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伝説の仏陀・歴史上の仏陀


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仏教上



今回は、ヘルマン・ベックの『仏教』(上)に依拠しながら、西洋の仏教

学者から見て仏陀とはいかなる存在であったかを考えてみたいと思います。

 

訳者の渡辺照宏氏によると、19世紀末ごろのヨーロッパでは、相反する

二つの観点から仏教が注目されたということです。

 

その一つは、実証主義的な解釈で、仏教は奇跡や超自然を含まぬ合理的な

無神論であるから、近代にふさわしい代用宗教になると考えられたのです。

 

しかし、仏教はキリスト教とは異なり、たしかに天地の創造主としての神

の存在を認めず、処女懐胎やキリスト復活ごとき奇跡を必要としないの

ですが、いわゆる無神論や唯物論などと同列に立つものでもなく、合理主義

や実証主義で満足するものではありません。

 

仏教の近代的解釈のもう一つの方向は、神智学によって代表されるものです。

この語は、もともと神性を人間において実現することを目的とする宗教活動

を指し、古くは、新プラトン学派、のちにはヤコブ・ベーメなどもその範疇

に入ると言われているようですが、ここで問題とされるのは1875年に

ブラヴァッキー夫人たちが創設した「神智学協会」を指します。これは、

瞑想などの霊的体験に心霊研究を加味し、古くからの秘教的伝統を根拠と

するものですが、インド的な輪廻やカルマの思想を説き、バラモン教や

仏教における瞑想方法を採用し、知識人の間で大きな反響を呼んだという

ものです。

 

渡辺氏は、これらの動きはインドの宗教への関心を呼び起こしたという点で

無意味ではなかったが、ややもすれば常道を逸し、仏教を誤って紹介したと

いうそしりは免れないとしています。

 

これらに対してベックは、本書で、「仏教は西洋でいうような無神論でも

なく、また、ただの哲学的合理主義でもない。仏教はその本質において

哲学とはまったく異なったものであって、近代の唯物論とはまったく関係

のないものである」と断定すると同時に「ほんとうの仏教は近代の神智学

とは同じでもない。いくらか接触する点があるとしても本質上べつのもの

である」と言ってこの運動に対しても一線を画しています。(なお、神智学

協会から脱退したシュタイナーが人智学協会を設立しますが、ベックは、

のちに、リッテルマイヤーによって、シュタイナーの思想をキリスト者

として実践する目的をもって結成された「キリスト者共同体」という宗教

団体の聖職者になっています。)

 

ベックは、このように、仏教の合理主義的解釈に組みせず、かつ神智学と

も一線を画したが、そうかといって仏教を客観的に冷静に分析し解説する

ことに満足したわけではないようです。

 

さて、それでは、伝説上の仏陀、歴史上の仏陀について具体的にどう述べ

ているかを見てきたいと思います。

 

まず、ベックは『ラリタ・ヴィストラ』、『マハーパリニッパーナ・スッタ

(涅槃経)などの経典に依拠して仏陀の生涯の物語について述べたあと、

これらは、現代、歴史的記述と言われるものとはわけが違うということは

わかりきっていることだとしながら、それらには歴史らしいものが、いつも

伝説的なものとからみあっているが、学的研究はさまざまな誤りを犯して

きたと述べています。

 

その中で、フランスの仏教学者スナールは、仏陀の物語は、「実在の人物

では無く太陽を神格化したものであり、太陽信仰の象徴である」という

太陽説を唱えたが、ベックは、伝説がわれわれの直観に訴えるものは、

雰囲気的または天文的な出来事ではなく、霊的な出来事なのであって、

伝説は、仏陀の内面的霊的発展過程を、それが形象として仏教の賢者の

霊眼に映ずるままに物語るのであるとしています。

 

しかし、これらの形象が色々な点で太陽神話の考えと関係があり、かつ

また、古くヴェーダ時代から、さらにそれ以前の本源的時代にまでもさか

のぼる宇宙的=神話的、および宇宙的=神秘的な考えとも関係があること

は否定できないのであり、これらの学説の誤りは、霊的に理解すべきもの

を唯物主義的に外面化したことであると述べています。

 

