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シュタイナー・死について

 死について・シュタイナー
 (ルドルフ・シュタイナー 著 高橋巖 訳  春秋社)
 

シュタイナーは、「死について」所収の「思考の変容」の中で、「物質世界の

中で思考し、探求する人にとって、もっとも気にかかる問題の一つは、生まれ

てから死ぬまでの間生存のいとなみを続けているこの物質世界と、死後の世界

である、人間が本来属している高次の世界との関係を正しく認識することです。」

 

「一方、これに対して、特に今日の唯物主義の時代にあっては、多くの人が

そもそも感覚世界を超えた超感覚世界など存在する筈がない、少なくとも人間

にはその存在について何かを知ることなどできる筈がないと思っています。」

 

「けれどもこの点に関しては、そのような高次な世界に「否定的」な態度をとる

のは、そのように教えられてきたからだ、と言い返すこともできます。なぜなら、

死後の霊的、超感覚的な世界を否定するのは、人間にとって「あたりまえ」な

ことではないからです。」と述べています。

 

つまり、唯物主義的な風潮が広まったのは、近代以降であり、それ以前は、神へ

の信仰と死後の世界の存在は、「あたりまえ」のことであったいうことではない

でしょうか。

 

また、「私の内部には感覚世界から独立した知性の働きがある。私はこの知性働の

きによって、感覚世界だけでなく、その感覚世界の裏の秘密をも知りたいと思って

いる。」とも述べています。

 

つまり、人間に固有の、己の心の中で働いている知性は、物質界を対象とする感覚

の中には存在しないものであり、感覚以前のもの、まだ感覚と結びついていない

内的活動なのだ、と考えているようです。

 

そして、「思考そのものを自己認識によって考察するなら、思考がエーテル体

(生命体)の中のこの知性の働きに他ならないことがわかります。」というふうに、

霊的な世界は、遠い隔絶した世界ではなく、我々の思考、知性の働きそのものが、

霊的世界にその根源を持つものであると考えているように思います。

 

最終的に、「今私たちにとって大切なのは、こんにちの唯物主義的風潮の中で霊的な

立場を洞察する力を手に入れ、その洞察の力によって、霊的な正しい運動に関わる

ことなのです。そのためには、霊的な認識への努力を、物質界から取り出してきた

言葉とイメージとで表現する試みを続けるしかありません。たとえ、霊界そのもの

がどんなに物質界と似ていなくても、です。」と締めくくっていますが、私自身と

しても、当時と比して、今、さらに力を強めつつある唯物主義的風潮に対し、

何とか飲み込まれないよう、流れに抗して行きたいものだと思います。

 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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