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老子-老荘思想1-


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老子・荘子  




以前、道教を取り上げたことがありますが、どうして、老子が道教の神に

なってしまったか、また、なぜ、神仙道というものと交わったのかが未だに

しっくり来ないという側面がありますので、今回は、老子と荘子、老荘思想

そのものに触れてみたいと思います。

 

さて、老子という人物については、分からないことが多いようです。

 

いつの時代の時代の人か? そもそも老子という人物が実在したのか? 

「老子」という書物は老子が一人で書いたものではなく、複数の著者に

よって書かれたものではないか? 等々

 

それはともかく、通常、老子が生まれたとされるのは、紀元前4世紀頃で、

それは春秋時代の末期、戦国時代と呼ばれる乱世の世です。

 

このような時代、前6世紀に生まれたのが、我々がよく知る孔子という人

ですが、孔子の念願は、目前の無政府状態を克服して、かつて、長く続いた

周という国の初期の頃のように秩序ある社会を回復することであり、その

ために、何よりも力の政治を排して、道徳による政治を実現しなければなら

ないと考えたようです。

 

しかし、老子は、これとは全く逆の見方をしたというのです。老子は、道徳

や礼儀といった人為こそ現在に退廃を招いた原因なのであるから、そういう

人為を助長することは社会をいっそう混乱に陥れるものであるとし、道は

ただひとつ、いっさいに人為を退け、個人や社会を自然な状態に復帰させる

べきだと主張したということです。

 

司馬遷の「史記」には、孔子と老子の立場の相違を示すエピソード、孔子が

老子のもとを訪問したとき、「お前さんのありがたがっているのは昔に死人

ばかりで、残っているのはその言葉だけではないか。・・・」と老子に

ののしられるという話がありますが、それは、生きた時代が異なるのであり、

史実ではなく、後世に作られた伝説であるとしても、老子の思想の一面が

よく現れているエピソードだと言われています。

 

さて、まず、老子の根本の立場は、いっさいの人為をなくして自然のままに

生きるということ、無為自然という言葉で表されます。

 

それでは、自然に反する人為とは何をさすのかというと、具体的には、知識、

学問、欲望、技術、道徳、法律など、いわゆる文明や文化と呼ばれるもの

すべてを含むとされます。

 

なぜ、知識までも不自然なものとするのでしょうか?

 

人間がものを知るというのは、判断・分析・理解という語が示すように、一つ

の物を二つに分断し、分解することによって「わかる」ものとすること、

つまり、相対差別することにほかならない。しかし、これは、物の自然の

あり方、ありのままの物の形をゆがめ、破壊することではないのかというの

です。

 

たとえば、人間の身体を、頭、胴、手足に分解したあとで、もう一度よせ

集めてみても、それは死んだ人間を造るだけで、生きた人間にはならない

といいます。

 

このように、知識は真理を捕らえる力をもたないばかりか、かえってこれを

破壊しまうというのです。よって、「学を絶てば憂いなし」なのです。

 

そして、知識がもたらす弊害はそれだけではないという。知識の増加は、

たえず新しい欲望の開発をもたらすという結果を招くといいます。人間が

欲求不満を持つのは、物が足らないことよりも、たえず新しい欲望に駆り

立てられることによる。したがって、老子は「無知」とともに「無欲」

ないし「寡欲」ということを強調するのです。

 

ただし、老子にいう「無欲」は、キリスト教や仏教などが説く「禁欲」とは

関係がないようです。それは身体と精神という二元論から生まれる「禁欲」

ではなく、赤子や農民を自然人のモデルにした「無欲」だということです。

赤子や農民は、文化人と比べるとはるかに無知であり、無欲であるが、

それは意識的に努力した結果ではなくて、自然にそうなっているのです。

つまり、それは「足るを知る者は富む」ということの結果だといいます。

 

このように知識や欲望を否定する老子は、また、道徳をも否定します。

孔子を始めとする儒家がいう仁義は、自然の大道が失われたとき、これを

埋め合わせるために作られた人為的な手段にすぎず、忠孝は国家が混乱した

ときに現れる病的な道徳にすぎないというのです。

 

病める社会に再び健康を取り戻させるためには、その原因でもある仁義忠孝

の道徳を捨て去る以外にない。道徳は、善と悪、仁と不仁、義と不義と人為

的に二分して人々の間に争いを生じさせる。それは知識の人為性から生まれ

たものであり、ありのままの自然に反する。善といい悪といっても、その差

は相対的であり、絶対的なものではない。要は、自然の道、善悪の差別以前

の一なる立場に立つことである、道は善悪の彼岸にあるといいます。

 

さて、では、きわめて現実的で、政治的な中国思想の中において、どうして、

このような自然主義が生まれてきたのかということになります。

 

「老子・荘子」の著者である森三樹三郎氏は、中国の農村という、無知無欲

道徳、徹底した自然状態に近い社会が実在し、それが老子のイメージの

原型になったのではないかと述べています。

 

