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「古代ギリシャ宗教の精神」-ギリシャ神話2-


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前回は、ギリシャの神々の誕生とその変遷を見てきましたが、そこには、

自然現象の神格化の段階があり、そして、その後、神人同形論の概念から、

一見、人間と区別がつきにくいほど近似した神々の物語が生まれてきた

ことがわかります。

 

しかし、そうなると、我々は、ギリシャ人が神々を人間に近いものと考え

てきたのではないか、或いは、あまり崇高な存在として見ていなかった

のではないかというような早とちりをしてしまう危険性があります。

 

そこで、今回は、W.F.オットーの『神話と宗教-古代ギリシャ宗教の

精神-』に依拠しながら、決してそうではないということを明らかに

したいと思います。

 

さて、ギリシャ宗教は、ユダヤ=キリスト教から見て、複数の神が人間の

姿をして存在し、自然に密接していて道徳的にもいかがわしいもの、

つまり、宗教などではない似非宗教と考えられていたようです。

 

そこで、オットーは、まず、<われわれはギリシャ人の建築、彫刻、文学、

哲学、科学など彼らの残した偉大な作品をほめたたえるが、ギリシャの

神々に対してもなぜそうしないのか。そのような不滅の作品群もわれわれ

が低く見るあのギリシャの神々がなかったら、現にあるようなものには

決してならなかったのではないだろうか。数千年後の今日においても、

見る人の心を高め、敬虔の念さえ抱かせる作品を生み出した創造力、その

創造力をよび起したものは、あの神々の精神以外の何ものでもなかったの

ではなかろうか。>よって、<神々をして素朴な妄想から生まれたものと

する一般の見解にどうして甘んじられよう。それは未熟な思考様式と見な

され、その誤りは人間悟性が未発達な段階にあったからだと説明するとき、

一番大きな価値をもったものを見失うことになる>と述べています。

 

そして、これとは別の見解を提示するとして、<神は発明されるものでも、

考察されうるものでもなく、また表象されるものでもなく、ただ経験に

よって知りうるだけである>といい、<神的なものは、それぞれの民族に、

それぞれの仕方で現れ、彼らの現存在に形相(すがた)を与えた。こう

して初めて各民族がそれぞれしかるべきものとなり得たのである。だから、

ギリシャ人も彼らに固有の神経験を受け取ったに違いない。われわれは、

彼らの作品を高く評価しているのだから、そのギリシャ人に対して神的な

ものがどんな現れ方をしたか、と問うことはわれわれにとってなおさら

重要なことに違いない>としています。

 

ところで、オットーは、<古代ギリシャの神々が軽んぜられた理由として、

まず、それ以前のすべての宗教が持っていた寛容を捨てて、自分だけが

真理であることを標榜するような宗教が勝利をおさめた>ことにあると

言います。もし、<ギリシャ的な神思想の持つ無類の創造力が初めから

注目されていたならば、異教であるギリシャ(ならびにローマ)の宗教

のもとにあった大いなる時代は、その後のキリスト教の時代より間違い

なく敬虔であったということだけは認められたであろう>と述べています。

 

より敬虔であるということは、神に寄せられる想いが、はるかに威厳を

もって日常一般の人間的現存在を貫いていたということであり、ある特定

の日、特定の時間だけが神への勤めに捧げられ、あとは世俗の営みが別個

のそれ自身の法則にしたがって存分に翼を伸ばすといった具合には神事

と世俗の存在とが分離していなかったということだとしています。

 

しかし、ギリシャの神々はキリスト教の唯一の真実の神の概念と相容れ

ないため、それらはデモーニッシュな力ということにならざるを得ず、

近代にいたるまで、人を誘惑する魅力にみちた不気味な存在としての

威光を保持してきたにとどまったということです。

 

西洋の神話研究の分野においても、ロマン主義などの台頭によって、神話

とは、人間の精神が持っている根源言語であり、人間がいつでもなし得る

経験の比喩以上のもの、つまり、ある特定の世界時間にのみゆるされた

存在の開示であることが理解された時期があったが、その後、勢力を得た

浅薄な啓蒙主義によって、真正な神話研究は止めを刺されてしまったと

しています。

 

啓蒙主義にとっては、それらは児戯にも等しく、問題にするに足らぬもの

であり、古代の崇高な祭儀と神話の背後には、一考に値するほどのものは

一つもないということにされてしまったということです。

 

また、オットーは、19世紀の後半は、自然科学とダーウィニズムが台頭

した時代でもあり、ギリシャ宗教をはじめとする神話的宗教に関して、

今でも一般に受け容れられている考え方が確立した時代でもあると

しています。

 

そこでは、人間の思考力は初期の段階から、以後、数千年の間に進化して

きたとする理論が真正の宗教研究にとって代ったが、それは、発端は能う

かぎり粗野なものでなければならないというのが自明の前提とされ、異教

の神々に対する信仰は、ほかならぬ粗野な誤謬から生まれたのだという

ことを明らかにしようとしたのだとしています。

 

しかし、それこそ神話と祭儀の時代の人間と、19世紀の合理的、技術的

人間の思考回路を同じに考える大きな誤謬だとする一方、その後の、新し

い神話解釈の方法である深層心理学的解釈についても、深層心理学の考え

方は、神話とは対極の世界のものである。この心理学は、人間を自分自身

のもとに投げ返すばかりで、開けた世界から輝き出る神々しい精神から

人間を遮断してしまうものであり、それはまさに神を失った現代世界の

産物だとして批判しています。

 

さて、それでは、神話というものをどのように理解すべきなのでしょうか?

 

オットーは、神話という語を、<その言葉どおりを真に受けることはでき

ないが、おそらく背後により深い意味が隠されている話のことなのだ>と

述べています。

 

ミュートス(神話)とは、ほかならぬ<言葉>の謂であるが、何はともあれ、

頭の中で考えられた事柄にかかわる言葉では決してなく、事実にかかわる

言葉を意味するから、偉大な神話の時代には、今とはまったく異なった考え

方をしていたに相違ない。しかし、後世になって、人々はこれを荒唐無稽と

みなすか、哲学的な神話解釈のように意味深長な空想の産物とみなすかの

どちらかになったとしています。

 

また、オットーは、<本来の真正な神話は祭儀、つまり人間をより高い領域

に高揚させる、荘厳な所作なしには考えられない>と述べています。

 

かつては祭儀を神話の単なる演出だとする考え方があったが、それは誤り

であり、神話を伴わぬ真の祭儀がないばかりか、祭儀を伴わぬ真の神話も

また存在しないとしています。

 

<神話と祭儀の両者は根本において一つのものである。祭儀のさいの

身振り、姿勢、動きの感動的な崇高さを思い起こしてみれば、それは

神話のもつ神的真理の直接的現れである>とし、<人々が神の啓示の

唯一のものと見なしたがる言葉による告知に少しも劣るものではない>

というのです。

 

よって、神話として現れた神の自己証明を、第一に、人間にのみ特有な

直立した、つまり、天に向かった姿勢、つまり、言語の中にではなく、

佇立し、腕や手を高く上げる、また、を合わせるなどする、肉体の

上方への志向のうちに現れた神話。第二は、厳かな足の運び、舞のリズム

とハーモニー等々の人間の動作、行為の中に形相として出現する神話。

第三は、本来その名が示すとおり、神的なものが言葉のうちに自らを開示

する、言葉としての神話、という三つの段階に分けてみることができる

と述べています。

 

