「親鸞一人がため」の「弥陀の本願」-歎異抄と現代-


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歎異抄と現代 




『歎異抄』の第一条に、「弥陀(阿弥陀仏)の本願」について、次の

ように述べられています。(梅原猛氏の現代語訳による)

 

「阿弥陀さまの不可思議きわまる願い(弥陀の誓願)にたすけられて

きっと極楽往生することができると信じて、念仏したいという気がわれら

の心にめばえ始めるとき、そのときすぐに、かの阿弥陀仏は、この罪深い

われわれを、あの輝かしき無限の光のなかにおさめとり、しっかりとわれ

われを離さないのであります。そのとき以来、われらの心は信心の喜びで

いっぱいになり、われらはそこから無限の信仰の利益を受けるのであり

ます。」

 

「阿弥陀さまの衆生救済の願い(弥陀の本願)はすべて平等であり、老い

たる人を若き人より、よき人を悪しき人より優先的に救おうなどという

ことはありません。ただ信心が肝心なのです。信心さえすれば、どんな

人でも阿弥陀さまは救ってくださるのです。というのは、阿弥陀さまの

本来の願い(本願)は、この罪深く、心にさまざまな煩悩を抱くわれわれ

のごとき衆生をたすけようとするためだからであります。」

 

「それゆえ、この阿弥陀さまの本願を信ずるためには、他の善をなす必要

は毛頭ありません。ただ念仏すればいいのです。念仏以上の善はほかに

ありませんから。また、あなたがかつてなしたであろう悪業や、いま現に

これからするであろう悪業をおそれる必要はありません。この阿弥陀さま

の本願を妨げる以上の悪はありませんから。」

 

一方、『歎異抄』の後序には、「親鸞聖人の常日ごろからおっしゃられるに

は、阿弥陀さまが五劫というたいへん長い間一生懸命に思索をして考え

出された本願をよくよく考えてみれば、ただ親鸞一人のためであった」

と述べられています。

 

この「弥陀の本願」とは、親鸞においては何をさしているのでしょうか?

滝沢克己氏は『「歎異抄」と現代』の中で、「弥陀の本願」は、他のだれの

ためでもなく、ただただ親鸞ひとりにだけ懸けられた願である。しかし、

またそれだけここには、うっかりと読み過ごすことを許されない-そこを

誤るとすべてが間違ってしまう-重大な問題が含まれているように思われ

ると言います。

 

ちょっと読むと、幾万幾億という人間の中から特に選ばれて、真実の御仏

の救いを受けた至福の人、俗な言い方をすると、世界にまたとない仕合わせ

者、それが自分である、そう親鸞は言っているように見えるのです。

 

実際にまた、<思えば思うほど、その仕合わせがはっきりしてくる、これ

までの自分は、いったいどうして、この素晴らしい仕合わせに気がつか

なかったのか、生きがいを探してあくせくしていたのか、我ながら実に

愚かなことであった、いまではむしろそのほうが奇怪なことだ>という

ような体験が親鸞にあったことも事実のように思われます。

 

それで私たちは、ややもすると、親鸞はただ、時とともにいよいよ深く身に

しみてくるそのような言葉に託して述べたのだ、すなわち、反省的な述懐、

宗教的体験の表白としてこの言葉を読み過ごしてしまうと滝沢克己氏は

述べています。

 

「親鸞一人のため」といい、「特に選ばれた」というとき、親鸞は自分自身

の何を、どこを指してそう言うことができたのでしょうか?「弥陀の本願」

は、他の誰でもなく、ただ彼一人にだけ懸けられたのでしょうか?

 

まず、冒頭に紹介した『歎異抄』第一条の言葉、「阿弥陀さまの衆生救済

の願い(弥陀の本願)はすべて平等であり、老いたる人を若き人より、よき

人を悪しき人より優先的に救おうなどということはありません」とは、弥陀

の本願によるその「選び」が、親鸞自身のいかなる「能力」にも、「業績」

にも、身分にも、境遇にもよらないこと、親鸞だけにあって他の人にない

というような、何か特殊な資質や持ち物によるものでは絶対にないことを

語っています。

 

つまり、「弥陀の本願は親鸞一人のためだ」という、その弥陀の選択(せん

じゃく)・決定は、親鸞の身分や境遇など、世俗的なことにかかわらない

ばかりでなく、彼の信心にさえ全くよらないのです。

 

弥陀の本来の願は、親鸞自身の夢にもそれを知らないとき、それを知らずに

喜んだり悲しんだり、愛したり憎んだりして暮らしていたとき、すでに、

彼自身に懸けられていたというのです。

 

この願が懸けられていない「自分」などというものが実際にあると思って

いたのが、そもそも全くの錯覚だった。そういう「自分の存在」を自明の

ことと信じて疑わなかったところに、根本的な迷いがあった。信心も含め

て自分の思いとは全然別に、自分の一切のはたらきに先立って、自分に

来ているこの一つの関わり、それなしには自分というものがそもそも成り

立たない根源的な決定、それが弥陀本来の願であるということです。

 

かくして、最も根源的な意味で「弥陀の本願」といわれるものは、親鸞に

とって、これを受けるも受けないもない、全く端的に、直接無条件に、

彼自身に来ているもの、彼の方がそれを認めるかどうか、好むかどうか、

彼自身の意識の在りよういかんに全然関わりなく、いわば、絶対の背後

から彼をつかんで放さぬもの、彼を見守り、彼に呼びかけることをやめ

ない真実無限の主体そのもの、もっぱら、弥陀自身に発する決定だと

されます。

 

<この大いなる決定を離れて、親鸞にとって自分というものがなかった。

親鸞にとっては、ただ単純に、他のすべてのことはどうあろうと、まず、

第一に、この決定が実在している。そして、このことがすなわちまた、

永遠に聖なる弥陀仏が、ただひたすらにその御名を称えて依り頼むべき

救済・解放の主体として実在するということだった>と言ってよいだろう

と滝沢克己氏は述べています。

 

なお、滝沢氏は、「親鸞にとって」という言葉を何度も用いているが、

それは「弥陀即凡夫」という関係そのものが、親鸞の信心、自覚、表現に

依存している、後者が「存在」しなければ前者も「存在」しないということ

ではないとしています。「弥陀即凡夫」という関係そのものは、親鸞がそれ

を信じるかどうか、認めるか否か、にかかわりなく、親鸞という一人の人が

事実成り立っていると処には必ず、絶対有無を言わさぬように、厳存する

根源的な事実、事理であり、生命そのものの約束であるとしています。

 

したがって、親鸞がそれを信じるとか認めるとかいうことに全然依存しない

のであり、逆に、親鸞の信心そのものが、ただそれに「もようされ」、それ

に向けられてしか生起しえない。否、総じて「親鸞」という人間主体、その

一あって二なきこの「主体性」・「自由」そのものが、そこでは、単純にかつ

残りなく奪われ、断ち切られている。と同時に、ただそこで、そしてただ

そこからのみ、成り立ってきていた、というのです。

 

繰り返して言うと、弥陀の本願による、阿弥陀仏と人間親鸞との間の根源的

な結びつき、選択=決定は、「親鸞一人のため」だといっても、他の人々と

の比較の上でそれと認められうる何か特殊な性質とか品性とかというもの

に関わるというものでは全くなかったということになります。

 

そうではなく、それは、そういうふうな測定、評価のいっさい届かない一点、

親鸞の人間的主体性そのもののいわばゼロ点を指していうのです。「親鸞

一人」という、絶対に代替不可能な、その都度ただ一度かぎりの存在の事実

は、単にそれだけで在るのではなく、むしろ、ただ阿弥陀と直接無条件に一

なるその表現点としてのみ、実際存在するというのです。

 

それが、「親鸞一人がため」と本当に言いえた親鸞が、同時に、いやしくも

事実存在する人の、絶対無条件の平等を説いてやまない親鸞であった所以

なのです。

 

