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いけにえの祭り-アステカの人身供犠2―


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アステカ2  



アステカ文明は、16世紀にスペイン人によって滅ぼされました。

 

しかし、被征服民の文化として蔑視されていたマヤ、アステカといった

古代も文明も、20世紀に入ってから、その偉大さや重要性が徐々に

認識されて、現在ではメキシコ人にとり、それが誇りと自信の源泉に

なっているとさえ言われています。

 

ただし、人身供犠に関しては、祖先が行った信じられない風習として、

素直の受け入れ難いようであり、エウラリア・グスマンという歴史家の

ように、人身供犠そのものを否定するナショナリストの学者もいると

いうことです。

 

しかしながら、アステカの宗教や世界観を冷静に観察すれば、ベルナル

ディーノ・デ・サアグンなどのスペイン人記録者の記述には誇張もある

かもしれないが、生贄が行われていたという事実は否定することはでき

ないとされています。

 

さて、前回、アステカの人身供犠の動機は、そこに伝わる神話、それも、

従来から言われるような、「太陽や大地の神々に血液を捧げる」という

主題の神話ではなく、「太陽や大地の神々から血液を頂く」という主題

の神話にあるのではないか、という主張を紹介してきましたが、それと

は異なる見解を紹介してみたいと思います。

 

たしかに、メソアメリカでは、いや、それこそ世界各地で生贄、人身供犠

というものが行われてきたようですが、アステカの場合は、規模や恒常性

において極めて突出しているように思われます。

 

よって、そこには神話以外のモジベーションがあったのではないかという

疑問が湧いてくるのですが、それを考えるべく、今回は、別府大学アジア

歴史文化研究所報第16号所収の佐藤孝裕氏の論文『アステカの人身供犠

への一試論』を取り上げてみたいと思います。

 

まず、佐藤氏は、兵士および彼らに伴って布教活動のために新大陸を訪れた

宣教師たちの報告に見られる人身供犠の描写は極めて生々しく、その報告の

すべてが単なる捏造だとは考えられないし、人身供犠が実際に行われたこと

を示す図像や彫像の資料も多いため、かつて、彼らが人身供犠を行っていた

ことはほぼ間違いないだろうと述べています。

 

そして、従来、創造神話に由来する彼らに独自の世界観の中に人身供犠を

位置づけ、必然性・必要性に基づいて長年に渡って人身供犠が行われ続けた、

と解釈されてきたが、その儀式は、その大規模さと組織性の点で他を圧倒

しており、単に宗教的必然性を理由にするだけでは、到底、説明が困難で

あるとしています。

 

さて、メソアメリカにおける人身供犠の起源は、少なくとも、古典期

(紀元後から紀元1000年頃まで)にさかのぼるとされます。そして、

マヤ地域などでも、数々の図像学的証拠から見て、古典期には行われて

いた可能性が高いと考えられています。

 

しかしながら、古典期マヤの人身供犠の性格は、都市国家の王が自分の

王としての正統性を神々に認めてもらうために戦争で捕らえた捕虜などを

人身供犠に供し、神々の好む血を捧げたものだろうと考えられており、

それは個人的で、アステカ人が行ったような大々的なものではなかった

ということです。

 

一方、アステカでは、1年間で18回の宗教行事や周期や時節とは関わり

ない特別な行事において、ことごとく多くの生贄が捧げられたようであり、

とりわけ、1487年における首都テノチティトランのテンプロ・マヨール

神殿の落成式において数千人の生贄が捧げられたとされています。

 

では、なぜ、このような極端な状況を生んだのでしょうか?

 

佐藤氏は、その要因を創造神話にもとづく宇宙観による解釈のほかに、

いくつかの解釈を紹介しています。

 

一つは、強化儀礼としての解釈です。

 

それによると、創造神話では、毎月の祭祀と供犠の意味を説明することが

できない。しかし、月毎に行われた祭祀を見ると、それらは、雨の神、水

の神、風の神等々、多くは農耕にかかわる神々のためのものである。した

がって、人身供犠を含む儀礼は、豊穣を願う農耕儀礼的な性格をもつ強化

儀礼の一種であるということになる。すなわち、人身供犠を行うことに

よって、規則的に雨が降り、作物が実り、土地の生産性が保たれることを

願ったというものです。

 

次は、人口統計学的解釈というものです。

 

これは、アステカ人による統一以前は、メキシコ中央高原一帯は慢性的

な戦争状態にあった。そして、戦争が「花戦争」という形で恒久的な

制度になると共に、それにつきものの人身供犠を価値づけ、イデオロ

ギー的に正当化する手段になったというものです。

 

また、即位儀礼としての解釈というものもあります。

 

これによると、どんな王でも即位するためには、どこかの地方を攻略し、

生贄にするための多数の捕虜を捕えねばならなかった。よって、そう

することにより、王がこの世界を維持し、治めるだけの力を持っている

こと、すなわち、自分が正統な王位の継承者であることを顕示するため

ではなかったかというものです。

 