かくして、神話の根源現象である、行われることと語られること、つまり、

狭義の祭儀と神話の関係についていうと、祭儀においては、人間が自ら

神的なもののうちにまで高揚し、神々とともに生き、行為する。他方、

狭義の神話においては、神的なものが自らを低くし、人間的なものに

化する、というふうに要約できるとしています。

 

なお、我々が抱く大きな疑問である<神人同形説>、つまり、神々は

人間の姿として表象され、神々の行状までが人間のそれに近いという点

については、オットーは、ゲーテの<ギリシャ人の意思と志向はとは、

人間を神化しようとすることにあったのであり、神を人間化することに

あったのではない>という言説を引用しながら、<神が人間の相貌をして

人間に近づくことは、実に迷信どころか、むしろ真の開示の証である>

と述べています。

 

ともかく、古代ギリシャの神々は、至福かつ悠遠の存在でありながら、

親しみ深い遍在する神である、つまり、及びがたい悠遠さを持ちながら、

同時に直接身をもって感じ取れる眼の当たりの存在なのであって、これ

ほどの身近さは古代の宗教にも他に類を見ないとオットーは述べています。





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ギリシャ神話の誕生


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ギリシャ神話 




ギリシャ神話は、演劇や映画、そして小説などの素材やテーマにされて

いるためか、そこに登場する神々の名については、他の外国の神話に

登場する神々よりは馴染み深いように思いますが、それはあくまで

断片的、表層的で、そこに登場する神が数多いギリシャの神々の

なかで本来どういう位置づけがなされていたのか、どういう由来が

あるのかが不明瞭な気がします。また、擬人化が進んでいること、

つまり、すぐには区別がつかないほど神々と人間は近いということも

気になるところです。よって、今回は、今、流布されているギリシャの

神々と神話がどういうふうに形成されていったのかをフェリックス・

ギラン氏の『ギリシャ神話』を参考にしながら追ってみたいと思います。

 

さて、ギリシャ人と呼ばれる諸種族が、原始的な未開状態を抜け出す

かなり以前から、エーゲ海域には、クレタ島を中心とする地中海文明

なるものが存在したようです。エーゲ文明は、紀元前3千年頃には

すでに芽生えはじめていて、紀元前16世紀頃には最高度に発達し、

ギリシャ本土にまで広がっていたということです。

 

エーゲ文明においても、宗教は重要な地位を占めていて、他の多くの

民族と共通するように、エーゲ宗教の初期形態も、聖石崇拝、柱崇拝、

武器崇拝(特に両刃の斧)、樹木信仰、動物信仰などの物神崇拝で

あったようです。

 

その後、神々を擬人的にとらえる神人同形の概念が生まれて、クレタ神団

(パンテオン)が形成され、神話が創造されたようです。ギリシャの伝説

のなかには、そうした神話が数多く残っていて、例として、クレタ島に

おけるゼウスの誕生、エウロペと牡牛、アポロンが自らを祀るために

デルポイに連れてきて神官としたクレタの人々、そして、ミノタウロス

などがありますが、エーゲの神々は、ギリシャ本土に移ると、原初の

形態を失ってギリシャ風に変ってしまったため、エーゲ神団の全貌に

ついてはほとんどわかっていないのが現状のようです。

 

ただし、次のようなものではなかったかといわれています。

 

<エーゲ人の最高神である神は、他の多くのアジアの信仰と同じく、女性

であった。それは万物の母としての大女神で、この神の中には、神の具え

るべきすべての属性や機能が一体となっていた。とりわけ、彼女は豊穣を

象徴し、その力は人間だけでなく、植物や動物にまで及んでいた。また、

この女神は、天上の神としては、天体の運行を支配し季節の移り変わり

を司った。そして、地上では、豊作をもたらすものとなり、人々に富を

与え、戦闘においては人間を守り、海上では、危険な航海を行うとき、

行く手を示してくれた。この神は猛獣を殺したり馴らしたりした。

つまり、生の女王であり、また、死の女王でもあった。>

 

なお、このエーゲ人の母なる女神は何という名であったかは記録がないが、

クレタではレアと呼ばれて祀られていたということです。ともかく、

この名は、後に、ゼウス信仰において古代クレタの神を呼ぶのに用いられ、

ヘシオドスの『神統記』では、ゼウスはレアの息子ということになって

います。

 

その他には、ディクテュンナとプリトマルティスという二つのクレタ女神

の名が残っているようです。(ギリシャ人はその伝説の中で、同じ神をこの

二つの名で呼んだ。)

 

また、エーゲの人々は、大女神に関連して、一体の男性神を考えだした

ようです。この神は西アジアの信仰をまねたもので、少なくとも最初は

女神の下位にあったようですが、詳しいことはわかっていません。ただ、

このエーゲ海の男性神は、関連する女神と同様、天界の神であり、アステ

ロエイス(「星の」)という添名がついていたようです。この神は、その後、

ゼウスと一体化し、ゼウスの伝説は、より古いクレタの伝説が加わって

いっそう豊かなものになったということです。

 

もう一つ、クレタの神の特異性としては動物と人間の特徴が混じり合って

その本質となっているという点にあるということです。多くのアジアの

宗教に見られるように、非常に古い時代からエーゲ海地方では、牡牛が

力と創造的エネルギーの象徴になっていたようです。牡牛は後に大男性

神の象徴となり、そうした象徴として重要な役割をクレタ伝説の中で

演じ、ついには神格を与えられることになったということです。とにかく

ミノタウロスは、シュメール人のエンキに類似しているのです。

 

このようにクレタの神には、ミノタウロスという牡牛神の姿をとった神

ばかりではなく、ミノスという人間の姿をした神もいたということです

が、我々には、ミノタウロスにせよミノスにせよ、それがギリシャ化した

とき受けた変容を通してしか知ることができないのです。

 

さて、ギリシャ神団(パンテオン)は、早くもホメロスの時代(紀元前9

世紀)に確立したようです。

 

しかし、ホメロスは彼らの起源や過去について何も語っておらず、わずか

にゼウスがクロノスの息子だと述べ、たまたま、オケアノス(大洋)と

その連れあいのテテュスが、神々や生き物の創造者だと言っている程度で

あるということです。

 

ギリシャ人が彼らの神々に系図や歴史がなければならないと思ったのは

もう少しあとのことで、ヘシオドスの詩『神統記』がギリシャにおける

最も古い神話の分類であるとされます。『神統記』は神々の起源を詳しく

述べ、神々の主だった冒険を思い起こし、彼らの関係を確定するとともに、

宇宙の形成をも説明しようとしています。

 

ヘシオドスによるギリシャ人の宇宙創造論は、周知のとおり、カオス

(混沌)から始まりますが、世界の形成と神々の誕生の概要は次の

ようなものです。

 

<初めに混沌(カオス)があった、漠として暗かった。ついで奥深い胸を

もった大地ガイアが現れ、そしてついに、「心を和らげる愛」エロスが

現れた。それ以降、エロスが産み出す力が生物・無生物の生成に常に

主役を務めることになった。>

 

<カオスから暗黒(エレボス)と夜(ニユクス)とが生まれ、ついで、

この二つのものが結びつき、光(アイテル)とヘメレ、すなわち昼が

生まれた。>

 

<ガイアは、まず、星々の冠を戴いた天空、ウラノスを生んだ。ガイアは、

ウラノスを自分と等しく雄大なものに生んだので、ウラノスは彼女を覆い

つくした。ついで、ガイアは、高い山々と波の美しく響き合う不毛の

海ポントスを創り出した。>

 

