「ケルト神話の世界」


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 ケルト神話の世界1
 
 
少し前、北欧神話について紹介したところですが、「ラグナロク」、

すなわち、人間世界と神々の没落に関する神話について、研究者の間で、

ヴァイキング時代にキリスト教の影響下で創造されたものとする見解と、

これらの表象を、北欧の太古の土着的な根源から流出してきたものと

見なす見解があるということでした。

 

しかし、アルセル・オルリックは、著書『北欧神話の世界-神々の死と

復活―』のなかで、今までどちらの側でも、問題全体の総合的な論及は

行われなかったとしながら、エッダ以外の北欧の民族信仰などの基礎資料

をも検討した結果、「ラグナロク」が全体としてキリスト教起源を有する

確率は決定的に失われたと述べています。

 

そして、彼は、北欧の「ラグナロク」はその根源をキリスト教には有して

おらず、関連しているのは他の民族の太古の諸表象であると結論づけて

います。

 

そして、他の民族の太古の諸表象とは、一つは、西方からのケルト的流れ

であり、もう一つは、東方からの流れであるというのです。

 

よって、今回は、ケルトとは、そしてケルト神話とはいかなるものかを

探ってみたいと思います。

 

そもそも、ケルト人とその文明とはどのようなものだったのでしょうか?

 

ケルト人の文明は、今はヨーロッパ人にさえ忘れ去られてしまっているが、

紀元前8世紀から3世紀の間に徐々に広がり、一時、ヨーロッパの三分の

二を覆うに至ったということです。

 

その後、ゲルマン人に圧迫され、西へ移動し、そして、紀元前1世紀に

ローマに征服されるのですが、過去の繁栄の事実は忘れ去られ、ケルト人は

森に住みイノシシを食べていた野蛮人で、彼らに文明をもたらしたのは、

ローマ人だなどと思われているようなのです。

 

しかし、『ケルト神話の世界』の著者、ヤン・ブレキリアンは全く逆だと

言います。

 

「ケルト人は森の奥に留まって狩猟生活を営むどころか、われわれ同様に

土地を耕し、広大で豊かな畑と牧草地を保有していたのである。彼らは

農耕においても、産業においても、明らかにローマ人よりはるかに進んで

いた。」

 

「そればかりではない。彼らはそれにもまして科学的知識(天文学、自然

科学、そしてとりわけ医学)と形而上学的思弁の領域においてラテン人に

優っていた。」

 

「また芸術の分野において見ても、その先駆的シュールレアリスムとさえ

言えるケルト芸術は、ローマ人によるギリシャ美術の野暮ったい模倣より

も、はるかに独創的で魅力的なものではなかったろうか」としています。

 

また、ケルト民族の過ちは、民族的統一を実現できなかったことだという

主張に対しては、彼らがそうすることができなかったのではなく、そういう

ことに少しも執着しなかったのだと言い、

 

「中央集権的国家管理主義の諸悪は、ローマ人の帝国主義政策によって

ケルト世界に押しつけられたものであったが、彼らにとってそれは決して

喜ぶべきことではなかった。ローマ人の侵略以前には、我々の祖先は自由な

空気の中で生活し、各部族は自分たちの利害のみを管理し、公共の利益に

とって最低限必要なものしか連合体に対して譲歩することはなかったので

ある。これらの部族の連合体は、非常に例外的な火急の場合にのみ、断固

たる軍事行動をとるため団結したのだ」と述べています。

 

では、政治的統一なくして彼らを緊密に結びつけたものは何だったので

しょうか?

 

それは、言語、そして何よりも宗教であったのです。古代の作家たちの

証言によると、ケルト人は最も信心深い人たちだったということであり、

彼らの社会には、絶対の権威を持つ、よく組織されたドルイド僧の階級が

存在したということです。

 

僧侶であると同時に学者でもあるドルイド僧たちは、礼拝を司る祭司、

占い師、政治的指導者たちの助言者、裁判官、医者などの役割を兼任する

のみならず、何よりも思想家であり、アカデミックな教育者であったと

されます。

 

また、ドルイド僧たちは秘儀伝授を受けた人たちであっとされ、長期に

わたる学問、修行の後に、自然科学や哲学の分野における高度な知識のみ

ならず、今日、「超心理学的」と呼ばれるような能力を獲得したとも言われ

ています。

 

ただし、彼らは秘儀に通じていない人々に、その能力を超えた真理を明かす

ことによって彼らの知識の価値を下落させることを望まなかったようです。

 

よって、ケルト人の宗教は本質的に、秘儀を伝授された人々、つまり、それ

を誤って解釈したりしないだけの知的訓練を受けた人のみ開示される秘教的

な教えと、もっと分かりやすく基礎的な大衆向けの一般的な教えとの両方

から成り立っていたということです。

 

しかし、現在、一般的な、大衆向けの教えの内容をなしていた神話について

の断片的な知識が残されているだけで、秘儀については全く何も知ることが

できないのです。

 

なぜなら、ケルト文明は、不幸なことに相次ぐローマ人とゲルマン人の侵略

によってほとんどすべて破壊され、消滅してしまったからです。

 

そして、この破壊と消滅から逃れたのは、わずかに、世界の果てに位置して

いた極西の地域、アイルランド、スコットランド、マン島、ウ―ルズ、

コンウール、そしてフランスのブルターニュ半島だけであったという

ことです。

 

これらの地域にはケルトの言語とともに、ラテン民族とは全く異なる慣習、

伝統、考え方、信仰、そして伝説等、生と死と超自然的なものに対する

ドルイド僧の観念が根強く生き残っていたのです。

 

しかし、この厳密な意味でのドルイド教はキリスト教化の波によって呑み

込まれていくことになります。

 

さて、このような背景を持って形成された古代ケルト人の神話は、インド

-ヨーロッパ神話圏という同じ根から発しながら、ギリシャやローマの神話

とも、またゲルマンの神話ともほとんど似ていないとされます。

 

