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『大洪水伝説』『ギルガメシュ叙事詩』」-最古の宗教4-


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ギルガメシュ叙事詩 


現在残っているシュメール語版の『大洪水伝説』は、紀元前2千年紀前半

の古バビロニア時代、つまり、シュメール人が古代メソポタミアの歴史で

もはや主役たりえなくなった頃に書かれたとされています。

 

それによると、神々が大洪水を起こすことを決定したのであるが、その目的

は人間を滅ぼすためであったということです。それは神々が決定したこと

であるから、どんな神といえどもそれを止めることができなかったです。

 

しかし、なぜ、神々は労働を肩代わりさせるためにつくった人間を滅ぼさ

なければならなかったのでしょうか?

 

その理由については、『大洪水伝説』では直接語られていないようですが、

ジウスドラ(永遠の生命の意味)王が神々を恐れ敬う慎み深い人間で

あったために大洪水を逃れられたのだとすれば、ジウスドラ以外の人々

は神々を恐れ敬わず、慎み深くなかったから滅ぼされたといえそうです。

 

だが、神々の都合だけで人間が滅ぼされてしまっては救いがありません

から、大洪水に負けずに健気に生きていく人間の支えとして主人公ジウス

ラ王を助けるエンキ神のような神を登場させています。

 

シュメールの最高神であるエンリル神は「神々の会議」で決めたことを

ためらわずに実行するのですが、エンキ神は、よく考えて、人間を絶滅

させることをためらったということです。

 

こうして、エンキ神によってジウスドラ王にだけは大洪水が前もって

告げられる。エンキも大洪水を下す決定に参加していたので、ほかの神々

をはばかって直接ジウスドラに告げたりはせず、壁を通じて間接的に

機密を漏洩したということです。

 

よって、嵐がやってくると、ジウスドラは船に乗って難を逃れます。

粘土版が欠けていて詳細は不明のようですが、『ギルガメシュ叙事詩』に

よると船にはウトナビシュテム=ジウスドラの家族や動物も乗せられて

いたようです。そして、主人公を含めたごくわずかの人間や動物以外は

滅ぼされてしまうことになります。

 

ただし、これで世界は終わりではなかったのです。大洪水が原初時代の

人間たちを滅ぼしたので、世界は浄化され、新しい世の中が訪れたという

のです。

 

このことについて、ミルチア・エリアーデは「多くの異なる伝承において、

洪水は人間の「罪」の結果であるが、ときには、ただ単に人類を滅ぼそうと

する神の欲望の結果であることもある。メソポタミアの伝承のなかに、洪水

の原因を突きとめることはむずかしい。」「しかし、文化において、洪水が

近い将来起きることを予言している神話を検討してみると、洪水の主因は

人間の罪であると同時に世界の老朽化でもあることが確認される。宇宙は、

それが存在する、すなわち生存し、生産するという単なる事実によって、

しだいに退化し、ついに滅亡するのである。これゆえ、宇宙は再創造され

ねばならないのである」と述べています。

 

さて、先に少し触れた大洪水のテーマを含む『ギルガメシュ叙事詩』は、

古代オリエント世界最高の文学作品と評されるものです。

 

ギルガメシュは古代オリエント世界最大の英雄ですが、この作品が単なる

英雄の武勇譚ではなく、「死すべきもの」としての、人間の存在への根本的

な問いかけを含んだものであるとされています。

 

ギルガメシュ神は、本来は、ビルガメシュ神と呼ばれ、シュメールの冥界

神であったようです。ビルガメシュとは、「祖先は英雄」「老人は若者」と

いった意味で、冥界とかかわりのある祖先崇拝を暗示しているとされます。

 

なお、『ギルガメシュ叙事詩』とは近代の学者がつけた書名で古代の書名

は「あらゆることを見た人」といわれています。「あらゆることを見た人」

とはギルガメッシュのことで、シュメール語で書かれた複数のビルガメシュ

を主人公とした物語のなかから取捨選択して、アッカド語の『ギルガメシュ

叙事詩』が編纂されたということです。

 

あらすじは次のようになります。

 

<「あらゆることを見た人」ギルガメシュは、ウルクの王で、洪水前のでき

ごとを人々に知らせ、ウルクの城壁を建てさせたなどの功績があった。

ギルガメシュの父はルガルバンダ神、母はニンスン女神であるが、三分の二

は神、三分の一は人間という存在であった。>

 

<ギルガメシュは暴君であったため、人々の訴えで、アヌ神は彼を懲らしめ

るために野人エンキドゥをつくらせるが、エンキドゥは娼婦シャムハトと

交わることで野人から人間になる。その後、ギルガメシュとエンキドゥは

力比べをするが決着がつかず、やがて二人は友人となり、さまざまな冒険

を繰り広げることとなる。二人はメソポタミアにはない杉を求めて遠征に

出る。「杉の森」はフンババ(フワワ)という森の番人に守られていたが、

二人は神に背いてこれを殺し、杉をウルクに持ち帰った。>

 