<宇宙はでき上がってしまったが、まだ住む者がいなかった。そこでガイア

は、息子のウラノスと交わり、最初の種族であるティタン神族を生んだ。

彼らは十二神で、六神が男神、六神が女神であった。男神は、オケアノス、

コイオス、ヒュペリオン、クレイオス、イアペトス、クロノス、女神は、

テイア、レイア、ムネモシュネ、ポイベ、テティス、テミスであった。>

 

<ウラノスとガイアは、次にキュクロプス族、すなわちブロンテス、ステ

ロペス、アルゲスを生んだ。彼らは他の神々に似ていたが、額の中央に

目が一つしかなかった。最後に、彼らは三体の怪物を生んだ。コットス、

ブリアレオス、ギュゲスであった。彼らは肩から百本の手が伸びていて、

頑丈な胴体の上には、それぞれ五十の首が生えていた。それゆえ、彼ら

はヘカトンケイル族(百の手を持つ者)、あるいはケンティマヌス族

(同意)と呼ばれた。>

 

<ウラノスは、子供たちを見て恐ろしくて仕方なかった。それで子供が

生まれると、大地の深みに閉じ込めてしまった。ガイアは初め嘆いたが、

その後、腹を立て夫に恐ろしい復讐を企てた。彼女は胸からきらめく

網を取り出し、鋭い鎌形刀を造り上げ、子供たちに計画を説明した。

彼らはみな、怖気づき尻込みをしたが末子のクロノスだけが彼女を

手伝おうと申し出た。>

 

<夜になると、ウラノスはニユクス(夜)を従えていつものように妻と

過ごしにやってきた。彼が油断して眠っている間に、鎌形刀をとり、

ウラノスの陰部を切り落とし、海に投げ込んだ。傷口から血がしたたり、

大地にしみ込んで、恐るべき復讐の女神たち(エリニユス)や、大いなる

巨人たち、とねりこの妖精メリアスたちを生んだ。波の上に漂う陰部の

断片は崩れて白い泡となり、そこから、若い女神アフロディテが生まれた。>

 

以上が最初の神々であり、彼らの演じた最初のドラマということになり

ますが、ヘシオドスの『神統記』は、ここからさらに神々の誕生と戦い

のドラマが展開してゆき、ゼウスの王位継承にまで至ります。

 

ところで、ドラマを演じる神々のうち、ガイアは、はっきりした特徴を

備えた唯一神ですが、一部の神は、その性格が曖昧ではっきりしていない
ようです。ヘシオドスのいうカオスは、「大口を
開ける」という意味の
ギリシャ語に由来するものであり、広い空間を
示しているだけなのです。
のちになって「注ぐ・流れる」という意味の
語を間違えて語源と考えた
ことから、ようやく、カオスは、空間に
散らばっている諸要素が混乱
したばらばらの状態で集まったものを意味
すると考えられるように
なったということです。ともかく、カオスは、神性を
持たない純粋な
宇宙の本源だということです。

 

同じことは、ヘシオドスのいうエロスについても言えるようです。これは

後世の伝説に出てくるエロスとは何の共通点もないのです。ここでは、

エロスは存在を結合させる引力を表しているにすぎないということです。

 

また、ガイアの息子であり、同時に夫でもあるウラノスは、星のきらめく

空であり、ギリシャでは全く信仰の対象にはならなかったようです。この

空(ウラノス)と大地(ガイア)の概念は、原初的な二体の神と考えられ、

すべてのインド=ヨーロッパ民族の共通のものであるとされます。

 

ティタン族も、最初の神族とされるが、はっきりした個性を持っている

ものはほとんどいないのです。ヘシオドスのいう彼らの名の語源は空想

的なものであったようです。とにかく、ギリシャではティタン族は人間

の祖先として讃えられたとされており、技術や魔術の発明は彼らによる

ものとされたということです。

 

このティタン、そして、キュクロプスたち、へカトンケイルたちは、

包括的にいうと、最初は荒れ狂う自然の力の象徴であった考えられます。

 

なお、フェリックス・ギラン氏によると、ヘシオドスの言うような原始的

で一般に普及していた宇宙創造説に対して、オルペウス教の宇宙創造説と

いったものがあるようです。

 

それは、<根本はクロノス、つまり、「時間」で、そこからカオスが生ま

れ、これは無限を象徴しており、アイテル(光)は有限を象徴していた。

カオスはニユクス(夜)に取りまかれ、「夜」が覆いとなって、その下で、

アイテルの創造活動により、宇宙の物質が徐々に形成されたのであった。

これは、最終的には、「夜」の殻に包まれた卵の姿をとった。この巨大な

卵の内部は、上部は天空、下部は大地であり、その中心部で、最初の存在

パネス(光)が生まれた。「夜」と交わって「天」と「地」を創ったのは

パネスであった。ゼウスを生んだのも彼であった。>などというもので、

神話というよりは形而上学的な仮説といったものに近いということです。

 

それはともかくとして、長い間、口伝という形で伝承されてきたギリシャ

神話のもとになる物語が紀元前9世紀頃になってホメロスやヘシオドスの

叙事詩の形に書きとめられることになったが、それが紀元前5世紀になって、

三大悲劇詩人と呼ばれるアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスに

よって「悲劇」に仕上げられることによって、ギリシャ神話の多くが現在

知られているような形で残されることになったということです。

 

なお、その後、ギリシャ神話は、ローマのラテン文学で取り上げられる

ようになり、紀元前一世紀から次の世紀にかけて活躍した詩人オウ

ウスの神話詩『変身物語』として結実したということです。よって、

欧米では長い間、この『変身物語』で語られる話こそが、標準的な

ギリシャ神話であるように扱われてきたのだそうです。

 

ともすると、その巧みな擬人化に眩惑され、神話としてではなく、人間の

物語として認識してしまう傾向にあるギリシャ神話、そして古代ギリシャ

宗教の本来の精神というものはどういうものかを次回は考えみたいと思い

ます。








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死生学と霊魂学


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前回は、難波絋二氏の『覚悟としての死生学』を取り上げ、そこにおける、

従来の死というものに対する常識や通説を覆すような鋭い論述をいくつか

紹介しましたが、今回は彼の死生学に対する考え方について触れるととも

に、死生学の限界を越える霊魂学について述べてみたいと思います。

 

まず、難波氏は、<近年における情報・バイオ革命の進展により価値判断

の多様化が生じ、これまでの宗教や哲学にもとづく倫理道徳に崩壊が生じ

てきている。そして、価値の多様化は、個人の死生観についても生じて

いて、これまでの不動と思われていた人間の誕生や死の基準までもが揺ら

いできている。そうなると、自分のなりの死生観をはっきり持っていない

人々は、ただ自分や他人の生物学的生を長引かすことに最大の価値を見い

だし、かえって充実した生を楽しむことから遠ざかってしまっているの

ではないか>というふうに、いわゆる生命至上主義に対する疑問を投げ

かけています。

 

また、<宇宙の誕生そして生命体の発生と進化の過程を述べたあと、宇宙

の時間の長さに比べれば、生まれる前の時間と死後の時間の方がはるかに

長いのであり、生は一瞬にすぎない>とし、さらに、DNAを根拠に「人類

」の新しい概念について、次のように述べています。

 

