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禅宗・浄土教と老荘


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曇鸞 
 (竺道生)           (曇鸞)





六朝から唐の末期までは、中国では多くの宗派仏教が生まれ、それぞれに

栄えたということですが、最後まで生き残ったのは禅宗と浄土教だけで

あるようです。

 

特に明代以後は、その禅と浄土の両者が融合するという傾向が著しく、禅浄

一致が唱えられ、座禅とともに念仏をするという念仏禅が普及することに

なったのだそうです。

 

そのためか、今日の中国や台湾には日本の宗派仏教に相当のするものはなく、

禅寺・禅林を名のるものばかりで、しかもその修行や信仰の内容は、すべて

念仏であるといってよいという状況なのだそうです。

 

ともかく、禅と浄土は最も漢民族の体質に合った仏教である、というか、

中国人の体質に合うように改造された仏教だといえるようです。

 

しかし、禅と浄土は、一見すると、とても相容れないように見えます。

 

まず、その方法論から見ても、禅はきびしい修行に耐える強い意志を要求

するものであり、その意味で自力道であり、難行道であるといえますが、

これに対して、浄土教は、そのような修行に耐える強い意志を持たない凡人

のためのものであり、ただ念仏するだけで成仏するというのであるから、

その意味では他力道であり、易行道であるといえます。

 

また、その仏に対する見方も、禅宗は、仏を外にあるものとは見ず、わが

心のうちに宿るものとし、あるいは、わが心がそのまま仏であることを

悟る立場だとしますが、一方、浄土教は、仏を西方十万億土のはるか彼方

に求めようすとするものです。

 

では、このような両者の間にある大きな相違点にもかかわらず、どこに

共通点が見出されるのでしょうか?

 

森三樹三郎氏は、それは「慧(え)」の軽視であり、排斥であるといいます。

つまり、いずれも「知識」や「理論」に重きを置かず、むしろこれを排除

する傾向が強いという共通項があるというのです。

 

インド仏教における救いとは、慧、つまり、知恵によって真理を悟ることで

あったといわれますが、同じアジアでも中国人は、その言語構造に原因が

あるのか、理屈が苦手であり、嫌いであるようです。

 

その結果、一時は、唯識論などのずいぶん難解な仏教理論が好まれた時代

もあったようですが、やがてすたれて、禅と浄土だけが残ることになった

ということです。

 

さて、それでは、まず、禅と老荘の関係について見ていきたいと思います。

 

普通、中國における禅宗の開祖とされるは菩提達磨(ぼだいだるま)と

いうインド人ですが、この説は、不明確で伝説的な要素が強く、より

確実視されるのは、達磨よりも百年前に現れた南朝宋の笠道生(じく

どうしょう)という僧で、彼が禅宗の先駆となる思想をもたらしたと

いうことです。

 

道生は、頓悟成仏説を唱え、当時の仏教界に大きな衝撃を与えたという。

頓とは、「一挙に」という意味であり、それまでの「漸」、つまり、次第

に悟りの境地に近づく形ではなく、一挙に悟りへと至るというものです。

 

道生が頓悟説を唱えた理由は二つあるということです。

 

一つは、理は一つのものであり、分割を許さない。したがって、理を悟る

場合には、一挙に悟るほかない、つまり、頓悟ということである。もう

一つは、まだ真理を見ることができない間は、経典の文字や言葉に頼って、

漸次に知る努力を必要とする。しかし、真理を直接に見た瞬間には、文字

や言葉は不要になってしまう。真理が姿をあらわしたとたんにそれを見る

のは体験的な直観である。直観はすなわち頓悟である、といいます。

 

ここから、禅宗というものが形成されていったようですが、最初は南宗禅と

北宗禅の二つの流れがあったということです。しかし、「無為自然」を説く、

より頓悟的といえる南宗禅が、修行として座禅を位置づける北宗禅に勝利し、

北宗禅はやがて消滅していったようです。

 

かくして、禅は、悟りを得るための修行としての座禅を否定することになる

とすると、その何事も思わない無念の禅と荘子のいうところの自然と同化

するような「座忘」とはきわめて近いものになっていくように見えるの

ですが、違いがあるのでしょうか?