そして、この選択=決定は、親鸞自身が繰り返し言うように、まことに

「不可称・不可説・不可思議」であって、彼にとっては、ただ驚き、ただ

感謝してこれを認め、子供のように単純に「然り、然り」と言うほかない、

弥陀ご自身の大いなる恵みであったのです。

 

その意味で、親鸞における信の目覚め、「自力の行」から「他力の行」へ

の転回は、決して普通言われるように、「人間中心」の「内在主義」から

「仏中心の超越主義」への転向ではないのです。まして、人生において、

信ずることと知ること、あるいは、知ることと行うことのいずれが大切か

というような問いに対する答えとは、何のかかわりもないのです。決定的

なことは、むしろ、ただ「仏」という名、「自己」という語の意味するもの

・指し示すものが、それまでと全く異なったものとなった、百八十度転回

させられた、すなわち、本願弥陀自身の「廻向(えこう)」によってのみ

親鸞の身にひき起された「廻心(えしん)」というほかないものだという

ことです。

 

なお、いっさいの人間的主体性・選択の自由が根絶されている絶対無為の

「本願」に対して、「選択」という語が用いられているのは腑に落ちない

という疑問に対して、滝沢克己氏は、このことについて次のように述べ

ています。

 

「本当の厳密な意味で「自由な選択」といわれうるものは、「弥陀の本願

選択」と言い表すその「大いなる決定」のほかはないのです。人間の

「自由」・「自己決定的・生産的な主体性」というものは、ただ真実の自由

自在な主体ではない一個の客体(…)に、その不可視の主体から、(…)

物の世界のただなかに、その真実に無限の「智慧・光明」を映し出すべく

恵まれてきた基本的性格にすぎません。真に自明なること(…)明白なる

ことは、人間の思いや願いではなくて、この大いなる決定、弥陀本願の

選択そのもののほかにないと言わざるをえません。」

 

なお、滝沢克己氏は、さらに、弥陀の「本願選択(ほんがんせんじゃく)」

と人の「信心決定(しんじんけつじょう)」、つまり、「本願選択(ほんがん

せんじゃく)」の二重性という言葉で次のように補足しています。

 

真実信心の現実的生起-私たち各自にとって決定的なこの一瞬の出来事に

関して、厳格に区別しなければならない二つの側面があるというのです。

 

一つは、その信心の<対象>=真実かつ不可視の根拠・目的・原動力として

の弥陀の本願力そのものの働き(本願力による弥陀の廻向)であり、もう

一つは、その不可思議・不可説の威力のおかげで、いわば、そこに差し出

されている無償の「願船」に乗じて、この私(人間的主体)自身の取る行動

・みずから成す形としての信心(人の廻心)です。

 

この一と二は、時間的には、むろん、同時であるが、両者の間には、第一義、

第二義として言い表さなくてはならない区別があるとしています。

 

そして、次のように述べています。

 

「真実主体と主体ではない主体(客体的主体)のあいだの、絶対に弁証法的

(不可分・不可同・不可逆的)な区別もしくは関係があるのです。後者(私

の信心)が起こることによって、ほんの少しでも、前者(弥陀の本願力その

もののはたらき)が、その信心のなかに取り込まれるとか、両者の区別が

溶かされるとか、その先後の順序が緩められとかいうことはできません。

いや、信心というものは、ただひたすらにその<対象>=その真実の原動力

・主体たるものに向けられているものとしてのみ、真実の信心です。」

 

「この区別=絶対に翻すべからざる先後の順序が、ほんのちょっとでも

曖昧になる瞬間、いいかえると信心がひとりあるきをはじめる瞬間、最も

「堅固な信心」は、たちまち最も頑固な迷信、謙虚な熱心さを装った怠惰

に転化・顛落することを、私たちはよくよく注意しなければなりません。」

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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他界への旅・再生の大釜・聖杯探求-ケルト神話の世界5-


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大釜




ケルト神話とギリシャ・ローマ、すなわち地中海民族の神話との決定的な

相違は神々が一体どこに住んでおられるのかということにあったようです。

 

ギリシャ・ローマの神々は人間社会と似た非常に組織化された小さな社会

を形成しているが、人間界からは遠く隔たったオリンポス山など、容易に

近づきがたい山々の頂上に住んでおられ、神々が山を下りるのは例外的な

場合に限られ、決まった仕事以外には人間と関係を持つことはないと

されます。

 

一方、それに対して、ケルトの神々は地上や海中、空中に集団で生活して

おり、進んで生きとし生けるものと交わるというのです。神々と人や動植物

の世界は互いに浸透しあっていて、元来、神々は人間と同様に地上に建て

られた家に住んでいたが、前回述べたように、<ミレシアの息子たち>に

打ち負かされ、地底へ避難しなければならなかったということです。

 

神々はドルメン(巨石墳墓)や墳丘の中、丘陵の地下、湖や海底の宮殿に

居を定めたが、こうした神々のすみかが「他界」、すなわちアイルランド人

が<シイ(平和を意味する)>と呼ぶ幸福と平和に満ちた素晴らしい世界

とされます。

 

また、「他界」は死も苦痛も悪も存在せず、すべてが美しく純粋な海の彼方

の楽園の島とも考えられて、常春の国、生者の地、歓びの野、約束の地、

女人の国などと呼ばれています。

 

そして、<シイ>に住むのは、神々や女神たちばかりでなく、妖精、精霊、

小人などあらゆる超自然的な存在や、死者もまたそこに住んでいるとされ

ます。

 

こうしたケルト人の他界観はギリシャ人やローマ人の考えとまったく異な

っていて、古代ケルト人においては、死者はより良い世界で、神々や天使

や幸福な先人たちの仲間に加わることになっていたのです。

 

しかし、一方で、ケルト圏においては、現代に至るまで、死者の魂は肉体

を離れて小蠅、白ネズミ(ブルターニュ地方)、蝶(アイルランド)など

の虫や小動物の姿をとるという信仰が生き続け、また、死者が野ウサギや

カラス、黒猫、豚、ガチョウ、ハトなどに生まれ変わったとされる伝承が

あるということはどういうことでしょうか?

 

漁師が、諸聖人の祝日の夜、眠りから起こされて「死者の海」に向かい、

そこでその年の死者の魂を小舟に乗せ、彼らを永遠の眠りの場所に運んだ

という伝承がある一方で、前回、紹介した『侵略の書』のように、いちばん

最初にアイルランドにやってきた種族パローロン(パーホロン)が全部死に

絶えたとき、たった一人だけ生き残ったトアン・マッカラルという男がいた

が、彼は、3百年間を野牛として、2百年間は雄山羊として、3百年は鳥と

して、さらに百年を鮭として生きた後、ミレシア族のカレル王の妻に食べ

られ、彼女の胎内から人間に生まれ変わったとされ、島にやってきた五つの

種族の盛衰のありさまをつぶさに見て、後の人に語ったという物語があると

いうのは矛盾ではないかという疑問が湧いてきます。

 

そのような疑問に対して、ヤン・ブレキリアンは、『ケルト神話の世界』で

次のように述べています。

 

「一見、彼らの考え方は矛盾しているように見えるかもしれない。死者は

丘やドルメンに隠されている地下の住処に下ってゆくのか、それとも渡し

守の導く小舟で常春の島へ運ばれてゆくのか、あるいは虫や、鳥や、哺乳

動物に生まれ変わるのか、いったいどれが本当なのだろうか。だが、時間

にも空間にも支配されていない彼らにとっては、こうしたことは矛盾でも

なんでもないのである。そして、彼らの信仰におけるこのような混交が我々

にとってちぐはぐに思えるのは、それぞれが異なった起源を持っているから

なのだ。すなわち、コーカサス山脈北西に広がるステップ地帯に生まれ、

ケルトの騎馬民族によって西方に持ち込まれた信仰が、ケルト人以前、

更にはインド-ヨーロッパ語族以前の信仰を排除することなくそこに混じ

り合っているのである。」

 

