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出雲神話の謎-「出雲神話」1-


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出雲神話1


 

出雲神話は、日本神話の中でも、特に謎とされているところが多いと

言われています。

 

ひとくちに出雲神話といっても、それは二通りのものがあります。一つは、

『古事記』、『日本書記』、いわゆる記紀の神代の巻に出てくる、出雲を

舞台とする物語であり、もう一つは、『出雲国風土記』に記されている、

出雲の国の風土伝承です。

 

しかしながら、両者とも同じ名の神々や地名が出てくるものの、あまりにも

大きな相違があるのです。

 

つまり、記紀にあらわれる出雲の神々の世界は、天津神(あまつかみ)の

すむ高天原(たかまのはら)に対立する、国津神(くにつかみ)の一大勢力

を形成し、その眷属神(けんぞくしん)の勢力範囲は、出雲の国を越えて、

全国にまたがっているが、『出雲国風土記』の中に出てくる出雲の神々は

素朴で、土臭い霊格にすぎず、そうした面は見えないのです。

 

ひとことで言うと、前者は、国家的・政治的理念で拡大された「虚像」で

あり、後者は、そのままの「実像」、あるいは「原像」だといえるのですが、

『出雲神話』の著者、松前健氏は、従来の多くの研究では、この「虚像」

の成立を、ただ少数の中央貴族たちの作為に基づくと説くとか、また、

さらに焦点を絞って、奈良時代前後のころの、二、三の特定人物の創作に

帰するとか、あまりにも安直、かつ証拠不十分な解釈で片づけてしまって

いると批判しています。

 

スサノオが御子のイタケルとその姉妹の女神をひきいて、船に樹木の種子

をのせ、紀伊の国から全国に播き植えたというような伝承や、オオナムチ

(大己貴、大国主ともいう)が、スクナヒコナ(少名比毘那)とともに、

日本全土に、人間と家畜の医療・禁厭(まじない)の法を授けてまわった

というような伝承が、『日本書紀』などに記されているが、それらまでこと

ごとく中央貴族の政治的創作だと決めつけるわけにはいないと言います。

 

よって、こうした記紀の「虚像」は、必ずしもすべてが「虚像」ではなく、

ある程度、民間信仰に基盤を置いている「実像」の部分もあると考えな

ければならないとし、そうした究明には、民俗学や民族学の方法が

必要になるであろうとしています。

 

また、その相違が、どのような政治的・社会的事情によって生じたので

あるかは、歴史学的な方法によって明らかにされねばならないとし、とに

かく、出雲神話の謎解きには、民族、民族、文献、考古学等のいろいろな

分野からの総合的・多角的な視野が必要とされると述べています。

 

さて、『古事記』や『日本書紀』に記されている日本神話を読むと、神々

の活躍する舞台が、地上の出雲の国になっている場合が非常に多いのは

なぜかという疑問が湧いてきます。

 

大和朝廷の支配下にあった多くの国々の中で、出雲だけがなぜこのような

特別扱いをされているのでしょうか?

 

まず、スサノオやオオナムチ(大国主)が活躍する、いわゆる「出雲神話」

の部分は、『古事記』では、神代の巻の物語の約三分の一くらいもの大きな

スペースがさかれていますし、この部分以外にも、出雲の地名は、記紀に

しばしば顔を出しますが、神代だけを取り上げてみても、出雲の名は、最初

の部分から登場し、それも多くは死者の世界と関連して語られています。

 

イザナミが火の神カグツチを生んで死に、葬られた地は、『古事記』では、

出雲と伯耆(ほうき)の国境の比婆(ひば)の山であるされ、また、その

夫のイザナギが、黄泉(よみ)の国から逃げかえってくる途中、大岩を

置いて、イザナミの率いる邪鬼たちを防いだという、ヨモツヒラサカは、

同書によると、出雲のイフヤ坂であると記されています。

 

ここでは、出雲は、現世・地上の世界と、地下の冥府・死者の世界との

境にある国のような印象を与えます。イザナミは、ヨモツ大神と呼ばれ、

ギリシャ神話のペルセフォネや北欧神話のヘルのような、死者の世界の

女王ですが、この女神の墓が出雲にあるという伝えは、出雲という地に

対する古代人の感覚をよくあらわしているとされます。

 

次はスサノオの出雲下りから始まる話です。スサノオは高天原でさんざん

乱暴を働き、姉とされるアマテラスを怒らせ、アマテラスの岩屋隠れの後、

罪を問われて、根の国に追放されます。根の国とは一般に底の国とも呼ば

れ、黄泉の国とも同一視されている死者の世界ですが、この根の国に下る

はずの予定が、たちまち出雲に舞台が移され、簸(ひ)の川の上流での、

有名な八岐大蛇(やまたのおろち)退治の話になっています。

 

ここでも、スサノオが根の国におもむく途中、出雲に立ち寄るのですから、

出雲は、やはり、現世とあの世との境にあるということになります。

 

そして、スサノオがクシナダヒメと新婚の宮居を造って住んだのは、『古事

記』によると出雲の須賀(すが)であり、そこで多くの国津神の祖神となる

のですが、一方で根の国とも関係を持ち、『古事記』のオオナムチ(大国主)

の根の国訪問の話では、根の国の大神になっているとされます。

 

また、出雲の国作りの大神であり、英雄神でもあるオオナムチ(大国主)は、

記紀ではスサノオの子であるとも、その六世の孫だとも伝えられていますが、

出雲における生粋の土着神であり、その国作りの話は、ほとんど出雲とその

付近を舞台としています。

 

