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修験道と現代


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 現代の修験道
 








日本固有の山岳信仰に、神道や外来の仏教、道教、陰陽道などが混淆して

成立した民族宗教である修験道は、古代から中世にかけて盛んになり、近世、

つまり、江戸時代に至って頂点に達し、仏教は、半分くらい、修験道が担って

いるといわれるほどであったようです。

 

しかし、近代、すなわち明治以降になって急速に衰退し、これまでの評価を

落としていきます。

 

それは一体なぜなのでしょうか? どういう理由があったのでしょうか?

 

「現代の修験道」の著者の正木晃氏によると、まず、仏教は、真言宗や浄土

真宗をはじめとする「宗派」によって担われてきたという思い込みがある。

言いかえれば、寺と僧侶のみが仏教の担い手だったという思い込みが、

修験道に対する不当な評価を育んできたのだということです。

 

そして、そういった思い込みの背景には、明治5年の修験道廃止令によって

修験道に徹底的な弾圧が加えられたことにあるとしています。

 

明治初年の宗教政策というと、神仏分離令や廃仏毀釈があげられますが、

このとき修験道が公的に抹殺された事実は、ほとんど知られていない

ようです。

 

明治維新において、政府は、神道イデオロギーによって主導するため、まず、

1200年以上も続いてきた神と仏の蜜月状態、すなわち神仏習合に矛先を

向け、それを分離させようとしたが、日本の数ある宗教の中で、神と仏が

もっとも親密に結びついてきたのが修験道だったため、徹底的な弾圧が

加えられたということです。

 

文明開化の名のもとに、欧米にならって近代化を急ぐ明治政府とすれば、

確固たる宗教哲学もなく、もっぱら呪術を駆使しているようにしか見えない

修験道は、宗派宗教のような本山と末寺が分かちがたく結びついた本末関係

を持たなかったゆえに、解体するのは容易であったようです。

 

もっとも、修験道廃止令そのものは、明治29年に撤回されたようですが、

このときに修験道が受けた傷は非常に深く、今日にいたるまで、完全に癒

されたとは言いがたいとしています。

 

ともすれば、私たちは、現行の宗派中心の仏教のあり方を当然視し、遠い

時代からそうだったと思い込みがちであるが、事実は大きく異なり、今の

ような形態になったのは明治以降にすぎず、それ以前はまったく違って

いたということです。

 

江戸時代に一体どれくらいの数の修験者がいたかということについては、

一説では、最末期で17万人いたということです。この説の確認作業は

終わっていないようですが、とにかく、現在では想像もできないくらい

多くの修験者たちが活躍していたことは確かなようです。

 

江戸時代の修験道は、幕府の統制政策を受けて、当山派修験道(総本山は

醍醐寺)と、天台系の本山派修験道(総本山は聖護院)の二つに統合され

たということですが、民衆にとって、その両派の区別はほとんど意味がなく、

日々の暮らしに直結する現世利益と後生安楽の期待に応えてくれるか否か

だけが問題であったはずです。

 

かくして、修験道は、宗教とも習俗ともつかない領域にたずさわることで、

直に民衆に接し、同時に、この領域を媒介として、宗派仏教と民衆との接点

になっていた、よって、修験道は長きにわたり、民衆仏教の主たる担い手で

あり続けたとみなしたほうが正しいと正木氏は主張しています。

 

ところで、正木氏は、このような修験道は、現代、復活の機運にあるとして

います。時代が修験道を再び求めているというのです。

 

正木氏は、従来のような共同体のための宗教や、原理主義的な宗教ではない、

21世紀の宗教として、六つの要件をあげていますので紹介しておきたいと

思います。そして、そのあとでその問題点などを述べてみたいと思います。

 

六つの要件とは、<参加型の宗教>、<実践型の宗教>、<心と体の宗教>、

<自然とかかわる宗教>、<総合的・包括的な宗教>、<女性の視点・考え

方を重視する宗教>というものです。

 

その意味を要約すると次のようになります。

 

