なる要素というよりも、ダイナミックな神の力を表象

するようになり、同じセフィロートという言葉を使いながらも、その内実は

大きく変化しているということです。

 

そこでの主な関心は、天地創造に隠された秘密、神の内部構造と両性具有の人身

形成論、ヘブライ文字をめぐる議論、祈祷や戒律の奥義だとしています。

 

だだし、それらは体系的に書かれたものではなく、登場するラビたちの難解な

議論もまとまりがなく、しばしば、不意に打ち切られることさえあるとの

ことです。

 

しかし、この「清明の書」がカバラーの歴史に及ぼした影響は大きく、カバラー

の聖典として重要な位置を占めているようです。

 

なお、山本氏は、「清明の書」にグノーシス主義の傾向が受け継がれ、その残響が

カバラー全体に浸透しているという著名なユダヤ神秘主義の研究者ゲルショム・

ショーレム以来の定説があるが、グノーシス的なものだけではカバラー全体を

説明することはできず、カバラーとグノーシス主義を一直線に論じることは控え

なければならないのではないかと述べています。

 

そして、カバラーがフランスからスペインへ、それもカスティリア地方に伝わる

なかで、カバラー文学の白眉とされる「光輝(ゾーハル)の書」という書物が

著わされることになります。

 

「光輝の書」は、カバラー的な方法で聖書を注解した、いわゆるミドラシュ文学

というスタイルであり、ユダヤ文学の伝統を踏襲していて、無味乾燥な論述は

見られず、読む者を引きつける語り口と世界観を備えているということです、

中心人物は、ミシュナ(口伝律法の集成)に登場するラビ、シムオン・バル・

ヨハイ(1~2世紀)で、彼の学塾に弟子が集い合い、あるいは舞台となった

カリラヤ地方を旅しながら、ときに饒舌に、ときに生き生きと律法の秘密を論じ

合うというものだそうです。

 

その議論の幅は広く、ユダヤ人の歴史、戒律や祝禱の秘教的な意義だけでなく、

天使論や霊魂論も重要なテーマであり、通常のミドラシュ文学と異なるのは、

聖書の表面的な意味を掘り下げ、新しい解釈に発見に価値を見いだすことに

あったということです。

 

その著者は、シムオン・バル・ヨハイ自身だと主張する人がいたようですが、

実際に書いたのは、スペイン・カスティリア地方に住むモシュ・デ・レオンを

筆頭とする複数のカバリストであった可能性が高いとされています。そして、

文献的な証拠から13世紀のスペイン・カスティリア地方で書かれたことは

間違いないとのことです。

 

もっとも、この書は最初からまとまった一冊の書物ではなくて、主要部分が

書かれたあと、それに触発されて新しい作品が続編として加わったとされて

います。よって、書物として「光輝の書」が生まれたのは16世紀になって

からということになるようです。

 

次回は、カバラーといえば、生命の木、すなわち、セフィロート体系を軸に

した神学ということになりますので、そのことに触れたいと思います。

 

 

 








 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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古神道の思想・哲理


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道之大本 DSCF0183 (479x640)







 
 
 
これまで何回かに分けて、古神道について見てきました。とりわけ、禊法、

鎮魂行法、そして卑弥呼、武内宿禰の帰神法と、その中心的な行法に焦点を

当てて見てきましたが、まとめの意味をも込めて、最後に古神道の思想・哲理

について、触れておきたいと思います。

 

さて、先に紹介した「神道の神秘-古神道の思想と行法-」の中で山蔭基央氏は、

端的に神道の真髄を述べるとすれば、神道は絶対的な罪を説かない」という

ことであると述べています。

 

神道は、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教などの「原罪教」に対して、「無罪

教」なのであると言うのです。

 

神道は、人間の内奥にある霊魂は、神からの賜物であって、人が仮に罪を犯した

としても、その霊魂の真髄は無傷であると考え、罪は行為自体であって、いつ

までもその人についてまわるものではない。禊ぎ祓いによって、川に流し、海に

流せば、消滅してしまうものである。神道における罪(そして科)とは、未熟な

魂が犯す過ちの行為だとしています。

 

つまり、キリスト教が罪からの解放=救済を説く宗教であるのに対し、神道は

「浄め」を説く宗教だということになります。

 

そして、その根柢には、人間の性は善であるという思想があり、これをさらに深く

究めていけば、「人間は神の子である」という思想に行き着きます。

 

もちろん、人間がそのまま神なのではなく、人間の中には、宇宙創造の神から分け

与えられた「直日霊(なおひのみたま)」があり、それは神の分霊であり、それを

育むことによって、最終的には「神になる」のが人間の課題であるということなの

だそうです。

 

また、神道は多神教であるが、種々雑多な神がばらばらにあるというわけでないと

いうことです。その根源には至高にして始原の「一」があるのであり、それを

「天御中主神(アメノミナカヌシ)」と言い、その陰陽の展開としての働きである

「高皇産霊神(タカミムスビノカミ)」、「神皇産霊神(カミムスビノカミ)」と

あわせて、「造化三神」としています。

(もっとも、近代日本における祭祀は天照大神を「主神」としているようです。)

 

なお、「ムスビ」とは、生命・霊が殖え生まれることを意味します。よって、

神道は、「生産宗教」と言えるのであり、この「ムスビ」を大変重視している

ということです。

 

さて、それでは、次に古神道の霊学的哲理とされる「一霊四魂」について

触れておきます。これはそれぞれの伝によって特徴もあれば、解説に多少の

相違もあるようですが、ほぼ近似しているようです。

 

一霊四魂のもっとも一般的な解釈は、神や人には荒魂(あらみたま)・和魂

(にぎみたま)・幸魂(さき(ち)みたま)・奇魂(くしみたま)の四つの魂が

あり、それら四魂を直霊(なおひ)という一つの霊がコントロールしていると

いうものです。

 

山蔭氏の場合は、荒魂は、革新の働き、新陳代謝の働きであり、精神面では

破壊意識、物質的表現意欲として表れる。和魂は、調整、つまり興奮や鎮静を

与える働きであり、精神面では柔軟な心の働き、停滞心あるいは推進意欲と

して表れる。幸魂は、知覚力や生殖力を統御し、身体を調和させる働きであり、

精神面では知覚、情欲、愛情、調和意識、究明心として表れる。奇魂は、神秘

を求める心、創造的思索心、直観力、統覚力として表れとしています。

 

よって、人間は単なる物質ではなく、一霊四魂を備えた霊的存在としたうえで、

この四魂は単一のものではないと言います。

 