ヤン・ブレキリアンは、<幻想的であり、熱狂的であり、時として奔放で

露骨、そして多くの場合感動的であるケルトの神話は、われわれに伝えられ

たその断片の相互のつながりがよくわからないだけに、ますまずわれわれを

当惑させ、ちぐはぐな印象を与える>としながら、<たとえ、われわれが

これらの断片をつなぐ連鎖を見出したとしても、これらの神話が見事に構築

された論理的な一つの全体像をわれわれの前に現すことはないだろう。それ

はケルト人の気質に反したことだからである。ケルトの芸術がそうである

ように、夢や空想に傾きがちな民族の奔放な想像力から生まれたケルト神話

は、人間や動物の絡み合う渦巻きであり、それらは交錯し、枝分かれし、

混じり合いながら蛇行してゆき、遂には結末(それがあるとしてだが)さえ

分からなくなってしまうのである>と述べています。

 

ところで、シュメールやエジプト、ギリシャの神話に比べて、ケルトの神話

があまりにも知られていない最大の理由は、ケルト人の文学がすべて口承に

よるものだったためだということです。ただし、彼らが文字を知らなかった

というのではありません。

 

彼らは墓碑や、貨幣や、商取引などは文字を用いていたが、宗教的であれ、

歴史的あるいは科学的であれ、何らかの教えを伝達する目的で文字を使用

することは、ドルイドたちによって禁止されていたのです。

 

「彼らはあらゆる知は卑しむべき物質によってではなく、精神の中でこそ

維持されねばならないと考えていた。知を蝋や羊皮紙に託すなどということ

は知を辱めることだったのである。それは知を一般の者たちの手によって

汚させるのみならず、知を殺害してしまうことになるからである。その時、

知は生成し続けることをやめ、永遠に氷ついてしまうのだ」とヤン・ブレ

キリアンは述べています。

 

したがって、知識は記憶によって、それを受け継ぐ価値のあると認められた

者にのみ伝えられるべきものであるとされ、すべてのドルイドの教えは詩の

形になっていたのであり、それを学ぶ者たちは何万もの詩句を暗記しなけれ

ばならなかったのです。

 

だが、この口承による伝承はキリスト教の制覇とともに途絶え、ケルト人

の文学的遺産の大半は失われてしまったということです。

 

次回は、以上のような背景を踏まえ、ケルト神話の具体的な内実について

触れてみたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
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予定論・ユダ・和解論-「使徒的人間」4-


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カールバルト1 



予定論とは、古来、キリスト教会の歴史を貫く重要な思想であり、それは、

一言でいえば、人間の救いが全く神の選びのなかにあるという教えです。

 

つまり、人間の意志や能力によるのではなく、神によってあらかじめ定め

られた人間の救いと滅びの区別といえるものです。

 

このような神的な選びと棄却としての予定論(「二重の予定論」と呼ばれ

る)は、西方神学の確立者アウグスティヌス、中世のトマス・アクィナス、

ルター、カルヴァンなどの神学までひきつがれて教義とされます。

 

しかし、このような選ばれたものと捨てられたものという決定論は、とき

に教会の聖職者のおごりを生み、人間の意志と自由を完全に圧殺するもの

として受けとめざるをえない側面があったがゆえに、近代の人間中心主義

の考え方が、このような教会の宣教と対立することになるは必然ですが、

バルトの批判は、そのような近代的な人間観にしたがってなされたもの

ではないようです。

 

彼は、『教会教義学』の「神論」において、古典的な予定論を正面から

批判検討し、その聖書的な意味に立ち戻ることで、この教説を一度解体

して組み直すということを行ったのです。

 

では、バルトはどのように予定論を刷新したのでしょうか?

 

バルトは、まず、アウグスティヌスのところで、すでに神の選びと棄却と

いう概念の宿命的な分割が語られており、それは聖書の証言からの逸脱で

あると指摘するのです。さらに、トマス・アクィナスにおいて神の断罪と

棄却の暗い面が強調され、宗教改革者たちもまたこれに与したために、

予定説は、喜びと驚愕、救いと災厄の、その両方が成立するかのような

「中立的」な真理となったというのです。

 

しかし、バルトは、聖書が語る福音は、決してそのような「然り」であり、

「否」であるような二重性でないことを明らかにするのです。

 

聖書の証する神とこの世界の間の歴史は、神とひとりの人間(イエス)

及びイスラエルの民との間で起こる原歴史のゆえに起こる。そこに生ずる

のは、あくまでも「然り」であって、「否」ではない。イエス・キリスト

あっての神の決断は、絶対的な恵みであり、あくまでも光であって闇では

ないということです。

 

この原歴史の場所、イエス・キリストとその民の間で起こった出来事に

ついて、富岡幸一郎氏は、次のように述べています。

 

『使徒的人間』のなかで、「バルトは、そこでたしかに「選び」と「棄却」

ということが起こったという。神の永遠の予定はたしかに「選び」と

「棄却」ということがおこったという。神の永遠の予定はたしかに「二重

の予定」であった。しかし、それは伝統的な予定論のいう神による「選ばれ

た人間」と「捨てられた人間」という区別、分割ではない。「然り」と「否」

が人間の頭の上で分けられるのではない。イエス・キリストにおいて起こっ

たことは、神がその自由な意志によって人間に向かい、自ら肉を取り、人間

の姿になり、罪人の一人となったということだ。」

 

「つまり、イエス・キリストにおいては、神は自らを死に引き渡したので

あり、自身において「棄却」を選んだのである。神は全き自由によって、

人間のための神たるべくこの棄却の道を下り、進んだ。そして、そのこと

によって罪人であり、死に引き渡されている人間を恵みの「選び」の道へ

と引き上げた。イエス・キリストにおいて起こったのは、神が失い、人間

が獲得するという、そのような「棄却」と「選び」の驚くべき「交換」で

ある。」

 

かくして、バルトはあらためて聖書に聞き従うなかで、使徒たちの眼差し

へと立ち返ろうとし、そのことで伝統的な予定論の枠組みを突き破った

ということです。

 

さて、「イスカリオテのユダ」とは、従来、イエス・キリストを売った

裏切り者、さらには悪魔の化身であるとさえ言われ、ユダヤ人全体の

代表者のごとくにされている存在です。

 

しかるに、バルトの神学にとってユダとはいかなる存在なのでしょうか?