 

森三樹三郎氏は、南宗禅は、修行法としての座禅を否定し、その点で荘子の

立場に接近したことは事実であるが、あらゆる努力や修行を不自然な人為と

して排斥する荘子とは異なり、戒律や座禅が無用のものとして捨てられたか

といえば、決してそうではない。おそらく、修行や座禅に「とらわれるな」

というだけで、やはり実行していたのではないだろうかと述べています。

 

さて、一切の人為を否定し、あらゆるはからいを捨てる点において、荘子は、

禅よりもより浄土教に接近しているということですので、浄土教と老荘思想

について触れておきたいと思います。

 

今まで、浄土教と老荘思想の関係は、ほとんど問題にされてこなかったと

いうことですが、それは主に中国の浄土教がある程度の発展を見せながら、

一定の段階で停滞してしまった結果によるようです。

 

しかし、浄土教の根本経典、浄土三部経の一つである大無量寿経を見ると、

サンスクリット原本にはないにもかかわらず、漢字への翻訳に際し「自然」

という語がきわめて多用されているということです。それは、当時、あた

かも老荘思想の興隆期にあたっていたようであり、それが当時の流行語で

ある「自然」を多用する結果を招いたのではないかとされています。

 

また、輪廻や因果応報というものを仏教思想になじみの少ない中国の人々

に分からせるために相当な量の解説文が挿入されているということであり、

そこにも、訳者が老荘思想を駆使して読者の理解や共感を得ようとした

形跡が多々あるといわれています。

 

こうして、翻訳された浄土教の根本経典「大無量寿経」は自然や無為自然の

語がおびただしく現れるという結果をもたらしたが、それが一言一句すべて

仏の口から出た尊い説法であると信じられていたということです。

 

さて、他力易行と浄土往生とを浄土教の生命とするなら、中国浄土教の祖は

北魏の曇鸞という僧になるようです。

 

仏道には、難行と易行の二道があるとするインドの竜樹の説を受けて、難行

道を自力に、易行道を他力にあてるとともに、この世で不退の境地を得よう

とするのを難行道、浄土へ往生してのち不退の境地を与えられるのを易行道

にあてることにより、これにより他力易行による浄土往生という浄土宗の

基礎を築いたとされます。

 

しかし、曇鸞の他力易行には不徹底な点を残していたようです。つまり、

曇鸞は、阿弥陀仏を心中に深く思い、他の雑念を交えない一心不乱の三昧

を必要不可欠としていることから、それは凡人では困難であり、その意味

では難行道ではないかということです。

 

また、曇鸞は当時の神仙説、ないしは道教信仰の影響を色濃く残していた

ともいわれます。もっとも、曇鸞の伝記には矛盾が多く、断言はできない

ようですが、彼には神仙術ないし道教と不可分に結びついている中国の本草

や医学に関する著述があり、道教に心を寄せていたという可能性は否定

できないようです。

 

その後、民衆の間に浄土教を広め、大成させていったのは、道綽とその弟子

善導という人であったが、まだ、そこには延年益寿という道教信仰への妥協

があり、念仏に自力的要素を残しているなど、 不徹底な部分を残していて、

浄土教が真に徹底して完成するのは、我が国の浄土宗および浄土真宗の成立

を待たなければならなかったようです。

 

そこで、最後に、親鸞と自然法爾の思想に少し触れておきたいと思います。

 

森三樹三郎氏は、親鸞は、最晩年、真の仏とは無形の道理、真理そのもの、

「自然」にほかならないというところまで到達したといいます。神話中の

阿弥陀仏は、実は、この自然という真理を理解させるための手段であり、

方便にすぎないとするものです。

 

では、形なき阿弥陀仏である自然とはどのようなものであるのか、そもそも

阿弥陀が自然と呼ばれるのはなぜかということになります。

 

それに対しては、森氏は、次のように述べています。

 

救いの境地が自己の努力によらず、かえって「はからい」を捨てるところに

あらわれる、つまり、無為によって達せられる。このように人為を放棄して

得られた自然は、「必然」に通ずる。必然の法則は、自己の努力を放棄する

ところに姿をあらわすのであるから、自己に対する他者として意識される。

他者とは自然必然の法則のことである。しかし、その他者としての意識は

最後まで持続するのではない。自己は他者のうちに溶解し、自他の差別は

なくなる。この自然必然の法則は、生と死のいずれをも包括する無限の

ひろがりをもつものである。しかし、この死の肯定は生の否定に結びつく

ものではない。

 

このように、自然必然の法則に抵抗する私意のはからいを否定し、自然の

ままに生死を迎えようとするのが親鸞に立場であったとしています。

 

そして、もし親鸞の浄土教が、その究極において死の運命の肯定の上に

立っているとすれば、それは期せずして荘子哲学の立場に一致するもの

としなければならない。むろん、親鸞は荘子の思想を知っていたとは思わ

れない。にもかかわらず、究極において荘子思想と合致したのは果たして

偶然なのだろうか? そうではなく、やはり、中国以来の浄土教の本質の

うちに荘子思想と共通するものが奥深く秘められていたと考えたいと述べて

います。

 

さて、どう考えるべきなのでしょうか?









 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体