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陰陽・五行説


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陰陽五行説




 

前回も触れましたが、『陰陽道』の著者鈴木一馨氏によると、陰陽道は

日本で生まれたものであり、「陰陽」とは、中国の「陰陽説」や「陰陽

五行説」をもとにしたものという意味ではなく、中国民間思想の総称と

して用いられているということでした。

 

さらにいうと、陰陽道の理論を「陰陽五行説」から説かれる場合が多い

が、「陰陽五行説」という観念は中国には存在しなかったのだそうです。

 

つまり、中国の思想家は、「陰陽家」「五行家」というグループに区別され

ており、「陰陽五行家」というグループは存在しないということです。

 

よって、さまざまなもので中国民間思想の代名詞として使われている

「陰陽五行説」に相当するのは、陰陽家が扱う「陰陽説」と五行家が

扱う「五行説」という二つの思想なのであり、それぞれが互いにもう

片方の思想を取り込んでいるのであるから、正しくは「陰陽・五行説」

としなければならないとしています。

 

実際、「陰陽寮」で行われていたのは、「陰陽・五行説」にもとづく技術

ばかりではなく、前回、律令制官庁の機構や職掌の紹介の際にも述べた

ように、さまざまな中国系の祭りをしたり、天文の様子をながめたり、

時刻を測ったりと、さまざまな行為や技術を行っていたのです。

 

ということで、鈴木一馨氏は、陰陽道への理解を深めるためとして、

「陰陽五行説」からではなく、「気」の思想から始めるほうがよいと

していますので、その流れに沿って見ていきたいと思います。

 

まず、中国思想上の主要概念として、「気」というものをながめたとき、

思想史的にはさまざまな概念が紀元前後までに出てきたということです。

 

最初の頃は、単に物質的存在を作っている基礎的存在が「気」であると

考えられていたようで、道家の『荘子』では、ものの生死というのは

「気」の集まり方に左右されているのだとしており、それはすべての

存在(万物)が「気」によって作られていることなのだと説いています。

そして、儒家の『荀子』では、植物、動物、人間のような存在は、水や

火のような存在と同様に「気」によってできているが、その違いは

生命を持っているか否かにあると説いています。

 

このような「気」が物質的存在を形成する元であるとする考え方が、

前漢の時期にはさらに拡大して、「道」や「太一(たいいつ)」と同一

の存在と見なされるようになり、「気」とは物質的存在・非物質的存在

に限らず、すべてのものごとの元だとされる思想が生まれたようです。

 

そのような思想において、すべてのものごとの元となる「道」や「太一」

と同一とされる「気」を特に「元気」と呼んだが、非物質的存在までを

も含めたすべての存在の元となれば、「気」を元素のような物体的な存在

とは扱うことができないため、この「元気」というものが出てきた時点で、

「気」とは力であると考えられるようになったということです。

 

そして、この「元気」の思想が出てきたころには、それまでゆるく関連付け

られていた「陰陽説」や「五行説」が世界の形成・変化の思想として強固に

結び付けられることになったのだそうです。つまり、「陰陽説」と「五行説」

との結び付きを果たす仲立ちになったのが元気の思想で、最初一つであった

「気」の性格が二つに分かれて「陰陽」となり、それがさらに五つに分かれ

て「五行」になったということで、この「陰陽」や「五行」がすべての存在

を決定しているということになります。

 

かくして、「陰陽」も「五行」も共に「元気」から形成された性格なので、

互いに変換することができるとされるようになったのです。

 

このように、中国において、すべての物事は「気」によって成立している

という思想が世界観として支配的になったが、それは以前に紹介した老子や

荘子などの道家によって主に展開されたため、その道家の思想が道教教団に

取り込まれるなかで民間に再び浸透し、人々の間で中国民間思想として

普及したということです。

 

そして、それが日本に伝わり、七世紀には日本の指導者層・知識層にしっかり

と定着したことが「気」によってつくられたさまざまな現象を解釈し、対処

するという陰陽道の成立につながっていったということです。

 

ということで、鈴木氏は、陰陽道の思想を探る第一歩を「陰陽五行説」に

求めるのではなく、それは「気」というものがその全体を包み込んで

いる思想だということを理解しなければならないとしているのですが、

では、そもそも「陰陽説」「五行説」とはどういうものかという疑問が

わいてきます。よって、次は、それらについて少し紹介しておきたいと

思います。

 

まず、「陰陽説」とはどのようなものかというと、この世界の物事は、「陰」

「陽」の二つの性格のどちらかに当てはまるというものです。それは、

人類のもっとも基本的な価値判断の理論であり、二分論や二元論の中国的

表現ということになります。

 

さて、「陰陽」と「気」との関係はどうなっているかというと、「陰」とは

「気」の消極的な性格であり、また、「気」の消極的な働きによってできた

物事、「陽」とは「気」の積極的な性格であり、また、「気」の積極的な

働きによってできた物事、ということになります。このように、「陰陽」と

は「気」の性格が消極性や積極性を帯びたりすることによって生まれるの

だとされます。

 

また、これを「気」の名称で見ると、消極的な性格の「気」や消極的な

作用をする「気」を「陰気」、積極的な性格の「気」や積極的な働きをする

「気」を「陽気」と呼びます。イメージとしては、人の性格を表す「陰気」

「陽気」と同じように考えてよいようで、人を形づくっているのは「元気」

だが、その精神を形づくっているのは「元気」から分かれ出た「陰気」

「陽気」ということになり、そもそも、人の性格である「陽気」「陰気」と

いうのは、その人の精神が陰気と陽気のどちらによってできているのか、

ということなのだそうです。

 