山蔭氏によると、この宇宙は、大元霊から発した渦巻く霊の潮流である。その

霊潮の中に一個の個性を備えた凝固体が発生する。この凝固体のうち、無意識体

である荒魂・和魂が物を発生させ、意識体である奇魂・幸魂がこれに加わって

生命を発現させる。しかも、人間はこの凝固体が350から500ほど集合凝固

したものであり、さらにそこに直日霊が降臨して初めて人間となるというのです。

 

また、大本の出口王仁三郎氏は、著書「スサノオ哲学 道之大本」のなかで次の

ように述べています。

 

「勇智愛親この四魂の魂は、天帝の全き霊魂である。人の霊(たま)もまた

この四つの魂(たま)を分け与えられたのである。四魂みな神の名あり。勇魂

を荒魂と言い、親魂を和魂と言い、愛魂を幸魂と言い、智魂を奇魂と言う」

 

「直霊(なおひ)の霊(みたま)は荒魂の中にもあり、和魂の中にもあり、奇魂

の中にもあり、幸魂の中にもあり」

 

「荒魂は神勇なり、和魂は神親なり、奇魂は神智なり、幸魂は神愛なり、

即ち所謂霊魂にして直霊なるもの之を主宰す」

 

「荒、和、奇、幸を四魂と云う。而して荒、和を経(たて)として、奇、幸を緯

(よこ)と為す」

 

「荒魂は勇なり、勇の用は進なり。和魂は親なり、親の用は平なり。幸魂は愛なり、

愛の用は益なり。奇魂は智なり、智の用は巧みなり」

 

つまり、荒魂を勇、和魂を親、幸魂を愛、奇魂を智という言葉で表しているよう

です。そして、勇の作用、働きは進であり、親の働きは平であり、愛の働きは

益であり、智の働きは巧なりと言っています。

 

また、川面凡児氏の場合は、上記のような定義づけとは異なり、最高の心を直霊

として、第二の直霊を和魂、すなわち、意識とし、その和魂から分派したところ

の分魂(わけみたま)を真魂(意思)、奇魂(智識)、幸魂(感情)と考えていた

ようです。なお、荒魂は肉体を指すとしています。

 

ところで、水波霊魂学を提唱する水波一郎氏は、今は絶版となっている旧著

「霊魂学を知るために」で、これを逆転させて、一魂四霊という斬新な説を

主張しています。

 

人という霊的生命体は、一つの魂(こん)と四つの霊で構成されていると

いうことです。四つの霊とは、肉体の個我として表れた霊と、幽体の個我と

して表れた霊、霊体の個我として表れた霊、そして、神体の個我として表れ

た霊だとしています。

 

人間の個我は、それぞれの霊の表現体であるが、この霊という用語を神道の

魂(こん)という用語で表現すると、魂(こん)と魂(たましい)が入り混

じり、現代人にはわかりづらくなってしまうため、霊と魂の意味を逆転させた

ということです。

 

なお、個々の霊が進歩するとき、魂(たましい)は当然、進歩したことになる

が、そこには難問がある。四体のうち、肉体、幽体、霊体までは地上にいても

成長できるが、最後の神体の成長は、普通の人間では無理であり、特別な技法を

マスターした人でなければ不可能であると述べています。

 

ところで、水波氏は、魂(こん)と魂(たましい)とは別のものとし、霊魂は、

通常使用する「霊魂」の意味とは異なる定義づけをしています。

 

「霊、それは一個性である。魂(こん)、それは一個性を支える原理といえる。

霊魂、それは、個性と原理の前提となる意識である。」そして、「最初の原因が

神であり、その結果誕生した高貴なるものが霊魂であり、その霊魂を表現する

個性が霊であり、個性としての霊が霊魂に至るための原因と理性が、魂(こん)

である。」と述べています。

 

さらに、「霊は、原理に基づく個性である。しかし、魂(こん)は、それよりも

更に複雑な個性である。それは霊魂に至るための個性なのである。」「そして、

霊魂は、霊と魂(こん)の延長線上にあり、より神に近い存在である。」とも

述べています。

 

このように魂(こん)の向上は、あまりにも複雑であるがゆえに、魂(こん)

は、高貴な霊魂によってのみ証されるのであり、今まで、地上では神人のみの

伝承であったということです。

 

また、「魂(たましい)とは、表面意識でもなければ、潜在意識でもない。

それら全てを一つにした集合体なのである。」「魂(たましい)、それは霊でも

なく、魂(こん)でもない、霊の集合体である。」としています。

 

つまり、霊と魂(たましい)は、同次元の存在であるが、魂(こん)はそれより

も一段上の存在であるということのようです。

 

もっとも、霊は魂(こん)に至るまでの意識であり、魂(こん)は霊魂に至る

までの前提であり、魂(たましい)は霊の集合体であるとしても、魂(たま

しい)の発見なくして、魂(こん)の発見も、霊魂の発見もない。魂(たま

しい)はどうしても知らねばならない基本であるとしています。

 

水波氏は、これからは、できるだけ神秘を地上に示すべきだとしながらも、

やはり、最も大切なことを優先させなければならないとして、まず、人間

の魂(たましい)の解明を行わなければならないと述べています。

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 








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鎮魂行法-古神道の行法2-


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鎮魂行法論 神伝鎮魂法 




 

前回、山蔭基央氏、そして川面凡児氏の禊法について見てきたときに、

それは、より包括的な鎮魂行法の体系の中に位置づけられているような

印象を受けました。

 

つまり、古神道を支える根幹的な行法は、鎮魂行法、あるいは鎮魂法に

あるのではないかということです。

 

そこで、今回は、鎮魂行法について触れてみたいと思います。

 

まず、鎮魂行法の定義ですが、津城寛文氏は、著書「鎮魂行法論」の中で、

我々の一部が「鎮魂」の語によって考えるような、静かな呼吸法などを伴う

静的な瞑想法や、死者のための供養法などは、神道行法の世界ではむしろ

少数派であるとしながら、憑依儀礼、霊魂操作法、健康体術、種々の呪術

などをこの名で呼ぶものがあり、たかだか数十年のスパンの中で展開された

同名の鎮魂行法のうちにかくも異質な複雑種類の実践が併存していたという

ことは特筆に値すると述べています。

 

また、津城氏は、近代以降に展開された複数の鎮魂行法説は、それぞれ典拠、

原由を異にして、およそ統一的な意味を持たないが、好んでこの名称が採用

されるは、種々の意味で霊的実践を連想させる語感を持った神道用語がこれ

以外にないからではないかとしています。

 

