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「イスラーム文化-その根柢にあるもの-」



イスラム文化

イスラームというと、人は、ふつう、砂漠的人間の宗教思想として類型化するが、

著者は、厳密に考えると、イスラームはアラビア砂漠の砂漠的人間の宗教では

なかったといいます。

 

砂漠的人間とは、定住せず荒漠たる砂漠を移動しながら遊牧生活を送る、

いわゆるベドウンのことをいうが、イスラームを興した預言者ムハンマド

(マホメット)は商人であったのです。

 

メッカとメディナという当時のアラビアの国際的商業都市の商人であり、商人

として才知をいろいろな局面で発揮した人間であったとしています。

 

同じアラビア人といっても、砂漠の遊牧民と都市の商人とでは、メンタリティー

も生活原理も著しく異なっており、砂漠的人間であるどころか、ムハンマドは、

まさに砂漠的人間の一番大切にしていたもの、砂漠的人間の価値体系そのものに

真正面から衝突し、対抗し、それとの激しい闘争によってイスラームという宗教

を築きあげたというのです。

 

ムハンマドは、ベドウンに対して、事あればすぐ裏切る人間だと、実に深い

不信感を抱いていたのであり、また、人間がこの世で行う善なり悪なりの行為を

「稼き」とするなど、宗教を神を相手方とする取引関係のように考えていたと

いうことであり、そのことが聖典「コーラン」に明確に表されているとして

います。

 

かくして、著者は、イスラームは最初から砂漠の遊牧民の世界観や、存在感覚

の所産ではなく、商売人の宗教、すなわち、商業取引における契約の重要性を

はっきり意識して、何よりも信義、誠、絶対に嘘をつかない、約束したことは

必ずこれを守って履行するということを、何にもまして重んじる商人の道義を

反映した宗教だったと述べています。

 

さらに、イスラームは預言者ムハンマドが世を去って後、まもなく広大な古代

オリエント文明の領域に広がっていく。ギリシャ、イラン(ペルシャ)、インド

文化との交叉、そして、当初からのユダヤ教、キリスト教との密接な有効的、

かつ敵対的関係、等々を考えると、イスラーム文化なるものは、砂漠の文化と

して簡単に類型化されるものではなく、種々様々に異なる文化伝統の入り乱れ、

錯綜し、絡み合う多くの交差点の網の目の広がりなかで形成された複雑な

内部構造を持った一つの国際的文化であることがわかるとしています。

 

さて、このような様々な要を含んだ複雑なイスラーム文化ではあるが、それ

にもかかわらず、全世界のイスラーム教徒は、自分たちは一つの共同体だと

いう自覚を持っているというのですが、それは、なぜでしょうか?

 

著者は、イスラーム文化を究極的に一つの文化たらしめている統一要素こそ

宗教としての、あるいは信仰としてのイスラームであり、さらにその根柢に

あってすべてを統一しているのが「コーラン」という一冊の書物なのだと

いいます。

 

国際的文化構造体として歴史的に自己形成したイスラームが、どれほど複雑な

様相を呈しようと、そのどの側面をとってみても、イスラーム文化は究極的に

「コーラン」の自己展開だというのです。

 

とにかく、全部「コーラン」という同一のテキストの解釈であり、究極的には

「コーラン」で統一されているのであり、その意味でイスラーム文化は

「コーラン」をもとにして、それの解釈学的展開としてでき上がった文化だと

いえるとしています。

 

たしかに、古代インドにおいても根本聖典「ヴェーダ」の解釈による文化であり、

仏典、旧約聖書、新約聖書においても、それの解釈に基づいた文化の形成が

なされているが、それらは異なった流派や異なった伝承による多層的構造に

なっているのです。

 

これに対して、「コーラン」は神の言葉だけをそのまま直接に記録した聖典と

して完全に単層的であり、他と大きく違っているというのです。

 

では、どうしてそのようなことになったのでしょうか?

 

どうも、イスラームで「宗教」という言葉の意味するところと、我々が常識的

に「宗教」という語で理解しているものとは大きく違うようなのです。

 

イスラームは、コーランそのものの教えに基づいて、原則的に聖と俗との区別

を立てないのです。つまり、宗教はいわゆる聖なるもの、存在のある特殊な

次元としての神聖な領域だけに関わることではなく、ふつうの考え方でいくと、

世俗的、俗世間的と考えざるをえないような人間生活の日常茶飯事まで宗教の

範囲に入るのです。

 

そして、人間生活のあらゆる局面を通じて、終始一貫して「コーラン」に表れ

ている神の意志を実現していくこと、それがイスラームの宗教生活なのだと

いうのです。

 

しかしながら、その一方で、ただ一つの聖典であり、そのテクストが神の言葉

であっても、それを解釈するのは人間であり、解釈の仕方によっては何が出て

くるかわからないという側面もあったようです。

 

預言者ムハンマド自身も、イスラームは、自分の死後、次第に内部分裂して

いくであろうと考えていたようであり、現在、我々が目撃しつつあるスンニー

派のイスラームとシーア派のイスラムの対立もその具体的な現れだということ

になります。

 

結局、解釈というものの本来的な自由性が結局イスラーム文化なるものの

多様性、多層性の原因にもなったということです。

 

とはいうものの、幸いなことに、それでもなお、イスラームはその本源的な

内的統一性を失うには至らなかったということです。そして、その理由の

一つは、すべてのイスラーム教徒が神の啓示に基づいた一つの信仰共同体に

属しているのだという強烈な連帯意識であるとしています。

 

近代以降、イスラーム世界が多くの独立国に分かれたが、彼らの心の奥深い

ところでは、依然として一つのイスラーム、世界中のムスリムは一体だという

強い連帯意識がひそんでいたというのです。

 

なお、歴史的事実としては、イスラームの内的統一性は、「イスラーム共同体

(ウンマ)」という、「コーラン」の解釈から直接に出てきた強力な制度に支え

られて保持されてきたという、ある意味では不幸な事実があるとしています。

 

イスラームの歴史の上では、「コーラン」の解釈の範囲を狭くしようとする運動

が初期からあり、解釈があまりに行き過ぎて許容範囲を逸脱した場合、共同体

の統一に責任のある指導者たちが、「コーラン」の権威によって、ただちに断固

としてこれに異端宣告して、共同体から追放してしまいました。

 

この共同体の秩序維持に責任ある指導者を「ウラマー」といいますが、聖俗を

区別しないイスラームでは、それは学問を修めた僧ではなく、「コーラン」と

それに関連する学問を専門に研究する人だということです。

 

ともかく、「ウラマー」によって異端宣告をされた多くの人々が、「イスラーム

の敵」ということで処刑されていったようです。

 

しかしながら、逆の方向から見ると、これほど多くの人たちの血の犠牲において

はじめてイスラームは、内部分裂を重ねながらも、根源的統一性を守り通すこと

ができたのだと著者はいいます。

 

そして、消滅にも至りかねない分裂と極端な画一性を強制する統一、この相矛盾

する、そして、それぞれに極めて危険な二つの傾向性の間に緊迫したバランスを

とりながら、イスラームは広大な古代オリエント文明世界に広がっていき、その

時代時代、その地域地域で著しく変動する状況に柔軟に適応しつつ様々な方向に

展開し、ついにあの創造性に満ちた多層的イスラーム文化構造体にまで発展して

いくことができたのだとしています。

 

思えば皮肉なことに、イスラームを分裂させたのも、イスラームの統一を守り

通したのも、結局、同じ一つの「コーラン」だったと述べています。

 

(つづく)





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
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