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他界への旅・再生の大釜・聖杯探求-ケルト神話の世界5-


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大釜




ケルト神話とギリシャ・ローマ、すなわち地中海民族の神話との決定的な

相違は神々が一体どこに住んでおられるのかということにあったようです。

 

ギリシャ・ローマの神々は人間社会と似た非常に組織化された小さな社会

を形成しているが、人間界からは遠く隔たったオリンポス山など、容易に

近づきがたい山々の頂上に住んでおられ、神々が山を下りるのは例外的な

場合に限られ、決まった仕事以外には人間と関係を持つことはないと

されます。

 

一方、それに対して、ケルトの神々は地上や海中、空中に集団で生活して

おり、進んで生きとし生けるものと交わるというのです。神々と人や動植物

の世界は互いに浸透しあっていて、元来、神々は人間と同様に地上に建て

られた家に住んでいたが、前回述べたように、<ミレシアの息子たち>に

打ち負かされ、地底へ避難しなければならなかったということです。

 

神々はドルメン(巨石墳墓)や墳丘の中、丘陵の地下、湖や海底の宮殿に

居を定めたが、こうした神々のすみかが「他界」、すなわちアイルランド人

が<シイ(平和を意味する)>と呼ぶ幸福と平和に満ちた素晴らしい世界

とされます。

 

また、「他界」は死も苦痛も悪も存在せず、すべてが美しく純粋な海の彼方

の楽園の島とも考えられて、常春の国、生者の地、歓びの野、約束の地、

女人の国などと呼ばれています。

 

そして、<シイ>に住むのは、神々や女神たちばかりでなく、妖精、精霊、

小人などあらゆる超自然的な存在や、死者もまたそこに住んでいるとされ

ます。

 

こうしたケルト人の他界観はギリシャ人やローマ人の考えとまったく異な

っていて、古代ケルト人においては、死者はより良い世界で、神々や天使

や幸福な先人たちの仲間に加わることになっていたのです。

 

しかし、一方で、ケルト圏においては、現代に至るまで、死者の魂は肉体

を離れて小蠅、白ネズミ(ブルターニュ地方)、蝶(アイルランド)など

の虫や小動物の姿をとるという信仰が生き続け、また、死者が野ウサギや

カラス、黒猫、豚、ガチョウ、ハトなどに生まれ変わったとされる伝承が

あるということはどういうことでしょうか?

 

漁師が、諸聖人の祝日の夜、眠りから起こされて「死者の海」に向かい、

そこでその年の死者の魂を小舟に乗せ、彼らを永遠の眠りの場所に運んだ

という伝承がある一方で、前回、紹介した『侵略の書』のように、いちばん

最初にアイルランドにやってきた種族パローロン(パーホロン)が全部死に

絶えたとき、たった一人だけ生き残ったトアン・マッカラルという男がいた

が、彼は、3百年間を野牛として、2百年間は雄山羊として、3百年は鳥と

して、さらに百年を鮭として生きた後、ミレシア族のカレル王の妻に食べ

られ、彼女の胎内から人間に生まれ変わったとされ、島にやってきた五つの

種族の盛衰のありさまをつぶさに見て、後の人に語ったという物語があると

いうのは矛盾ではないかという疑問が湧いてきます。

 

そのような疑問に対して、ヤン・ブレキリアンは、『ケルト神話の世界』で

次のように述べています。

 

「一見、彼らの考え方は矛盾しているように見えるかもしれない。死者は

丘やドルメンに隠されている地下の住処に下ってゆくのか、それとも渡し

守の導く小舟で常春の島へ運ばれてゆくのか、あるいは虫や、鳥や、哺乳

動物に生まれ変わるのか、いったいどれが本当なのだろうか。だが、時間

にも空間にも支配されていない彼らにとっては、こうしたことは矛盾でも

なんでもないのである。そして、彼らの信仰におけるこのような混交が我々

にとってちぐはぐに思えるのは、それぞれが異なった起源を持っているから

なのだ。すなわち、コーカサス山脈北西に広がるステップ地帯に生まれ、

ケルトの騎馬民族によって西方に持ち込まれた信仰が、ケルト人以前、

更にはインド-ヨーロッパ語族以前の信仰を排除することなくそこに混じ

り合っているのである。」

 