つまり、一言で簡単に定義できないということになります。よって、いくつ

かの考え方を紹介しておきたいと思います。

 

まず、山蔭基央氏は、鎮魂の意義として次のように述べています。

 

<我々の内には、宇宙創造神=大元霊の分霊である「直日霊(なおひのみたま)」

がある。それは汚れることなく、大いなる知恵を持つが、われわれは日常の

さまざまなことに煩わされて、それを見失う。よって、これを取り巻く四魂が

乱れて、「直日霊の宮」たる心身は鎮まることがない。これでは内なる神は姿を

現すこともなく、「人間が神になる」ための「修理固成」「生成化育」の道を進む

ことができない。よって、鎮魂の行(禊・振・調息・鎮魂)を何度も続けること

によって、四魂の乱れは鎮まり、直日霊の輝きは増し、内なる神との対話ができる

ようになっていくのである>と。

 

では、次に、川面凡児氏の鎮魂について見ていきたいと思います。

 

津城寛文氏は、川面氏の霊魂観について、川面氏が、「一つの直霊は百千万の

直霊を吸収統一して魂と為る。魂の発達してその輪郭を膨張したるのが荒身魂

と為る。」「肉体もまた霊魂で、霊魂の集合体となりて居るが如く、万有悉く

霊魂の集合体となっている」と述べているように、微細な粒子状の霊・魂が

段階的に集合・構造化し、ついに物体・身体を現すという、一種の原子論的

な性格を持ったものであるとしています。

 

そして、中心霊魂が他の無数の霊魂を主宰統一するが、そうでなければ各魂は

「自己我」を発揮して全身分裂の禍根をなす。この八十万魂すなわち肉体の

主宰統一は、直霊を開発し和身魂を興奮させることで達せられるが、そのため

の行法こそ鎮魂とされる、としています。

 

つまり、鎮魂とは、祓、禊、振玉、雄健、雄詰、伊吹、という六階梯の行事に

より、第一の根本直霊を中心に八十万魂が統一・霊化されていく、その一連の

過程を指して、そう呼ばれるものである、ということです。

 

そして、一連の行を繰り返し修めた結果、身体的な効果がみられ、また、宗教

体験としては、「鎮魂の境」に入るとされています。その「境」の内容について

は八段階あって、初位の「平等一体の境」「一色一光の鏡」から階梯を昇って

いくと、第八位に至って、それは人間の根本霊である直霊開発の鏡であり、

「宇宙根本大本体神の天御中主大神に達し」、ここにおいて、「鎮魂としては

初めてその目的を達し、その極所に達したるもの」とされるとのことです。

 

また、津城氏は、本田親徳-長澤雄楯-大本・出口王仁三郎に至る鎮魂帰神法

について述べていますが、そこでは、本来、鎮魂と帰神は一応区別があった

ものの、鎮魂は帰神のための準備的行法の形になるという側面があり、鎮魂と

帰神との区別があいまいになってしまったようです。

 

そして、大本から分派した教団、また、大本に関係した人たちの中から、

名称はまちまちであるが、様々な「鎮魂帰神」や「鎮魂」に類する業が

派生したということです。

 

ここでは、煩瑣になりますので、これ以上触れず、鎮魂帰神法については、

機会があれば、別途、帰神法との関わりで考えてみたいと思います。

 

それでは、最後に水波一郎氏の著書「神伝鎮魂法」により、水波氏の神伝

鎮魂法に触れておきたいと思います。

 

水波氏は、「鎮魂」という言葉は昔からあり、古神道と呼ばれる流派には、

鎮魂法と呼ばれる修行法もある。しかし、神伝鎮魂法は、現代人のために

改良した修行法なので、それらとは目的も作法も違っている。よって、同じ

名前は使っていても、実質的には違うものであると言えると述べています。

 

現代は、時間というものに追われる多忙な時代であり、また、神や霊魂を

信じない特別な時代でもある。周囲には低い幽気(霊的に穢れた気)が

溢れているのである。よって、この時代にふさわしい新しい修行法が是非

とも必要であるが、それは、高級霊魂が協力してくださるような修行法で

なければならないとしています。

 

また、神伝鎮魂法は、神霊という最高の意識体を抜きにしては語れない霊的

技法である。霊的な技法とは、物理次元だけではなく、霊的な次元のこと

までも頭に入れて作成する技法のことであり、神伝鎮魂法は、そうした霊的

技法の代表格の一つであると述べています。

 

ところで、現代人の霊的身体、肉体と重なっていて死後も使用する幽体という

霊的身体は、現在、低い幽気によって非常に穢れており、激しい競争社会ゆえ

の他者からの攻撃的な念により傷だらけになっていて、ほとんどの人が、死後、

幸せになれない時代になってしまったということです。

 

この社会を昔に戻せないとすれば、念で傷つかない方法はただ一つであり、

それは幽体自体の強化であるとしています。そして、そのために登場したのが

神伝鎮魂法だというのです。

 

前回触れた神伝禊法は、穢れた幽体を清めるためにより有効であり、神伝鎮魂法

は、幽体を強化し、念に対して抵抗力を持つためにより有効であるとしています。

 

また、神伝鎮魂法は、幽体を強化するだけの技法ではなく、はるかに高貴な技法

であるということです。水波氏の指導する神伝鎮魂法は、初伝は幽体の強化や

成長を目的としているが、次伝になると、「霊体」という、幽体とは違う、

高貴な霊的身体の成長を目的とする行法になるということです。

 

つまり、上級の鎮魂法が存在していて、五段階の神伝鎮魂法合宿がプログラム

されているということであり、次伝を終えると中伝に進み、さらに奥伝に至る

のであるが、これは、水波霊魂学を学ばないと理解が難しい世界であり、

こうしたレベルの話は本に書くことは困難であると述べています。

 

もっとも、それらは誰でも簡単に実習することはできるが、必ずしも簡単だ

とは言えない。誰でも参加できるが、習得できているか否かは別である。

よって、現時点でも、そこまで習得している人がいないため、最終段階の

研修会は行っていないということです。

 

水波氏は、かつては様々な修行法があったが、現在、市民権を得ているのは、

信仰や思想を問わない、技法の部分であり、霊的なトレーニングとしてでは

ないといいます。

 

しかし、高級霊魂の視点から見ると、霊的なトレーニングでなければ意味が

ないというのです。肉体的な健康は良いことであるにしても、霊的な成長が

なければ、霊的生命体として生きる意味がないというのです。

 

よって、神伝鎮魂法をはじめ、神伝の法は信仰を求めるのだそうです。

 

