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「道教とは何か」-道教の成立以前-


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道教とは何か 




 

 

道教とは何かと問われて、思い浮かべるイメージは、まず、老子や荘子の

無為自然の高遠な哲学であり、一方では、香煙の絶える間もないほどの参拝客

であふれている道教の寺院とそこにおけるきわめて現世利益的で呪術的な宗教

のイメージがあり、さらに浮世とは隔絶した仙境に住み、不老不死をめざして

厳しい修行を行い、不可思議な術を行使する仙人の姿であります。

 

しかし、それは、どう考えても異質なものが同居しているように思えますし、

どこか不釣り合いなものがあるように思えます。

 

よって、まず、道教の成立以前に目を向けてみたいと思います。ともかく、

道教は、仏教が釈迦によって、キリスト教がイエスによって創始されたの

とは異なり、誰かが開いた宗教ではないということであり、日本の神道の

ような自然宗教であると言えるようです。

 

それでは、道教を構成することになる思想、技術を見ていきたいと

思います。

 

まず、道教の基盤となるのは神仙説、神仙思想です。

 

神仙説というのは、紀元前4世紀頃からの文献に記される仙人伝説、

あるいは仙境伝説にもとづく仙人信仰なるものです。

 

渤海湾中にあると伝えられた三神山が仙人境として有名であり、ここに不老

不死の薬があるとされために、紀元前3・4世紀の戦国時代、渤海沿岸の燕や

斉の国の王、後には秦の始皇帝がこの山を探させたということです。その山に

住む仙人は不老の薬をもつと信じられていました。

 

仙人は孤高、孤独の存在です。山の奥深くに住み、時折、町の中に姿を現し

ます。数百歳の寿命であるから、親しい人はみな死に絶え、彼を知るものは

いないという孤独な人生となるはずです。しかし、それでもなお仙人になる

ことを求めたのはなぜでしょうか? 生への執着は、古今東西における万人の

願望ではありますが、ここまで不死や永遠の生命に固執するところは他に見ら

れないものであり、特有の民族性が感じられます。

 

さて、仙人になるため、具体的にどのような方法を行使したのでしょうか?

 

最初にあげられるものとしては、錬金術(煉丹術)があります。「史記」に

渤海沿岸の燕・斉の国に方僊道(ほうせんどう)という錬金術を行う集団が

存在したという記録があるようです。しかし、その錬金術は炉を祀って鬼神

を呼び寄せ、その鬼神の力によって黄金を作ろうとするものであり、老子や

荘子の「道」の思想とは関わりがなかったようです。

 

ちなみに、仙人には三つの段階があるようです。最上の仙人を天仙といい、

これは錬金術によって作られた黄金(金丹)を服用し、白日のもと天上界に

昇って仙人となったもので、これに次ぐのが地仙といわれ、天仙にはなれず、

地上世界に住む不老不死の仙人を指します。三番目が尸解仙(しかいせん)

といい、それは仙人になる方法の中で最も下位に属するもので、一度死の

苦しみを体験したのち、死体を残して仙人になることをさすようで、方僊道

はその尸解を目的としたということです。

 

神仙説が老子や荘子の「道」の思想とかかわりをもつようになるのは、4世紀

初期に書かれた葛洪(かっこう)の「抱朴子(ほうぼくし)」に至ってからで

あるとのことです。

 

「抱朴子」は、錬金術を最上の得仙法とし、これによって作られた黄金、すな

わち金丹を服用することによって天仙になることを説いたもので、得仙と錬丹

術を最初に理論的に裏付けた文献だそうです。

 

この中では、錬金術を行うに際して、必ず老子の神座を立てて祀るべしと

されているようです。

 

つまり、神仙説は、「老子」、「荘子」の思想から生まれたのではなく、それら

が書かれたと考えられる紀元前4世紀頃には、すでにかなり広く流布していて、

「老子」、「荘子」は、逆に、そうした神仙の存在を借りて、その思想を表現

したということです。

 

錬金術を説く神仙の説と老子、荘子の思想とは、もとは別々に説かれていたと

いうことになります。

 

「抱朴子」は、仙人になる唯一の方法を金丹の服用とするが、伝説として語ら

れている古い仙人の中には、房中術によって仙人となった彭祖(ほうそ)や、

守一行気(しゅいつこうき)の法によって仙人となった劉根などの名が残され

ており、「抱朴子」にも存思(瞑想法)によって不老不死を得ることができる

と記されているようです。

 

ともかく、金丹の完成は極めて困難であり、一朝一夕にしてなし得るものでは

なく、数十年、数百年かけてようやく作り得るのであるから、その間は、その

他の仙薬や仙法によって寿命を延ばし、最終的に金丹を服用して仙人になるの

が「抱朴子」の基本的な考え方のようです。

 

仙薬の服用以外の長生の方法には、その代表的なものに導引法と行気法があり

ます。いずれも気にかかわる行法であり、今日の気功法の原型になります。

 

導引の特徴は、単なる呼吸法ではなく、それに動物の形態に倣ったポーズが

加えられたものです。つまり、導引法の特徴は、呼吸法と体操が組み合わされ

ているところにあります。

 

一方、行気法は、吸収した気をどのように体内に巡らせるかという点を重視

した技法です。体内に気の流通を効果的に行うために、存思といわれる瞑想法

を用います。それは無念夢想ではなく、かなり強力な意識の集中であり、気の

コントロールをはじめとして、神との交感にまで用いられる道教の基本的な

技法となるようです。

 

さて、神仙説のほかにも、道教は、遠く古い時代から伝わる呪術、つまり、

呪言、呪符、攘災術などをも基盤にしています。

 

呪言とは、いわゆる呪文、まじないのことであり、それは太古からあったで

あろう言霊信仰、つまり、発せられる言葉そのものに呪力が潜んでいるという

信仰が背景にあったようです。

 

呪符は、いわゆる「おふだ」であり、古くから呪力があるとされていたよう

です。なお、呪符には、善符、凶符の別があって、善符は駆邪または消災

治病などに用いられ、神霊に対する願望の表示であり、凶符は、主として

人間同士の間に用いられて、人を疾病にかからせ、また、死に至らしめ、

あるいは嫉妬や未練を抱く人の欲求を遂げさせるものです。

 

そのほかにも、鬼門とか風水とか占朴など、以前から民間にあった方術も

加わっていったようです。

 

以上のようなことを踏まえると、様々なものが現世利益を旗印に掲げる道教

という入れ物の中に取り込まれていったという過去の歴史があるために、

最初に述べたような雑多なイメージを抱いたことになります。

 

とにかく、道教とは、古くから民間に伝わる仙人信仰などの民間信仰、そして

さまざまな呪術を基盤にして成立したものであり、最初は、人々の世俗的な

願望をかなえるための呪術的な集団のようであったのが、教勢が拡大して

信者が増大し、また、同じ時期に仏教も浸透し始めたこともあって、宗教

教団的な色彩を濃くしていったようです。さらに、知識人や貴族向けに道教を

権威づける必要から、仏教に対抗して、尊像や経典が作られるようになり、

老子や荘子などが取り入れられるようになったというのが本当のところの

ようです。

 

 

 

 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体