<遠征から戻ったギルガメシュの雄々しい姿を見た女神イシュタルは彼に

求婚したが、ギルガメシュは、この女神の愛人であるドムジ神の扱いを

なじり、それを断った。怒った女神は、仕返しに「天の牡牛」を送るが、

ギルガメシュはエンキドゥと力をあわせて雄牛を殺してしまう。>

 

<大いなる神の定めた番人フンババや「天の牡牛」を殺した罰として、

エンキドゥの死が定められ、エンキドゥは死んでしまう。>

 

<ギルガメシュは大いに悲しむが、自分と同等の力を持つエンキドゥすら

死んだことから自分もまた死すべき存在であることを悟り、死の恐怖に怯え

るようになる。そこで、ギルガメシュは永遠の命を求める旅に出て、さま

ざまな冒険を繰り広げるが、最後に神によって引き起こされた大洪水から

逃れることで永遠の命を手に入れたウトナビシュテムに出会う。大洪水に

関する長い説話ののちに、ウトナビシュテムから若返りの草のありかを

聞き出し、これを手に入れるが、水浴びをしている隙に草を蛇に取られて

しまい、ギルガメシュは泣いた。やがてウルクに戻ったギルガメシュは

不死を得られないことを悟り、ウルク市の城壁を建てるなど、王としての

責務を全うした。>

 

先にも触れたように、ビルガメシュ神は、シュメールにおいて低位の冥界

神であると考えられていたが、冥界神は元来豊穣神でもあって、個人の

守護神となるうる神、人間が近寄りやすい神であったためか、ビルガメシュ

のいくつかの英雄譚が生まれ、そのいくつかの英雄譚はシュメール人から

セム人に伝えられ、冥界から飛び出したギルガメシュは天上界へは昇らず、

地上にあって三分の二は神、三分の一は人間の、「不死」を求める英雄と

なり、上記のようなアッカド語版『ギルガメシュ叙事詩』として結実した

ということです。

 

ところで、ミルチア・エリアーデは、このように『ギルガメシュ叙事詩』

は、一般的に、死の不可避性によって定義された人間的条件を劇的な仕方

で説明していると考えられてきた。しかし、この世界文学の最初の傑作は、

一連のイニシエーションの試練をうまく切り抜けた者には、不死性が得られ

るという考えをもほのめかしているとも考えられる。この視点からすれば、

ギルガメシュの物語は、むしろ失敗したイニシエーションについての劇的

説明なのだ、と述べています。

 

つまり、ギルガメシュの旅は、イニシエーション型の試練に満ちている。

不死性を獲得した大洪水の生存者ウトナピシュティムによる最後の試練は、

「精神(霊)的」次元のものであり、ウトナピシュティムは、神々がギル

ガメシュに不死性を与えないと知っていながら、彼にイニシエーションを

通じてそれを得るように勧めたと解すべきではないか、と言います。しかし、

ギルガメシュは「知恵」が欠けていたため、イニシエーションによる試練

に失敗した、と。

 

また、エリアーデは、メソポタミアのイニシエーションが存在したと推定は

するがその儀礼的脈絡は不幸にしてわかっていないとしながらも、アッカド

の宗教思想は人間に強調をおくことによって、人間の可能性の限界を浮き

彫りにしたのであり、人間と神々との隔たりは越えがたいものであることが

明らかになった。しかし、人間は独り孤立しているわけではない。第一に、

人間は神的だとみなしうる霊的要素をわけ預かっている。その要素とは

「霊」である。第二に、儀礼や祈りを通じて、人間は神々の祝福を得ること

を期待する。とりわけ、人間は自分が相同性によって統一された宇宙の一部

をなしていることを知っている。

 

すなわち、人間は世界像をなす都市に住み、その神殿やジグラットは「世界

の中心」をあらわし、これによって天や神々との交流を保証している。

バビロンは「神々の門」を意味した。というのも、神々はそこをくぐって

地上へ下降したからである。多くの都市や聖所が「天と地をつなぐもの」

と呼ばれていたのである。さらに、天と地とのあいだの複雑な体系が成立

するゆえに、地上の存在が理解されると同時に、それらがそれぞれ対応する

天上の原型から「影響」を受けるのであると述べています。

 

そして、紀元前千五百年頃には、メソポタミア思想の創造的な時代は完全

に終わったと思われる。しかし、メソポタミア起源の観念、信仰、技術は、

地中海西部からヒンドゥークシ山脈まで広がっている。このように広く

浸透する定めにあったバビロニアの諸発見が、天地あるいは大宇宙・

小宇宙の対応を、多かれ少なかれ直接的に含んでいたということは大変

意義深いと述べています。








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