また、伝説書には、仏陀が実在の人物であり、シャーキャ族の人であると

述べられているが、それが事実であることが後の出土品によって明らかに

されことからしても、上記の『ラリタ・ヴィストラ』、『マハーパリニッパ

ーナ・スッタ』などの経典は、いずれも単なる空想や単なる神秘のみを

内容とするのではなく、常に外面の事実と結びついているのであって、

物語作者が霊的な出来事を形象として述べる場合にも同じことが言える

としています。

 

しかし、一々の点になると、神話的=神秘的=伝説的なものと歴史的な

ものとを区別することは困難でもあり、不可能でもあることが多いと

言います。が、証明されないからというだけで、否定されたとみなす

ことは、証明されないことを軽々しく承認することと同様に非学術的で

あろうと述べています。

 

さて、仏陀がシャーキャ族の出身であることは確かであるとして、その

誕生の年代は有力な説にしたがって紀元前6世紀の中頃であるとして、

生まれ故郷の名はカピラヴァストであったのでしょうか?

 

ベックは、歴史的事実と見てよいと言います。なぜなら、仏陀の教義には

サーンキャ哲学の述語と似た点があるから、後世になってサーンキャ哲学

の開祖と言われるカピラにちなんで仏陀の故郷の都の名をこしらえたのだ、

などと言うべきではなく、むしろ、カピラヴァストゥという名が示すよう

に、仏陀の故郷の都にサーンキャ哲学が行われていたからこそ、仏陀はこの

学派の述語を自分の教えの中に取り入れたのである、と言ったほうがよい

だろうと述べています。

 

また、仏陀の父の名がシュッドーダナ(浄飯王)であるという言い伝えに

ついて、さまざまな異論があるが、仏陀の父の名を言えば、いつもラージ

ャーという称号が結びついているのであるから、やはり、小さい、国土の

富んだ君主と考えなければなるまいとしています。

 

むしろ、批判的研究であまり問題にされていない母である妃マーヤーの名の

ほうに問題があるのではなかろうかと言います。ただし、われわれには確か

なことはわからないのであるから、マーヤーという名であったかも知れない

し、かつまた、実際に、意味深長な名が都合よい場合に出てくるのかも知れ

ない、と言わねばなるまいと述べています。(マーヤーとは、幻術、幻影を

意味し、また、神秘的で女性的な創造原理とも考えられた)

 

なお、その子を生んでから間もなく母が逝去したという記述は、伝説の中で

確実と思われることの一つであるとしています。仏教ではこの話を一般化し、

すべての仏陀の母は誕生後七日に逝去して天界に昇るというが、むしろ、

実際の出来事が契機となって、こういう教理ができたのだというのです。

 

さて、ベックは、仏陀の青年時代の物語は、大体において伝説的な特徴が

著しいが、物語作者が特に幼年時代の体験に超感覚的なものを強く打ち

出している点には深い意味があるに違いないと言います。

 

たとえば、ジャンブ樹の下の体験、自然の静寂の中に幼児が瞑想している、

そこへ空中を飛んできた仙人たちが瞑想の力のために釘づけになる、神々

の声が聞こえる等、これらによって示されるものは、外界の出来事とは

まったく別の領域、すなわち、超感覚的なもの、瞑想、ヨーガの領域で

あって、ここに仏教を理解するために大変重要な鍵があると述べています。

 

まさに青春時代よりも前から瞑想の素質があらわれているのであって、

この素質は仏陀の生涯に重要な役割をもったとしています。

 

このことは、このような外面的な歴史の領域から遠く隔たっているところ

にこそ、内面的な真実が含まれているのであって、「伝説」とは本来どう

いうものであるか、どのように読み、どのように理解しなければならない

か、ということを学ぶために恰好の例であると述べています。

 

もっとも、結婚に先立つゴーパーとの最初の対面や、それに続く競技の物語

の全体は、詩としては伝説のうちの一つの最高潮であるが、歴史的事実から

は特に遠いとしています。

 

また、仏陀の結婚については、ラーフラという息子が歴史上の人物として

存在することからも、肯定的にとらえるとしながら、物語に登場する妃の

存在については、経典によって名前が異なることから、本来の歴史的な事実

からは遠いことは明らかであると述べています。

 

ともかく、仏陀が遁世する前に俗世の幸福を味わい、何不自由なく生活して

いたということは事実であると思われるとしています。

 

さて、それでは、出家し、そして厳しい苦行(厳しい修行)を行ったという

物語はどうでしょうか?

