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呪法-空海の闇について-


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空海像 



すぐれた密教の修行者は、教理面はもちろん、併せて、加持祈祷、修法の

実際的な側面、つまり法力においても秀でていなければなりませんが、空海

はその両面において傑出した人物であったとされています。

 

よって、最澄も、空海より7歳も年長であり、さらに確固たる社会的地位を

獲得していたのですが、みずから密教の所伝において欠けるところを自覚

すると、すすんで一介の青年仏者空海に教えを乞い、彼を戒師と仰いで

灌頂を受けたのです。

 

しかし、皮肉なことに、最澄の叡山仏教から新しい仏教が生まれていったの

に対し、空海の真言密教は、その後の発展がほとんどみられなかったと

言われています。

 

そして、その理由の一つとしては、弟子に恵まれなかったということが

あげられるようです。

 

空海の弟子はかなりの数にのぼるが、なかにはたった一度文献に現れるだけ

で、それ以外は伝記のまったくわからないものが多いというのです。

 

十大弟子といわれる者のなかにも、そのように消息の明らかでないものが

いるようで、その法系者の中からも、空海の法灯を継ぐような人物は現れ

なかったのです。

 

これは最澄の場合と比べると、最澄が後に円仁や円珍といった逸材を輩出

したのと著しい相違があるとされます。

 

よって、藤原氏の時代になると、天台宗の密教によって東密の勢力は次第に

奪われてしまうようですが、しかし、どうしてすぐれた人物が現われなか

ったのでしょうか?

 

空海の末裔は筆受を忘れて験を競う加持祈祷に終始するにいたったといわれ

ていますが、このことは、ひょっとすると、空海のまわりに多くの人が

集まったのは、仏者として卓越していた人間性を慕ってというより、彼の

力、呪術のわざがほしいがためであったのではないかという疑念が湧いて

きます。

 

前回までは、空海の陽のあたる部分ついて紹介してきましたが、今回は、

この疑念に迫るべく、空海の暗部、闇ともいえる部分をさぐるため、水波

霊魂学の提唱者、水波一郎氏の著書を紹介してみたいと思います。

 

今は絶版となっている水波氏の著書『大霊力』のなかでは、今まであまり

語られていないと思われる空海の負の側面が、要約すると次のように

語られています。

 

<空海は、インド直系といわれる権威だけがついた密教の形式を持って

日本に帰ってきた。それは、言うまでもなく、日本に帰ってから立つ

ための道具であった。彼は鎮護国家を唱え、朝廷の庇護を受けたが、

民衆にとっては、ただの哲学者にすぎなかった。>

 

<空海は未熟であったが、彼の密教には力があった。そのため、世の中は

こぞって彼の呪術者としての呪法の力を欲しがった。>

 

<まだ中国にいたころ、空海は一人の天才画家に出会った。彼は、人間を

知る上で、まず、芸術に興味を持った。そして、彼の呪術はこのとき完成

を見た。彼は絵のなかに呪術の真義を見たのである。>

 

<空海は、呪法の恐ろしさとその力に唖然としながらも、自分が中国最強

の呪者となったことを確信する。もはや、恵果という密教の師は、彼には

二流に見えた。恵果はもはや呪力がなかった。彼は権威を持ちすぎ、形式

に流されていた。空海には、もう、学ぶものがなかった。悩んだ末、中国を

捨てる。空海は、そのとき、すでに中国最高の呪力を有していた。>

 

<空海は、東洋一の呪者を自認し、日本に帰ったが、彼が恐れていたことが

起こった。日本のある修験者が、彼に技くらべを求めてきたのである。彼は、

それは真の仏の道ではないと軽くはねつけたが、相手は聞き入れず、相手は

空海を三日後の殺すと言って空海の元を去ったという。その夜、空海は原因

不明の高熱に襲われた。空海はあらためて修験者の恐ろしい呪法の力を知る

が、それを返すことは相手を殺すことにつながり、ここに自分の仏教の限界

を感じ悩んだ。だが、結局、空海は、自分が高熱で修法を行えないため、

最も信頼する数名の高弟にその呪法を教えてしまった。そして、空海は、

回復し、相手はその後、何も言ってこなかった。>

 

<しかし、空海は後悔する。呪法は殺人の技である。それを弟子たちが

知ってしまった。自分の死後、それは、いつか、民衆の中に入り込む

だろう。空海は、このとき、自分が仏者として人々を救う法を学びに

行って、人を殺す法を示してしまったことを悔い、血の涙を流した。>

 

<空海はその後、必死に生きた。宗教家として、その信念に生きたので

あり、偉大な仏者といえる。しかし、同時に、とり返しのつかないミス

を犯したのである。>

 

<かくして、呪法が民間に流れることになる。空海が老いて病気になった

とき、一人の高弟が布教と称して山を下りた。そして、その技は、全国の

呪者の間に取り引きされることとなった。これが、空海をして、その役目

をのちの親鸞に託さざるをえなかった点であり、仏者としての限界なので

あった。>

 

<ともかく、空海の密教は全国に広まった。その呪力ゆえのことであった。

空海の法は宇宙的であったが、修験者は、魂よりも術くらべに終始したため、

空海の弟子たちは絶えず狙われることになり、彼らを恐れた。>

 

<空海の弟子たちは、修験者たちの仕掛けてくる術くらべを避けるために

会議を開いた。なぜなら、修験者は、技に人生をかけていた。術くらべは、

最初は単純な技の競い合いでも、極限は、殺し合いとなるのである。>

 

<そんな中、空海の高弟の一人に、異常なまでに熱心な仏者がいて、一人

悩んでいた。彼は、真の仏教はその高く深い哲学にある、そして、また、

人間を仏にするための技術にある。呪法はそのための方便にすぎない。

しかし、修験者に説得は不可能である。では、どうしたらよいのか、相手

を殺してしまうことなく、自分の身を守るにはどうしたらようのかと苦悩

したのである。>

 

<そして、この無名僧は思った。呪いを破るには、その呪いを見抜けばよい。

そして、その呪いの効力をなくしてしまえばよい。それを御仏に祈って

みようと。>

 

<彼は一週間の荒行に入った。彼は一人、瞑想のふけったのである。そして

一週間の行を終えて、その満願の日、彼は気がついた。呪法は師空海が達人

であるが、それ以上の古道は、それを返しうるかもしれない。修験は古道の

流れである。そうだとすれば、その古道のなかにそれを破る技、その効を

なくす技がかくれているに違いないと。>

 

<彼は敵である修験の本流を遡るなかで、そのような技を発見した。彼は、

呪をかけんとする者の正体を見破り、その効果をなくすため、いくつかの

呪法切りを完成したのである。そして、それを当時の密教僧は、口伝で

用いるようになった。>

 

<空海のこの無名の弟子こそは、神伝(神伝とは、神霊もしくは神霊に仕

える高貴な霊魂より伝えられたものという意味)の伝承者ともいえた。

彼は古書のなかに神伝の技を発見した。しかし、この技もすぐに滅んで

しまった。真言宗が民衆のものではなかったからである。そして、しばらく

して修験は真言や天台密教のなかに吸収されていく。時代は、仏部密教系

修験道を確立するに至るのである。>

 





 
 
 
 
 
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