「改宗の後もその民族の信仰の最も深い部分は生き続ける。後のキリスト

教がケルト圏に定着した時も、天国や地獄、煉獄に関する信仰が既存の

信仰に付け加わっただけで、ケルトの田舎では、死者の魂はメンヒルや

木に宿ったり、小蠅や鳥の姿をしたり、子孫に生まれ変わったり、地の

底に隠れたり(省略)、幸福の島々に向けて旅するのだと相変わらず信じ

られていた」と。

 

このように、ケルト人は、魂の不死を確信していたが、ドルイド僧が「同じ

霊が来世で別の身体に住む」と説いたことは、死者の霊魂が陰鬱な冥府を

住処とするすると考えたローマ人たちには理解できなかったようです。

 

ケルト人は、魂は不死であり、不死であるかぎりおいて、あらゆる可能性

が存続するのであり、彼岸においても、地上の生活がそうであったように、

多様な運命を生きることができると考えていたのです。

 

また、ケルトの伝統においては、その不完全さゆえに、一部の者を永遠に

終わることのない恐ろしい苦痛によって罰するという、永遠の劫罰という

観念は存在しなかったのです。

 

もっとも、それは死後の運命が、生前の願望、努力、人格などに左右され

ないということではなく、彼らが享受できるのは自分にふさわしい幸福だけ

であり、絶えざる自己超克の努力によって成長し続けた者、自己実現を成し

得た者は、シイ(他界)で最高の幸福を味わうことができるであろうが、

物質の奴隷に甘んじた者や、安易さや臆病さに流された者は、相応のささ

やかな充足しか与えられないとされます。

 

不死の確信は、死を前にしたケルト人の心に平安さを与えたようで、ケルト

人戦士がこの世を去ることは、より良い世界へ行くことにほかならず、何の

未練を持たなかったということです。

 

「ケルトの伝承の中でおそらく最も分かりづらいのは、生者の世界と他界が

時空を異にしているにもかかわらず、互いに浸透し合っているという点で

ある。それはまたケルトの最も深遠な観念であるとも言えるだろう」と

ヤン・ブレキリアンは述べています。

 

なお、シイ(他界)に足を踏み入れるためには原則的に死者とならねば

ならないのですが、他界への旅を語る民話にその例があるように、例外的

に死の敷居をまたぐことなく自らの意志でその場所に入ることができた

人々もいたのです。しかし、その探索に成功することができたのは、ただ、

呼びかけを受けた者や、シイの神々や妖精から招かれた者だけだったよう

です。

 

さて、ダナ神族がアイルランドに上陸したとき、彼らは四つの魔法の宝を

携えていたということですが、その中に、最初のドルイドとされるセミアス

の住んでいたムリアスの町から持ってきた「ダグザの大釜」という釜が

あったということです。

 

ダグザは、以前に述べたように至高神、父なる神ですが、ガリアにおいては

スケロスと呼ばれ、大釜を持った姿で表されています。このように大釜と

いう古代宗教の聖なる祭具は、ドルイドたちが秘法の煎薬を煮るのに用いた

というようなことにとどまらず、聖性を持つ象徴的道具だったのです。

 

よって、大釜は神話の中においても大きな役割を果しています。それは、

ある時は死者をそこに入れて生き返らせる再生の大釜であり、ある時は

いくらでも食物を供給して尽きることのない豊穣の大釜であり、また

ある時は知恵と予言の大釜であったのです。つまり、それはあらゆる

被造物を養う神の摂理と、地上の生を終わった人々に約束された永遠の

生の象徴なのだとされます。

 

グンデストルップ出土の大釜にも、この再生の場面が描かれているよう

です。大きな釜に向かって一列縦隊の歩兵が行進していく。女神か男神が

彼らを順番に大釜に投げ込んでいる。そして、彼らはそこから馬に乗って

出てくるというものです。

 

また、「リルの娘ブランウェン」のマビノギ(古伝承)にも再生の大釜が

登場します。大ブリテン島の大王“祝福されたブラン”が侮辱に対する

償いとしてアイルランド王マソルークに送った大釜は、「もし今誰かを

殺しても、そこに投げ込めば、明日にはまったく前と同じ姿で現れて

くる」というものです。もっとも、「ただ、彼はもう話すことはできなく

なる」、つまり、言葉を持たない死者、この世の人間でない霊的な生命体

として出てくることを示しています。

 

そして、このような不死の象徴である魔法の大釜の<探求>が原型となり、

キリスト教化されて、「聖杯探求」となるようです。つまり、中世のロマン

の中心テーマである「円卓の騎士」が活躍する聖杯探求物語が、ケルト的

元型から生み出されたということです。

 

実際、<探求>という観念はケルト人の叙事詩において最も好まれている

主題の一つであったようです。「探求」の主題が全く含まれていないような

神話的物語は殆どないと言えるほどで、それは単独の探索行であったり、

集団のそれであったり、その目的も魔法の動物や道具であったり、物語

の主人公が妻とすることになる女性であったりするが、そこには必ずと

いっていいほど「探求」の主題が現れているとされます。

 

ところで、これまで見てきた神話は、基本的に、宇宙の存在根拠と、その

創造と維持の原理である肯定的力と、否定的力の対立を説明し、併せて

人間の置かれている状況を明らかにしようとするものでした。

 

しかし、これとまた違った神話も存在するのです。それは、その状況を

超越し、宇宙的生命を支配しているその対立を乗り越えて、「神の光の

原初的統一」の中に帰還する途を示そうとするものだとされます。

 

このような神話を知り、それについて思索をこらすことは、そのような

秘儀への参入の途を開くものであったようで、このような神話は、その

ような修行を成し遂げようとするドルイド、あるいはバルド(宗教的な

詩人、音楽家)志願者しか知らされなかったのではないかということです。

 

それは一見、他の神話と同じタイプで、相変わらず試練と探求がテーマ

ですが、より高い次元に位置しているとされます。単に自己を実現する

ばかりでなく、自己を超出してゆかねばならない、秘儀参入を目指す者は

さらに先まで進まねばならないのです。精神の統御のもとに物質的自己と

精神的自己を統一し調和させるにとどまらず、鈍重な物質性を脱ぎ捨てて、

その二重性を完全に克服しなければならないとされるのです。

 

したがって、このような秘儀的神話は、他の神話と比べて不思議で不可解

なものに見えます。そして、そこには騎士的秘儀と魔術的秘儀が深く混じり

あっているためになおさら不可解なのです。

 

古い時代のケルトの騎士は単なる戦士ではなく、フィンやオグミオス(オ

グマ)がその典型であるようなバルドでもあり、また多少なりとも魔術師

でもあったが、一方、ドルイドの方も、ダグザがそうであるように、まず

精神的次元において、次いで軍の先頭で戦うという現実の次元において、

まさしく戦士でもあったのです。

 

<中世のキリスト教的騎士道が生まれたのは、若者が戦士になるためのゲル

マン的通過儀礼を教会が聖別するようになったことによるとされるが、

それは形式、制度という外面的なことでしかなく、その内容は、選ばれた

者のみに許される全面的な自己投企であり、それはまさにケルト的伝統に

属するものだ、よって、秘儀的騎士道の観念はケルト的なものであり、

それはキリスト教よりはるか昔にまで遡るものである>とヤン・ブレキリ

アンは述べています。

 

ヨーロッパの騎士団の最初のものは、アイルランドのフィアナ騎士団とされ、

それはキリスト教化される以前のものであり、第二にアーサー王の騎士団、

つまり、「円卓の騎士」となるようです。この騎士団はキリスト教時代の

最初の時期に属するが、前キリスト教的な観念がまだ生き生きと保たれて

いたと言われています。しかし、これに続くキリスト教的騎士団になると、

それは一方では名誉を重んずる好戦的な異教的騎士団でありながら、その

一方では、隣人愛を説いて闘争を非難し、他人の罪を許し謙遜であることを

勧めるキリスト教の教えを標榜するという、全く正反対のものが折衷される

奇妙なものなってしまったということです。

 