しかし、戒律は求めないのであり、求めるのは社会常識である。信仰と

いっても、力をお借りする高級霊魂への礼儀を忘れない、霊的な現実を

受け入れるということ、ただそれだけであると述べています。









 






 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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禊法-古神道の行法1-


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古神道行法入門  神伝禊法


 

前回、紹介した「神道の神秘」の中で、山蔭基央氏は、「清明正直」が神道の

本源であると述べています。

 

この「清明」を保つには、自らの「心の浄め」をしなければならないが、その

方法には四つにあるとしています。

 

第一は「水で清める」、第二は「祓い物をもって身を浄める」、第三は「汚れた

霊との交渉を切る」、第四は「思想を清明に保つ」であるが、この第一の

「水で浄める」ことが「禊ぎ(みそぎ)」の原義であると述べています。

 

また、神道における禊の典拠となるのが、「古事記」のイザナギノミコトの

禊祓の条であるとしています。

 

イザナギは黄泉の国の汚れを浄めようと川で禊をして、そのときにあまたの

神が生まれ、最後に三柱の貴い神が生まれたというものです。

 

この神話には、深い哲理が象徴的に語られている、そこには、単に身を浄める

だけではない、禊の深い意味が隠されていると述べています。

まず、イザナギは、禊の場に到着し、身につけていたさまざまなものを投げ

捨てると、それにあわせて神々が次に生まれたというが、これは、精神的な

迷いに決着をつけ、身辺や環境や人間関係のもつれを整理し、まっさらな自分

に返るということを意味するということです。

 

その後、イザナギは、水で身をすすいだが、そこでもさらにいくつかの神が

生まれた。それは、身体の禊によって、何もない、まっさらで素直な自分に

返ることを意味するとしています。

 

そして、最後に霊的な禊をし、アマテラスオオミカミ、ツクヨミノミコト、

スサノオノミコトという三柱の貴子を生んだということですが、山蔭氏は、

ここには深い象徴的意味があるとして、<スサノオノミコトは、身体的な

生産を象徴し、勇敢・沈着な行動ができる健全な肉体を意味する。月夜見命は、

精神的生産を象徴し、和敬清寂な心で深い知的心情を得ることを意味する。

天照大神は、霊的生産を象徴し、公明正大な心を得て清明正直な霊性を開く

ことを意味する>としています。

 

よって、神話に象徴的な意味を込めて語られる禊には、単なる水浴びをはるかに

越えた、霊的・神秘的な意味があるのである。水による浄化はキリスト教を

はじめ、世界のさまざまな宗教にも見えるものであるが、神道の禊は、その

「清明正直」の思想の根源に関わるものとして、きわめて重大な信仰的意味を

もつものだと述べています。

 

また、山蔭氏は、もともと禊は、川でなく海で行ったのではないかと考えて

いるとし、さらに、海と川が出合う河口がふさわしいのではないかと考える

としています。

 

もっとも、山蔭氏の場合、禊は単独の行法ではなく、鎮魂行法の中の一つの技法

として位置づけられているようです。(鎮魂行法については別に取り上げたいと

思います。)

 

 

さて、禊行というと何といっても川面凡児氏が有名です。そこで、川面氏の禊法

ついて触れておきたいと思います。

 

大宮司朗氏の「古神道行法入門」によると、川面氏は、古伝とされる禊の行法を

明治になって世に広めた人、真伝の禊を復興させた人としています。

 

川面氏の禊とは、海に入って、水に沐し、潮に浴して身体を清浄にするのみなら

ず、それは、霊注ぎ(みそそぎ)であり、また身削ぎであって、水を注ぐように

神の霊を注ぎ入れることであり、祓い切れず残っているところの罪、穢れ、垢を

剃ぎ削るものであるということです。

 

正式に行う場合、夏は滝のそばに、冬は大海の岸辺に、その前日に小屋を作り、

そこに磐境、神籬を設け、まず、はじめに大祓戸大神を招神し、次に、天御中主

太神をはじめとする諸神を祭り、禊祓いをなすとの奉告祭を行い、禊の行事に

入ったということです。

 

川面氏の禊の特徴は、禊を行うために、海水、滝の中などに入る前に、一種の

準備運動として鳥船という作法が行われました。

 

鳥船とは、神代にあったという天翔る船のことで、この行は心身を強化する

働きがあるというものです。

 

具体的には、和船の櫓を漕ぐ動作を声を出しておこなうもので、この作法を

適当な時間続け、身体がある程度温まってから海水、川水の中に入るとして

います。

 

とにかく、川面氏の提唱した行法は、禊行として、戦前、広く神職の間に

浸透し、のちの大政翼賛会によってその一部が「鳥船運動」として全国的な

普及をみることになったということです。

 

しかし、彼の場合も、禊法は、もともとは、鎮魂行法の中に組み入れられて

いた行法のように思われます。

 

それでは、最後に、水波霊魂学の水波一郎氏の神伝禊法に触れておきたい

と思います。

 

水波氏は、著書「神伝禊法」のなかで次のように述べています。

 

<日本には昔から禊法があった。大勢の人達が心身を清めるために水に入って

きた。それは素晴らしいことである。しかし、時代が経つと、あらゆるものは

進歩する。従来の修行法は、現代の人達に向いていない。よって、貴い霊的な

個性の指導によって新しい禊としての神伝禊法の体系が世に出ることになった。

神伝禊法は、日本で新しく現代人のために生まれた技法である。>

 

<地震が心配され、津波が心配される日本では、いつ壊滅的な災害が起こる

とも限らない。人は誰も、いつ死ぬかわからないのである。霊的な環境が悪く

なれば、普通の人でも、死後、辛い世界に入る可能性が高くなる。こうした

時代だからこそ、神伝禊法が必要なのである。真に高貴な霊的存在から人類

のために降ろされた神秘の技法、それこそ神伝禊法である>と。

 

そして、禊法とは、死後使用する身体である幽体を健全化するのみならず、

特に意識、過去世をも含めた深い意識の進歩に焦点をあてた霊的トレーニング

法だとしています。

 

つまり、過去世の意識をも変化させるように体系付けられていて、表面の心、

心の一面のみを捉えるのではなく、意識全体の進歩を考えるのが神伝禊法で

あるといえると述べています。

 

分かりやすく整理すると、神伝禊法とは、まず、死後に上の世界に入るパス

ポートという面があり、次に、霊的生命体としての進歩を促進するという面が

あり、そして、さらに、過去世の意識の変化をもたらすということの結果、この

世を生きる上での不幸をより小さくすることができるという面があり、もう一つ、

高貴な霊的存在と交流することができるという面があるということです。この

高貴な霊的存在との交流こそが神伝禊法の最大の魅力であるとしています。

 

