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巨石文明と古き神々-「ケルト神話の世界」2-


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ケルト神話の世界2



イングランドのストーン・ヘンジやフランス、ブルターニュ半島のカル

ナックの列石群などのヨーロッパの巨石遺跡は、かつてはケルト人、

とりわけドルイドの宗教施設だという見方もあったようですが、現在

では否定されています。

 

ケルト人がヨーロッパを支配する以前に、すでにさまざまな民族がヨー

ロッパ中に広がっていたようです。

 

では、それらを築いた先住民とはどういう人たちだったのでしょうか?

 

石斧と木槌だけで、時には数百トンもある巨大な岩の塊を運び、数キロに

及ぶ何本もの平行する列石を作ったり、それを環状に配置して神域を作っ

たり、驚くべきバランスをとってドルメン(巨石墳墓)を積み上げたり

した、その不思議な民族は、一体何者で、どこから来たのか、何も分か

っていないようです。

 

ただ、彼らが強力に組織され、階層化され、規律の行き届きた非常に宗教的

な民族であったということは、巨大な遺跡から推測できるということです。

 

『ケルト神話の世界』の著者ヤン・ブレキリアンは、その民族とは、かの

アトランティス人ではないかとしていますが、定かではありません。

 

ただ、その先住民族の信仰について言えることは、メンヒル(直立した長い

石)、ドルメン(墳墓)の装飾やヨーロッパ共通の民間伝承の痕跡から、

彼らの主神もしくは唯一神は母なる女神、すなわち多産と死を同時に司る

地下世界の女神であったということです。

 

このように、ケルト人の魂に最も深い刻印を残した先住民族の文明とは、

このような巨石遺跡を建造した人々の文明であったが、ケルト人は、直接

的には、インド-ヨーロッパ語族、すなわち、今からおよそ5千年前にヨー

ロッパ東部のステップ地帯の遊牧騎馬民族を起源としており、大きくは、

その言語ばかりではなく、神話体系をも含む文化全般を共有していたので

あり、アーリア人やギリシャ人、ローマ人、ゲルマン人と同様、多神教を

頂いていました。

 

古代のインド-ヨーロッパ語族においては、多神教の神々を創り出した

不可知の唯一神が存在するかについて、一般大衆を指導する宗教的により

高度なレベルに到達した祭司や秘儀参入者たちは、唯一神についての理解を

深めようとしたようであり、唯一神の様々な発現形態である神々の頂点に、

たとえば、アーリヤ人にとっては、インドラ-バルナ(あるいはアフラ)-

ミトラというように、全能の三位一体神を置いたのです。

 

ただケルト宗教においては、三つの頭を持つ神像が造られていることから、

このような三位一体神が存在したことは認められるものの、それにとどま

らず、さらに三位一体の思想を押し進め、三対の地母神、トアッハ・デ・

ダナン(ダナ神族)の三人の王(ルーグ、オグマ、ヌアザ)等の多くの三位

一体神を頂いていたということです。

 

さて、母なる女神の信仰は、定住農耕時代の初期にまでさかのぼることが

できるようです。

 

この初期の農民たちにとって、大地は驚嘆すべき万物の母であった、つまり、

大地は豊かな収穫を産み出すがゆえに、超越的な母なる神の具現であると

考えたのです。

 

この信仰が昇華されて偉大なる女神、あらゆる生命の誕生とすべてのものの

死を司る大地母神への崇拝へと変化していくのですが、この地母神信仰と

結びつく聖なる動物は、蛇、そして牡牛であったようで、ドルメンの仕切り

壁などに描かれています。

 

地を這う生き物である蛇は地下の神、大地母神の象徴ではなく、それを

補完するもの、つまり、女神の子宮を受胎させる力、大地を肥沃にさせる

精霊だとされます。

 

人工の洞窟でもあるドルメンは、地母神の子宮を具象化したものとされ、

ケルト世界の伝承、民話は、ドルメンに住む地母神の記憶を今に伝えて

います。(「コリガンの洞窟」等)

 

それらの伝承は、巨石文明人からケルト人が受け継いできた母なる女神の

イメージ(つまり、彼女は地下世界の女王であり、コリガンの王が臣下と

同じ小人にすぎないのに対し、はるかに背が高く、シイ(他界)に君臨して

いる。彼女は或る時は老婆の姿で現れ、その住居はドルメンの下にあり、

地下に住んでいる、など)を伝えてくれます。

 