ともかく、秘儀的神話の一つである「ペレデール・アブ・エブラック」

のマビノギ(古伝承)はケルト的な秘儀参入の道に招かれた者の霊的冒険を

語る物語ですが、魔術的異教の空気を色濃く漂わせており、謎にみちていて

非常に難解だと言われています。よって、中世の人々はそれを理解すること

をあきらめてしまったのか、その不思議な神秘的主題を通常の聖杯探求の

物語に置き換えてしまったようです。

 

フランス人たちはペレデールをペルスヴァル、ドイツ人たちはパルツィ

ファルに変え、それぞれ多少とも神話を合理化し、もう少しわかりやすい

ものにしようと努力したが、本来持つこの物語の深さと豊かさが失われて

しまったということです。

 

 
 
 
 
 
 


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ケルトの創世神話-「ケルト神話の世界」4-


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ケルト神話の世界4




ケルトの伝承の中には、旧約聖書やシュメールの神話に見られるような

本来の意味での創世記、すなわち体系的な世界創造の物語は存在しない

とされます。

 

井村君江氏は、『ケルトの神話』の中で、「ケルト民族には、ほかの民族

が持っているような天地創造神話はありません。しかし、これはなかった

ということではなく、あったかもしれないのですが、残っていないという

意味なのです。口承としてドルイド僧たちが、あるいは伝えていたかも

しれないのですが、文字としては残っていません。あるいはドルイドの

教えが、天地が創造されることについて想像したり、推定したりすること

を禁じたとも考えられるのです。ですから、原初に空や地や水がどのよう

な形であったか、そこから宇宙や世界がどうして生成されてゆき、生き物

がどう生まれていったかというような国生みの話はありません」と述べて

います。

 

一方、ヤン・ブレキリアンは、『ケルト神話の世界』の中で、「ケルト人に

とっては、それまで存在しなかった宇宙が創造された、<はじまり>と

いうものはなかったのである。創造は今も行われつつある絶えざる現実で

あり、永遠にその第一日目が繰り返されているのだ。時の流れは絶対的な

ものではなく、宇宙は昨日創られたであろうごとく、明日創られるので

ある。ギリシャの作家たちが非常に示唆的な<哲学者>という言葉で呼ん

だドルイド僧は、空間と時間の相対性や、その欺瞞的性格についてはっきり

した意識を持っていた」としています。

 

つまり、ケルト的観念においては神だけが絶対であり、創造は神の内なる

作用によるものとされます。よって、ケルト神話がその主たる対象として

いるのは、神の内奥で起こるそのような作用であり、その物語は神の内なる

意志の緊張や、全能の創造者としての側面と破壊者としての側面の葛藤、

男性的な能動的創造力と女性的な受動的創造力との結合などを説明する

ものだということになります。

 

したがって、ケルト神話を構成するほとんどすべての物語には、多かれ

少なかれ大きな形而上学的なテーマが隠されていて、いわゆる他の創世

神話とは異質なものとなるのです。

 

「ケルト神話は、神の思惟の神秘と世界の存在との間の諸関係を明らかに

しているという意味において、実は本来的な創世の神話なのである」と

ヤン・ブレキリアンは述べています。

 

さて、そのようなものとして最初に登場するものに、「蛇の卵」の神話が

ありますが、ブルターニュ地方の伝承がその記憶を伝えている物語として

ドルイド僧の<海蛇の卵探し>という伝承があるそうです。それは、単なる

物質そのものの探索ではなく、重要なのはその象徴的な価値であり、その

物に含まれた教えだということです。

 

海蛇の卵探しは、錬金術師にとっての賢者の石に相応するもので、それは

俗人には興味深い特性を持つと想像される物質の探求でしかないように

見えるとしても、実際は全く異なり、われわれの宇宙を構成する実体の

構造に関する知識の探求なのです。

 

卵とは生命の起源であると同時に、生命から生み出されてものであります。

この解き難い矛盾には存在の不可思議さが秘められており、その秘密に

通じることによって、世界の実体の構造と同様にその起源の謎を解くこと

ができるのであり、ドルイド僧がわがものにしたいと願ったのはこの知識

であったようなのです。

 

では、なぜ、その探究の対象たる卵が蛇のそれでなければならなかったと

いうことですが、それは、女性の子宮の中の無定形な果実である卵が生命

を得るためには、生命エネルギーを蔵する男性原理によって受精しなければ

ならないからです。この受精させる男性原理が蛇によって象徴されるのです。

 

生命が卵から生まれるためには、卵は雄の蛇によって受精し、雌の蛇に産卵

されねばならない。しかし、その雌雄の蛇は、自分たちに先立って存在する

卵から孵化したものであるとすると、この必然的な連鎖は終わることがなく、

いくら遡ってみても、絶対的な原初に到達することはできません。

 

そこで、卵を産む蛇がどうしても海蛇でなければならないことになります。

海は原初の未分化の領域であり、海はあらゆる潜在力を有し、外から持ち

込まれるまでもなく、生命はそこに萌芽状態で息づいているのです。もし

海から生まれ出たとするなら、蛇は卵による生の循環から象徴的に解放

されることになります。

 

したがって、ケルトの神話からすれば、創造とは宇宙卵を受精させる蛇の、

海からの出現ということになるようです。

 

なお、ウールズには、海の中には巨大な蛇が棲み、そのため海は氾濫して

いたが、そこでヒュー・ガダルンという神(別名:ベレヌス、オングス)

が勇猛な二頭の牡牛を使って巨大な蛇を水中から陸へ引きずり上げた。

すると水位が下がり、大陸が姿を現したので、ヒュー・ガダルンは急いで

人間たちの社会を作り、彼ら原始の人類に家族や部族を作ることや正義

などを教えたという出現の伝承があるということです。

 

さて、このあとの続くのが、アイルランドの古書『侵略の書』の最初に

登場するパローロン(パーホロン)の神話です。パローロンとは、洪水の

後、アイルランドを、つまりこの地上を占領した部族の最初の首領の名前

ですが、彼は二十四人の船乗りと二十四人のその妻たちからなる部族を

率いて他界の海からやってきました。

 

彼が上陸したとき、この土地は何の草木も生えない荒野だったが、彼は

そこに突然、湖や、河や、肥沃な平野などを出現させ、土地を開墾し、

農耕や牧畜、狩りや漁を始めたのです。

 

そして、最初のドルイド、最初のバルド(宗教的な音楽家や詩人の階層)、

最初の戦士たち任命し、原始のカオスの化身たる地獄の勢力フォモール

族との最初の戦争を戦い抜くことになります。

 

5千年のあいだパローロンの一族はアイルランドに住み、開拓したが、

突然、恐ろしい疫病によって1週間のうちに死に絶えます。生き残った

のはたったひとり、いろいろな動物に生まれ変わりながら何百年も

生きたトアン・マッカラルという男で、次々と島に渡ってきた種族たち

の運命と様子を語りはじめます。

 

さて、『侵略の書』によれば、二番目に島に棲みついたのはネヴェ(

ネメズ)という部族です。ネヴェの名は、<聖なる者>を意味するが、

彼はケルヌンノスの化身であり、その民は鹿の民であるとされます。

 

ネヴェの部下たちは上陸前に恐ろしい嵐に遭い、34隻のうち接岸できた

のはたった9隻だけだったという。そして、生き残った者たちが土地を

手に入れるや否や、魔王バロールとその戦士長であるコナンに率いられた

フォモール族と衝突することになります。彼らは三度の激しい戦闘を戦い

抜いたが、四度目の戦いで破れ、ほとんど全員が殺されます。しかし、

フォモール族の方も多くの死者を出したということです。

 

そして、その次に、新しい部族フィル・ボルグ(<皮を持つ人>の意)が、

彼らの王ヨッキーに率いられてやってきます。ヨッキーは強運に恵まれた

公正な王で、国に繁栄をもたらしたが、それも海の彼方に退却したバロール

とフォモール族が力を盛り返し、死を撒き散らすまでであったようです。

そして、それは他の征服者たちが相次いでこの地に足を踏み入れた時も同様

で、フォモール族は決して彼らを安穏には過ごさせはしなかったのです。

 

