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アラン・カルデックと再生論-近代スピリチュアリズムの歴史3-




霊の書霊媒の書





アラン・カルディク(1804~61 本名 ド
ニザール=イポリット=

レオン・リヴァイユ)は、「心霊主義理論の創始者」と位置づけられるように、

近代スピリチュアリズムの最も初期に、最も高度な論考を生み出し、スピリチュ

アリズムに明確な輪郭と教義を与えて、その原典を作ったとされています。主な

著作には、「霊の書」、「霊媒の書」、「スピリチスムと福音書」などがあります。

 

フランスのリヨンに生まれたカルデックは、スイスの教育改革家ペスタロッチの

寄宿学校で教育を受け、その教育理念に感化されたようで、最初は、教育者の

道を選びます。

 

よって、スピリチュアリズムに専心するまでは、ペスタロッチロッチと関連の

ある教育の仕事に携わり、自らも教育図書を数多く刊行する一方、メスメリズム

(動物磁気)を研究するマグネティズム協会で積極的な役割を担うという、幅

広い活動を行っていたということです。

 

カルデックは、霊媒ではなく、霊能力者でもなかったが、いわゆる、日本に

おける審神者(さにわ)のような立場に立って、霊たちから受け取ったメッセ

ージをそのまま転記し、体系化し、分類し、質問を地球人の頭を満足させる

ような仕方に導いたとしています。

 

「霊の書」がスピリチュアリズム理論の基礎となり得た理由の一つは、時代的

な早さのほかに、材料としてカルデックが直接対話した霊媒の通信のみでなく、

様々な霊媒の通信を用いた、いわば、古今東西の霊界通信の集大成であった

ようで、カルデック自身も、通信された教えは、その出所がばらばらである

にもかかわらず、内容は一致しており、この事実は、スピリチュアリズムの

教義を樹立するに際して極めて重要な意味を持っていると主張しています。

 

なお、この「霊の書」のほかに、物理的心霊現象をあまり重要視しなかったと

されるカルデックが、19世紀的科学主義、実証主義の立場からスピリチュア

リズムの実践面、現象面について述べた「霊媒の書」などがありますが、

ここでは、「霊の書」について、特に、その中でも、重要な主張である「転生」、

「再生」について触れてみたいと思います。

 

彼の教義は、再生説に頑固に反対する米英流のスピリチュアリズムとは異なり、

「転生」、「再生」をその中心においています。

 

カルデックは、「転生の教義は新しいものではなく、ピタゴラスの焼き直しだ

という人がいる。スピリチスム(スピリチュアリズム)の教義が近代の発明に

よるものだなどと我々は一度として言ったことはない。スピリチスムは自然の

法則なのだから、この世の始めから存在していたはずである。・・・周知のよう

に、ピタゴラスが輪廻の体系を考え出したのではない。インドの哲学者たちや

エジプト人から学んだのだ。・・・しかしながら、古代の輪廻と近代の転生の

教義のあいだには、次のような大きな違いある。つまり、人間の動物への転生、

あるいはその逆の動物の人間への転生は霊たちが絶対に否定するという違い

である」と述べています。

 

つまり、カルデックにおいては、「霊」は個として転生し、人間のみが唯一

「霊」の宿る特権的な存在となるということです。

 

また、転生の目的は、「罪の償い、すなわち、それによる人類の進化改善。

この目的なくして、再生に正義はない」と主張しています。

 

「あらゆる霊はみずからの完成をめざす。神は霊たちに肉体の生を送らせる

試練を与える試練によって、完成に近づく方法を与える。正義なる神は、霊

たちが最初の試練でできなかった、あるいは成し遂げられなかったことを、

新たなる生で成し遂げる機会を与える。・・・転生の教義、すなわち人間に

何度も人生を繰り返させることを認める教義だけが、道徳的に劣る条件に置

かれた人間に対して神が行う正義を考えるとき、我々に唯一納得できるもの

である。この転生の教義だけが、我々に未来を納得させ、我々にしっかりと

した希望を持たせてくれる唯一のものだ。それというのも、この教義だけが

我々の過ちを新たな試練によって償う方法を我々に与えるからだ」という

のです。

 

そして、「霊たちの歩みは常に先に進み、決して後退することはない。その

ヒエラルキーのなかを次第に上昇し、到達した階級から下がることは決して

ない」としています。

 