もっとも、ケルト人にとっては、大地母神とともに崇拝の対象にしたものは、

牛よりも馬であったようです。馬のおかげでケルト人の祖先は遊牧の民から

騎馬戦士へ、沈着さと冒険精神を兼ね備え、大胆でエネルギッシュで、しば

しば好戦的な人間へと変身を遂げたとされています。

 

馬は必ずしも物質的な富ではなく、もっと次元の高いもの、はるかに価値

の高いものをもたらしてくれるのであり、ケルトの馬の女神エポナ(リガン

トーナ)は偉大なる神々の女王、母なる女神とされます。

 

多くの民話において、魔力を持つ馬が重要な役割を果しています。ケルト

の伝統では馬は死者を運ぶ動物であり、その背に魂と乗せて他界へ連れて

ゆく「渡し守」なのです。ただし、死の象徴としての馬は、同じく死の象徴

の牛とは異なっていて、人間は馬と敵対することなく、協力関係にあり、

緊密な伴侶でさえあるとされます。馬は人間と運命を共にし、戦場において

人間と共に死ぬからです。

 

なお、母なる女神は、ケルト社会では、普通、三位一体神として崇められて

いたようです。当時、ガリアでは、彼女たちは3人のマトレ、あるいはマト

ロネスと呼ばれ、並んで座った3人の女性の姿で表されたということです。

 

とりわけ熱心な信仰の対象だった三位一体神は、アイルランドでは<3人の

ブリギット>と呼ばれたが、ブリギットは、ダグザをはじめとする神々の母

である偉大な女神のとる姿であったにもかかわらず、ダグザの娘でもあり、

ブリアン、ヨハンヴァ、ヨハルの母でもあるというように錯綜し、ケルトの

神々の系図を作成するのは大変困難なのです。

 

ブリギットは知性と技術の力を同時に体現しており、詩人と鍛冶工と医師の

守護者とされたが、彼女の信仰はキリスト教化の波を越えてアイルランドで

生き続けたようで、キルデアの大修道院の創設者聖女ブリギットという同名

のキリスト教の聖者の存在にその信仰の深さが伺われます。

 

このキリスト教の聖女は古代の大地母神のあらゆる性格を保持していて、

農夫たちに豊穣をもたらす者であり、家々を訪ねてその暖炉の灰に足跡を

残していったという。彼女は出産を司り、民間伝承では聖母の助産婦と

されたようです。

 

ところで、ケルト人は母なる女神の信仰だけでなく、頭部に鹿の角を持つ

男性神崇拝も先住民族から受け継いでいるようです。

 

この頭部に鹿の角を持つ男性神の表象は、巨石文明期よりもはるか昔の

中石器時代に起源を持つと考えられていて、グンデストルップの大釜や

その他の遺跡などに、多くは足を組んであぐらをかいたヨーガのポーズで

表されているようで、「ケンヌンノス」と呼ばれています。

 

ケンヌンノスについては、狩猟によって生活をしていた種族の古いトーテム

に由来する鹿の神であるとする説など、さまざまな説が唱えられているが、

ヤン・ブレキリアンは、「そのいずれもケルトの観念とは相容れないものだ。

ケルト人の間でトーテミズムが行われていたことはない。彼らの宗教は

実利的な次元のものではなかった。動物の繁殖、その他なんらかの自然現象

を崇拝の対象とするなどというようなことは彼らには思いもよらないことで

あった。彼らの神話は常に本質的に形而上的であり、自然宗教的なイメージ

は、彼らにとってはシンボルとしての意味しか持つものではなかった」と

しています。

 

ケンヌンノスという神の性格、その自然の主たる姿は、古い図像的資料だけ

でなく、「オウエンとリネット、あるいは泉の淑女」などのマビノギ(古

伝承)におけるケンヌンノスの記述からも知ることができるようです。

 