このように、ケルトの創世神話では、世界の存在を生み出した神の業は、

生産的、建設的な力と、破壊的、否定的な力との永遠の均衡に存するとして、

創造と文明の建設的力の化身であるパローロン族をはじめとする占領者たち

と、カオスと破壊の否定的力を表すフォモール族の戦いが重要な役割を果た

すことになります。

 

さて、やがて、北からやってきた輝かしい神々トアッハ・デ・ダナン(

ダナ神族)が上陸します。その彼らが邪悪な勢力と対決した大戦争を

詳述するのが「マー・ト―ラ(モイツラ)の戦い」という叙事詩です。

 

世界の北の島々で生活していたダナ神族は、科学や魔術、哲学に通じて

いたが、彼らは、なぜか、まず、悪の勢力であるフォモール族と友好関係

を結びます。その同盟は、ダナ神族の医術の神であるディアン・ケフトの

息子キアンと、フォモール王バロールの娘エトネの結婚によって確固たる

ものとなり、この結婚からやがて至高の神ルーグが生まれるのです。

 

最初のマー・ト―ラ(モイツラ)の戦いは、ダナ神族と先住のフィル・

ボルグ族との間で行われます

 

激戦の末、ダナ神族は、フィル・ボルグ族を打ち破り、ダナ神族とフォ

モール族は支配者となったのですが、しばらくすると両者の間で対立が

生じてきます。そして、二度目のマー・ト―ラ(モイツラ)の戦いが

勃発しますが、ダナ神族側が、光の神ルーグ、鍛冶の神ゴブニュ、医術の

神ディアン・ケフト、言葉の神オグマ、戦いの女神モリガン、大地と豊穣

の神ダグザなどの神々の活躍でフォモール族に勝利します。

 

因みに、このように、初期の段階では、輝かしい神々と邪悪な勢力が同盟

を結び、フィル・ボルグ族に対して共に戦っていることは注目すべきこと

です。これは、創造行為における建設的な原理と否定的な原理の協力という

思想を表しているようです。だが、次の段階に入ると彼らは敵対すること

になります。それは破壊的力が建設的力を圧倒してはならないからであり、

創造が行われるためには、必ず建設的な力が最終的な勝利を手にしなければ

ならないからだということです。

 

しかるに、戦いの女神モリガンは、ダナ神族がフォモール族を打ち破ったに

もかかわらず、天災、疫病、倫理的退廃、戦争など、この世を訪れるであろう

あらゆる不幸を予言します。この相次ぐ災厄は、世界の終わるときまで絶える

ことはないだろう、と。

 

そして、この予言どおり、フォモール族との過酷な戦いでダナ神族は大きな

痛手を被り、勢力は衰え、長い間はこの国の盟主であり続けることはでき

ませんでした。「ミレシア(ミレー)の息子たち」、すなわち、破壊と戦い

の神の子孫だと称する新たな侵略者が現れることになるのです。

 

「闇の勢力に対する光の勢力の勝利は、実際のところ、相対的なものにすぎ

ない。さもなければ創造というものはあり得ないだろう」とヤン・ブレキリ

アンは、述べていますが、ミレシアの息子たちとダナ神族の戦争では、前者、

破壊の勢力が勝ちをおさめます。彼らは光の神々を地表から追い出し、ダナ

神族は地中やドルメンの下に逃げざるを得なり、地下に住まざるを得なく

なったということです。

 

時は流れ、キリスト教が広まるなか、これらの光り輝くダナ神族の神々は

異教の神として完全に忘れ去られることはなかったものの、いつしか、

「シイ(他界)の人たち」と呼ばれ、わずか身の丈2、30センチの小人、

妖精のごとくされてしまうことになります。

 

なお、ケルトにおいて、以上のような天地創造の物語を補完する神話と

して、失われた町の神話、失われた楽園に対する哀惜を表す伝承があると

いうことです。

 

それらの神話は、ひとりの女が犯した過ちのために、豊かな美しい町が

突然の高波、あるいは湖の出現によって水中に沈むというものですが、この

失われた楽園を覆う水は、先述のヒュー・ガダルンが大海の中から巨大な

蛇を引きずり出す以前の原初のカオスの象徴だとされます。それは形態から

不定形への、創造から未分化状態への回帰を表しているのだそうです。

 

ヤン・ブレキリアンは、そのような神話の例として「イスの町の伝説」を

挙げ、この神話は、「全インド-ヨーロッパ語族に共通する幾つもの非常に

古いテーマをひとつにまとめたものである。“失われた楽園”の変奏である

水に呑み込まれた町のテーマとともに、他界への入口である水底の井戸の

テーマがここには見いだせる。ひとりの女がそこから溢れ出させた水は、

大地を覆い尽くしてしまうのだが、その水は呪いであるとともに肥沃を

もたらす力でもある。」と述べています。

 
 
 
 
 
 
 
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神々の系譜 <ダグザからルーグへ>-「ケルト神話の世界」3-


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ケルト神話の世界3



 前回述べたように、理想化された女性像は、ケルト人の心の中に生き続け

ていたため、厳格な父権制のシステムが彼らの社会に確立されることは

なかったのです。

 

よって、偉大なる女神は、ケルトの伝統の中に重要な位置を保持し続けた

のですが、母権制の終焉とともに彼女は最高位を明け渡し、威厳に満ちた

父なる神、多様な姿をとって現れる一人の偉大な神が神話の頂点に君臨する

ことになります。

 

では、その最高神の様相とはどのようなものだったのでしょうか?

 

ケルト人の初期の宗教観念のなかには、すでに摂理によって人類を守り養い、

生と死を司る全知全能の神のイメージが見られるということです。それは、

それ以前の宗教においては二番目の存在でしかなかった<母なる女神の夫>

が昇進してきたものであったという。

 

彼は冥界の神であり、ディス・パーテル(父なる神)と呼ばれながらも、

昼ではなく夜と結びついた死者たちの神であったのはそのためだという

ことです。ディス・パーテルの称号が示すとおり、彼はなによりも産む者

であり、その子孫を見守り支配する神であったのです。

 

人類すべて、さらには宇宙全体に対してその父権を行使するこの神は、

それゆえ地下世界の神に甘んじてはいなかったのであり、世界のあらゆる

領域を支配する光輝く天上の神となり、太陽や稲妻、風や雲のなかに、

この偉大なる神は姿を現すことになります。

 

彼は至高の父であると同時に、戦士の長たる神でもあり、科学と知恵と魔術

を司るドルイドの神でもあるのですが、人々は彼を、髭を生やし慈愛に満ち

たまなざしをした、庶民的な短い上衣と頭巾付のマントまたは狼の毛皮を

まとった男の姿で思い描いたのです。

 

またケルトの主神は棍棒(あるいは槌)のような未開人の武器を身に帯び、

魔法の大釜を所持した姿で描かれます。彼はその棍棒あるいは槌の片方の端

でもって殺し、もう片方の端で生き返らせるとされ、また、所持する<再生

の釜>に死者を入れると生き返るとされます。(なお、大釜は決して食物

が空になることがない<豊穣の釜>でもあったようです。)

 

このケルト人の唯一の神に対して、ローヌ川及びライン川流域のガリア人は

<スケルス(巧みに打つ者)>と呼んでいたが、アイルランドにおいては、

この最高神は<ダグザ>、すなわち「良き神」、つまり、有能でその身分に

ふさわしいあらゆる資質を備えている神と呼ばれていました。

 

彼は長衣や頭巾付マント、棍棒といった<スケルス(巧みに打つ者)>と

しての服装と伝統的な持物を身につけているが、アイルランド人の豪放磊落

(ごうほうらいらく)な気質は彼を極端に戯画化し、その姿を醜い太鼓腹で、

毛のついた馬皮の長靴を履き、巨大な棍棒を車輪の上に乗せて引きずって

いるといった姿にしてしまったようです。

 