また、先に触れた山蔭氏、川面氏などの禊は、水に入る、つまり、水が媒体で

あったが、水波氏は、水だけが禊の手段ではないと述べています。

 

イザナギは、一回の禊で貴い神を生む力を持っていたが、普通の人間では

そうは行かない。だから、神伝禊法は5段階の禊法を作成したとしています。

上級の禊になると、表面の自分とはまるで違う、高級な意識が意識の奥で

蘇ってくるのであり、禊者一人ひとりにとっての三貴子を生み出すのが

神伝禊法であるとしています。

 

神伝禊法では、まず、基本である水の禊を行う。そして、次の段階は光の禊で

ある。(かつては、火の禊を行っていたが、光の禊に変更されている。)さらに、

風の禊、霊の禊、最後に神の禊に進む体系になっているということです。

 

風の禊までは、物質的な媒体での禊であるが、霊の禊となると、修行者が媒体

となる霊魂と交流できなければできない非常に難しい行となり、さらに、神の

禊となると、神伝禊法の最終段階であり、ほとんどの人は挑戦することすら

できない、もう、言葉では説明できない禊であるとされています。それは、

修行者が神霊に自分を捧げられるようにならないと理解できないような行なの

だそうです。

 

かくして、水波氏は、教え、すなわち、宗教教義というものは、どんなに高級

でも、決して絶対ではないのであり、時代によって解釈の仕方が変わる。重要

なのは、法則を知ること、霊的な法則を知る事である。霊的トレーニングは教え

ではない。よって、千年たっても有効である。霊的トレーニング、つまり、禊法

は、この世の人間と指導霊とが、法則で動くこの世の水や光や風などを用いて、

いかに霊的世界の法則に参入するか、ということを成し遂げようとする技法

なのであると述べています。

 















 
 
 
 






 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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古神道とは何か?


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神道の神秘



前回は、日本の古神道におけるシャーマニズム、つまり、神主と審神者が一対と

なった神懸かり、帰神法にまつわるエピソードを見てきましたが、それは古神道

の一側面であり、その全体像は、浮かび上がってきません。

 

よって、そもそも古神道とは何かを考えてみたいと思ったのですが、なかなか

適切なテキストが見つかりませんでした。

 

そこで、平易で分かりやすいということで、取り上げたのが、古神道の一流派で

山蔭神道管長の山蔭基央氏の著書「神道の神秘-古神道の思想と行動-」です。

これによって古神道とは何かを見ていきたいと思います。

 

山蔭氏は神道とは何かについて次のように述べています。

 

<神道は日本固有の民族宗教である>

神道は、仏教やキリスト教のように、ほかの国から渡来した世界宗教の一派では

なく。この列島のなかで生まれ、育ってきた自然宗教である。たしかに神道に

おける仏教や儒教、または中国文化の影響は否めないが、ほかの宗教には還元

できない独自の考え方、感じ方、世界の見方を持っていて、それは西洋の「宗教」

の概念には収まらない。その一見無定形的な表れの下に、豊かな信仰世界をたた

えているのが神道である。

 

<神道は無教祖である>

神道は誰かが提唱したものではない。仏教は仏陀が、キリスト教はイエスが

教えを与えた「創唱宗教」であるが、神道はそのような人物はいない。流派の

創始者はいるが、彼らが神道の教祖ではない。この列島に生きた、名も遺さない

人々の間で生まれ、育まれ、でき上がったものが神道である。つまり、教えは

人から来るのではないという考え方であり、言ってみれば、教祖とは大自然

なのである。

 

<神道は無教義である>

教祖がいなければ、教祖の教訓を体系化した教義もない。したがって、神道

全般にわたるドグマや絶対律もない。神道が大切な拠り所とする「古事記」

「日本書記」も聖典ではない。神道家はそれぞれ異なる観察眼で大自然を見、

語るので、その説く哲理はばらばら、不一致である。よって、統一的な

教えも世界観もないが、神道は、その深いところで哲理を持っているので

ある。ただし、それはわずかな言葉で定義できるものではなく、さまざま

な側面からの言説を総合すると浮かび上がってくる哲理である。

 

<神道は無戒律である>

教義がない以上、神道には絶対的な戒律も存在しない。宗教でいう戒律には、

その宗派、教団の専門宗教者のための戒律と、広く一般に向けた戒律があり、

また、禁戒と勧戒がある。しかるに、神道では、救済とセットなったような

厳密な意味での戒律は存在しない。

 

<神道は無偶像である>

宗教は、いずれも崇拝対象となる形象物を持っている。神道では、中世の

一時期、仏教の影響を受けて神像が作られたこともあったが、基本的に偶像

はない。神殿にある鏡は、きわめて抽象的なシンボルであり、像とは言えない。

形や体は、あくまでも仮のものなのである。また、もともと神道の聖域には

神社などの建物さえなく、磐境(岩)や神籬(神木)があるのみであった

のである。

 

<組織もない神道>

神道には、確固とした組織というものがなかった。村落での村祭りの組織、

有力神社の祭祀組織はあったが国家レベルや社会レベルの神道の組織は

存在しなかった。(明治時代の国家神道成立以前)

 

かくして、神道は、無教祖・無教義・無戒律・無偶像・無組織であり、外国

の識者のみならず、日本の学者からも、「宗教でない」としばしば言われて

きたとしています。

 

上に掲げた神道の定義自体が、山蔭神道という古神道の一つの流派から見た

古神道的な見解であると言え、そのまま、すでに古神道の定義にもなって

いると思います。

 

これらに加えて、山蔭氏は、古神道とは、長い神道の歴史のなかで、仏教の

影響の濃い中世神道と近代の神道(国家神道、神社神道)を除くものが

「古神道」と言われるもので、わずかな家系・道系によって伝承されている。

また、江戸・明治期に独立の行法家が出て、古い伝承をまとめた「古神道」

というものもあるとしています。

 

もっとも、山蔭神道にも、仏教・儒教・道教の影響が色濃くあるが、その中を

貫くものは、純古の日本神道であるとしています。

 