 

バルトは、まず、新約聖書が、ユダについて報告している際の平静さに

注目し、「このユダがイエスを裏切ったのである」(マルコ)、「イエス

を裏切ったイスカリオテのユダである」(マタイ)、「後に裏切り者と

なったのはイスカリオテのユダである」(ルカ)というふうにこれ

まで「裏切る」と訳されてきた言葉は、もともと強調の少ない言葉

で、「引き渡す」というほどの意味であることを指摘するのです。

 

バルトは、次のように述べています。

 

「ユダは、イエスをまさに、「ただ」引き渡しただけである。彼はヨハネ

18・3以下によれば、イエスが捕らえられる際には、ただ、傍観者の

役割しか演じていなかった。また、彼がイエスを捕吏どもに、共観福音書

の報告によれば、有名な接吻でもって、知らせた時、そのことの中で、

イエスに最も近づいた使徒となった。そこからして彼がこの「引き渡し」の

決定的な歩みをなした。このこと、このことだけが、ここでの本質である。」

 

イスカリオテのユダは、自らを呼び出し召喚したイエスと共に、自分自身の

考えと計画によって行動しようと企てたが、このことがまさに彼の罪であり、

汚れであり、自分自身を使徒として不可能にした。しかし、ユダは、彼も

また「選ばれた者」、「使徒」であったことには変わりはなく、バルトは、

「引き渡し」という言葉が、同時に、使徒的な奉仕の特徴を表している

ことに注目するのです。

 

この「引き渡し」という概念が、ユダにおいては完全に否定的な意味を

もっているが、他方にあっては、全く積極的な使徒的人間の活動の本質を

物語るものだということです。

 

<まさにユダ、この無類の罪人こそが、― その比較を絶した罪にもかか

わらずというのではなく、むしろ、そのような罪の中で、― 神の意志が

決定的なところで出来事となって起こることに対して、手をかしたのでは

なかったか。そこには、何も聖列に加えられるべきものはないし、また、

軽蔑すべきものもない。そこではただ神の認識と崇拝、神に栄光を帰す

ことしかできない。そのような神の認識、崇拝、栄光を帰すことに相対

して、人間ユダは、彼がなしたことをもって、明らかにあのような捨て

られた姿で立っている><ユダ、彼こそが明らかに捨てられた姿の中で、

パウロもペテロもそうでなかった仕方で、神の奉仕者となる><そのこと

は彼の人格に関して結果として何が生じてこようと、妥当し成り立つので

ある>とバルトは述べています。

 

もっとも、このように、バルトが『教会教義学』の「神論」において、

ユダを論じたのは、決して「ユダの弁護人」になるためではなく、そこ

で明らかにされたのは、「使徒」とは本来何かということだったのです。

 

富岡幸一郎氏は「使徒的な伝えるということは、新しい何か、特別な何か

ではない。また、決して独立した実在でもない。使徒的な伝えることとは、

神が、神的な仕方で与えられたことを人間的に手渡すことでしかない。」

「キリスト教の二千年の歴史のなかで、なお闇であり、神によって捨てら

れた者として忌避されてきた呪いの息子ユダ。彼にたいするその血の憎悪

がユダヤ人の血という全体へと波及することで生まれた宗教的反ユダヤ

主義の歴史。バルトは二十世紀のユダヤ人の現実に対して、その宗教的

倒錯を解体し、聖書に立ち戻り、イスカリオテのユダの根源的な使徒性を

あきらかにしてみせた」と述べています。

 

さて、もう一つ、バルトが『教会教義学』において最後に行った論述である

「和解論」について触れておきたいと思います。

 

バルトは、「和解論」の冒頭で次にように述べています。

 

<「神われらと共に」ということは、神われらの上にとか、神われらの傍に

とか、我らの前にとか、われらの後にとかいうことよりも以上のことである。

それは、神が人間として、しかも神的主権をもって、われわれの事柄を引き

受けるために、人間となったということである。>

 

<われわれが神を侮り、怒らせ、その前に失望し、自分の価値を踏みにじり、

清浄性を失い、救済を失い、そのために自分の被造物的存在を致命的に損

なうことによって、無力化し虚脱してしまったとき、まさにそのときこそ、

神はこのような人間として現れた。われわれすべての者の居る場所は、

そこが明るくなるためには、神自身が入り来たって座を占めねばならぬ

ほど暗い。したがって、キリスト教の「神われらと共に」という言葉の

認識においては、神の恵みの主観に対する深い驚愕、われわれ自身の悲惨

に対する深い恐怖が、なければならない。>

 

つまり、「和解論」が主題とするのは、「神われらと共に」という聖書の

言葉が語るところの、すなわち、絶対他者としての神が、人間と共に、

すべての被造物と共にあるという、その出会いと共同の歴史そのもので

あり、「神われらと共に」ということが、何らかの状態を示すのではなく、

ひとつの出来事であることをバルトは強調するのです。

 

さて、では、このような主張の背景には、どのような事情があったので

しょうか?