 

まず、出家については、細かい点を別にして、宗教のために家を出ること

は、インドとしては珍しい生き方ではなく、当時、多くの人がしたことで

あり、そして、苦行をしたこともインドのような霊的修行者の社会では普通

なことで、ありそうなことであったということです。

 

なお、仏陀は一面的で外面的な苦行を不十分なものと考え、これをやめたと

いうことも、これは後に仏陀が説いた教えと一致し、この点において、他の

インド諸派の思想や低級なヨーガと異なるとしています。

 

その後、伝説は最高潮に達し、菩薩がナイランジャナー河のほとり、ウル

ビルヴァーで、聖なる夜に、聖なる無花果樹の下で悟りを開き、仏陀に

なったという有名な物語が登場しますが、これについては、歴史的に確証

はされないにしても、内面的根拠から見て、この物語の根底には一種の

事実が存在するといわなければならないとベックは述べています。

 

この最高潮の一章で伝説が物語る内容は、怪奇的=戦慄的に描かれている

マーラとの闘いをはじめ、超感覚的で霊的な出来事にのみに関係している

のであって、外面的概念では表現できず瞑想によってのみとらえることが

できる仏教の本来の秘教を一種の偉大な象徴の形で示してくれるとして

います。

 

なお、仏陀が、その見出した智慧を世に広めると決心するまでに、苦慮

しなければならなかったということは、西洋人には理解しがたいかも

しれないが、「仏陀の智慧」というものは、内面的な性質を持つもので

あるから、この問題がいささかでもわかる者から見れば、新たに見出し

た霊的な智慧を公衆に伝えて誤解や曲解の危険を犯し、それを冒涜する

ことを願うよりも、沈黙する意志を選ぶ法が、心理的に当然のことと

いえるに違いないと述べています。

 

ところで、ベックは、事実か、物語・伝説か、という問題よりも、われ

われにとってもっと重要なのは、その説法そのものが、今日まで伝えら

れているような言葉で、仏陀の口から述べられたのかどうか、という問題

であるとして、そのことに言及しています。

 

言うまでもなく、仏陀の言葉のうえに、多くのことが数世紀の間に付け加え

られたとしています。失われたものもたいそう多かったが、拡大され、変形

され、歪められることも多かったし、さまざまな誤った資料が伝承の中に

入り込んだ。しかし、そうかといって、これらの聖典において仏陀自身の

言葉としてあるものがすべて、後世の発明にすぎない、と見なすことも

また無理であろうと言います。

 

伝承の中には、さまざまな源泉からきたいろいろなものが合流しているに

は違いないが、しかし、この多様性の中にも一つの核心が目だっているの

であって、この核心がひとりの、一定の統一がある、すぐれた人物の面影

を伝えていることは明らかであるというのです。

 

つまり、仏教の文献、ことにパーリ語聖典にはそのすぐれた人物の息吹き

というようなものが到るところに感ぜられるが、それは、ただ一般的に思想

が偉大であるというだけでなく、そこにはあるものが存していて、それが

一々の言葉のひびきにはっきり認められる、そのなかでも特に著しいのは、

きわめて独特な韻律の流れであるとしています。

 

かくして、パーリ語聖典などに対してこのような生命を吹き込むような影響

を与えたのは、キリスト教のパウロのような弟子や後継者は、仏教では想定

できないとすると、その人物とはまさに仏陀その人であったと考えるほかは

ないと述べています。

 

さて、では、仏陀とは人間としていかなる存在であったか、宗教的指導者

としてはどうであったかということですが、それは次回に考えてみたいと

思います。

 









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ジャンル : 心と身体

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