ところで、父なる神には伴侶がいるのですが、それが驚くべきことに川だ

というのです。あるいは、むしろ川によって女性の本質が示されていると

いうことなのかもしれません。水は潜在的な力、萌芽状態の生命の象徴と

され、それは女性の本質であり、豊穣さを表すとすると、父なる神と聖

なる川の結婚は、まさに創造行為そのものということになります。

 

主神の名が判明していない地域では、その配偶神の名も不明ですが、ダグザ

のパートナーであるアイルランドの女神の名前ははっきりしています。

彼女の名は「ボアーン」といいますが、それはアイルランド海に流れ込む川

(ボイン川)の名に他ならないのです。

 

ダグザは数多くの子孫を持つことになります。有名なのは、三人に娘たち、

女神ブリギットで、大女神の化身のひとりである彼女は三重神であり、詩

を司るブリギット、病を癒すブリギット、鍛冶工のブリギットであること

は前回に紹介したとおりです。

 

ダグザは、またボアーンとの間に<マック・オグ>(偉大なる息子)すな

わちオングスという息子をもうけるのですが、強烈な存在感をもって君臨

していた至高神が、より若く魅力的な神に取って代わられるのは多くの宗教

において見られるごとく、のちにダグザはこの息子によって永遠に追放され

てしまうのです。

 

ングスは太陽神的性格とされます。太陽は<マック・オグ>(偉大なる

息子)、ガリアでは<ベレヌス>(輝ける者)または<グラノス>(燃え

上がる者)などと呼ばれているオングスの顕現であるとされるのです。

 

よって、ローマ人からは、太陽神アポロと同一視されたようですが、ケルト

の神々は序列化されていないゆえに、最高神の観念がダグザ(スケルス)

以外の姿で表現されることはなかったものの、徐々にベレヌスの信仰は父

なる神の信仰に取って代わり、ガリアの戦乱期には、民間信仰の対象と

して、後述する万能の神「ルーグ」に次ぐ二番目の地位を維持していた

ということです。

 

なお、伝承によれば極北の地を発祥とするアポロは、北から飛来する鳥、

すなわち白鳥をその象徴とするとされますが、「オングスの夢」という

神話には、アポロと彼の同一性を明らかにするエピソードが見られます。

 

ベレヌス信仰が普及したのは、太陽が厳かで美しい神の最も感動的な顕現

であり、人間の生活がその運行にしたがって行われていた時代、すなわち、

季節のリズムがはっきりと印されていた牧歌的な田園生活の時代であった

が、ローマ人のガリア侵入のはるか以前からケルト文明はこのような段階

を大きく越えていました。

 

好奇心が強く、創意に富んだ精神の持ち主であった彼らは、その時代に

しては驚くほど進んだ工業さえ発展させたようで、文化においても、農業

工業生産の質の高さにおいても、彼らはローマ人をはじめ粗野で物質主義

的な近隣の諸民族をはるかに引き離していたということです。

 

よって、こうした文化の発展に新しい宗教的理念が対応し、精神力とあら

ゆる芸術的技術的能力を体現する神を、人々が崇拝するようになったのは

必然であり、かつてダグザ(スケルス)を追い落としたオングス(ベレ

ヌス)に代わって民衆に最も崇拝されるようになったのは、光輝の神

ルーグであったのです。

 

彼は詩人であり、戦士であり、音楽家であり、魔術師であり、あらゆる職能

におけるエキスパートであるというふうに、人々に愛されるにふさわしい

光輝く存在としてのあらゆる資質を備えているのです。

 

ルーグの主要な持ち物はダグザの棍棒よりもずっと進化した武器、すなわち

遠くの標的をも補足することのできる投げ槍であり、また、太陽のシンボル

である車輪もルーグの象徴的な持ち物であっただろうとされます。

 

彼もまたベレノス同様、ケルトの太陽神(アポロ)とされますが、ローマ人

は、ルーグが芸術と技術の神であるという理由から、彼をメリクリウスと

同一視したようです。

 

もっとも、ルーグの戦争の神としての側面も無視できないほど大きく、彼は

またマルスとも同一視することもできるようです。

 

このように、見る者次第で、ルーグはローマのパンテオンの神々の誰とでも

同一視できるほど、あらゆる役割を併せ持つ万能の神なのです。

 

この偉大なる神ルーグはまた、ブリギットが三位一体の女神であったのと

同じように、三位一体であるとされます。アイルランドでは、彼には

「ひとりのルーグ」、「もうひとりのルーグ」と呼ばれるふたりの兄弟が

いたが、ふたりは幼児のうちに死んでしまったということです。

 

このように、ルーグのみならず、ケルト人にとっては、三位一体性は神の

概念の本質をなすものとされます。

 

なお、ルーグ神に奉げられた動物は、戦士の魂の化身とされるカラスです。

カラスは青空を飛翔し、太陽の光のなかを舞い降りてくる鳥であり、一方

で、カラスはまたその黒い色によって冥界にも属しているという両義性を

もっていますが、これがルーグの独特の性格を示しています。

 

彼はふたつの世界、天上と下界、霊と肉、生と死、思惟と行動の統一を

体現しているのであり、彼によってすべての対立は消滅する、すなわち、

あらゆる反対物を和解させるのです。

 

よって、あらゆる点でルーグは普遍的存在であるが、そうであるからには、

彼が迎えることのできる妻は絶対的な主権の化身としての母なる女神以外

にはあり得ないことになります。そこで、彼はエトネ(エーディン、神々

の母なる女神ブリギットと混同される女神)と結婚するのです。それは、

自分自身の母親との結婚とはいえ、近親相姦などという問題ではなく、光

と英知の神が、女性なるものである受胎する創造原理から生まれた者である

と同時に、この創造原理を受胎させる者であるという思想を象徴的に示して

いる神話だということです。

 

さて、オグミオス、アイルランドではオグマと呼ばれる神がいます。彼は

主神ダグザの弟で、ダナ神族の首領たる神々の一員として、マー・ト―ラ

(モイツラ)の戦いの物語のなかの重要な地位を占めていて、そこでは

並外れた、つまりヘラクレス的な気難しい戦士として描かれています。

 

ギリシャ人はオグミオスをヘラクレスと同一視し、ローマ人はオグミオスに

戦争の神マルスを見ていたようですが、ケルト人の観念においては、軍神は

また言葉を司る神でもあったようです。

 

ダグザの弟であるオグミオス(オグマ)は兄と相補的関係にあり、それは

ちょうど古代インド-イランの神話で、荒ぶる力の神インドラが宇宙の秩序

を司る天空の神ヴァルナを補完するする存在であるのと同様だとされます。

 

ただし、オグミオスとインドラをあまり同一視してはいけないようで、荒

ぶる力をもって敵を打ち倒す戦士としての神オグミオスではあるが、その

イメージは粗暴な戦士とは似ても似つかないものです。オグミオスは戦士

のみならず、祭司の階級にも属していて、粗野や無教養とはほど遠く、

魔術師であり、また知識人でもあったのです。

 

なお、マー・ト―ラ(モイツラ)の戦いの物語のなかで、ダナ神族の王は

<ヌアザ>とされるように、ダナ神族の王は最高神ダグザではないのです。

ケルト人は互いに異質の観念が混じり合うことを望まなかったようで、全能

の神とは別に一人の神が王の役割を果たさなければならなかったということ

です。したがって、ダグザこそが最高神なのであり、ヌアザ(ノドンス)は

王たる神にすぎないのです。

 

最後に、破壊の神とされるエススについて触れておきたいと思います。

 

ラテン詩人ルカノスは、その叙事詩『内乱賦』の中で、血なまぐさい崇拝

の対象であったガリアの三人の神として、テウタテス、ヘスス、タラニス

の名をあげているという。テウタテスはオグミオスであり、タラニスは

ダグザであることは明白であるが、では、<ヘスス>とは一体誰かと

いうことになります。

 