 

それは、レッシングという哲学者によって立てられた、「自分で事実として

見とどけなかったことを、証できないことを、われわれはどうして真実と

考えることができるだろうか?」という根本的な疑問、つまり、イエス・

キリストという二千年前の「偶然的な歴史的現実」が、どうして今日の

人間に関りがあるのか、現代人にどのような普遍性をもって妥当するのか、

という深い溝の指摘、そして、この「レッシングの溝」を越えようとして、

近代において歴史的イエスが語られ、また、聖書の非神話化と実存論的解釈

がなされるという状況に答える必要があったようです。

 

<その困難さは、端的に言って、われわれ人間の場所の中で起こったこの

出来事そのものの奇異性と非親近性にあるのではないだろうか。その歴史的

な古さと一回性のためではなく、それ自身の本性のために、あの出来事は謎

となり、われわれの領域、時間、空間の中での「迷い子石」のようなものと

なるのではないであろうか>とバルトは述べています。

 

つまり、レッシング的な問い、それは「かつて」と「今」の時間的へだたり、

歴史的なへだたりを問題化するが、バルトは、この「問い」自体があるレト

リックを含んでいると指摘します。たしかにそこで問われているのは「距離」

の問題であるが、そのとき時間的距離の大きさは、本質的に重要でない。

なぜなら、この距離、へだたりは、二千年という時間のなかにあるのでは

なく、キリストの出来事の中に、和解の出来事そのもののうちに、その基礎

をもっているからだというのです。

 

富岡幸一郎氏は、「人間の場所に現れ、人間の場所でわれわれのために行動

し、語るところの神の存在。それは、しかし人間が自分の所有物としたり、

内在化したりすることのできない「他者」としてある。この神と人間の両者

の間における他者性としての「遠さ」こそがレッシング的問題の真の姿なの

である。」

 

「つまり、「レッシング問題」とは、たんに近代的な歴史観や人間中心主義

の意識の産物ではなく、神の越境という出来事それ自体がもたらす「おそれ

とおのの」(キルケゴール)から逃れようとする、人間の普遍的な不安の

産物である」としています。

 

かくして、バルトによると、<「和解」とは、その言葉通りの元々の意味

では「交換」ということである。神と人間の間の契約の恢復と革新とは、

神の卑下を人間の高挙と換えるというこの交換のことである。神は異郷に

赴き、人間は帰郷する。この二つのことが、ただ一人のイエス・キリスト

において起こったのである。したがって、そこで起こったことは、互いに

続いて起こる二つのちがった活動ではなくて、ただ一つの活動である」

ということになります。

 

以上、カール・バルトという人の思想を、とりわけ、「宗教的人間」では

ない、「使徒的人間」とは何かという視点からそれを見てきましたが、

もう一度、「使徒」とは何か、「使徒的人間」とは何かを、振り返って

おきますと、「使徒というものはプラスの人間ではなく、マイナスの人間

であり、そのような空洞を露呈する人間である。この空洞でもって彼は

ほかの人々を益する」(バルト)ということになるようです。

 

バルトが呈示したのは、ルネッサンス、啓蒙主義以来長らく続いた、神の

領域を凌駕しようとするかのような独創性を求める「天才」の時代、繰り

返し新たな思想を探究する時代の終焉だということです。そして、そこに

登場するのは、自分のうちにあるものを語る、新しい何かを語ろうとする

「天才」ではなく、自らは空洞であり、そのことによって神から手渡され

た真理の言葉を「引き渡し」ていく、イスカリオテのユダを最初とする

「使徒」的な人間の姿であり活動だということです。

 

 
 
 
 
 
 
 
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「自由」の意義と「自然神学」批判-「使徒的人間」3-


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イエス受難 




16世紀に入ってしばらくした頃、当時の西ヨーロッパで有名な人文学者で

あったエラスムスと、マルティン・ルターとの間で、一つの論争が行なわれ

たということです。

 

それは「自由」をめぐる議論であったが、エラスムスは、人間の自由意志

ついて、<聖書は人間の自由意志を肯定するのであり、人間は神の前に

あっても、なお、それなりに理性の能力を発揮できる。神の絶えざる恩恵

のなかで、それは効力をもち、善をなしうることができるのである>と

述べたそうです。

 

これに対してルターは、人は罪のうちにあることで善に対する能力をもち

えない。人間の意志とは不自由なもの、すなわち、奴隷的意志にほかなら

ないと反駁したのです。

 

ルターは原罪を強調し、人間は神との関係において何かをなしうる能力を

全くもたないというのです。なぜなら、「私たちは、神の力と私たちの力、

神のみわざと私たちのわざ、との間に、きわめて明瞭な区別をつけておか

なければならない」からであり、「神の義が人間の頭脳によって義だと

判断されるようなものであるなら、そんなものはたしかに神の義ではなく、

人間の義と何ら異なるものではない」からだそうです。

 

むしろ、神の義は、人間の奴隷的意志としての「自由意志」を電撃的に

打ち砕くのであり、そこにおいてこそ神の恩恵が働き、人間の自由が

約束されると主張しています。

 

富岡幸一郎氏は、『もちろん、ルターは人間の自由を否定しているのでも

なければ、性悪説の立場に立っているのでもない。人間の自然的能力と

しての「自由意志」は、いかに善なる徳行をなそうとも、自己自身を

追求する罪に陥っており、「すべてに優って自己を愛することしかでき

ない」その意志のなかに、神への反逆性が生じる』としているのだと

言います。

 

よって、宗教改革とは、中世のキリスト教(カトリシズム)に抵抗して、

プロテスタントというキリスト教の別派宗教をつくったのではなく、

それはキリスト教そのものを宗教的状態から解き放つことによって改革した

のであり、それは、人が自らの力で自分の「自由」を手に入れようとする、

あらゆるかたちの宗教的営為に対するプロテストであったということです。

 

もっとも、ただ信仰によって人は義とされるという原理は、人間の具体的

な働きや営みを否定するものではなく、人間の自由意志、その可能性の

最高のものたる、それゆえに最悪のものである宗教から解き放たれる

ところで、むしろ、人は自由を見出し、そこではじめて神によって贈られ

与えられた自由を生き、行為することができるということなのです。

 

さて、バルトもまた自由というものが自然の権利でもなければ、人間の

所有物でもなく、神から与えられた「神の自由」という贈物であると

述べています。

 

<われわれは、人間を飛び越えて思弁を行うのではない。また、人間と

その自由を無視するのでもない。むしろ、われわれは、先ず人間の神で

ある方について問う場合にこそ、すなわち神自身の自由について問う

場合にこそ、具体的に、人間を 真に自由な人間を、求めまた見出す

のである。>

 

つまり、バルトは、自由について語るとき、人はまず人間からではなく、

神について語らなければならない、神自身の自由からはじめねばならない

といいます。

 