<最近になって遺伝子が詳しく調べられるようになると、人と他の大型霊長

類との間では、遺伝子の違いがほとんどないことが明らかになった。人と

チンパンジーのDNAの違いは1.6%で、ヒトとゴリラとの違いは2.3

%、ヒトとオランウータンの違いは3.6%であるが、DNAの違いが3%

以内である場合には、他の生物の場合には別科として扱わないのであり、

同じ基準にしたがうと、チンパンジーもゴリラもヒト科に属し、ただ種が

違うだけということになる。>

 

<このことは、キリスト教などの一神教が説くような、人間が自然界に占め

る特別な位置などなくて、少なくとも分類学上は、他の霊長類と並んで連続

的な位置を占めている。だから、未来の世界は大型霊長類を今とは違った目

でとらえるようになるだろう。こうして人間は自然の一員として位置づけら

れるようになり、その特権を放棄するようになるだろう。このような考え方

は、西洋のキリスト教的なそれよりも、古くからある東洋的な考え方に近い、

ということに注目しよう。>

 

そして、以上のようなことを踏まえて、難波氏は、<人生はその長さでは

なく、それが本人にとっていかに充実しているかが問題となるだろう。短命

で亡くなった人が必ずしも不幸だとは言えなし、長命がすべて幸福とも

言えない。単なる寿命の長短の比較ではなくて、もともと一瞬にすぎない

生を、どのように充実して生きるかということに重きを置くべきではない

だろうか。今夜の眠りが明朝目覚めるという保証は、蓋然性としてしか

存在しないのだから、一時的眠りと永遠の眠りとの差をあまり考えても

意味がない。それよりも、今日を力いっぱい充実して生きることが重要

なのだ>と彼の死生観を表明しています。

 

さて、難波氏の死生観は、それはそれで理解はできるとしても、彼が

付随して述べている霊魂や死後の世界の説明については、かなり疑問

が残ります。

 

彼は、<生きた人間にあるのは意識だけであり、霊魂は存在しない>と

して、<「霊魂の不滅」という説が生まれてきたのは、人間の意識のうち

で非常によく発達している「自分」という意識、別の言葉でいえば自我と

か自己意識にとっては、それが永遠に消滅するという認識は、非常に受け

入れがたいし、恐怖ですらあるから、霊魂が不死であってほしいという

願望を生み、さらに、それが宗教として発展したのだ>と述べています。

 

また、<現実の世の中は結果において不平等で、悪人が栄え善人が苦しむ

こともあり、一生医者知らずの健康に恵まれる人もいれば、終生を病苦に

悩む人もいる。生が一回きりしかないことはあまりにも不公平であり、

この世で苦しんだ代わりにあの世があって、敗者復活戦ができるとよいと

誰でも思う。この願望が生んだ妄想が「死後の世界」や「死後の審判」で

ある>と断言しているのです。

 

これは、前回、紹介したような難波氏の、生の側から見た死というものに

ついての鋭い指摘に比べて、とおりいっぺんの論述という印象を免れません

し、物足りないというか、肩透かしをくったような感じがします。

 

以上が、『覚悟としての死生学』の紹介ですが、これは多岐にわたる「死生

学」という学問的な試みの一つにすぎません。そのほかにも、様々な試みが

なされていて、なかには、死の壁を越えて生と死を包括にとらえようとし、

輪廻転生論のような伝統的な死生観を再検討しようとするものもあります。

しかし、生と死を遮断する壁は依然として崩されていないように思います。

 

さて、このように、現在の死生学は、期待を担って前進を続けながらも、

全体として死のこちら側のみに目を向ける形に止まっているようで、生を

全うすることによって人生を終え、納得した上で死を受容するということ

で完結しているように見えますが、そもそも、死とは、死の特異性とは何

なのでしょうか?また、死というものの向こう側を、また、生と死を俯瞰

的に見ることはできないのでしょうか?

 

評論家の芹沢俊介氏は、 「死に関して重要な事実がある。それは私が

実際に自分の死を経験することができないということだ。」「この経験

不能な主観的領域であるということが、自分の死について不安や恐怖、

嫌悪といった様々な感情を呼び込んだり、死後への想像力をかきたて

てくる理由と考えられる」と述べています。

 

また、思想家の吉本隆明氏は、『共同幻想論』のなかで、「人間にとって

<死>が特異さをもっているとすれば、生理的にはつねに個体の<死>と

してしかあらわれないのに、心的にはつねに関係についての幻想の死と

してしかあらわれない点にもとめられる。もちろんじぶんの<死>に

ついての怖れや不安といえども、じぶんのじぶんにたいする関係の幻想と

してあらわれるのだ。」

 

「人間は自己の<死>についても他者の<死>についてもとうてい、じぶん

のことのように切実に心的には構成することができないのだ。そして、おそ

らくこの不可能性の根源的な原因をたずねれば、<死に>おいて人間の自己

幻想(または対幻想)が極限のかたちで共同幻想から<浸食>されるからだ

という点に求められる。」「人間の自己幻想(または対幻想)が極限の

かたちで共同幻想に<浸食>された状態を<死>と呼ぶ」としています。

 

つまり、死というものが自分で実際に経験することができないものであり、

死というものにまつわるあらゆる観念が共同幻想でしかないのだという

ことになり、「死」というものの真実、全体像を見極めることが現在の

地上の学問ではできないということになります。

 

さて、死という厚い壁を前に、どうしたらいいのかと途方に暮れてしまい

ますが、唯一の方法があるとすれば、この世の人間ではない存在、つまり、

死を経験した霊的存在、それも死後の世界とこの世を俯瞰的に見渡すこと

ができる高貴な存在に聞くこと以外にはないように思われます。

 

そこで、それが可能だとする学問、すなわち、人間の幻想ではない、頭脳

の産物ではない、実在の高貴な霊的存在よりもたらされたという「霊魂学」

という学問について紹介しておきたいと思います。

 

水波一郎氏は、今は絶版になった旧著『霊魂学を知るために』において、

霊魂学とは、まず、<それは、巨大な意識体による霊魂通信の体系である>

と述べられています。つまり、高貴な存在からの情報であり、人間の脳を

経由はするが、脳自体が考え出したものではないということです。

 

ただし、霊魂学は科学でないとされます。なぜなら、霊魂学は、霊魂から

の通信と、地上の霊媒の霊的知覚により成り立っていて、科学的に証明が

困難な、霊的存在との交流を前提とした理論であるため、宗教の範疇に

入るのだそうです。

 

いかなる学問も自説を強調し、それを相手に強要するとき、それは宗教的

独断といえる。科学においても、新しい説が出るたびに塗り変えられてゆく

が、それが進歩というものである。にもかかわらず、霊魂を頭から否定する

のはおかしい。<科学的にどちらも証明できないという立場が科学者として

正しい>としています。

 

なお、「霊魂学」の「霊魂」と何かというと、「霊魂」の定義は非常に複雑

で難しいため詳しい説明は割愛しますが、それは、本来、世間でいう死後の

世界の人間のことではない、死後の世界の人間は霊魂と呼ばす、「幽界の

人間」と呼ぶべきであるとされます。(ただし、霊魂という言葉を通俗的

な意味で使用される場合もあります。)

 

また、<霊魂学は人間と霊魂と神を結ぶ学である>とも述べられています。

つまり、人間の正体が霊魂であり、霊魂の究極の創始者が神である以上、

霊魂学はすべてを対象にするということです。

 