「改宗の後もその民族の信仰の最も深い部分は生き続ける。後のキリスト

教がケルト圏に定着した時も、天国や地獄、煉獄に関する信仰が既存の

信仰に付け加わっただけで、ケルトの田舎では、死者の魂はメンヒルや

木に宿ったり、小蠅や鳥の姿をしたり、子孫に生まれ変わったり、地の

底に隠れたり(省略)、幸福の島々に向けて旅するのだと相変わらず信じ

られていた」と。

 

このように、ケルト人は、魂の不死を確信していたが、ドルイド僧が「同じ

霊が来世で別の身体に住む」と説いたことは、死者の霊魂が陰鬱な冥府を

住処とするすると考えたローマ人たちには理解できなかったようです。

 

ケルト人は、魂は不死であり、不死であるかぎりおいて、あらゆる可能性

が存続するのであり、彼岸においても、地上の生活がそうであったように、

多様な運命を生きることができると考えていたのです。

 

また、ケルトの伝統においては、その不完全さゆえに、一部の者を永遠に

終わることのない恐ろしい苦痛によって罰するという、永遠の劫罰という

観念は存在しなかったのです。

 

もっとも、それは死後の運命が、生前の願望、努力、人格などに左右され

ないということではなく、彼らが享受できるのは自分にふさわしい幸福だけ

であり、絶えざる自己超克の努力によって成長し続けた者、自己実現を成し

得た者は、シイ(他界)で最高の幸福を味わうことができるであろうが、

物質の奴隷に甘んじた者や、安易さや臆病さに流された者は、相応のささ

やかな充足しか与えられないとされます。

 

不死の確信は、死を前にしたケルト人の心に平安さを与えたようで、ケルト

人戦士がこの世を去ることは、より良い世界へ行くことにほかならず、何の

未練を持たなかったということです。

 

「ケルトの伝承の中でおそらく最も分かりづらいのは、生者の世界と他界が

時空を異にしているにもかかわらず、互いに浸透し合っているという点で

ある。それはまたケルトの最も深遠な観念であるとも言えるだろう」と

ヤン・ブレキリアンは述べています。

 

なお、シイ(他界)に足を踏み入れるためには原則的に死者とならねば

ならないのですが、他界への旅を語る民話にその例があるように、例外的

に死の敷居をまたぐことなく自らの意志でその場所に入ることができた

人々もいたのです。しかし、その探索に成功することができたのは、ただ、

呼びかけを受けた者や、シイの神々や妖精から招かれた者だけだったよう

です。

 

さて、ダナ神族がアイルランドに上陸したとき、彼らは四つの魔法の宝を

携えていたということですが、その中に、最初のドルイドとされるセミアス

の住んでいたムリアスの町から持ってきた「ダグザの大釜」という釜が

あったということです。

 

ダグザは、以前に述べたように至高神、父なる神ですが、ガリアにおいては

スケロスと呼ばれ、大釜を持った姿で表されています。このように大釜と

いう古代宗教の聖なる祭具は、ドルイドたちが秘法の煎薬を煮るのに用いた

というようなことにとどまらず、聖性を持つ象徴的道具だったのです。

 

よって、大釜は神話の中においても大きな役割を果しています。それは、

ある時は死者をそこに入れて生き返らせる再生の大釜であり、ある時は

いくらでも食物を供給して尽きることのない豊穣の大釜であり、また

ある時は知恵と予言の大釜であったのです。つまり、それはあらゆる

被造物を養う神の摂理と、地上の生を終わった人々に約束された永遠の

生の象徴なのだとされます。

 

グンデストルップ出土の大釜にも、この再生の場面が描かれているよう

です。大きな釜に向かって一列縦隊の歩兵が行進していく。女神か男神が

彼らを順番に大釜に投げ込んでいる。そして、彼らはそこから馬に乗って

出てくるというものです。

 

また、「リルの娘ブランウェン」のマビノギ(古伝承)にも再生の大釜が

登場します。大ブリテン島の大王“祝福されたブラン”が侮辱に対する

償いとしてアイルランド王マソルークに送った大釜は、「もし今誰かを

殺しても、そこに投げ込めば、明日にはまったく前と同じ姿で現れて

くる」というものです。もっとも、「ただ、彼はもう話すことはできなく

なる」、つまり、言葉を持たない死者、この世の人間でない霊的な生命体

として出てくることを示しています。

 