この神話では、森の神は<黒い男>、つまり地下世界の神、冥界の神であり、

地上で植物と動物を支配しているとされます。一本足で一つ目というケル

ヌンノスの姿は意外ですが、はっきりと鹿の角を持つとされなかったのは、

これらのマビノギ(古伝承)がキリスト教徒、それもおそらくは修道僧に

よって記録されたものであるところに原因があるようです。彼らには、

異教徒であった祖先の角のある神は、悪魔の化身以外の何者でもなかった

からです。

 

ただ、一つ目というのは、ケンヌンノスではなく、ケルト人が先住民族の

宗教から受け継いだ、もう一人の神、アイルランド人がパロールとよぶ

神を彷彿させます。パロールは恐ろしい一つ目の巨人で、始原のカオスを

具現する一種の死の神とされます。

 

なお、最古の二人の神、すなわちこのケンヌンノスと偉大な大地母神が

カップルを形成していたことはグンデストルップの大釜の彫刻などに

よって確認できるようです。

 

ただ、気になることは、角の生えた神と豊穣の女神のカップルの間を攪乱

するかのようなもう一人の存在がいるようなのです。

 

ヤン・ブレキリアンは、その第三者は破壊の神「エスス」ではないかと

しながら、ケンヌンノスの神話が意味するところについて次のように

述べています。

 

「彼(ケンヌンノス)は自然界の主であり、同時に地下世界の神でもある。

また豊穣の女神の配偶者であるが、欺かれた夫である。彼は角を持っている

からだ。もっともそれは抜け落ちては生えかわる鹿の角であり、それゆえ

彼の冒険は周期的なものとなる。最初の段階では、彼は妻と共にシイ(他界)

の地下王国を支配している。次の段階では、彼は女神に捨てられるが、再生

した自然の王となり、その一方で彼のライバルが代わって地下の王座につく。

しかし最後には彼はこのライバルに打ち勝ち、妻と王座の両方を取り戻すが、

このとき自然は冬眠状態に陥り、彼は角を失うのである。」

 

そして、この神話の自然における象徴主義は非常に奥深い意味を含んでいて、

「自然の生命は春に再び姿を現すために、冬になると地下に避難する。だが

母なる大地は、創造力の力によって受胎し新しい生命を産み出すと、次に

創造者を裏切って破壊者になびくのである。この時、裏切られた夫に生える

鹿の角は、動物界と植物界の成熟を同時に象徴している」としています。

 

このように、神話においてケルヌンノスの占める位置は非常に重要であった

ので、彼は、「デドの王子プイヒル」やゲール人の英雄フィンの

伝承神話など、いろいろな物語の中に姿を変えて現れてくることになります

が、遂には、イエス・キリストに吸収されるかたちで、ほぼ消滅することに

なります。

 

もっとも、いにしえから伝わるケンヌンノスのイメージそのものは消滅を

まぬがれ、魔術師マーリンという、ドルイド教とキリスト教の混合から

生まれた新しい化身のうちにその姿を蘇らせるのです。

 

以上、騎馬民族の宗教といえば、元来、男性神が優位に立つ、再生より

も死後の世界での生を説くものであったが、その土地の母なる女神を主神

とする信仰を消滅させることなく重なり合い、そこから混合的な特有の

宗教が生まれたのです。

 

原始の地母信仰は、女性が家族集団を統率し、子供たちが母方の祖先の

名で呼ばれた古代の母系制社会の姿をしのばせますが、母権制の終焉と

ともに、母なる女神の信仰は支配力を失い、女性の子宮や大地の深奥と

結びついた冥界の神々は、太陽的性格をもつ天空の神々に主権を譲ること

になります。ケルヌンノスの神話は、母権制から父権制への移行の困難さ

を浮かび上がらせるものとされます。

 

とはいっても、巨石文明の刻印を深く残すヨーロッパ西部では、地中海

沿岸地帯やゲルマン人社会のような男性の絶対的優位は生まれなかった

ようで、大西洋岸では、青銅器時代、次いでケルト時代に至っても、

ラテン人やギリシャ人、そしてゲルマン人よりもはるかに女性に権利と

支配力が残されていたということです。

 

ケルトの女性は大いなる尊敬の対象であり、戦争と平和を決定する会議に

も参加でき、祭司や王の役割を果たし、軍隊を率いることもできたといわれ、

求婚するのさえ女性のほうからであったといわれています。

 









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