一方、<神学とは、誰もとらえられないものを学問とするゆえ、空想の学

である>とされます。<神など簡単に知りうるはずがないために、未熟な

幽体(死後使用する霊的な身体)をもった学者たちは、難しい理論をこね

回し、神を哲学の世界へ追いやってしまう>のだそうです。

 

また、<世の中には、高貴な世界を神界、天界、仏界、超越界などという

用語を用いる人がいるが、どの名称も、その世界を一度も見たことも聞いた

こともない人たちが好き勝手につけた名称であり、他の説と一致するわけ

もない。一部の霊学書を勝手に経典に祭り上げ、科学を名乗っている>に

すぎないとしています。よって、<神霊界通信など笑い話にもならない。

ましてや、神界通信など絶対にない。なぜなら、神霊もしくは神からの

メッセージは、抽象的な形でのみ可能であり、具体的な言葉にはならないし、

地上の言葉に神霊の想念はあてはまらず表現しようがない>からだそうです。

 

しかし、地上時代、神は人を創られたという教義を信じ、あるいは、様々な

神や教えを信じて死んでいった人々は、死後、自分の信仰が間違いであった

ことに気づくようです。なぜなら、死後の世界は、宗教教義の言うように

なっていなかったからです。それでも、指導霊が真実を示すとき、目覚める

人が出てくるようです。指導霊は、「あなたは神の前に霊魂を知るべきで

ある。しかし、そのうち、再び、神を求めるようにならねばならない」と

告げるのだそうです。人は神より、段階として、まず、高級な霊魂の言葉を

聞かねばならないということです。

 

また、水波氏の著書『神体』では、霊魂学について、次のように記されて

います。

 

<霊魂の学は、霊魂という「実質」を探究するものであり、本来、科学と

して登場しても不思議ではないのであるが、物質学の範囲でないために、

宗教的な分野でしか発見できていないのである。物質学では証明できなく

ても、有るものは有り、無いものはない。事実は一つなのである。もし、

多くの人が霊魂の学を体験を通じて学ぶならば、高級な霊魂達はより深く

人間に関わり、人々を真の幸福へと導けるであろう。>

 

<人間の心というものは非常に奥が深い。それは霊魂としての長い歴史を

刻んで行くからであり、肉体を捨てて、物質の脳を捨てても、生き残って

行くほど複雑だからである。霊魂の神秘は地上の人間には難しい。しかし、

それを無視しては、本当の自分は見えて来ない。いかに頭で考えても、霊魂

を無視した理論は人間を正しく把握しない。つまり、人間は自分の正体と

しての霊魂を探究すべきなのである。>

 

<死後、肉体を捨てれば、霊的世界で使用する身体を持つことになる。

人は、その身体を地上時代にあらかじめ持っている。つまり、人間の

肉体や心も、実は、霊的身体によって影響を受けているのである。霊魂

を無視して宗教はなく、霊魂を無視して学問は意味を持てない。よって、

霊魂の学は至上の学である。>

 

 

霊魂研究
 (水波一郎著 アマゾン発売)

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『覚悟としての死生学』


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覚悟としての死生学 




ずっと前になりますが、「死生学」という学問について紹介したことが

あります。死生学とは、新しい学問であって、1960年代から欧米では

ホスピス運動が急速に 広がり、死に直面した患者や家族の要請に答える

ための教育、研究が進められるようになったところから始まったという

ことでした。

 

こういった学問が生まれた背景には、人が死を迎える場所は長年暮らして

いた自分の家であり、そこで家族や近隣の人々に看取られながら亡くなって

行くという伝統的な死のパターンが崩壊し、人々は、病院の中で見知らぬ

医者や看護師の人たちと延命装置に囲まれながらの死を余儀なくされる現代

特有の環境、そして、死について語ることはタブーとされ、その意味を問う

こともできないまま、孤独な死を迎えなければならないというような特異な

状況があったようです。

 

そして、それは、当初、デス・スタディーズと呼ばれ、死だけをテーマに

されていたが、日本や東アジアでは、儒教や仏教や道教の影響からか、

「死生学」とか、「生死学」というように、「死」と「生」をセットで

テーマにすべきだと考えられるようになったということでした。

 

近年においては、欧米では、今なお、死とその周辺において生起してきた

諸問題をデス・スタディーズの対象としている一方、日本では、範疇が

拡大され、死と生が表裏一体のものとしてあるような生の在り方、また、

死と隣り合わせとしての生の危機的な状況に関わる諸問題、また、

「いのちの尊厳」が問われるような諸問題をも死生学の対象とするように

なってきているようです。

 

さて、今回は、病理学者の難波絋二氏の『覚悟としての死生学』を紹介

してみたと思います。

 

難波氏は、生命倫理の具体的な問題を解くには、各自が己の死生観を確立

することが大切であるとして論を進めてゆくわけですが、死生観の確立の

前提として、いくつか大変興味深いことを述べておられますので、まず、

そのことについて触れておきたいと思います。

 

<<「死ぬ」と「殺す」は、同じ現象を、見る立場を変えて述べているに

すぎない。>>

 

<世の中は「殺す」という言葉を使うと物騒だし、いやな感じがするから

これを「死」という言葉で呼んでいるが、患者が自らの力で死ねないので

他人の補助を必要とする状態にあるとき、それを助けるのが良いか悪いか、

というのが尊厳死・安楽死問題の議論のポイントである>としています。

 

そして、<尊厳死というのは、基本的には死にゆく人自らが選ぶ死の形態

(自殺とその幇助)であり、安楽死には本人の意思がなく、慈悲の結果と

しての「殺し」といってよいだろう。つまり、本人に死にたいという希望が

あり、それを容れて苦痛のない死を与える場合は、安楽死でなく、尊厳死と

なる。本人の意思の有無が尊厳死と安楽死を分かつ重大な分岐点となるので

ある。本人の意思が明らかでない場合に行われる「安楽死」は、「慈悲殺」

という殺人の一種なのだということを理解する必要がある>と述べています。

(なお、難波氏は、後述するが、自殺及び自殺幇助は道徳的罪にならない

と考えている。)

 

もっとも、<現代における安楽死問題とは、人が事前に尊厳死について意思

表示をせず、「意識のない不治の病人」になった場合に、それにどう対処

するのが倫理的に正しいかという問題であるが、日本人には遺言を書くと

いう習慣はなかなか根づかない。しかし、徐々に日本人も自分の死に方に

ついて確固たる意見を持つことが、結局はもっとも幸せな人生を送ること

になるのだ、という考え方を持ち始めていると思われる>としています。

 

なお、<日本の倫理学者は、安楽死や尊厳死を倫理固有の問題として議論

しないで、すぐに「安楽死裁判」の判決を引きあいに出すが、欧米の倫理

学者は、倫理に反する法が存在する場合には、法を変える必要性を主張し

なければいけない、という常識を持っている。「法は最低の倫理である」

といわれているように、本来、法は倫理の枠内でなければいけない。法が

倫理を作り出すのは逆転現象なのだ>と述べています。

 

<<臓器移植と食人は類似している。>>

 

<もし食人を「人体成分を口から食事のかたちで体内に取り入れること」

と定義すれば、直接、血液を血管に入れる輸血は食人ではないのか?人体

製剤が医薬品の形で人体に投与されている例は枚挙にいとまがないが、

そうなると、我々が食人をタブーとするのは、肉食を好みながら、牛や

豚を殺すことには反感を抱くという偽善と同じものではないか>と述べ

ています。

 

