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「ユング思想と錬金術」




ユング思想と錬金術 



18世紀には、歴史の表舞台から姿を消していったとされる錬金術ですが、

20世紀に入ってから、心理学者ユングによって再び取り上げられること

になります。

 

ユングは、学者人生の後半をこの錬金術の研究に費やしたということですが、

それはなぜかというと、錬金術は黄金の製造という不可能なものの追求作業で

あったが、そのような未知にして不可能なるものを真剣に追求したことで、

金属変成、物質変成の探求は深い無意識が投影されたものとなったとして、

ユングは、これをもって錬金術思想を分析心理学の先駆と見なし、自らの

心理学・元型論が学として成立するための客観的な資料的裏付けとなると

考えたからだということです。

 

ただし、錬金術文献は、神話やおとぎ話や夢と同様のさらなる解釈を必要と

する自然発生的な象徴に満ちたテキストであるため、ユングは、膨大な錬金術

の著作に敢然と立ち向かい、山と積まれた堆肥の中から<黄金>となるものを

選び出したということです。

 

ところで、本書は、難解なユングの錬金術思想の理解を深めるためとして、

ユング派心理学者マリー=ルイス・フォン・フランツが行ったレクチャーを

もとにしたものです。

 

ここでは、錬金術に起源について、一つはギリシャの自然哲学であり、もう

一つは、シュメール人、バビロニア人から継承したエジプトの化学技術、

金属合金等の技術であり、この二つが融合したものであるとしています。

 

よって、そこには内向的なアプローチと外向的なアプローチの対立と融合が

内包されており、それがずっと存続したということです。

 

ユングによると、ユング心理学で集合的無意識と呼ぶものと物理学で物質と

呼ぶものの両者が錬金術ではいつも一つであり、外向的アプローチで、外から

観察すると物質と呼ばれ、逆に内向的なアプローチで内から観察すると集合的

無意識と呼ばれるということになります。

 

錬金術とは、物質の探求であると同時に集合的無意識の探求であり、自分自身

の存在構造内の、未知で、客観的で、根本的な層を経験するとき、今日に

おいても、私たちが現に行っていることが何であるかを、錬金術的シンボリ

ズムの心理学的な動向の内部に見てとることができるとしています。

 

つまり、ユングが、以前に発見した「能動的想像」(自分自身の人格化された

コンプレックス(心的複合体)との会話)を多くの錬金術師は、自然発生的な

仕方で実践していたというのです。

 

なお、能動的想像とは、より詳しくいうと、方向づけられた思考・論理的因果

的思考を意図的に中断し、心的エネルギーを内向させ、イメージを起こるがまま

に自然発生させ、しかも単に観照される映像としてではなく、イメージそれ自体

を自立した存在として客体化し、イメージをして振る舞わせ、発言させる作業

だとしています。

 

これによって、意識化できなかった自らの無意識の深層が客体的なイメージにと

具現化し、感情も含めた自己認識が成立するようになるが、自己意識は同時に

世界認識を曇りなきものにするだけでなく、さらに無意識の深層のイメージは

身体を通じて外界にも開かれているがゆえに、イメージを注意深く観察し見守り

続けることで、ファンタジー・イメージは外界も内界もともに含める中心を志向

するシンボリズム(マンダラ・イメージや自己イメージ)を形成することになる

としています。

 

さて、本書では、ゲラルドス・ドルネウスという錬金術師のテキストを取り

上げて、錬金術の心理学的なアプローチをしていますが、そのテキストは、

人格化された人間の内的な三要素である霊・魂・身体がそれぞれ対話を交換し、

遍歴・変容していく過程を描いているようです。

 

まず、人間の平均的、日常的な有様、「対立対に翻弄される有様」が出発点と

なります。出発点にあるのは魂が身体とも霊とも結びついた状態です。

 

つまり、自らの内なる対立が存在しているにもかかわらず、意識化されていない

状態、自我は対立対の一方とのみ同一化し、意識されない対立するものは投影

される。内なる対立は外なる対立として出会われる。敵対、魅了を初めとする

様々な相対する感情によって、自分を取り巻く環境と「私」は分かち難く結び

ついているという状態です。

 

なお、錬金術では、それは不調和・争いの原初の混沌状態(第一質料)・対立

する動物対として描かれています。

 

そして、この出発点のあり様も一種の「結合」であるが、この「自然的な結合」

を切断することで、ドルネウスの三段階の結合の第一段階が開始するということ

です。

 

