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ヘルメス哲学-「錬金術」2-


ヘルメス 



  

              

西洋の錬金術は、古代末期、ギリシャ、エジプト、カルデア(バビロニア)

およびユダヤ等の各地の思弁と実験が、アレクサンドリアで総合されて

発展し始めたようです。

 

ただし、アレクサンドリアから、まず、アラビア・イスラム世界へ伝わり、

そこで盛んになったのち、十字軍などの媒介を経て12世紀ごろに西欧に

おいても広く流布されるようになったようです。

 

錬金術師は、<哲学者>を自称し、「ヘルメス哲学」を世にもたらすのだと

主張したようですが、この「ヘルメス哲学」なるものは古代末期のありと

あらゆる神智学的思想の残存物を己の中に巻き込んでおり、その後の中世

の全期間を通じて、色々な影響を受けながらも存続した一つの思想・教理と

いうより、様々な思想・教理の一大集成の観を呈しているということです。

 

これらの思想・教理は、たとえば、本来の意味でのヘルメス思想、様々な

グノーシス派、神秘的異教、密儀宗教、新プラトン主義、そして、カバラ

(ユダヤ神秘思想)などであるが、キリスト教会の攻撃を受けながら、

幾世紀もの間、地下にもぐって生き延びたようです。

 

不思議なことに、このような雑多な思想・教理の集合体が一貫した伝統的

体系の観を呈し、様々な寓意と象徴のベールをかぶって俗衆の目から姿を

隠し、口伝と秘儀によって伝えられる秘密の教理として、とりわけ15

世紀以降、まとまりのある一体系として安定する方向へ向かったという

のです。

 

つまり、各著作家、思想家の間に色々な相違があったにもかかわらず、

基本的観念は少しも変わらなかったということです。

 

さて、まず、その宇宙論はというと、中心に地球があり、それから七つの

惑星圏と恒星圏がくる。つづいて、純粋な精霊の王国たる「最高天上界」

がくる。最後に、この宇宙全体の外部に、「万物」の創造主たる神自身が

ある。神は「万物」をいわば包み込み、みずからは何ものにも閉じ込め

られずして、すべてを己のうちに閉じ込めるというものです。

 

この考え方の中には、グノーシス派の宇宙論の枠組みが見いだされる

ようです。

 

また、神と世界との関係については、あるものは「神的本質」の世界内

存在を説き、あるものは宇宙に対するその超越を説いているが、しばしば、

神はこの世界から独立してあるのではなく、世界の内部に呑み込まれる

傾向があるということです。

 

錬金術の著述家たちは、「神的本質」を指すのに好んで<能産的自然

(生む自然の意味)>という表現を用い、広い意味で、この世界の

全存在、神羅万象は神の一部だとしています。

 

よって、存在するものは、唯一の「存在者」であり、それが限りなく

多様な形をとって我々の前に現れるのです。「賢者の石」が、この

宇宙の全一性の象徴そのものとなるのです。

 

さらに、世界は一個の広大な有機体と考えられていて、万物は生きて

動いているとしています。すなわち、物資の全一性の観念と、存在する

ものすべての間の内的な結びつきの観念には、汎生命主義が伴っている

のです。

 

そのほかに、ヘルメス思想の特徴として、あらゆる生命の源泉たる太陽が

神的な性格を持つものと見なされるという太陽の神学、この世に見いだされる

様々な対立、様々な共感と反発は、すべて互いに相補う二つの原理、すなわち、

能動的・男性原理と受動的・女性的原理の対立に由来するという性的二元論、

そして、世界は、三つの世界、つまり、原型的世界、大宇宙、小宇宙によって

構成されているという三つの世界論、さらに、錬金術は、「自然」のやること

を模倣するだけであり、錬金作業は世界創造の過程と同じ一つのプロセスを

実現するものだという「自然」と「術(アルス)」の平行説などがあります。

 

かくして、ヘルメス思想、とりわけ、その宇宙発生論は入念に練り上げられて

いったようですが、一見、細部は非常に込み入っているように見えて、その

理論の主な特徴はいつも不変のままであったということです。

 

つまり、世界の始原にあるのは、ただ未分化の至高なる宇宙的「原一体

(ユニテ)」である。これは形なき不可知なもの、もろもろの可能性と力の

驚くべき貯えであり、やがて万物それぞれに限りなく多様な特性を与える

こととなる源である。この原初の暗闇は、およそ存在がとり得る形の不変の

本質をなすもの、ただし潜在的に未分化な状態にあるそれであるが、その中に、

存在が以後たどる発展の全段階が無の状態で刻み込まれている。この単一の

根源が具体的に現れるためには、否定的・女性的・受動的原理と、能動的・

男性的原理とが二元的に分かれることによって分離しなければならない。

この両原理の結合から「カオス」、つまり、「原物質」が生まれる。こうして、

「原一体(ユニテ)」は分割され、分解され、己の体内から「原物質(第一

質料)」を出現させたのである。そして、それは三つの原質(硫黄、水銀、

塩)に分かれ、この三者の結合から形あるものとなった物質および万物の

もととなる四元素が生じるというのです。

 

なお、三原質とは、同名の科学物質をさすのではなく、物質のある種の特性

をあらわすもののようです。

 

つまり、「硫黄」は能動的特性(たとえば、熱、不揮発性など)を、「水銀」

は受動的特性を(たとえば、冷、揮発性など)をさすものであるということ

です。そして、「塩」は、「硫黄」と「水銀」を結びつける手段で、多くの

場合、魂と肉体を結びつける精気にたとえられるようです。

 

また、四元素は、四大に関するギリシャの古い理論を継承したものですが、

その「水」、「土」、「空気」、「火」とは、その名で呼ばれている具体物を

さすのではありません。

 

それは物質の状態であり、様相です。つまり、「土」は固体的状態の象徴で

あり支えである。「水」は流動性の象徴であり支えである。「空気」は揮発性

の象徴であり支えある。そして、この三者よりずっと微細で希薄な「火」は、

光と熱と電気との象徴的な支えであるエーテル状流体という実体の観念と、

物体を構成する窮極的な微粒子の運動という現象の観念とに、同時に

対応するというのです。

 

以上のような思想、哲学に裏付けられて錬金術は発展していったのですが、

18世紀に入ると、見かけ上は消滅してしまったようです。

 

実際的錬金術は、本来の、固有の意味での化学へ向かっていったようであり、

一方、神秘的錬金術、ヘルメス思想は、穏秘学(オカルティズム)として生き

残ったようであり、とりわけ、その数多い象徴とともに、近代フリーメーソン

などの中に入り込んでいったということです。

 

そして、今日においても、錬金術の思想と記号、象徴は、フンタジーやSF

などのジャンルのコミック(アニメ)、小説、映画、そして、ゲームなどに

隠然たる影響を与え続けているのではないでしょうか。

            
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 




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