よって、難波氏は、<臓器移植がカニバリズム、つまり人食いであり、

それは理想の医療ではありえない。しかし、それでも臓器移植をして

でも生き残りたいという患者の欲望を否定することができないとする

とき、やむをえず行うとしても、それほど見上げた行為をしているので

はないと考えるべきだ>としています。

 

<<なぜ、人が人を殺してはいけないのか。>>

 

難波氏は、<この問いに対する答えは簡単だ。人間はそういう社会規範を

発達させてきたからである。というよりも、そういう社会規範を発達させ

えた社会だけが生き残ってきたのだ、というほうが正確だろう>と述べて

います。だから、<歴史的には殺人を許容したり、賛美する社会もあった。

特に、それが仇討ちとか、主君のためとか、神のため、あるいは敵を倒す

ためとか共同体のため、という大義名分で美化されると、人類はいくら

でも喜んで人を殺してきた。殺したり、殺されるのを見ることに、人間は

喜びを見いだす性質があるようだ。「高貴な野蛮人」仮説(類人猿や原始人、

未開人はむやみに殺害をしないという仮説)は誤りだ>といいます。

 

<<人間には他人を殺す権利がある。>>

 

難波氏は、<恐ろしいことだが、人間には人間を殺す「権利」がそなわって

いるのだ。それどころか人間を食う権利だってある。だからメデューサ号の

筏事件とか、アンデスの聖餐事件のように、生き延びるために死んだ人を

食った場合には罰せられないし、ローマ法王も許しを与えたのだ。人間には、

他の動物と同じように自己の生存をはかる「機構」がある。それを「権利」

と呼んでよいだろう。だから、人間には他人を殺す権利(自分の意志で自由

に行なったり他人に要求したりできる資格・能力)があると認めなければ

ならない。この権利があるから自分を殺そうとする人間を殺しても、「正当

防衛」として罰せられないのである>としています。

 

また、<私の考えは、世間の人たちとは逆になっているかもしれない。世間

では人間を殺してはいけないという倫理的原則があり、その例外として

正当防衛や死刑や戦争における殺人があると考えているようだ。私は

殺人権はもともと誰にもあるもので、社会や文化や国家がそれを個人から

取り上げ、必要に応じて個人(例えば死刑執行人とか戦時の兵士とか)に

返しているのだと考える。これが正義という名目での殺人の本質だ>と

いいます。

 

なお、難波氏は、<こういう非常に残酷な、実も蓋もないことを書くのは、

われわれは自分で思っているほど高尚な存在ではなく、南京虐殺やユダヤ人

虐殺をやった人たちやポルポド派の兵士たちと、同じ人間であるということ

をいいたいためだ>とも述べています。

 

さて、そうすると彼は死刑制度存続論者かと思いきや、そうではなく、死刑

制度反対論を展開しています。

 

死刑濫用の危険性、死刑執行人(誰が死刑を行うのか)の問題、誤審の

問題、死刑と犯罪抑止力の効果などを考慮すると、死刑は廃止すべき

だというのです。

 

死刑は殺人の一種であり、それは国家が行う合法的な殺人であると結論

づけています。また、戦場における殺人はなぜ許されるのかという問いに

対して、彼は長い間この疑問を抱えていたとしながら、<「法は最低の

倫理である」といわれる。法が定めているのは、もっとも広い倫理の一部

にしかすぎず、法に違反していなくても倫理的・道徳的には許されない行為

がある、という意味で用いられている。しかし、殺人に関してはどうも違う

のではないか。法が禁止することで、二次的にそういう倫理が成立したので

あろう。もしそうだとすると、戦争における殺人は、国家が禁止することで

二次的にそういう倫理が成立したのであろう。もしそうだとすると、戦争に

おける殺人は、国家が禁止せずに奨励するのであるから、誰も倫理的痛みを

感じない理由がうまく説明できるように思われる>と述べています。

 

つまり、<人間の持つ殺人権は、歴史的に、家族内、部族内、国家内の順

で法的に禁止され、それにともない殺人を否定する倫理が生まれてきた。

しかし、国民国家は国家内殺人については、死刑を除いて禁止したが、

国家間紛争を解決する手段としての戦争を禁止しなかった。だから、国家

殺人としての戦争における殺人は禁止されていないのだ>としています。

 

<<考え抜かれた自殺は倫理的である。>>

 

先に、難波氏は、自殺および自殺幇助は道徳的罪にならないと主張して

いる旨を紹介したが、その理由について次のように述べています。

 

<明治以前の日本の歴史を見ると、自殺禁止の倫理がなく、自殺を否定

したような論述はまったくない。明治国家が自殺禁止を導入した理由は、

近代法体系の整備(特に刑法)にともないキリスト教的倫理が導入された

こと、そして勝手に死ぬことを禁止する方が国家にとって都合がよかった

からである。>

 

<西洋においても、キリスト教以前の古代社会では自殺は認められていた。

自殺を罪と考えているのは、本来、一神教の世界のみであったが、その権威

が揺らぐことにより、現代ヨーロッパでは、急速にキリスト教の法倫理から

抜け出しつつある。よって、現代における自己決定権の承認と自殺について

のパラダイム変換を真摯に受けとめる必要がある。>

 

<現行刑法を読めば、自殺自体が違法という認識で構成されていることは

疑うべくもない。しかし、論点は違法か合法かではなく、倫理的か非倫理

的かである。自己決定権という観点から、人には自殺する権利と自由がある

と認めるべきである。それは、もう一つの基本倫理、「他人に迷惑をかけ

ない」と両立するかたちで行わなければならないが、自殺それ自体に非倫理

的なところはない。>

 

<尊厳死とはつまるところ自殺の一種なのである。だから自殺を非倫理的

であるとする立場からは、これは本来まったく認めらないはずのものなの

だ。日本の優れた文学者であり、文化的指導者であった人たちが自殺して

いるが、彼らが人格破綻した精神病者であったとは誰もいうまい。だとする

と彼らは、一貫した倫理的人格を持っていたのであり、そのなかに自殺を

悪とする価値観はなかったと考えるのが妥当だろう。>

 

以上、死というものにまつわる従来からの常識、あるいは通説をくつがえす

ような病理学者難波紘二氏の刺激的な論述をいくつか紹介してきましたが、

次回は、これらを踏まえた難波氏の死生観について、また、その限界とそれ

を越える考え方について述べて見たいと思います。







死後幸福 
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ズルワン教・ミトラス教の神話-ペルシャ神話3-


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ミトラ像 



ズルワン教(ズルワン派)・ミトラス教(ミトラ(ミスラ)信仰)の神話

に入る前に、ゾロアスター教の終末論の特徴について触れておきたいと

思います。

 

さて、ゾロアスター教の終末論は、二部構成になっているとされます。

つまり、死に際しての個体の終末と、世界の終末があるのです。

 

まず、個体の終末から見て行きますと、死後の生、つまり、死後の魂として

の存続という考えは、早い時期からペルシャ思想において支配的であった

ようです。人間は死ではなく生のためにつくられたのであり、永遠は単に

約束された未来の応報ではなく、それは人間の真の居城であるとされるの

です。

 

後期のテキストによると、人は死後、次のようなプロセスをたどります。

 

<死後、魂は三夜の間、死体の周りをさまよう。この三夜は、死者の魂に

とって反省のときであり、肉体の死に際しての懺悔のときであり、肉体と

魂の再会を熱望するときだとされる。この間じゅう、悪魔は理由なく罰を

加えようとするため、死者の魂は規律の神スラオシャの守護を必要とし、

死者の親族が供物や祈りで守らなければならない。>

 