ヤン・ブレキリアンは、残っている文献や神話からは手掛かりは得られない

が、残された図像などから、それは破壊の神エススであろうとしています。

 

エススが斧で木を切り倒す図像があるということですが、その木とは、天上

の世界と地上、そして地下世界を結ぶものであり、世界の秩序の中心軸で

ある、すなわち、木は宇宙の表象というべきものであり、その成長と葉の

周期的な再生は、宇宙の不断の再生を象徴しているとされます。

 

したがって、生命の木を切り倒す神は単なる破壊の神ではなく、同時に解放

する神でもあるのです。生命の木は母なる女神と結びついていて、エススは

それを解放し、受胎させる、彼の破壊的な行為は生命を再び甦らせるのです。

 

また「神秘主義的見地から見ても、エススによる木の伐採は意味深いもの

と言える。なぜなら、木を切るとは、大地に根付いている人間をその大地

から引き剝がす、また宇宙から引き離すということだからである。人は五感

による知覚や自分の行為の結果に縛られることを止め、自由になるのだ」と

ヤン・ブレキリアンは述べています。

 

ただ、気になるのは、ラテンの作家たちが非難するところの、この破壊の

神に対して血なまぐさい生贄、人身御供が奉げられていたということの

真偽についてです。

 

確かに、ドルイド僧が人身御供を行っていたという話は聞いたことがあり

ますが、その真相について、ヤン・ブレキリアンは、次のように述べて

います。

 

「エススを讃える儀式が人身御供、あるいは少なくとも牡牛の生贄に加えて、

木の伐採をも含んでいたことは間違いない。」ただし、「かなり早い時期に

人身御供は模擬的なものになってしまっていたようだ。それはルカノスと

同時代人であったポンポニウス・メラが、彼の時代にはもはやその痕跡しか

残っていなかった過去の儀式について語っている。」そして、「慣習は時と

ともに緩和され、やがて人身御供は動物の生贄にとって代わられた。聖書に

見るアブラハムの生贄の物語が明らかにしているのもそのことである」と。

 

また、ローマ人にもアポロに人身御供を捧げる儀式があったとしながら、

「ローマ人たちもまた、あらゆる民族と同じことをおこなっていたにすぎ

ない。神に人間の生贄を捧げることはすぐれて宗教的な行為だったのであり、

後世になってそれに眉をひそめてみせるのは時代錯誤というものだろう。」

「古代当時の観点からすると、心ある人々が憤慨すべきだったのは宗教的な

生贄ではなく、むしろローマ人が行っていた円形劇場での野蛮な競技の数々

であり、ローマ人が神々への人間の生贄を非難したのは、ローマに対して

浴びせられるべきだった非難の矛先をそらせ、その名誉を挽回するためで

あったように思える」と。

 

以上、ケルトの男性神の系譜を見てきましたが、それらは相互に補完し合い、

部分的に重なっているようです。女性神に関しては、ここでは触れられません

が、もっと複雑であるようです。ガリアの図像や、ギリシャ-ラテンの文献、

島のケルト(スコットランド、ウールズ、アイルランド等に移住していった

ケルト民族)の神話などがわれわれに伝える数多くの女神の名は、超越的な

神の女性的側面がさまざまな名のもとに崇拝されているにすぎず、彼女たちは

常に、ケルト以前の伝承における大地母神、偉大なる神々の女王の分身だと

いうことになるようです。

 

 
 
 
 
 
 
 
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巨石文明と古き神々-「ケルト神話の世界」2-


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ケルト神話の世界2



イングランドのストーン・ヘンジやフランス、ブルターニュ半島のカル

ナックの列石群などのヨーロッパの巨石遺跡は、かつてはケルト人、

とりわけドルイドの宗教施設だという見方もあったようですが、現在

では否定されています。

 

ケルト人がヨーロッパを支配する以前に、すでにさまざまな民族がヨー

ロッパ中に広がっていたようです。

 

では、それらを築いた先住民とはどういう人たちだったのでしょうか?

 

石斧と木槌だけで、時には数百トンもある巨大な岩の塊を運び、数キロに

及ぶ何本もの平行する列石を作ったり、それを環状に配置して神域を作っ

たり、驚くべきバランスをとってドルメン(巨石墳墓)を積み上げたり

した、その不思議な民族は、一体何者で、どこから来たのか、何も分か

っていないようです。

 

ただ、彼らが強力に組織され、階層化され、規律の行き届きた非常に宗教的

な民族であったということは、巨大な遺跡から推測できるということです。

 

『ケルト神話の世界』の著者ヤン・ブレキリアンは、その民族とは、かの

アトランティス人ではないかとしていますが、定かではありません。

 

ただ、その先住民族の信仰について言えることは、メンヒル(直立した長い

石)、ドルメン(墳墓)の装飾やヨーロッパ共通の民間伝承の痕跡から、

彼らの主神もしくは唯一神は母なる女神、すなわち多産と死を同時に司る

地下世界の女神であったということです。

 

このように、ケルト人の魂に最も深い刻印を残した先住民族の文明とは、

このような巨石遺跡を建造した人々の文明であったが、ケルト人は、直接

的には、インド-ヨーロッパ語族、すなわち、今からおよそ5千年前にヨー

ロッパ東部のステップ地帯の遊牧騎馬民族を起源としており、大きくは、

その言語ばかりではなく、神話体系をも含む文化全般を共有していたので

あり、アーリア人やギリシャ人、ローマ人、ゲルマン人と同様、多神教を

頂いていました。

 

古代のインド-ヨーロッパ語族においては、多神教の神々を創り出した

不可知の唯一神が存在するかについて、一般大衆を指導する宗教的により

高度なレベルに到達した祭司や秘儀参入者たちは、唯一神についての理解を

深めようとしたようであり、唯一神の様々な発現形態である神々の頂点に、

たとえば、アーリヤ人にとっては、インドラ-バルナ(あるいはアフラ)-

ミトラというように、全能の三位一体神を置いたのです。

 

ただケルト宗教においては、三つの頭を持つ神像が造られていることから、

このような三位一体神が存在したことは認められるものの、それにとどま

らず、さらに三位一体の思想を押し進め、三対の地母神、トアッハ・デ・

ダナン(ダナ神族)の三人の王(ルーグ、オグマ、ヌアザ)等の多くの三位

一体神を頂いていたということです。

 

さて、母なる女神の信仰は、定住農耕時代の初期にまでさかのぼることが

できるようです。

 

この初期の農民たちにとって、大地は驚嘆すべき万物の母であった、つまり、

大地は豊かな収穫を産み出すがゆえに、超越的な母なる神の具現であると

考えたのです。

 

この信仰が昇華されて偉大なる女神、あらゆる生命の誕生とすべてのものの

死を司る大地母神への崇拝へと変化していくのですが、この地母神信仰と

結びつく聖なる動物は、蛇、そして牡牛であったようで、ドルメンの仕切り

壁などに描かれています。

 

地を這う生き物である蛇は地下の神、大地母神の象徴ではなく、それを

補完するもの、つまり、女神の子宮を受胎させる力、大地を肥沃にさせる

精霊だとされます。

 

人工の洞窟でもあるドルメンは、地母神の子宮を具象化したものとされ、

ケルト世界の伝承、民話は、ドルメンに住む地母神の記憶を今に伝えて

います。(「コリガンの洞窟」等)

 

それらの伝承は、巨石文明人からケルト人が受け継いできた母なる女神の

イメージ(つまり、彼女は地下世界の女王であり、コリガンの王が臣下と

同じ小人にすぎないのに対し、はるかに背が高く、シイ(他界)に君臨して

いる。彼女は或る時は老婆の姿で現れ、その住居はドルメンの下にあり、

地下に住んでいる、など)を伝えてくれます。

 