しかし、神の本質、ことに神の自由の本質を「絶対他者」とか、「超越」

とかいう概念で言いかえることもできないのです。

 

というのも、それらの概念は死んだ偶像を表すことができるからですが、

それに対して神の自由とは、「……からの自由」ではなく、「……への

自由」、「「……のための自由」というかたちをとるからだというのです。

 

<具体的には、それは、人間のための、人間との共存のための神の自由で

あり、人間の契約の主として 人間の歴史の主として、またそれに関与

する方として、自身を選び規定されたということである>とバルトは

述べています。

 

人間に関わる神は決して疎遠な「絶対他者」でもなければ、何か抽象的な

超越でもない。それはイエス・キリストというはっきりした名を持つ、

イスラエルという一つの民族と神との契約から出発し、地上的・歴史的な

現実存在のかたちをとるところの、観念ではなく、出来事であるという

ことです。

 

かくして、人間はこの出来事、歴史のなかで、自由を神によって贈られる。

それは人間の自由意志とは何のかかわりもない。人間があらかじめ所有

したり、取得したりするものではない。それはただ受領することができる

ものなのだとしています。

 

いいかえれば、神からの贈物としての「自由」は、神自身の自由によって

区切られ定められた場所の中での自由である、つまり、被造物の「自由」

であり、神によって区切られ保持された場所のうちにこそ、被造物として

の人間の自由があるというのです。

 

人間は意味もなく、この世界のうちに投げ出されたものであるから、自ら

の決断によって主体的な生き方を刻々に選択していかねばならないという、

実存主義的な自由の概念は、むしろ仮象だということになります。

 

なお、バルトは、生涯にわたってモーツァルトを愛したということですが、

モーツァルトの音楽について、<モーツァルトの音楽にあらわれる自由―

それはまさに神から贈られた被造物の自由の世界の世界である。その音楽

が奏するのは、ただの優雅でも、ましてデモーニッシュなものでもなく、

神の自由を、地の上にあって受けとめ、そのことから人間の本姓を輝かす

ことがゆるされた自由の世界である。バッハの音楽がもし宗教的人間の音楽

であるというならば、モーツァルトのそれは、あらゆる宗教から解き放たれ

た、使徒的人間の音楽といってもいいだろう>と述べています。

 

さて、バルトは、「自然神学」とは、いかなるかたちをとるものであれ、

人間の持つ「いろいろな自由」の捏(ねつ)造の可能性の延長線上に

あって「神」を捉えようとする思想であると断言しています。

 

では、そもそも、「自然神学」とはどういうものなのでしょうか?

 

自然神学とは、トマス・アクィナスの神学に典型的に示されるもので、

人間が生まれつきもっている理性によって神の存在を捉えることができる

という考え方です。理性は神の存在を確証することができる。なぜならば、

神と被造物(人間)のあいだに、その存在の類似性(アナロギア)がある

からだというのです。

 

トマス・アクィナスはアリストテレスの哲学を神学に持ち込むことで、

人間の理性では自然的に神を認識することできず、神の啓示と恩寵に

よらなければ、神を知ることができないというアウグスティヌス的な

信仰理解を越えようとしたということです。

 

これに対するバルトの『教会教義学』等における自然神学批判は、(「自然

的」という概念にはプラトン主義的な「理性的」という意味があるよう

ですが)人間理性によって捉えられる「神の知識」という教義を打ち破る

ものであり、人間から神に至る道をつくりあげようとする、あらゆる

「体系」的思考への批判なのであった、と富岡幸一郎氏は述べています。

 

ただし、それは決してプロテスタント主義の立場に固執することで、ローマ

・カトリックの神学を批判したのではなかったようです。

 

そもそもバルトの自然神学に対する拒否は、カトリック神学に対してより、

弁証法神学者と呼ばれるグループに属するとされ、かつてバルトの『ローマ

書』を高く評価したとされるエミール・ブルンナーとの論争において神学界

の注目する所となったということです。

 

ブルンナーは、宗教改革の流れを汲む神学者として、当然のことながら人間

の原罪を見つめ、人が神の前で罪人でしかないことを認めつつも、主体で

あり、理性的存在であることを主張するのです。人間存在とは、その主体

とは、神の言葉と聖霊を受けることのできるということを承認する者のこと

であるとして、「自然神学」へ立ち返ることを主張したのです。

 

なぜならば、キリスト教が現代において、「神」をどのように語るべきか

という「語り方」が問題になっている、つまり、神と人間の絶対的な差異

ということを語るだけでは、現代への宣教にはなりえないのではないか。

キリストにおける神の啓示という出来事の、その狭さのなかで、はたして

教会は宣教することができるのか。人間の、その自然性(理性)のなかに

ある神との「結合点」を認めることで、はじめて信仰の可能性があきらかに

されるのではないか、というのです。

 

これに対してバルトは、人間は神の前にあっては罪人であり、自らの力で

自分を義とすることができない。人間の行為(業)による義認を否定した

この宗教改革の思想にブルンナーも立っているならば、人間の側の、神の

啓示を受け取る可能性も全く同様にこわれていると考えるのが当然では

ないのか。どうしてそこで人間の理性のうちに「神に呼びかけられうる

能力」、すなわち「結合点」などというものが存在するのか。それは神の

啓示の出来事に並んで、「人間性」というもうひとつの「啓示能力」を

つくり出すことではないのかと批判したのです。

 

また、自然神学における、神の啓示の出来事のなかにのみ信仰の基礎と

理由づけをもつことができないという神学的態度が、啓示と民族あるいは

国家といった二元論を生むと批判するのです。

 

富岡幸一郎氏は、「バルトにしてみれば、ブルンナーのように啓示の外に、

人間の理性のうちに、「神と「人間」をつなぐ「結合点」の役割を与える

ことは、文字通りアンチクリストの思想以外の何物でもなかった。それは

あの十戒の第一戒(あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはなら

ない)を否定する思想である。「自然神学」はそのとき「悪魔学」となる」

と述べています。

 