霊は、転生を繰り返し地上でも試練を経るうちに、一つずつ階級を昇って

ゆくが、神の試練を素直に受け入れて努力する霊は早く最も上位の「純粋霊」

というゴールに達するが、なかなか素直に試練を受け入れない霊はゴールから

遠くに留まり、すべては霊の個としての努力にかかっているというのです。

 

このようなカルデックの主張をまとめると、「人類の進歩は、正義と愛と奉仕

の法を現実に適応する、そこから生じる。この法とは、来世への確信に基礎を

おいている」とあるように、「転生」による「公正」と「進化」、すなわち、

転生という摂理、公正という法、それによって進歩がある、ということに

なるようです。

 

ともかく、膨大な質疑応答にまとめられた「霊の書」には、後続のスピリチュ

アリズム、あるいは転生理論の説くところが、要素としてすべて出そろっている

ということが言えるようです。

 

ところで、このようなカルデックの転生理論には、霊の「進歩」という概念に

対する、同時代の社会進化論など、主として社会を対象とした進化の思想の影響

や、霊の絶対的平等と自助努力の重要性の主張における、機会の平等と自己形成

に重きを置くペスタロッチ流の教育学の反映、そして、「自然の法」(神の法)に

対する、「自由、平等、博愛」プラス労働の尊重、進歩史観というフランス革命

以後の近代市民社会の論理の投影を見る論者もいます。

 

しかし、これは、再生の目的が罪の償いのためなのか、霊的な進歩のためなのか

否かという「再生」の仕組みそのものの解明ではないため、何度も引用している

水波一郎氏の再生に対する主張を紹介しておきたいと思います。

 

人はなぜ、何のためにこの世に再生するのかについて、水波氏の著書「霊魂から

の伝言」の中で、それは、罪の償いでも、霊的な進歩のためでもない、つまり、

心を成長させる意図を持ってこの世に生まれてくるのではないとして、次のよう

に述べています。

 

人が死ぬと、幽質の世界に入るが、そこで長く生きていると、本人も知らない

うちに、幽体の一部が物質の世界の受精卵に入る。つまり、幽質の世界に自分

が霊魂として存在していて、もう一人の自分が物質の世界に誕生している、と

考えると分かりやすい。そうした状態なので、霊魂がどこに再生しようか、など

というようなことを考える暇もなく、気が付いたら再生している、と考えると

分かりやすい。

 

実は、人は目的のために生まれたのではない。逆なのである。物質の世界に

生まれているから、目的な生じたのである。仮に魂の進歩向上が、霊的生命が

生き続ける目的だとしも、幽質の世界に生きて、進歩向上すれば良かったので

ある。実際、幽質の世界でも、日々、進歩している霊魂は大勢いる。要するに、

目的のために生まれたのではなく、物質の世界で人間が生きているという現実

があるために様々なことが起きた、と言ったほうが正確なのである。

 

ということですが、どうでしょうか?

 

私は、地上(現世)の観念、思想の投影や願望ではなく、霊的な真実が淡々

と述べられているように思います。

もう一つ、カルデックは、霊媒ではなく、霊的な能力もなかったが、降霊会

の統括者の役割を担って、霊媒に入った霊魂への質疑を行い、またその真偽、

高低を厳しく判断したということです。その役割は我が国でいう、いわゆる

審神者(さにわ)と重なるように思いますが、その役割について、水波一郎

氏が監修するHP「霊をさぐる」で次にように述べられています。

 

一度、低い霊魂が身体内に入るルートを付けてしまうと、次からも同様に低い

霊魂が入りやすくなるらしいのです。また、そうした低い霊魂から発せられた

気が霊媒の身体に染み付くために、その後、高級と言える霊魂が入り得る可能性

はほとんどなくなるそうです。ですから、大切なのは、霊媒に入って来た霊魂

の正体を見極める事ではなく、それ以前に、意識の低い霊魂が入らないように

する事なのです。いったん入った霊魂の正体を見破る事は大変難しい事で、肉体

の目でしか見ることのできない人間には、なかなかできる事ではありません。

霊魂は実に巧みに人間を騙すのです。そのため、まず高い霊魂しか入れない状況

を作る事がなにより大事なのです。ということです。

 

 

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テーマ : スピリチュアル
ジャンル : 心と身体

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