<参加型の宗教>

平安時代の仏教は坊さん中心のプロフェショナルの宗教で、鎌倉新仏教は、

指導者はいるが庶民・大衆が中心の宗教でアマチュアの宗教といえるが、

どちらも欠陥がある。プロとアマの交流が必要である。プロがすばらしい

技能をもちながらも、それを独占したり誇示したりせず、アマと仲良く

して、両者の間が切れないような関係ができれば素晴らしい。

<実践型の宗教>

明治維新以来、仏教研究・宗教研究は宗教哲学、つまり、理屈ばかりやって

きた。だから、行を中心とする過激な集団が出てきたとき、まったくといって

いいくらい対応できなかった。行の研究が多少あったとすれば、禅の研究ぐらい

である。しかし、そこにはある限界がある。もし、修験道が明治維新以前のよう

な健全な姿で活動していたならば、日本の宗教地図は大きく変わっていたに

違いない。

<心と体の宗教>

心の時代というが、心を心で変えるのは大変だ。ところが、修行などによって、

体を少し変えていけば、心は大きく変わっていく。あるいは、心を変えれば

体も変わるし、体が変われば心も変わる。そういう相関関係を正しく認識した

宗教でなければいけない。

<自然とかかわる宗教>

環境破壊が進み、自然が破壊されていく21世紀においては、自然にまなざし

を注がなかったら、それは大きな欠陥になる。いいかえれば、信仰の純粋さや

真摯さゆえに、自然と関わらないというのでは、もはや通用しない。これから

の宗教は、自然との関係もきちんと捉える宗教でなければならない。ただし、

自然に関わる宗教といっても地域に限定された素朴で原初的な宗教、すなわち

アニミズムやシャーマニズムでは圧倒的な近代化の波に対応しきれないので

あり、普遍性を併せ持つ必要がある。

<総合的・包括的な宗教>

これからの宗教は、総合的で包括的でなければいけない。何か一つだけとって

これだけやればいい、あるいは、他の宗派を排除するというタイプの宗教は、

ともすると原理主義の罠に陥ってしまいがちである。したがって、包括的で

総合的であることが、今後の宗教に求められる要件の一つである。

<女性の視点・考え方を重視する宗教>

人類お半分は女性である。21世紀にもなって、女性蔑視や女性排除は通用

しないし、女性の視点や考え方を重視できなければ、宗教として存続できない。

(従来は、修験道というと女人禁制というイメージがあったが、現在では、

ほとんどの行場は、女性に対してオープンになっている。)

 

正木氏は、以上の六つの要件を検討してみると、どの点においても、もともと

修験道はその理想に近いと言います。

 

ただし、それは「もともと修験道は」であって、現代の修験道は残念ながら、

六つの条件を完璧に満たしているとは言いがたいとしています。

 

しかし、修験道の未来はいたって明るいと言います。開祖の役行者がこの世を

去られてから1300年、21世紀を迎えた「日本仏教」は、今まさに大転換

期を迎えつつあると感じざるをえない。それは第二の大乗仏教運動といっても

いい。少なくとも、日本の仏教者は、これくらいの気概をもたなければならない

と主張しています。

 

もし、それができないというのであれば、「日本仏教」は死滅し、過去形で語ら

れる存在になり果てるだろう。しかし、修験道には、常に民衆と深く関わって

きた歴史がある。「上求菩提、下化衆生」(おのれの悟りを求めることと、人々

を救済することは一つであるという意味)の精神がある。この歴史をよく

見つめ、第二の大乗仏教運動を展開しようと訴えています。

 

以上、正木氏の主張する21世紀の宗教の条件、すなわち現代の修験道のあり

方を紹介してきましたが、そこには問題点、つまり、足りないもの、忘れては

いけない要件があるように思います。

 

人は他者に迷惑をかけないかぎり、どのような宗教を信じようとまったく自由

なのですが、現代において霊的、宗教的修行を語るときに忘れてはならない

ことは、この前、紹介した水波一郎氏の「瞑想の霊的危険」のなかで警告され

ていたように、昨今の著しい霊的な環境の悪化ということではないかと思います。

 

水波氏は、おおむね次のように述べています。

 

<古代であれば、熱心な信仰者も大勢いたであろうから、そうした祈りに

よって、相応しい幽気が降りる場所も多かったに違いない。神山とか霊山とか

呼ばれている山は当然、高級な幽気で満ちていたと思える。>

 

<日本の最大の霊山といえば富士である。しかし、今の富士は穢れてしまった。

ある宗教団体の本拠地があったために、事件後、一般に人達の攻撃的な念が、

周辺に多量に集まってしまい、その念を見つけた邪悪な霊魂の数が、どんどん

増えてしまったからである。その上、信仰心のかけらもない人達が大勢集まって

しまった。この現象は、幽気の性質を下げるばかりでなく、人々に良い影響を

与えるような、高級な幽気を減少させる力となってしまったのである。>

 

<古来の技法に価値を持たせるには、まず幽気の性質を上げなければならない。

それなのに、世の中は益々逆の方向に流れて行くのである。>

 

かの富士でさえ、このような状態のようですから、他の霊山は言うに及ばす

ではないかと思います。

 

このように、かつては霊山と言われた山がことごとく穢れてしまったとする

ならば、まず、山に霊的な力を取り戻すことが大切であり、再び高級な幽気を

山に取り戻すことができたとき、修験道というものものに真の霊的な価値を

もたらすことができるのではないでしょうか?

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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