このように世界の物事が「陰」「陽」の二つの性格のどちらかに当てはまる

ことを言いかえると、「陰気」や「陽気」が世界の多くの物事をつくって

いることになります。たとえば、人の性別でいうならば、男性は「陽気」

によって姿形や性格がつくられており、「陽」の存在となり、女性は「陰気」

によってそれらのものがつくられているから「陰」の存在というこことに

なります。

 

また、正常と異常とを陰陽で分けるならば、正常は「陽」で異常は「陰」と

なり、そして、この世は「陽」、異界は「陰」と位置付けられ、異界の存在

である妖怪変化は「陰気」でできた存在であると見ることができます。

 

陰陽師が妖怪変化を「陰陽の力」で退治するとき、それは異界という「陰」

の世界の存在、すなわち「陰気」でつくられている存在である妖怪変化に

対して「陽」の力をぶつけることによって陰陽の気を中和させてしまう

のだそうです。そうすれば、みずからをつくっている気の性格が失われ、

妖怪変化は雲散霧消してしまうということになるようなのです。

 

なお、「易」が陰陽二気の変化の理論として成立してくると、陰陽説は陰・

陽とその中間の存在である「太極(太一)」の三種類の「気」の状態・

性格の理論を説くようになったということであり、このとき、「太極」と

「元気」と同じであったり、陰・陽どちらにも当てはまらない「気」の

状態や性格であったり、または、両方の「気」の状態や性格を帯びた

物事に当てはめたということです。

 

さて、では、「五行」の考え方とはどういったものなのでしょうか?

 

「五行」の「行」とは「行い」を意味する、つまり、「五行」とは世界の

五種類の働きという意味であり、「気」の説と合体して「気」の五つの状態

とそれによる働きを意味するようになったということです。

 

五行は列挙していうとき、「木火土金水(もっかどこんすい)と称されるが、

このうち、「木(もく)」「火(か)」(土(ど))「水(すい)」は字のごとく

樹木・火・土・水であるが、「金(こん)」は貴金属の金ではなく金属を

意味しています。

 

この五行は、陰陽のような単純な対比ではないので、何がどの五行に当て

はまるか、つまり、何がどのような気の性格を持ち、そして働きを持つ

のかは、単純化して言えないものであるばかりではなく、時代によって

該当する物事や順序が違うようであり、とりわけ、医療に関する物事は、

いくつもの流派があって、それぞれの成立時代の状況を背負っているため

多種多様であるということです。

 

しかし、いずれにしても、すべての物事を五行に当てはめるという姿勢には

変わりなく、「気」でつくられている世界では陰陽からはずれる物事がない

のと同様に、五行からはずれる物事もないということになります。

 

さて、五行の変化について見ると、陰陽の変化は二種類しかなく、変化の

仕組みは単純であるが、「気」の性格が五つに分かれているぶんだけ複雑に

なります。そこでは二種類の変化の仕組みがつくられていて、それは

「相生説」と「相克説」というものです。

 

「相生説」とは、AがBを生み出すという関係によって五行の変化を説いて

いくもので、①木生火木(木気)は火(火気)を生む。②火生土

(火気)は土(土気)を生む。③土生金土(土気)は金(金気)を生む。

④金生水→金(金気)は水(水気)を生む。⑤水生木→水(水気)は木

(木気)を生む、とされます。

 

そして、その変化の順序は、木→火→土→金→水→木の順序になります。

 

また、「相克説」とは、AがBに打ち勝つという関係によって五行の変化を

説いていくもので、①木剋土→木(木気)は土(土気)に打ち勝つ。②土剋水

→土(土気)は水(水気)に打ち勝つ。③水剋火→水(水気)は火(火気)

に打ち勝つ。④火剋金→火(火気)は金(金気)に打ち勝つ。⑤金剋木→

金(金気)は木(木気)に打ち勝つ、とされます。

 

これによる五行の変化の順序は、土→木→金→火→水→土となります。

(ただし、打ち勝っていく順序は、木→土→水→火→金→木となる)

 

このように、「相生」「相克」の関係は、変化の関係であるから、「変化させる

五行」と「変化させられる五行」の二種類の五行の関係として見ることも

できるということです。

 

また、五行を単体で見ると強弱の関係を生じているが、総体で見ると強弱が

相殺されて、結局は五行の関係は対等であるということになるようです。

 

なお、五行を時間や空間、つまり、一日や一年の季節の変化に当てはめると、

また、異なった五行の変化になるようです。

 

最後に、陰陽論(説)と五行説の結合について簡単に触れておきますと、その

統一の萌芽は、斉の陰陽家鄒衍(すうえん)の陰陽主運説にみることが

できるということです。そこでは木火を陽、金水を陰に配当していて、

そのきっかけとなったのは四時(四季)の変化と『易経』の影響が

大きかったとされています。

 

その後、戦国時代末の秦の呂不韋(りょふい)が、『呂氏春秋』の中で、

干支(かんし)の十干(じつかん)に陰陽論(説)と五行説を導入した

あたりから、陰陽論(説)と五行説の結合が一般化していったようです。

(現在では、干支を「えと」と読んでいるが、本来、「えと」とは十干の

総称であって、十二支とは関係がなかったということです)

 

つまり、中国の戦国時代末から前漢初期の頃より、陰陽論(説)と五行説

は結合して、相互に深め合い、陰陽・五行説として統一され、展開される

ようになったということになります。

 

以上、「陰陽・五行説」について大雑把な紹介をしてきましたが、『陰陽

五行説』の著者によると、現代においても、決してこれは過去の遺物では

なく、現代においても漢方医学においては、陰陽五行説をもってしか理解

できないことがあるのであり、また、その心身不可分の考え方、すべてを

有機的結合の中で考えるという陰陽・五行説の方法論は今の時代にも有用な

ものであると述べています。

 

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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