<三夜のあとの明け方、魂は裁判を受けるために進んでゆく。個人の生前

の善き行いと悪しき行いは、ガロードマーン(頌歌の家)に保存されて

いて、裁判官であるミスラ、スラオシャ、ラシュヌの目の前で秤にかけ

られる。各人は自分自身の生活にもとづいて公平、厳格に裁かれる。>

 

<もし、善き思い、善き言葉、善き行いが、悪しき思い、悪しき言葉、

悪しき行いよりも重ければ、魂は天に昇り、もし、悪が善より重ければ、

魂は地獄に送られる。>

 

<魂が裁きの場を離れると、一人の案内人に出会う。正信の徒は、芳香を

発する風と、今まで会ったこともない美しい娘に迎えられるが、邪悪な

魂は、裸のもっとも忌まわしい病気を患う老女に迎えられる。>

 

<魂はそれからチンワト橋に進む。この橋は、二つの面を示す。正信の徒

には、橋は広くて渡りやすい。しかし、邪念の徒には橋は剣の刃のように

なる。正信の徒の魂が橋を渡るとき、ヤサダたちを見る。勝利の火は暗黒を

追い払い、その間、魂は浄化されて天に導かれる。邪念の徒の魂も橋を渡る

ように強いられ、まっさかさまに地獄に墜ちてあらゆる苦しみを受ける。>

 

なお、一人の犠牲が多くの罪を償うというキリスト教の思想は、ゾロアスタ

ー教では受け入れられないし、地獄における永遠の刑罰という考えもない

ようです。ゾロアスター教の地獄は非常に厳しいが、その犯罪にふさわしい

矯正的な罰が行われるのであり、一時的なものであるとされるのです。

 

さて、では、世界の終末とは、どのようなことなのでしょうか?

 

ゾロアスター教の伝統によると、世界の歴史は1万2千年にわたるとされ

ます。最初の3千年は原初の創造時代で、つぎの3千年はオフルマズドの

意思のまま過ぎる。第三の3千年期は、善と悪の意思の混合した時代となる。

そして、第四の3千年期にアフリマンは滅亡するのです。

 

今は、悪が敗北する最後の時代で、それはゾロアスターの誕生で始まるが、

さらに四つの小時代に分割される。それは金属で象徴され、善き宗教が

ゾロアスターにより啓示された黄金時代、彼の保護者の王が彼の宗教を

受け入れた銀時代、ササン王朝の鋼時代、この宗教が衰退しつつある現代

の鉄時代、となります。

 

悪が滅びるのは今の時代とされるのですが、悪との闘争は振り子の運動の

ようなもので、最初は善が、続いて悪が勝利者となります。この3千年の

最後の時代、ゾロアスター教徒は千年ごとに3人の救世主が出現するのを

期待しています。

 

ある文献によると、ゾロアスターは紀元前6百年頃に存在したとされる

ので、現在までに第一と第二の救世主が出現したことになるようです。

 

ともかく、各種のテキストは、救世主の出現と悪の最終的敗北について述べ

ているようですが、それはキリスト教などの黙示や預言とは異なり、儀式的、

呪術的なニュアンスを持った表現だということです。

 

また、これらを終末の出来事と呼ぶのは正確ではないようです。それを

ゾロアスター教徒は更新と呼ぶようです。世界は、アフリマンに攻撃

される前の、完全な状態、いや、それ以上のものに復元されるのです。

 

さて、すこし長くなりましたが、次にズルワン教(ズルワン派)とその

神話に移りたいと思います。

 

ズルワン教とは、オフルマズドではなく、無限時間を意味するズルワン

(ズルヴァーン)を最高神とするもので、それはゾロアスター教以前の

伝承であるとする説もあるが、通常、アケメネス朝時代、バビロニアや

ギリシャの宗教思想の影響を受けて発展したと考えられています。

 

そして、パルティア王朝時代を経て、ササン王朝時代には、ズルワン教は

ペルシャ人の宗教生活の前面に現れ、イスラム時代まで持続したという

ことです。それは別個の分派というよりは、ゾロアスター教会内部の知的

運動として栄えたようです。

 

ズルワンは、善悪両方の究極的根源で、オフルマズドとアフリマン兄弟の

父であるとされます。つまり、絶対者はその存在のなかに、善悪の矛盾を

内包しているのです。ズルワン教徒は、(正統派)ゾロアスター教の二元論

の向こうに統一性を求めたということです。

 

さて、ズルワン教の神話は、再構成するのが難しいとされます。という

のは、純粋にズルワン教的なテキストは存在せず、教会外部の観察者の

記述や、(正統派)ゾロアスター教徒と時々行った論争しか残っていない

ようなのです。

 

そんな中で、外国人、つまりアルメニア人の記録によると、宇宙論の創成

は次のようになります。

 

<大地と天空が成立する以前、偉大な究極的存在であるズルワンだけが存在

した。彼は男の子が欲しいと思い、千年間、供犠し続けた。供犠は、ズル

ワンが誰か他の存在に祈りをささげるという意味ではなかった。ペルシャ人

の信仰では供犠はそれ自体で功徳があり、力を持つとされたからである。>

 

<しかし、千年たって、彼は自分の願望の成就に疑問を持ち始めた。彼は、

天空と大地を創造することになる息子、オフルマズドをもうけるという供犠

の力に疑問を持った。疑念を持った瞬間、彼は双子を身ごもった。という

のは、まだ男女未分化の状態であったズルワンは、両性具有であったから。

双子は、彼の願望の成就であるオフルマズドと、彼の疑念の化身であるアフ

リマンであった。>

 

<ズルワンは、どちらの息子であれ、子宮から最初に出てきた者に、王権

の贈り物を与えると誓った。全知という偉大な能力をすでに発揮していた

オフルマズドは、このことを知り、兄弟のアフリマンに知らせた。そこで、

アフリマンは、子宮を裂いて父の前に現れ、自分がオフルマズドだと名乗る

が、ズルワンは、彼が暗く、悪臭を発するとして難色を示す。>

 

<次に、オフルマズドが出てくると、彼は自分の願望の成就と認めて、彼に

祭司の象徴であるバルソムの小枝の束を渡した。アフリマンは、大いに

嘆いたが、最初に生まれた息子に王権を渡すという誓いを破らないために、

ズルワンはアフリマンに9千年間の世界の統治権を与えた。オフルマズドに

は、彼はそれ以上の統治権を与えたので、オフルマズドは、天空と大地を

創造した。>

 

その後は、二元論的(正統的)ゾロアスター教におけるのと同じように、

オフルマズドは、ズルワンのなかのあらゆる善きものを、アフリマンは、

あらゆる悪しきものを代表して闘争を開始することになるのですが、世界

の歴史が1万2千年とされるのは同じとして、最初の9千年期は悪の支配

する時代で、最後の3千年期は悪が支配する時代とされるのです。

 

そして、仔細に見ると、同じような善と悪の闘争といっても、次のような

相違点が出てきます。

 

二元論的ゾロアスター教では、オフルマズドとアフリマンは、メーノーグ

(不可視的、霊的)界とゲーティーグ(可視的、物質的)界の両世界で

それぞれ軍団を保持し、対等に渡り合っているとされるが、ズルワン教

では、オフルマズドはメーノーグ界とゲーティーグ界の両世界での軍団を

そろえているものの、アフリマンはメーノーグ的軍団を持たず、ゲーティ

ーグ的軍団のみで戦うとされます。これでは最初から優劣は明らかで、

アフリマンはゲーティーグ的軍団を駆使してオフルマズドのゲーティーグ

的軍団を物質的に汚染するのが精一杯ということになります。

 

また、二元論的ゾロアスター教では、対等の軍団を指揮するオフルマズド

とアフリマンは延々と光と闇の闘争を繰り返し、終末の日にいたるまでその

決着はつかないのであり、善悪の闘争こそが宇宙の本質とされる。しかし、

ズルワン教では、退却したアフリマンはそのままオフルマズドのメーノーグ

的軍団によって捕囚されてしまい、大天使の監視のもとで幽閉されてしまう

のです。

 

このように最初期の段階で善神が悪神にかなりあっけなく勝利を収めて

しまい、重点が「闘争」より「約束」、「周期」の方にあるズルワン教は、

宇宙の本質が善と悪の闘争にあるとする完全な二元論とは異なったものに

なっているのです。

 

さて、それではミトラス(ミトラ)教とその神話とはいかなるもので

しょうか?