その他の見解として、大宮司郎氏は、著書「古神道行法入門」の中で、古神道

について、<はるかな昔から、日本には固有の大道が存在した。それは、道教

や儒教、仏教が伝来する以前より存在する神の道で、日本人の霊性に多大なる

影響を与えていたが、時代を経るにつれ、次第に純粋さを失い埋没しようと

していた。江戸時代になってその大道を復興させようとしたのが、国学者に

よって提唱された復古神道である。復古神道と呼ばれる所以は、いにしえの

わが国の道こそが本来の純粋な神の道であるとし、儒教や仏教などが渡来

する前の大道に復帰することを主張したからである。その後もその精神を

受け継ぎ、日本固有の道を復活させようと努力してきた多くの先人がいる。

そして、これこそが真の古の神道である、つまり、神道の神髄であると主張

したのであった。それを現在、我々は押し並べて「古神道」と呼んでいる>

と述べています。(なお、大宮氏は、中国の神仙道も日本の古神道に由来する

ものとしています。)

 

少し整理すると、古神道にもさまざまな道統があって、山蔭氏は古伝伝承派

とされ、大宮氏が取り上げている川面凡児、宮地水位、厳夫などは古伝復古派

とされるが、それぞれ独自の考えがあっても、本質的なところで日本古来の

霊性を伝えていれば「古神道」といえるということのようです。

 

また、水波霊魂学の水波一郎氏は、以前に「卑弥呼-日本のシャーマニズム-」

の中で紹介しましたが、<古神道とは仏教伝来以前、人々の間で行われていた

原始信仰と言いうる。したがって、その形体は様々であり、これという形が

なく、個々人の信仰の集積であり、その技術の集積であった>と述べていました。

 

山蔭氏の見解をもとにしながら、以上のことをふまえて考えると、古神道とは、

シャーマニズムに加えて、自然のすべてはカミの変化生成であり、その中にカミ

の神聖が宿っているという、いわゆるアニミズムの思想・感性が浮かび上がって

くるように思います。

 

アニミズムというと、未開の地の原始的な信仰というイメージがつきまといます

が、山蔭氏はそうではないと言います。

 

山蔭氏は、自然のあらゆるものにすら神を見る日本人の感性は、多様な霊魂を

感じ取る豊かな霊的感性であり、それを否定することは、人間の霊的感受性を

圧殺することであり、宗教の自殺であると述べ、アニミズム的なナイーブで

ヴィヴィッドな感受性を積極的に評価しています。

 

また、その背後にある「一にして多、多にして一」という神秘思想や、あら

ゆる動植物、山河も、われわれと共に生き、深く関わりあっているという共生

の思想の現代的な意義にも触れています。

 

しかし、近代以降の圧倒的な物質文明、近代国家形成の荒波にさらされた素朴

な神道は、それらに翻弄され、変質されてしまったという「何もない」ゆえの

悲劇の歴史があったとも述べています。

 

そうなると、ナイーブなアニミズムの側面のみならず、その背後に隠れている

古神道の深い哲理・思想、そして霊的修行法・霊的技術に注目しなければなら

ないように思います。

 

次回は、そのことについて触れてみたいと思います。









 
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審神者 武内宿禰-日本のシャーマニズム2-


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武内宿禰 
(武内宿禰)

 

武内宿禰(たけしうちのすくね、たけうちのすくね、たけのうちのすくね

景行天皇14年-没年不詳)とは、ウィキペディアによると、記紀に伝わる

古代の人物で、日本書紀では「武内宿禰」、古事記では建内宿禰」、他文献

では「建内足尼」とも表記される。「宿禰」は尊称で、名称は「勇敢な内廷の

宿禰」の意味とされる、とあり、

 

また、景行・成務・仲哀・応神・仁徳の五代の各天皇に仕えたという伝説上の

忠臣であり、紀氏・巨勢氏・平群氏・葛城氏・蘇我氏など中央豪族の祖とも

される、とあります。

 

そして、古事記や日本書紀の記す武内宿禰の伝承には、歴代の大王に仕えた

忠臣像、長寿の人物像、神託を行う人物像などが特徴として指摘されています

が、武内宿禰の本当の姿とはいったいどのようなものであったのでしょうか?

 

古事記の[ 仲哀天皇][神功皇后]には、神懸る神功皇后に神の託宣を伺う

審神者(さにわ)としての武内宿禰の姿がわずかですが描かれています。

 

そこでは、神が「西の方に国があります。金銀をはじめ目の輝く沢山の宝物が

その国に多くあるが、私が今その国をお授け申そう」と神功皇后の口を通して

語られたのに対して、仲哀天皇が、熊襲を討つために筑紫にきたはずであり、

そのためのお告げを聞くことであったのに、急に、外国を攻めよというお告げ

になったことに疑問を抱き、それは偽りを言う神ではないかと疑うと、神罰が

下ったのか、息を引き取ってしまったということが記されています。

 

そこで、武内宿禰は国中の汚れを祓い清めるために大祓いを行い、再び祭りの

庭で神の意向を聞くのですが、神のいうことは全く前のとおりで、神が「すべて

この国は皇后様のお腹においでになる御子の治むべき国である」と述べたのに

対し、武内宿禰が、御子は何の御子なのか、そう言う神は何という神かを問うた

ところ、御子は男の子だといい、これは天照大神の御心である云々、と答えた

ということです。

 

この神託を根拠に神功皇后は、仲哀天皇の死を隠して、新羅、百済を攻める

ことになります。その結果、首尾よく勝利することになり、その後、皇后が

生んだ御子がのちの応神天皇となります。

 

しかし、果たしてこの託宣は本当に神からのものであったのでしょうか? 

仲哀天皇が疑ったように、それは偽りではなかったのかという大きな

疑問が残ります。

 

しかしながら、記紀を読むかぎりでは、まったく手掛かりがありません。

 

そこで、その問いに対する答を探る手立てとして、私が今回取り上げるのが

水波一郎氏監修のHP「霊をさぐる」にある「霊魂小説」と銘打って、つまり、

霊媒状態で著わされた作品「偽りの神」です。この書をもとにその疑問に迫り、

よりリアルな武内宿禰像を探ってみたいと思います。

 

まず、「偽りの神」では、このとき、武内宿禰は大王(仲哀天皇)に仕え、

神事をも行う大臣ではあったものの、まだ、宗教的な修行者として、審神者

として、未熟であるという状態で、このお告げを聞く機会に立ち会うことに

なったとしています。

 

そして、古事記では、天皇はいやいや琴を弾いている途中でなぜか息を引き

取るのですが、「偽りの神」では、疑いを抱き、琴を弾かずにふて腐れる天皇

に対して、神が怒り、神をないがしろにする者は、国を治めるのにふさわしく

ない。よって命を取り上げるぞ、と言われ、いやいや琴を弾くのですが、突然、

「偽り神、そちの正体は何ものぞ」と神懸った神功皇后を怒鳴りつけて席を立ち

その場ではなく、翌朝、息絶えているのが発見されたとなっています。

 