そして、このような不死の象徴である魔法の大釜の<探求>が原型となり、

キリスト教化されて、「聖杯探求」となるようです。つまり、中世のロマン

の中心テーマである「円卓の騎士」が活躍する聖杯探求物語が、ケルト的

元型から生み出されたということです。

 

実際、<探求>という観念はケルト人の叙事詩において最も好まれている

主題の一つであったようです。「探求」の主題が全く含まれていないような

神話的物語は殆どないと言えるほどで、それは単独の探索行であったり、

集団のそれであったり、その目的も魔法の動物や道具であったり、物語

の主人公が妻とすることになる女性であったりするが、そこには必ずと

いっていいほど「探求」の主題が現れているとされます。

 

ところで、これまで見てきた神話は、基本的に、宇宙の存在根拠と、その

創造と維持の原理である肯定的力と、否定的力の対立を説明し、併せて

人間の置かれている状況を明らかにしようとするものでした。

 

しかし、これとまた違った神話も存在するのです。それは、その状況を

超越し、宇宙的生命を支配しているその対立を乗り越えて、「神の光の

原初的統一」の中に帰還する途を示そうとするものだとされます。

 

このような神話を知り、それについて思索をこらすことは、そのような

秘儀への参入の途を開くものであったようで、このような神話は、その

ような修行を成し遂げようとするドルイド、あるいはバルド(宗教的な

詩人、音楽家)志願者しか知らされなかったのではないかということです。

 

それは一見、他の神話と同じタイプで、相変わらず試練と探求がテーマ

ですが、より高い次元に位置しているとされます。単に自己を実現する

ばかりでなく、自己を超出してゆかねばならない、秘儀参入を目指す者は

さらに先まで進まねばならないのです。精神の統御のもとに物質的自己と

精神的自己を統一し調和させるにとどまらず、鈍重な物質性を脱ぎ捨てて、

その二重性を完全に克服しなければならないとされるのです。

 

したがって、このような秘儀的神話は、他の神話と比べて不思議で不可解

なものに見えます。そして、そこには騎士的秘儀と魔術的秘儀が深く混じり

あっているためになおさら不可解なのです。

 

古い時代のケルトの騎士は単なる戦士ではなく、フィンやオグミオス(オ

グマ)がその典型であるようなバルドでもあり、また多少なりとも魔術師

でもあったが、一方、ドルイドの方も、ダグザがそうであるように、まず

精神的次元において、次いで軍の先頭で戦うという現実の次元において、

まさしく戦士でもあったのです。

 

<中世のキリスト教的騎士道が生まれたのは、若者が戦士になるためのゲル

マン的通過儀礼を教会が聖別するようになったことによるとされるが、

それは形式、制度という外面的なことでしかなく、その内容は、選ばれた

者のみに許される全面的な自己投企であり、それはまさにケルト的伝統に

属するものだ、よって、秘儀的騎士道の観念はケルト的なものであり、

それはキリスト教よりはるか昔にまで遡るものである>とヤン・ブレキリ

アンは述べています。

 

ヨーロッパの騎士団の最初のものは、アイルランドのフィアナ騎士団とされ、

それはキリスト教化される以前のものであり、第二にアーサー王の騎士団、

つまり、「円卓の騎士」となるようです。この騎士団はキリスト教時代の

最初の時期に属するが、前キリスト教的な観念がまだ生き生きと保たれて

いたと言われています。しかし、これに続くキリスト教的騎士団になると、

それは一方では名誉を重んずる好戦的な異教的騎士団でありながら、その

一方では、隣人愛を説いて闘争を非難し、他人の罪を許し謙遜であることを

勧めるキリスト教の教えを標榜するという、全く正反対のものが折衷される

奇妙なものなってしまったということです。

 

ともかく、秘儀的神話の一つである「ペレデール・アブ・エブラック」

のマビノギ(古伝承)はケルト的な秘儀参入の道に招かれた者の霊的冒険を

語る物語ですが、魔術的異教の空気を色濃く漂わせており、謎にみちていて

非常に難解だと言われています。よって、中世の人々はそれを理解すること

をあきらめてしまったのか、その不思議な神秘的主題を通常の聖杯探求の

物語に置き換えてしまったようです。

 

フランス人たちはペレデールをペルスヴァル、ドイツ人たちはパルツィ

ファルに変え、それぞれ多少とも神話を合理化し、もう少しわかりやすい

ものにしようと努力したが、本来持つこの物語の深さと豊かさが失われて

しまったということです。

 

 
 
 
 
 
 


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