そして、ブルンナーのいうところの、「神」をどのように、いかに「語る

べきか」という問題提起に対しても、そこには近代的世界のなかで「神」

を弁証しようとする姿勢があるのではないか。結局のところ神の弁証学と

いう抽象に陥るのではないか。「一般的に神について語る」ということが、

神学的・教会的実践として必要だという思い込みによるものではないか

と反駁するのです。

 

ともかく、「いかに」を問題にしなくてはならないのは、神学が「神は

どのような方であるか」ということではなく、「果たして神は存在するか」

という問いの方に関心があるからであるが、バルトはこのような「問い」

は神学的に倒錯したものと見なすのです。

 

「信じる」ことよりも先に、「神の存在」を弁証論の下におこうとすること

は、必然的に人を何らかの自然神学に連れ込むことになるとしています。

 
 
 
 
 
 
 
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「宗教」、或いは「宗教的人間」批判-「使徒的人間」2—

 
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カール・バルトが、彼自身が育った自由主義神学という潮流から180度

方向転換をしていくことに対して大きな影響を及ぼした人物として、宗教

改革の時代のルターやカルヴァン以降の人である、ブルームハルト父子と

いう存在を無視できないようです。

 

ブルームハルト父子の信仰は、近代2百年来の「神」を人間主体の理性や

感情によってとらえる方向にあった「キリスト教」を正反対の、使徒たち

の時代のように、理知よりもむしろ祈りによって、神の国を待望する終末

論的な信仰を現代において体現するものであったということです。

 

子ブルームハルトは、次のように述べています。

 

<宗教改革の時代は終わりました。私どもが必要なのは、神ご自身です。

イエス・キリストそのものです。死人のなかから蘇られ、やがて現れる

キリストです。そして、他のすべてのものは消え去るのです><すべて

のものが鋳直され、変形され、霊の中に捉え込まれなければなりません>

 

富岡幸一郎氏は、『バルトは、ブルームハルト父子において、「イエスの

出現によって単に心情の問題が提出されたのではなく、力の問題が提出

された」とのちに語ったが、この「力の問題」としてのキリスト教信仰

こそ、ながいあいだ忘れ去られてきた使徒的な人間の活動の源泉であった。

それは魂だけでなく、肉体の存在、いや被造物としての人間の全存在を

「具体的に助け給う」主イエスの力である。ブルームハルト父子は、あら

ゆるかたちの近代主義の空間を突破し、時空を走り抜け、使徒たちの時代

の空間へ、主イエスの勝利の、その「活動性」のただ中へ立ち返る。そして、

この驚くべき信仰覚醒運動の道こそ、つまり(子ブルームハルトがいる)

バード・ボルへの道こそ、若きカール・バルドにとってのダマスコの道で

あった』とバルトに対するブルームハルト父子のインパクトについて

語っています。

 

さて、ダマスコの道とは、キリスト者を迫害していたユダヤ人パウロが、

ダマスコへの途上で、突然天から光を受けて地に倒され、決定的な回心

(えしん)を体験したことを指しますが、バルトはパウロとは何者である

かについて、次のように明らかにしています。

 

<使徒となったパウロとは、自分自身の仕事を成し遂げることに熱中して

いる天才ではなく、自分が受けた委託に縛られたひとりの使者である。主人

ではなく下僕であり、王の仕官である。パウロが誰であれ、また何者でも

あろうと、彼の使命の内容は根本において彼の中にはなく、彼を超えた超克

しがたい異質者の中にあり、到達しがたい彼方にある。彼は、その召命を

自分自身の人生の展開のひとつの契機として意識することはできない。彼は

あくまで彼自身であり、人間は誰でも本質的に彼と変わるところがない。

けれどもそれと同時に彼は、自身の意に反し、また他のあらゆる人と違って、

神によって召されたのである。>

 

富岡氏幸一郎氏は、生粋のユダヤ人であり、律法主義者でキリスト教徒の

迫害者であったパウロの回心とは、ひとつの宗教から別の宗教への改宗では

なく、神の意志が律法を棄てて、キリストへの信仰に生きよ、との命令で

あること、その真理をまさに、「直接的な衝動」の体験として知ったという

ことであった。使徒たるべき召命を受けるとは、この神の力の介入によって、

その人の自己同一性から出ること、出ざるをえないことだ。使徒とはつねに、

自己を超越したこの呼び出しによって召喚され、そのような者たちとして

この世へ遣わされる。そして、パウロはサウロ(パウロのユダヤ名)に、

使徒的人間は宗教的人間と鋭く対立すると述べています。

 

では、宗教的人間とはどういう存在なのでしょうか、またそもそも宗教的

とはどういう意味なのでしょうか?

 

バルトは、「エヴァは初めて神と対向する者として現れる。神を拝みながら、

しかしまさに神を拝むことによって、前代未聞の向こう見ずな仕方で、

自分と神とを区別するのである」として、このエヴァの中に、創造された

世界における最初の宗教的人間の登場を見ているようです。

 

つまり、エヴァは自分を神から分かつ者として見るのであるが、そこに

生じた創造主との亀裂から、他ならぬ人間の可能性があらわれる。だが、

神を礼拝する姿勢は、そのとき不遜なものになる。なぜなら、自らが「神」

のようになり、善悪を認め、自分自身が裸であることを、滅び去る者で

あることを知るからだというのです。

 

よって、バルトは、人間がその可能性を最大限に発揮するとき、それは

必ず「神を拝む」姿勢となる、つまり、宗教的可能性としてあらわれる、

いいかえれば、宗教とは自ら神のごとくなろうとする人間の欲求が必然的

にもたらすものであり、そこにおいてこそ人間の不義が露呈し、人間の罪

が可視化するとしています。

 

かくして、バルトによると、「宗教はむしろ、人間の救われなさの発見で

ある。宗教は、享受したり讃美したりすべきものではなく、むしろ振り

棄てがたい苦しい軛(くびき)として担うべきものである。何人に

向かっても宗教を讃(ほ)めたてて、これをもつように望んだり薦め

たりすることはできない」ということになります。

 