とにかく、この時点では武内宿禰はこのお告げが本物であると信じ、神功皇后

の主張に感銘を受け、天皇の死を隠したまま、外国と戦うことに同意すること

になります。

 

そして、古事記にもあるとおり、武内宿禰は、国中の汚れを清めるために祓い

を行わせ、再び神のご意志を尋ねます。結局、同じような答えを得て納得し、

戦いの準備を始めるのですが、一方で、心の中に、もしも本物の神でなかった

らどうしようという思いが頭をもたげ、思い悩むようになったとしています。

 

その後、武内宿禰は、神懸かりについて深く研究するようになって、神懸かり

の達人から指導を受けることになります。

 

達人は、武内宿禰に対して、正しいのは、むしろ、天皇のほうだと言いつつ、

 

<まだ若く、修行が足りない。神憑りとは、簡単でなく、初めて審神者をやった

ような者では判断出来る事ではない。>

 

<神であれ、何であれ、およそ人の体に入るとなれば、それは簡単なことでは

ない。いきなり、すらすらと話すのは、まず怪しいと考えるべきである。>

 

<ずっと琴を弾き続けることにも問題がある。琴はなくてもよいもので、

神主(神懸かる人)の気持ちが納まったら、そこで止めるものである。

それ以上は、かえって妨げになる。>

 

<神憑りというものは、神が偽者のときもあるが、神主が偽者のときもある>

と説くのでした。

 

しかし、これらの教えが正しいとなると、大変なことになります。武内宿禰

はいよいよ悩みを深くすることになっていきます。

 

一方、新羅、百済への出兵は決行されていくのですが、その戦いの軌跡は、

あたかも神のご加護があるかのような奇跡的な展開となり、ますます、お告げ

に対する信頼性が高まり、皇后に対する敬愛は深まっていくことになります。

 

まさに、神功皇后を疑うのは、武内宿禰ただ一人という状況になったとして

います。

 

やがて、神功皇后は、御子を出産し、大鞆命と名づけられます。その一方で、

男以上の活躍をし、とうとう熊襲をも打ち破って、その権威は揺るぎない

もののように思えました。

 

しかし、古事記の[ 仲哀天皇] [香坂王(かごさかおう)と忍熊王(おし

くまおう)]にあるように、大鞆命には、二人の腹違いの兄がいたのです。

 

神功皇后は、絶大なる支持を得ており、その息子である大鞆命が次の天皇と

なる流れではあったが、筋からいけば、香坂王と忍熊王を無視することは

できないのであり、武内宿禰は、何とか身内同士の戦いは避けたいと心を

痛めるのでした。

 

だが、皇后は、二人の兄をさておいて、幼い大鞆命を天皇の地位につけよう

とし、一方で、香坂王と忍熊王は仲哀天皇の死に気づき、それを長く隠して

いた皇后に強い不信を抱くなかで、戦いは不可避なものになっていきます。

 

しかし、香坂王と忍熊王の間で、意見の対立が生じ、忍熊王の謀略で香坂王

が死に、さらに、神功皇后側の巧みな戦略により、忍熊王も入水自殺に追い

込まれるなかで、大鞆命は公然と次の天皇と名乗れるようになります。

 

武内宿禰は、多くの人の血を流しただけでなく、腹違いとはいえ、母が息子

達を殺して権力を握ったのであり、その汚れを祓わなければならないとして、

大和に凱旋する皇后とは別に、御子を連れて禊の旅に出ます。

 

そのことのが、古事記の[ 仲哀天皇] [気比の大神]の記述にうかがえ

ますが、「偽りの神」では、禊について指導を受けた若狭の禊の達人の言葉

として次のように述べられています。

 

<禊は、ただ身を清めるためのものではなく、自分自身の霊を甦らすための

神事である。だから、神に出会えるほどに修行をしなければならない。まして、

幼い御子を連れてとなればよほどの覚悟が必要である>と。

 

今まで、禊とは汚れを祓いものとばかり思っていた武内宿禰は驚き、この達人

に正しい禊を習うとともに、越後にも足を延ばし、その土地の賢人達人に教え

を乞うことになります。

 

そして、ある晩、不思議な夢を見ます。夢のなかで、白い着物をきた神が次の

ようなことを言います。

 

<代々の大王がこの国を統治しようとしているようであるが、支配される側は

一方的に支配されるのである。大儀がなくては神の敵になることと心得よ。

やがて、この国も一つにならねばならないということもあろうが、手段が

何でもよいというわけではないはず。ましてや、親子兄弟が大儀でなく、

権力がほしいだけで殺し合うのは神の望むところではない。かといって、

今さら、国をバラバラにすれば、これまで以上に血を流すことにもなるで

あろう。大王も神の力を願うのであれば、正しく神を祭り、正しく神と対面

できるような大王になってもらわねば困る。せめて、正しい神事を行うよう、

皇后に進言せよ>と。

 

そして、さらに今まで見たことない修行の方法と儀式を教えるのでした。

 

そののち、大和にもどった武内宿禰は意を決して皇太后(皇后は御子の摂政と

なり、皇太后となる)に決死の諌言をするのですが、みずから神のごとしに

振る舞い、再度海の向こうを攻めるつもりの皇太后は全く聞く耳をもちません。

 

武内宿禰は最後の決断をしなければならなくなりました。

 

時がたち、武内宿禰は、御子(のちの応神天皇)が皇太子になる儀式に際し、

その儀式を執り行うことを皇太后から求めれられていたのですが、断固と

して断り、皇太后がその儀式を行うことを進めたため、皇太后は、仕方なく

同意します。

 

儀式が始まり、皇太后は、神懸かりして堂々と託宣を延べ、大成功のうちに

終わるやにみえたとき、突然、武内宿禰と彼の部下が言葉を発します。

 

<神様にお尋ねします。>、<私は神主に入った神を見分ける審神者という

役目もおおせつかっています。この役目は皇太后様から命じられた役目なの

です。>、<審神者としての私が見るには、あなたは偽りの神です。>、

<罰を与えるなら与えるがよい。されど、そなたはイザナギの神とスサノウ

の神を敵にまわすことになる。それを覚悟して罰を当てよ。>、<皇太后様

に入った神の偽者は怯えて逃げ帰ったり>と皇太后を追い詰めます。

 

かくして、武内宿禰は、偽りの神懸かりを暴き、皇太后の野望を封じること

に成功します。

 

次の日には、参加者たちは日本の各地に旅立っていったのですが、彼らは

口々に、「王家には武内宿禰という正しい審神者がいるので、偽者の神が

入っても騙されることがない。」そう言って去っていったということです。

 