もっとも、ケルト人にとっては、大地母神とともに崇拝の対象にしたものは、

牛よりも馬であったようです。馬のおかげでケルト人の祖先は遊牧の民から

騎馬戦士へ、沈着さと冒険精神を兼ね備え、大胆でエネルギッシュで、しば

しば好戦的な人間へと変身を遂げたとされています。

 

馬は必ずしも物質的な富ではなく、もっと次元の高いもの、はるかに価値

の高いものをもたらしてくれるのであり、ケルトの馬の女神エポナ(リガン

トーナ)は偉大なる神々の女王、母なる女神とされます。

 

多くの民話において、魔力を持つ馬が重要な役割を果しています。ケルト

の伝統では馬は死者を運ぶ動物であり、その背に魂と乗せて他界へ連れて

ゆく「渡し守」なのです。ただし、死の象徴としての馬は、同じく死の象徴

の牛とは異なっていて、人間は馬と敵対することなく、協力関係にあり、

緊密な伴侶でさえあるとされます。馬は人間と運命を共にし、戦場において

人間と共に死ぬからです。

 

なお、母なる女神は、ケルト社会では、普通、三位一体神として崇められて

いたようです。当時、ガリアでは、彼女たちは3人のマトレ、あるいはマト

ロネスと呼ばれ、並んで座った3人の女性の姿で表されたということです。

 

とりわけ熱心な信仰の対象だった三位一体神は、アイルランドでは<3人の

ブリギット>と呼ばれたが、ブリギットは、ダグザをはじめとする神々の母

である偉大な女神のとる姿であったにもかかわらず、ダグザの娘でもあり、

ブリアン、ヨハンヴァ、ヨハルの母でもあるというように錯綜し、ケルトの

神々の系図を作成するのは大変困難なのです。

 

ブリギットは知性と技術の力を同時に体現しており、詩人と鍛冶工と医師の

守護者とされたが、彼女の信仰はキリスト教化の波を越えてアイルランドで

生き続けたようで、キルデアの大修道院の創設者聖女ブリギットという同名

のキリスト教の聖者の存在にその信仰の深さが伺われます。

 

このキリスト教の聖女は古代の大地母神のあらゆる性格を保持していて、

農夫たちに豊穣をもたらす者であり、家々を訪ねてその暖炉の灰に足跡を

残していったという。彼女は出産を司り、民間伝承では聖母の助産婦と

されたようです。

 

ところで、ケルト人は母なる女神の信仰だけでなく、頭部に鹿の角を持つ

男性神崇拝も先住民族から受け継いでいるようです。

 

この頭部に鹿の角を持つ男性神の表象は、巨石文明期よりもはるか昔の

中石器時代に起源を持つと考えられていて、グンデストルップの大釜や

その他の遺跡などに、多くは足を組んであぐらをかいたヨーガのポーズで

表されているようで、「ケンヌンノス」と呼ばれています。

 

ケンヌンノスについては、狩猟によって生活をしていた種族の古いトーテム

に由来する鹿の神であるとする説など、さまざまな説が唱えられているが、

ヤン・ブレキリアンは、「そのいずれもケルトの観念とは相容れないものだ。

ケルト人の間でトーテミズムが行われていたことはない。彼らの宗教は

実利的な次元のものではなかった。動物の繁殖、その他なんらかの自然現象

を崇拝の対象とするなどというようなことは彼らには思いもよらないことで

あった。彼らの神話は常に本質的に形而上的であり、自然宗教的なイメージ

は、彼らにとってはシンボルとしての意味しか持つものではなかった」と

しています。

 

ケンヌンノスという神の性格、その自然の主たる姿は、古い図像的資料だけ

でなく、「オウエンとリネット、あるいは泉の淑女」などのマビノギ(古

伝承)におけるケンヌンノスの記述からも知ることができるようです。

 

この神話では、森の神は<黒い男>、つまり地下世界の神、冥界の神であり、

地上で植物と動物を支配しているとされます。一本足で一つ目というケル

ヌンノスの姿は意外ですが、はっきりと鹿の角を持つとされなかったのは、

これらのマビノギ(古伝承)がキリスト教徒、それもおそらくは修道僧に

よって記録されたものであるところに原因があるようです。彼らには、

異教徒であった祖先の角のある神は、悪魔の化身以外の何者でもなかった

からです。

 

ただ、一つ目というのは、ケンヌンノスではなく、ケルト人が先住民族の

宗教から受け継いだ、もう一人の神、アイルランド人がパロールとよぶ

神を彷彿させます。パロールは恐ろしい一つ目の巨人で、始原のカオスを

具現する一種の死の神とされます。

 

なお、最古の二人の神、すなわちこのケンヌンノスと偉大な大地母神が

カップルを形成していたことはグンデストルップの大釜の彫刻などに

よって確認できるようです。

 

ただ、気になることは、角の生えた神と豊穣の女神のカップルの間を攪乱

するかのようなもう一人の存在がいるようなのです。

 

ヤン・ブレキリアンは、その第三者は破壊の神「エスス」ではないかと

しながら、ケンヌンノスの神話が意味するところについて次のように

述べています。

 

「彼(ケンヌンノス)は自然界の主であり、同時に地下世界の神でもある。

また豊穣の女神の配偶者であるが、欺かれた夫である。彼は角を持っている

からだ。もっともそれは抜け落ちては生えかわる鹿の角であり、それゆえ

彼の冒険は周期的なものとなる。最初の段階では、彼は妻と共にシイ(他界)

の地下王国を支配している。次の段階では、彼は女神に捨てられるが、再生

した自然の王となり、その一方で彼のライバルが代わって地下の王座につく。

しかし最後には彼はこのライバルに打ち勝ち、妻と王座の両方を取り戻すが、

このとき自然は冬眠状態に陥り、彼は角を失うのである。」

 

そして、この神話の自然における象徴主義は非常に奥深い意味を含んでいて、

「自然の生命は春に再び姿を現すために、冬になると地下に避難する。だが

母なる大地は、創造力の力によって受胎し新しい生命を産み出すと、次に

創造者を裏切って破壊者になびくのである。この時、裏切られた夫に生える

鹿の角は、動物界と植物界の成熟を同時に象徴している」としています。

 

このように、神話においてケルヌンノスの占める位置は非常に重要であった

ので、彼は、「デドの王子プイヒル」やゲール人の英雄フィンの

伝承神話など、いろいろな物語の中に姿を変えて現れてくることになります

が、遂には、イエス・キリストに吸収されるかたちで、ほぼ消滅することに

なります。

 

もっとも、いにしえから伝わるケンヌンノスのイメージそのものは消滅を

まぬがれ、魔術師マーリンという、ドルイド教とキリスト教の混合から

生まれた新しい化身のうちにその姿を蘇らせるのです。

 

以上、騎馬民族の宗教といえば、元来、男性神が優位に立つ、再生より

も死後の世界での生を説くものであったが、その土地の母なる女神を主神

とする信仰を消滅させることなく重なり合い、そこから混合的な特有の

宗教が生まれたのです。

 

原始の地母信仰は、女性が家族集団を統率し、子供たちが母方の祖先の

名で呼ばれた古代の母系制社会の姿をしのばせますが、母権制の終焉と

ともに、母なる女神の信仰は支配力を失い、女性の子宮や大地の深奥と

結びついた冥界の神々は、太陽的性格をもつ天空の神々に主権を譲ること

になります。ケルヌンノスの神話は、母権制から父権制への移行の困難さ

を浮かび上がらせるものとされます。

 

とはいっても、巨石文明の刻印を深く残すヨーロッパ西部では、地中海

沿岸地帯やゲルマン人社会のような男性の絶対的優位は生まれなかった

ようで、大西洋岸では、青銅器時代、次いでケルト時代に至っても、

ラテン人やギリシャ人、そしてゲルマン人よりもはるかに女性に権利と

支配力が残されていたということです。

 

ケルトの女性は大いなる尊敬の対象であり、戦争と平和を決定する会議に

も参加でき、祭司や王の役割を果たし、軍隊を率いることもできたといわれ、

求婚するのさえ女性のほうからであったといわれています。

 









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