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「錬金術」




錬金術


いったい錬金術とは何なのでしょうか?

 

一般的に世の中に流布している定義では、中世における疑似科学たる金属変成

の術で、その目的は黄金を造り出すことにある。したがって、錬金術師とは、

黄金製造人であり、できるだけ安上がりに、それも大抵は他人の懐を当て込んで

金持ちになろうと試みる怪しげな人間のことであるというものです。

 

しかし、著者、セルジュ・ユタンは、こういう先入見はとんでもない間違いだ

と言います。

 

金属を変質させようとする真の意味での錬金術師たちの試みは、金持ちになる

ためではなく、彼らの理論体系に一つの物的証拠を付け加えるため、つまり、

今日のいわゆる科学的探究のようなものであったというのです。

 

この道に精通した達人たちがその秘密を俗人の目から隠そうと色々苦心した

のはそのためであったし、また、単なる黄金製造人、すなわち経験だけに

もとづいて「賢者の石」を探し求め、肝心な原理を知らずに勝手きままな方法

を次々と試み、往々ペテン師や贋金作りとして生涯を終えた連中を軽蔑した

というのです。

 

それでは、もう少し詳しく見ていきたいと思います。

 

錬金術(アルケミー)の語源はギリシャ語で、古代にエジプトを指す呼び名

から来ているようです。

 

そして、錬金術は、穏秘の術、すなわち秘伝に通じた一部の人だけの手にあり、

俗人に伝授されてはならぬ隠れた術としてのあらゆる性格を呈していると

いうことです。

 

また、それは時の支配者や神学者によって罪ありとされ、知識の公認の枠外で、

ときには敵対して発展した呪われた術でもあったようです。

 

これらの点において、それは最初から近代科学と全く違うものようのです。

錬金術は口頭または文書により師から弟子への伝授という形で伝えられる

ものなのです。

 

そして、その土台となるのは、寓意文学や啓示によって伝えられた古い秘密で

あり、錬金術師は何か新しいものを発見する必要はなく、秘密を再発見すれば

よいとしています。

 

だからこそ錬金術は幾世紀もの長期にわたって変化せずにすんだというのです。

よって、その象徴体系と展開が、中世のみならず16世紀においてさえ、多様

な形態をとることがあったにせよ、物質の組成に関する根本理論は変わらなか

ったということです。

 

ところで、錬金術師自身は錬金術をどのように位置付けていたかというと、

彼らは好んで「哲学者」の肩書を名乗ったようです。

 

彼らは特殊な「哲学者」で、最も高い意味での「学問」、すなわち他のあらゆる

学問の原理を含み、森羅万象の本質と起源と存在理由を説明し、宇宙の始原と

運命を物語る学問の受託者をもって任じていたそうです。この秘密の学問を

「ヘルメス哲学」と名付けたということです。

 

ただし、この学問と固有な意味での実験操作そのものを混同するのは間違い

であるという。錬金術は何よりもまず実地の作業であり、その限りにおいて

「ヘルメス哲学」の応用であったとしています。

 

したがって、錬金術は厳密にいえば実用の術であり、一つの技術であった

ということなります。だが、錬金術はやはり物質の組成や生物・無生物の形成

等々に関する一連の理論に基づいており、錬金術師はこの理論をいわば公準

として、そこから出発したのだそうです。

 

そして、理論的錬金術をじかに応用した実際的錬金術は、「賢者の石」の探求

であったとされています。これには大きく分けて二つの局面、すなわち、狭義

の「錬金作業」である金属変成と「万能薬」の作製の両面があり、これこそ

賢者の石が有する二つの本質的な力であるとしています。

 

つまり、錬金術師の考えでは、金属は生きており、健康な状態のときには、

それは完全な金属としての黄金の形をとって現れるはずであるという。また、

賢者の石を液化させれば延命長寿の霊薬が得られ、それを所有する者は、

長寿のみならず永遠の生命を保証されるはずだというのです。

 

ところで、これとは全く異なる錬金術の概念があるようです。

 

ある種の著述家、思想家にとっては、錬金術は一つの神秘学であったという

ことです。錬金術に用いられる述語は比喩的な意味を持ち、<霊的黄金>を

指し示すものであった。錬金術師のめざしたのは物質的黄金の探求ではなく、

魂の浄化であり、精神を徐々に変容させることであった。人間は錬金作業の

素材そのものであり、<卑金属>とはこの世の様々な欲望と煩悩、正しい

人間関係を妨げるもの一切であった。<賢者の石>とは、神秘的変成によって

姿を変えた人間であり、鉛から黄金への変化は、人間が「真」「善」「美」に

向かって上昇すること、誰もが自分の内部に持っている祖型を実現すること

であったということです。

 

なお、15世紀以降のヨーロッパで、「アルス・マグナ(大いなる秘法)」と

いう概念、時として「王者の術」とも呼ばれるものが展開されたという

ことです。

 

それによると、真の錬金術、秘伝的錬金術は、人間と自然のうちにある生命の

諸法則を認識することであり、また、アダムの失墜によって現世で劣化し、

その純潔と輝きと充実と原初の特性とを失った生命が再びそれらを取り戻す、

その一連の過程を再現することであるというのです。要するに、それは、人間

の精神に関しては、いわゆる贖罪ないし新生、肉体に関してはその再組織、

自然に関しては純化と完成、そして最後に、固有な意味での鉱物界に関しては

精髄化と変成なのであるとしています。

 

かくして、著者は錬金術とは何かという問いの答えることはなかなか難しいが、

大きくいうと、1秘密の学理、「ヘルメス哲学」、2物質の組成に関する<科学

的>とも呼びうる理論、3実用的な術(その主要目的は金属変成と万能薬に

ある)、4神秘学、5「アルス・マグナ」、(すなわち、神秘主義と宗教的憧憬

と神智学と実験手続きとの奇妙な結合)、の五つの局面に分けることができる

だろうと述べています。

 

(つづく)




 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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