中国では昔から大帝国の統一が持続されることが多かったにもかかわらず、

地域があまりにも広大なためか、地方の農村は太古以来の生活形態を保持

していたようなのです。老子が「自然に帰れ」といったとき、このような

中国の農村の自然の生活が念頭に置かれていたのであり、これが老子の

自然思想の出発点になったといえるとしています。

 

ただし、それは中央政府を否定するような無政府主義ではないようです。

老子は大国の存在理由を否定しないばかりか、時には大国となるための

心得を説くことさえあったようです。

 

もっとも、その国家は農村の素朴さを破壊することなく、これを保護し、

育ててゆくような、自然国家であり、老子の理想とする政治は、民衆の

教育や訓練もなく、いっさいの干渉をしない自由放任を原理とするもの

です。

 

しかし、無為の政治は、自由放任の政治であり、無為無策の政治ですから、

まことに無責任であり、民衆に対して冷酷であるように見えますが、

どうなのでしょうか?

 

老子は「無為にして為さざるはなし」、無為でありながら、万能の働きを

するというのです。無為の主体は人間であるが、万能の働きをするのは

自然の力であり、このような自然の万能の働きに守られているのである

から、無為無策でありながら、いささかの不安もないというのです。

 

森三樹三郎氏は、老子には神の信仰はない、当時の知識人はすでに人格神

の信仰を失っていた。しかし、天の道、すなわち自然の摂理に対する絶大な

信頼があった。それは信頼というよりも、むしろ信仰に近いものであった。

自然の摂理への信頼、これは老子ばかりでなく、あらゆる道家思想の根底

にあるものであると述べています。

 

そのほか、老子の人生哲学、処世の態度として、「赤子に帰れ」という柔弱

の徳、「弱は強に勝ち、柔は剛に勝つ」という女性原理の哲学、「水は低き

に向かって流れる」という水の哲学、「他と争わない」という不争の哲学、

「功成りて身退くは天の道なり」という保身処世の道、名声欲の否定など

興味深いものがありますが、今回は長くなるので触れずに、最も特徴的

な老子の道と無の形而上学について触れてみたいと思います。

 

老子の思想が同時代の諸子百家のそれと著しく異なっている点は、無為自然

を唱えるとともに、これに形而上学的な根拠を与えたことにあるとされて

います。もともと現実主義的な傾向の強い中国において、哲学的、形而上

学的な方向へ進んだのは老子が最初であり、それは中国の思想としては異例

のことだということです。ただし、それは論理的な体系ではなく、詩的で

あり、象徴的な表現の形態をとっているのです。

 

さて、老子の哲学の根本は、「名」すなわち言葉、概念が、真理を伝えるには

不十分なものだとしていることです。

 

それでは、ありのままの真理は何によって伝えることができるのかというと、

体験的な直観によるしかないというのです。ただし、直観は本人だけが体験

しうるものであるから、他人に伝えることは非常に困難であり、それをあえて

伝えようとするため、言葉でない言葉、象徴による暗示が用いられることに

なります。

 

また、あらゆるものの根源となるものを、老子は「道」と呼びます。この道

の基本的な性格は何かというと、「無限者」であるようです。道とは無限者に

与えられた仮の呼び名で、道はこのように「限りなきもの」という否定的、

消極的な規定によってとらえるほかはないようです。

 

老子は、この無限者を「一」という語で表現する場合があるということです。

森氏は、おそらく一という無形の道が有形の万物に変化しようとする寸前の

姿を形容したもので、一は道の性格を保持しているものの、無形から有形へ

と移ろうとする契機をはらんだ状態にあるということになるとしています。

 

ところで、道には「為すなくして為さざるはなし」という「自然」の働き

がある。つまり、みずからは心意の働きを持たないにもかかわらず、限り

なく物を生み出し、また再び帰ってくる物を受け入れる。この無限の生産

力と包容力こそが無限者である道の属性であるとしています。

 

一方、老子の実践哲学は、無知無欲、無道徳というように、すべて否定の

上に立てられていますが、その全面的な否定の極にあらわれるのが「無為」、

そして「無」ということであるとしているようです。つまり、老子は、道の

本質は「無」であるとも言っているようです。

 

では、無限と無はどのような関係になるのでしょうか? 森三樹三郎氏は、

無と呼ばれるものには、二つの種類があることが看過されるといいます。

 

一つは、常識でいう無で、有を排除するところに生まれもので、有とは対立

関係にあるゆえ、有に対する無、つまり、相対無といえるものです。これに

対して無限の無というものがあり、鏡のように、それ自身は無であるが、

無であるために無限のものを写し、あらゆる有をそのうちに包容することが

できる。常識の無が有を排除するのに反して、この無限の無は有を排除する

どころか、万有を包容する絶対無であるとしています。

 

もっとも、老子は、東洋における無の哲学の先駆者として、絶対無の世界に

足を踏み入れながらも、まだ不徹底なところを残しているようで、その徹底

と完成は荘子を待たなければならなかったようです。

 

 








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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体