第一段階は、身体から分離された魂が精神と結合する「精神的結合」であると

されています。

 

まず、魂と身体の分離とは、現に存在している対立・混沌に気づくことであり、

自らの影・闇を自覚し、相対立するものへ引き裂かれることである。それは、

固執する自我の姿勢を生贄にすること、宗教的なイニシエーションの開始であり、

錬金術では「四肢切断、死」のシンボリズムとして出現するということです。

 

ただし、「身体」には罪はないのであり、身体との分離は、ファンタジーが産み

出し、世界に付与した魅惑を本来の場所(たましい)へ引き戻すことであると

しています。

 

また、本能性を客体化するこの過程は影を認識する還元的な分析過程の性格も

帯びており、神秘的融即の解除となるが、ユングによると、反近代的な宗教回帰

はありえないのであり、この主客の分離、つまり、この神秘的融即からの離脱

こそが個体化であると説明しています。

 

そして、この分離によって、魂と霊との結合、つまり、ドルネウスがいう

「永遠の生命の窓」である霊が、魂に精神として純化された元型イメージである

高次世界への認識を開くという。魂は浄化され、観想的、精神的な意識的立場

が確保されるというのです。

 

しかし、この「高次世界秩序」は、ドルネウスが「自発的な死」と呼ぶ生きる

場所のない抽象的な理念にとどまるかぎり、禁欲主義によって維持することは

きわめて困難であり、新たな自己欺瞞を生み、無意識の活性化によって出し

抜かれることになるといいます。

 

ここから、第二段階、精神の身体との再結合が説かれます。

 

しかし、退行を拒否した上での身体との結合は真に困難な状況である。

理性や論理による解決は不可能であり、相容れぬものは、その対立を超えた

地平でしか乗り越えられない。よって、対立しながら超えられるという逆説は、

「第三のもの」・象徴的な総合によってのみ可能となる。したがって、ユングは、

この段階においてこそ、先に述べた能動的想像・超越機能の重要性を真に問題

とすべきとしているようです。

 

ドルネウスの象徴的表現としては、第一段階の分離の残滓「肉体(物質)」に

火による昇華の試練、回転を繰り返し加えることで「天」が取り出される。

このように製造される「天」を中核としてその周辺に様々な象徴が張り巡ら

され「新たな天」のシンボリズムが仕上げられると表現されます。

 

豊饒なシンボリズムの形成、つまり、能動的想像が、高次世界秩序の単なる

抽象的な概念となってしまった様々な理念を調和的でありながら、本来的な

力をもった生き生きとした理念へ転化させることになるとしてします。

 

かくして、「身体」の回復とは、単なる普遍性から個の確立への移行となり、

天(賢者の石)による肉体の再結合(一なる人間)がなり、個体化の目標

である自己の象徴が成立することになります。

 

ただし、これで個体化・錬金術作業が完了したかというと、個体化には

まだ先があるという。ユングは、錬金術の歴史の中で、「賢者の石」の

段階を超える問題(第三の段階)を明確に提出したのがドルネウスの

功績だとしています。

 

それは、「一なる世界」との結合です。二の段階においては、心が環境

世界に開かれた分だけ些細なことがらに見える一瞬の過ちが引き起こす

影響力はいっそうはなはだしくなるため、最も単純にして、一なるもの、

つまり、一なる世界それ自体と自己(天を製造した熟達者=全体性として

の人)が結合しなければならないというのです。

 

それは、第二段階における「天」の製造は十全な仕方での物質性の回復と

はなっていないためであり、あらゆるものを含めた全体性の回復のため

だとしています。

 

この「一なる世界」は、ユング心理学の集合的無意識に相当し、中国の

「道(タオ)」の概念、錬金術では「石(ラピス)、メリクリウス」に、

超心理学的には共時性現象となってあらわれるということです。

 

巻末で、本書の訳者である 垂谷茂弘氏は、賢者の石が製造されたこと

がないように、環境世界のあらゆる影響力を超絶した第三段階の実現は

あり得ない。しかし、あり得ないがゆえに、逆に、「自己」シンボリズム

の達成が一度かぎりではなく、永遠に追求されるべき理念として第三段階

が設定される必要性が生じる。第三段階を求めて絶えず第二段階を反復する

ことにより、心理学的理解・内面化は無限に深まり、限りなく現実世界で

の第三段階の実現にと近接していくことになる。中世とは逆に、第一段階

の達成すら困難になった現在においてこそ、この発展図式は意義深いもの

となるであろうと述べています。

 

 



 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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