なお、仲哀天皇には、誉屋別王というもう一人の男子がいたのですが、

武内宿禰は、彼が地位と名誉しか念頭にないことを知り、彼と皇太后との

確執をうまく利用しながら、再度の親族間の流血を避けることに成功し、

その後も、王家とともに国造りの仕事を続け、武内宿禰の子孫も次々と

政治を司ったということです。

つまり、武内宿禰は、忠臣であるとともに、古神道の天才、帰神法の達人で

あったということになります。









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卑弥呼 -日本のシャーマニズム1-


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角林文雄氏は、「アマテラスの原風景」所収の「「魏志」倭人伝の宗教世界」

の中で、卑弥呼とは、通説によると、邪馬台国の女王の固有の名であると

されているが、それは誤りであると述べています。

 

「魏志」倭人伝には、「倭国乱れ、相攻伐すること歴年、乃ち共に一女子を

立てて王と為す。名づけて卑弥呼と曰う。」と書かれているが、角林氏は、

卑弥呼とは、「王」という意味であり、のちの日本の君主になった人を「天皇」

といったように、3世紀には倭の王になると卑弥呼と呼ばれたとしています。

 

よって、卑弥呼は複数いたというのです。

 

たとえば、「倭の女王・卑弥呼、狗奴国の男王・卑弥弓呼素と和せず。」と

あります。通説では、男王の名を「卑弥弓呼」と読んだうえ、それでは意味

をなさないので、彦尊(ひこみこと)の略称だとしているものがあるが

それは誤りだといいます。

 

そうではなく、この男王は、「卑弥弓・呼素」(ヒミコ・コソ)と名乗って

いたのであり、コソは接尾語であるから、語幹はヒミコとなるというのです。

 

つまり、倭の女王も狗奴国の男王も共にヒミコ、つまり「王」と名乗って

いたということになります。

 

では、なぜ、ヒミコが「王」の意味になるのでしょうか?

 

角林氏は、まず、ヒミコはいろいろに解釈されているが、ヒミがヒメ(姫)

であることは間違いないであろうと言い、それも「霊力をもった女」で

あるとしています。そして、

 

「霊力をもった女」というのは、おそらく過去の有力な女性シャーマンが、

死後に伝説的となり、後継者から深い宗教的尊敬を受けていたものと考え

られ、ヒミコはその「霊力をもった女」の子ということであると言い、

 

この、「霊力をもった女」そのものではなく、子というところが重要である、

この子というのは、生物学的な子供ということではなく、ある部族に属して

いる人々とか、親愛の情を感じている相手とかを「子」と呼んでいるので

あると言い、

 

よって、ヒミコというのは、尊敬すべき女性・ヒミコの業績を実質的に継承

する後継者であることを意味し、そのヒミコの後継者という立場で部族の

宗教的指導者としての地位を確立していたものと考えられると言い、

 

そして宗教と政治が密接に結びついていた当時にあっては、宗教指導者が

すなわち政治指導者ということになっていたのであり、それゆえ、ヒミコ

は実質的に「王」という意味であったと述べています。

 

よって、邪馬台国の卑弥呼が死んだのち、彼女の一族の少女トヨ(台与)

が王となるのですが、トヨが王になったということは、彼女も卑弥呼に

なったということを意味するとしています。

 

また、「魏志」倭人伝では、ヒコ(彦)、ヒメ(姫)、ヒナモリ、ヒミコなど

と、ヒという言葉が宗教指導者のなかに頻出しているが、それは3世紀の

西日本において、ヒが宗教のなかで重要な位置を占めていたことを示すもの

であり、ヒを重視する宗教観は原始的な蛇神信仰などよりも複雑な内容を

秘めたものであることが感じられ、時代を反映して宗教的な意味を含んで

いるとしています。

 

そしてまた、倭の国に内乱があり、一女子が位につくことでその内乱がおさ

まったということであるが、卑弥呼が即位したのは15歳くらいであった

だろうと述べています。彼女の後継者であるトヨも13歳で王位について

いるのであり、この二人の女性の即位年齢は、大和では十代の女性が宗教的

指導者となることが当然のこととして社会に受け入れられていたことを物語

っているとしています。

 

ある種の女性は子供のときから宗教の世界に入り、そこで巫女のような生活を

していて、その中には生来、特に優れた宗教的才能を持った女性がいた。彼女

たちは、おそらく予言能力が優れていたと考えられる。シベリヤや満州のシャー

マンは少年少女から青年になる過渡期にシャーマンの能力を身につけるところ

からみても、卑弥呼や彼女の後継者である台与が十歳代にすでに宗教者として

深い敬意をもたれていたことは何ら不思議ではないと述べています。

 

ところで、水波一郎氏は、卑弥呼について、今は絶版となっている旧著「大霊力」

のなかで、これらとも異なる見解を述べています。

 

水波氏によると、古神道とは仏教伝来以前、人々の間で行われていた原始信仰と

言いうる。したがって、その形体は様々であり、これという形がなく、個々人の

信仰の集積であり、その技術の集積であったとしたうえで、古神道の統率者、

神職者が聖人、神人と呼ばれ、その中で、現在でも有名なものが卑弥呼だと

述べています。

 

また、卑弥呼はやはり一人ではなかったと言います。なぜなら、卑弥呼という

名称は個人名ではなく、称号であったからだそうです。

 

それはまさに天皇や大臣と同様であり、卑弥呼はときには男であったと言います。

女性の卑弥呼ももちろんいたが、大部分は、男女がコンビで卑弥呼を名乗って

いたそうです。

 

そして、古代の日本が祭政一致であったと主張するなら、その信仰形体、古神道

を知らねばならないと言います。古代、いかなる国でも、政治は神託であったの

であり、神々の意志で政治を行う以上、その形体はシャーマニズムであるが、

日本においては、それは古神道の秘術、帰神法以外にあり得ないとしています。

 

つまり、卑弥呼は、帰神法の天才であり、古神道の秘術の伝承者であった。男

でもあり、女でもあったが、多くの形体において、通常、神帰法は二人で行われ

たということになります。

 

この二人のうちの片方に神々が霊媒現象を起こし、もう片方がそれと会話する

のであるが、この会話者を審神者(さにわ)という名称で呼びます。

 

二人で一組、これが通常の形体であることを知れば、卑弥呼にまつわる歴史の

謎はもっと早く解決したのではないだろうかと述べています。

 

なお、次回は、稀代の神人とも言われる武内宿彌の謎について触れてみたい

と思います。

 









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