ところで、このようなバルトの宗教批判は、いうまでもなく、キリスト教

の優越性を際立たせるための諸宗教批判ではありません。

 

むしろ、それは人間の敬虔や信仰心といった内面的なものに依存する近代

キリスト教批判であったが、かといって、バルトは宗教を脱して、非宗教的

にキリスト教を受けとめればよいなどと語ってわけでは全くないのです。

 

富岡幸一郎氏は、マルクス主義でさえ、ひとつの宗教あるいは宗教代替物

であったのであり、<『ローマ書』で繰り返し強調されるのは、いかなる

宗教批判も、最終的には宗教的である他ないという事実なのである。神に

むかって「拝む姿勢」をとろうが、反対に敵対する姿勢をとろうが、人間

は人間であることにおいて、あのエヴァの誘いのうちにあり、宗教的人間

たらざるをえない。><神を信仰しようが、無神論であろうが、宗教は

人間的可能性の「最後にして最高」の欲望としてあらわれ、それは最大

の可能性であるために、また最悪のものとなる。バルトはこの宗教の現実

を徹底的に暴き出す>と述べています。

 

なお、このようなバルトの『ローマ書』における宗教批判は、パウロの

「ローマ人への手紙」の第七章の解釈においてなされているということ

ですが、そこはパウロが特に律法について語っているところです。

 

律法とは、神がモーセを通してイスラエルの民に与えた掟ですが、ユダヤ
人にとってそれは絶対的なものでした。厳格な律法主義者、パリサイ派
の青年であったパウロ(サウロ)は、律法遵守を自らに課したが、彼が
直面したのは、実際の行いではそれは守りえたとしても、心の行為に
おいて、つまり霊的な次元においてこれを守りえる者は一人もいないと
いう現実であったのです。

 

もともと古代においては法と宗教とは別のものではなく、とりわけイスラ

エルの民にあっては、法は宗教のなかに含まれており、まさに律法こそは

神に言葉そのものであり、神のいましめであった。しかし、パウロは、

この律法によっては、ただ罪の自覚が生ずるほかはないこと、誰一人と

して神の前で義人たりえないという現実に逢着するなかで、律法を通して

人間の存在自体の罪、すなわち原罪を知ったのです。

 

<そしてカール・バルトもまた、このパウロの、義人は一人もいないとの

根源的な罪認識、律法によっては罪の意識しかあらわれないとの認識に立つ

のであるが、バルトが『ローマ書』でおこなったのは、この<律法>を

<宗教>と語り直すことによって、より徹底的かつ広範に、人間の存在

そのものの罪と死の姿をあぶり出すことであった>と富岡幸一郎氏は

述べています。

 

したがって、近代的世界観のなかで、宗教がなお意味を有するか否かと

いう議論は、バルトとは無縁であるということです。

 

たとえば、ミルチア・エリアーデの「聖と俗」のように、聖なるものは

古代社会における人類の宗教的な価値であったが、歴史の進展と共に衰退

して、近代の工業社会に至ってその影を没しようとしている、だからこそ

今日の「俗なる社会」に対して「宗教的人間」のあり方が想起され注目され

ねばならない、といった類いの宗教論は、バルトにとって問題にならない

のです。

 

反対に、むしろ、「宗教的なるもの」の再評価こそは、人間存在そのものが

「貪(むさぼ)り」であり、罪であり、それゆえに、その人間の可能性の

頂点たる宗教において、それが最高にして最悪のかたちであらわれるという

現実を忘却した、近代ヒューマニズムの一形態にすぎないと言うのです。

 

かくして、バルトの宗教批判とは、キリスト教、仏教、ヒンドー教と

いった諸宗教の優劣や形態を問題化したり、さまざまな宗教現象自体を

否定したりすることではなく、人間にとって、宗教が決して回避しえぬ

ものであり、それ自体いかに「聖なるもの」であったとしても、結局、

人間のその可能性が、罪人としての本性に基づくものにほかならない

ことを明白にしたのです。バルトは宗教の本源的な現実と意味を、二十

世紀のもろもろの宗教現象、また多様な疑似宗教現象の混沌のなかで、

パウロ書簡の原点からあきらかにして見せたということになります。

 
 
 
 
 
 
 
 
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「使徒的人間-カール・バルト-」


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「神の言葉の神学」と言われ、20世紀のキリスト教神学に大きな影響を

与えたとされるスイスの神学者カール・バルトについて書かれた富岡幸一郎

氏の著書『使徒的人間-カール・バルト-』を紹介し、使徒的人間とは何か、

信仰とは何か、宗教とはなにか、について思いを巡らしてみたいと思います。

 

さて、第一次大戦のさなかの1916年頃、それまでスイスのザーフェン

ヴィルという小さな村の教会の無名の牧師にすぎなったカール・バルトは、

いつものように教会に集まってきた信者に対して、ほとんど唐突に、

「人びとを満足させる牧師」は偽りの預言者であることについて語った

そうです。

 

主なる神が、神殿を出ていかれるのを見た旧約聖書の預言者エゼキエルの

言葉を引きながら、キリスト教が、「隙間だらけの、壊れやすい、傾いた壁

で、しかもその上に、宗教という、頼りにならない、柔らかな慰めの漆喰

(しっくい)を塗りつけ、自分にとっても、誰にとっても、信心の養い、

満足のために役立てようとする」ものであると語ったということです。

 

また、別の日の教説で、彼はただ一つの必要なものについて語ったという。

つまり、われわれがあらゆる人間的な可能なこと(今日の文化的・社会的

・愛国的問題)をするかわりに、「まったく最初からやりなおす」こと、

「神が神であることを承認すること」がただ一つ必要なことであると

語ったということです。

 

こうして、バルトは彼自身を牧師として養い育ててきた時代の神学・思想・

文化から急速に離れて、もう一度、しかし慎重に、新旧約聖書を読み直し

はじめ、パウロの「ローマ書」(ローマ人への手紙)に取り組むのです。

 

バルトを育ててきた19世紀後半から20世紀はじめにかけての神学は、

シュライエルマッハー以来の自由主義神学、つまり、神の実在と信仰を、

何よりも人間の宗教的感情や意識においてとらえようとする潮流であった

とされます。

 

それは人間の理性への信頼に基づいた近代主義、人間中心主義を根底とする

ものであったが、神学生であった頃のバルトは、この自由主義神学と、その

聖書注釈の方法を正当なものとして受け止め学び、そこから20世紀の

キリスト教宣教を荷って牧師として出発したようです。

 

しかし、バルト今や180度方向を変えて、彼の時代の神学と思想の流れ

の外に出て行くのです。

 

では、何が彼をして外へ追い立てたのでしょうか? 彼は何処へ向かって

出発しようとしたのでしょうか?