さらに、佐藤氏は、政治・経済・軍事的解釈というものを掲げています。

そして、それは佐藤氏自身の主張でもあります。

 

彼は、人身供犠を大々的に行ったアステカ人の意図の解明には、アステカ人

の国が膨張していく中での政治的意図が込められた宗教改革が鍵であると

して、次のように述べています。

 

<第四代イツコアトル王は、1428年にアスカポツルコのテパネカ人を

壊滅させ、アステカ王国はメキシコ中央高原最大の国家にのし上がるが、

この当時、実質的にアステカを支え、大きな権力を握っていたのが、王の

最高顧問トラカエレルであった。彼は、シワコアトルという特別な称号を

与えられ、イツコアトル王とその後の二代の王に仕え、死ぬまで改革を

実行し続けた。>

 

<トラカエレルの業績の一つに歴史の改竄がある。彼は、アステカ人のこと

が重視されていなかった被征服民の絵文字をすべて焼き捨てさせたという。

そして、絵文字に書かれていた内容を書き換え、アステカこそかつて中央

高原に覇を唱えたトルテカの伝統の承継者だとした。>

 

<これにより、彼はアステカ人に誇りを持たせるような意識改革を行い、

新たな征服活動を容易ならしめようとしたのであり、こうしてアステカ人

は近隣諸国を手始めに遠隔地への征服活動に乗り出していったのである。>

 

<そして、トラカエレルが行った業績にはもう一つある。それは「花戦争」

の導入である。「花戦争」とは、生贄に捧げるための捕虜を手に入れるため

にのみ始められた戦争である。つまり、常に太陽神ウロポチトリに

心臓と血を捧げるための生贄に事欠かないようにし、そうすることで現世

である第5番目の太陽が滅びないようにするためにトラカエレルはこの

ような制度を考え出したのである。>

 

<なお、このアステカ人独自の宇宙観に背後にも戦略的な意図が潜んでいる

と思われる。つまり、アステカ人がウロポチトリ神に仕える使徒と

しての使命を果たす特別な部族であり、ウロポチトリ神に捧げる生贄

を求めるために戦争を行うということは、彼らの征服活動を正当化すること

につながる。独自の宗教軍事観を導入したトラカエレルの本当の意図は、

まさにこの点にあったと考えられる。>

 

<いずれにせよ、アステカ人は、トラカエレルによって持ち込まれた宗教

軍事観を受け入れるなかで、アスカポツルコの属国的存在から抜け出し、

それを滅ぼし、それ以後、スペイン人が現れて彼らに滅ぼされるまで、

ほとんどの征服戦争に勝利し、勢力を拡大していったのである。>

 

以上が、佐藤孝裕氏の主張の要旨ですが、たしかに15、6世紀というと、

神政的な古代文明が滅び、後古典期文化と呼ばれる、戦国の世、軍事的な

社会の、そのまた末期ということになり、人身供犠の根拠を神話の共認

のみとすることは難しいようにも思われます。

 

また、<アステカ人にとって、最もふさわしく、羨望に値する運命とは

戦死、ないしは人身供犠に供されることであったとされるが、事実、その

とおりであったのだろうか。生贄に捧げられる捕虜は喜んでわが身を捧げた

と言われるが、逆に力づくで運ばれ、死とその苦しみを強烈に味わされた

という報告も少なくないのである。そのために麻薬が用いられもした。>

と佐藤氏がいうような側面もあったかもしれません。

 

しかしながら、現実的な策略ばかりが強調されると違和感が残ります。

たとえば、アステカの文明がスペインによって壊滅させられたとき、

アステカの主だった者たちは、フランシスコ会の修道士たちに対して

次のように語ったと言われています。

 

<あなた方は、我らの神は真実のものでないとおっしゃいました。だが、

あなた方が語るのは、異様なことであります。それで我々は混乱して

います。なぜならば、我らの父、我らの祖父、かつてこの地上に生きた者

たちは、決してそういわなかったからです。彼らは我々に生活の規範を

与えました。彼らは、それを真実なものと見なして信じ、神々を敬い

ました。彼らは我々にすべての形の信仰と、神々を崇めるすべての方法を

教えてくれました。・・・だが、もし我々の神々がもう死んでしまったの

なら、我々も死なせてください。我々は滅びます。なぜなら、我らの神々

がすでに死んでしまったのだから・・・>

 

ここからは、アステカの人々が、我々、現代人が推し量ることができない、

というか、我々が失ってしまったような、神話と信仰の世界に生きる、

ピュアな心性を抱いていた人々であったことが伺われるように思います。

 

残虐性と神聖さの併存という、この絶対的な矛盾に前にして、そう簡単に

結論は出せないように思われます。










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