 

ミスラ(ミトラ)は、様々な時代の、多くの異なった国々の歴史のなかで、

重要な位置を占める神であるとされ、その信仰は、一時、西方ではイング

ランドの北部、東方ではインドまで広がったようです。

 

古代インドでは、ミトラ(友情、契約)として現れ、もう一柱の神、ヴァ

ルナ(真実の言葉)とともに、ミトラ・ヴァルナという形で勧請されます。

これら二神は、ともに人間的な表現で描写され、地上の馬車と同じ飾りを

つけた輝ける馬車に乗る。二神は、千の柱、千の扉のある館に住むとされ

ます。ただし、二神についての物語や神話というものはなく、これらの

描写は、ただこれら二神の特徴を引き出すためだけに用いられています。

 

ペルシャ(古代イラン)のものとしてはミスラ讃歌なるものがあります。

インドの場合と同じように、ミスラ(ミトラ)は創造主によって建てられ

た壮大な宮殿に住んでいて、そこには悪しき神々によってつくり出された

夜も暗黒もなく、寒風も熱風もなく、死にいたる病気もなく、穢れもない、

とされます。

 

そして、ミスラは、金と銀の蹄鉄を打った、四頭の不死の白馬に曳かれた

馬車に乗って駆ける。彼は、ハラー山(アルブルズ山の異名)を越えて

やってきた最初の神、黄金色の美しい山頂を捉えた最初の神、この山頂

からこの全能の神は、イラン人が住む全国土を見渡す、と讃えられます。

 

ミスラは死後の魂を裁き、悪魔たちが罪人に必要以上の罰を科さないように

する神で、銀の矛を持ち、金の甲冑を身につけ、百のこぶと刃のついた棍棒

を持ち、悪しき神々や人間の頭を打ち砕く強力な肩を持つ。よって彼の前

では、アンラ・マンユも、悪意にみちたアエーシュマも、すべての悪神たち

は、恐れてひるむのだそうです。

 

このように、ミスラ(ミトラ)は、インドとイランがまだ未分化だった時代

から、古代インド、イラン人の間では大変な崇拝を受けた神格であったのです

が、ザラスシュトラの宗教改革の結果、一時、ゾロアスター教のなかでは六大

天使のなかにも入らない、単なるヤサダ神族の一柱にまで落とされてしまうと

いう状態に至るのです。

 

しかし、ミトラ崇拝そのものは廃れることはありませんでした。その後、

なぜかローマにおいてミトラス教の主神として復活することになるのです。

 

なぜそうなったかについては、よくわかっていません。ペルシャ王たちの

よる征服以来、ペルシャの伝統の孤立地帯を形成してきたポントス、カッパ

ドキア、コマゲネなどの衛星国に住むペルシャ人たちが、ローマ軍により

徴兵され、ローマ帝国全土に、このペルシャの神の信仰を普及させたのでは

ないかと言われています。

 

ミトラス教は、当時のローマの人たちには「ペルシャの秘儀」と考えられて

いたようです。ミトラス自身が「ペルシャの神」と言われていたようですし、

ミトラス教の教義をゾロアスターに帰する人もいたということですが、ミト

ラス教の秘儀については、よくわかっていないのが現状です。

 

そんななか、ミトラス神の神殿には、雄牛を殺すミトラスを表すレリーフや

図像が描かれていて、それが秘儀の中心的神話を構成しているとされますが、

多くの研究者たちは、ずっとこの神話の場面を、ゾロアスター教の創世神話

に関連して解釈してきた、つまり、善悪の観念によって解釈しようとして

きたようです。

 

しかし、その後の学術的研究により、かなり変化を遂げてきたようで、ミト

ラスの祭儀や神話を占星術的な意味合いを持つものとして解釈されるよう

になってきたということです。

 

なお、このようなミトラス神話の解釈の根拠とされるのが3世紀の新プラ

トン学派の哲学者ポルピュリオスの記述などですが、それによると、秘儀

の加入者が連れてこられる場所は神殿であるが、ミトラス教徒は、彼らの

神殿を、万物の創造者であり、父であるミトラスが創造した世界洞窟の

「表象のなかにある」神殿と考えた。このために、ミトラス教徒は神殿には

できるかぎり洞窟を使用した。あるいは、少なくとも神殿に洞窟の外観を

与えた。そして、階段を降りて入口に入るようにして、地下の感覚をつくり

出した。世界洞窟は、ミトラスが雄牛を殺す舞台装置とされた。

 

また、ミトラス教のイニシエーション(秘儀参入)には七つの段階があり、

それぞれが七つの星(水星、金星、火星、木星、月、太陽、土星)の一つ

一つによって保護されている。魂の天上への旅にとって、図像は、地図で

あると同時に暦でもあり、時と季節は天上の空間と同時に現されている。

ミトラスは太陽であり、儀式では、彼は不敗の太陽と呼ばれ、雄牛は月と

される。太陽と月は、魂が物質世界に下降し、最終的に開放され、再び

天上に上昇するときの、魂の出発と帰還の作為者であり、場所であると

見なされた、ということです。

 

とにかく、近年の研究では、ミトラス教の信仰者たちは、人間が誕生する

とき、魂がこの世に降りてくると信じ、宗教的探究の目的は、魂が再びこの

世から上昇を成し遂げるところにあったということです。儀式における

階段の上昇は、魂の天上への旅に相当するとされ、魂は加入者がイニシ

エーションの階段を上昇して行くように、天の七つの門を通って上昇する、

と考えていたようです。

 

よって、洞窟で雄牛を殺害するレリーフは、救済の手段とその時点を表す

ものであったのみならず、この世に生まれ、再び天上へ帰還するとき、

救済が実現する力を描いたものであったとされます。

 

それはともかく、ローマのミトラス神話の真の意味がいかなるものであれ、

ミトラは、その信仰が何世紀もの間、いくつかの大陸に広がった神である

ことは確かだろうと思われます。そして、古代インド、ペルシャのみならず、

現代のインド、現代のゾロアスター教においても崇拝され続けています。

 

ミトラは、真実と秩序の神、虚言の敵、虚偽の破壊者、あらゆるものの創造

者であり父、人間を救済するものとして、およそ4千年の間、豊かで変化に

富んだ神話の中心的存在となってきたのです。







死後まで続く幸福のために2 

    (水波一郎 著 アマゾン 発売)











 

 

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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