 

富岡幸一郎氏は、「あきらかなのは、新しい神学や思想がそこで問題に

なったのではないということだ。根本において全く新しいことではなく、

くりかえし新しく見直され、理解されてきたもの 宗教改革者たちに

とってそうであった熱烈に古きもの 使徒パウロの書簡の背後から、

カール・バルトに向かって吹きつけてきたものとは、それである」と述べ、

 

そして、「宗教改革者たちがローマ法王に代表される教会の外に、そして

かつてパウロ自身がイスラエル民族集団の外に、十字架につけられたイエス

・キリストを発見したように、それがバルト自身を突き動かし、彼をして

時代のただなかから外へと、追い立てたのである。時を越えて、彼をして

ローマ書の神秘的な言葉のまえに立たしめたのである。彼は千数百年前に、

パウロという男を「あのような活動に導い」た「現実」のなかに、まさに

そのなかに立つことになった」としています。

 

さて、ローマ書と格闘するなか、バルトにとって聖書の言葉は決定的に

不気味なものとして、はじめてその姿をあらわした、つまり、聖書の言葉

は、われわれ人間にとって異質なものとしてあらわれたということです。

 

それは聖書の古さ、遠さ、なじみのなさなどによるものではなく、もっと

根本的な理由によるものだとして、バルトは、<聖書は、教会の状況の中

に、人間の側からとは異なる別の側面から、新しい大きな(より大きな!)、

緊張に満ちた期待を持ちこんでくるので、われわれにとって不気味なので

ある。教会員が、教会のなかに、人間の生を問う大きな問いを持ちこみ、

それに対する答えを求めるとすれば、聖書は、逆に、まず答えを持ちこむ。

そして、聖書がそこで求めるもの、それは、この答を尋ねる問いを問う人間

である。この答そのものを、まさしくそれにふさわしい問いへの答えとして

理解し、求め、見出そうとする人間なのである>と述べています。

 

つまり、人間が聖書の言葉を発見するのではなく、聖書が「人間」を発見

する。われわれが「人間の側」から聖書への問いを発し、答えを求めること、

そのことが突然中止させられ、逆に、全く反対に、聖書が、われわれに

向かって絶対的な「答えを持ちこむ」。そして、この「答え」を問い尋ねる

「人間」を、聖書が求めるという逆転が起きるというのです。

 

よって、バルトに新しく読み直すことをうながした聖書は、歴史でも、

道徳でも、宗教でもない新しい世界を、すなわち、神についての人間の

正しい思想ではなく、人間についての神の正しい思想を開示し、明らか

にしたということです。

 

さて、バルトは、「ローマ書」から受けた衝撃をもとに、その註解書『ロー

マ書』を著わし、それを1919年(書き改められて大著となった第二飯

は1922年に刊行)に刊行しますが、それは第一次大戦後の神学界に

センセーショナルな事件として受けとめられたようです。

 

その『ローマ書』(第一版)の助言でバルトは次のように述べています。

 

「パウロはその時代の子としてその時代の人々に語った。けれども、この

事実よりもはるかに重要な事柄は、いま一つの事実、すなわち彼は神の国

の預言者ならびに使徒としてあらゆる時代のあらゆる人々に語っている、

ということである。昔と今、かしことここ、という差別はあくまで顧慮

しなければならない。けれども、それを顧慮するのは、専らかかる差別が

何ら本質的な意味をもたないという意味を認識するためでなければなら

ない。」

 

「歴史的―批判的な聖書研究法にはそれ相当の根拠がある。けだし、この

方法は聖書の理解に必要な一つの予備的工作を志すものであるが、この

工作も決して不要とは言えない。けれども、この方法と古風な霊感説との

うち、いずれかを一つ選ばなければならないとすれば、私は断然後者を

採るであろう。けだし、この説は聖書理解の工作そのものを志すもので

あり、この工作なくしてはいかなる準備も無価値と化する。」

 

「この二者択一をしなくてすむのは幸いである。けれども、私は専ら歴史

的なものの裏に聖書の精神を洞察しようと心がけた。聖書の精神は永遠の

精神なのである。かつての重大問題は今日もなお重大問題であり、今日の

重大問題で単なる偶然や気まぐれでない事柄は、またかつての重大問題と

直結している。もしわれわれがみずからを正しく理解するなら、われわれ

の問いはパウロの問いであり、もしパウロの答えがわれわれを教導する

なら、それはわれわれの答えとなるに違いない。」

 

このことから、富岡幸一郎氏は、カール・バルドの神学を旅していくとき、

われわれはいつも必ずといっていいほど、バルトの希求する「旅人ノ神学」

の不思議な感覚につかまれるとしながら、「彼(バルト)の神学が時代

から出て行き、時代から遠く離れて、地上の時間を飛びこえて行くとき、

そのことによって、彼自身が生きた時代の、われわれの世紀の、その現実

の真っただ中に、核心部分に近づき到来するということである。時代から

飛びすさることによって、その時代の中心を捉える。これこそ、使徒的

人間の語る、言葉の秘密である。」と述べています。

 

そして、富岡氏は、キリスト紀元の時代区分の持つ意味すらほとんど消え

さっているこの時代において、「使徒」的な人間の言葉に耳を傾けること

に何か特別な意味があるのだろうかという問いを発するのですが、次回は、

その意味を追ってみたいと思います。

 
 
 
 
 
 
 
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