しかし、先に述べた根の国ゆきの話にあるように、しばしば他界と結び

ついており、国譲りの後、幽事(かくりごと)をつかさどる存在になった

とされます。

 

そして、人代以後になると、オオナムチは、しばしば祟って、祭祀や、

社殿の建造を要求したりして、大和朝廷側を困らせるのですが、朝廷側は、

使いを派遣して神宝を調査させ、その召し上げを図ったり、また、武力で

討伐して、その服属に全力を注いているのです。

 

このことは、出雲が大和朝廷の中央勢力に対し、つねに反対勢力である

ことを表しているように見えます。

 

なお、神代の出雲神話においても、出雲は、皇祖アマテラスやタカミムス

ビの支配する高天原の世界に対する反対勢力の拠点であり、その活動範囲

や勢力範囲は、北陸の越(こし)の国や、九州の筑紫の国、また、大和や

諏訪など、文字通り全国的な規模であったとされます。

 

これらのことから、松前健氏は、実際の史実はどうであったかは別として、

少なくとも説話の面では、天孫の国土降臨以前の日本国土には、オオナムチ

を総帥とする国津神たちが、一種のパンテオン(神殿)を形成し、諸国に

すみ、その政治的中心が出雲にあったのを、のちに高天原にパンテオンを

形成していた天津神のグループが、皇祖アマテラスとその御子とを奉じ、

それを征服・支配させたという思想が、この出雲神話全体の構成を通じて

うかがわれると述べています。

 

なお、スサノオ・オオナムチを中心とする出雲の神々の系譜は、農耕神格、

つまり、河川や淵などにすむ水神、蛇神、稲の生育神などが多く、高天原

系の天津神が、タケミカヅチ、フツヌシなど、軍事的機能を持つ神々が

多いというのと対照的であるとされます。

 

さて、では、こうした対立は、いったい何を表すものなのでしょうか?

こうした政治的・現実的な内容を持った神話は、その背景に何らかの歴史

的事実が存在していたのでしょうか?また、そうした神話があらわすほど

の大きな政治的・文化的中心が出雲にあったという、考古学的・歴史学的

な証があるのでしょうか?

 

このような神々の二つのグループ同士の闘争、二つのパンテオンの対立と

いうようなモチーフの神話は、諸外国でも珍しくなく、とくに文化の高い

民族の古典的神話には多いと言われていますが、そうした神話の解釈に

ついては、主なものとして、古代インド・イランのアーリア人に古くから

伝えられている、善と悪、光明と闇黒の二元的世界像にもとづく説話で

あるとか、あるいは、かつての先住民族対侵入民族の対立・闘争の史実の

反映であるというような説などがあります。

 

出雲と高天原との対立も、上記と同様のような内容を持っていて、それも

他の民族の神話より、はるかに高度な現実性を帯びているため、これに

対する解釈として、一種の歴史解釈が行われ、かつて特定の集団、ないし

部族・氏族が、二つに分かれ、闘争や対立を行ったことの反映であるという

説が唱えられ、それが概ね妥当なものとして受け入れられているようです。

 

しかし、それにも幾つもの異なった考え方があり、代表的なものを挙げると

次のようになります。

 

「出雲神話作為説」

天孫降臨の前提として、それ以前の国土の所有者としてオオナムチ(大国主)

を想定し、これを服属させることによって、皇室の権威を示そうという、

政治的意図のもとに作成された架空の説話であるというもの。スサノオも

オオナムチも、そうした皇室的秩序に対する敵対者として、理念的に作り

出された架空の神話とするもの。なお、すべてが政治的理念の産物だと

いうのではなく、出雲の風土伝承を素材として、中央貴族がそれを変容

させたという説もあり、それが現在の多数説とされる。

 

「信仰的世界観に基づくという説」

一種の理念説であるが、国家統制というような政治的理念ではなく、もと

もと古代日本人の信仰的世界観であった二元論や、世界観にもとづくという

説。神話上の出雲世界は、明暗、善悪、生死、建設と破壊、神と邪霊、聖と

不浄というような、二元的世界観において、光明、善美、生命の世界である

高天原に対し、暗黒、邪悪、死の世界として考え出した宗教理念の産物と

される。また、出雲が一種の他界の方角にあったからという霊学方位説や、

出雲の地は元来、死者や他界に結びついた信仰の霊地であったから、大和

朝廷によって特別視されたのであろうという説もある。

 

「史実の中核存在説」

これは、理念による架空の物語ではなく、実際にかつて二つの集団、たとえ

ば、大和勢力の貴族と出雲勢力の貴族などが、相対立・抗争した記憶である

という説で、もっとも素朴なものは、「民族闘争説」、すなわち出雲の神々は、

出雲ばかりでなく、諸国にも広く奉じられ、先住農耕民族の信仰であったが、

のちに天津神を奉じた天孫民族に征服・同化されるに至ったのだという説が

ある。また、これは民族闘争ではなく、天孫系氏族群と出雲系氏族群の氏族

群同士の軋轢、対立と見る「出雲氏族連合説」もある。一方、出雲神話は、

その原型としては、出雲だけを舞台とした局地的な史実の反映であり、東部

の意宇(おう)郡の首長が西部の出雲郡から神門(かむと)郡にかけての首長

を滅ぼし、出雲国造に就任したという史実が中核となったという説もある。

 

「巫覡(ふげき)信仰宣布説

出雲の国は、特別な政治勢力や武力があったのではなく、シャーマニズムや

これにもとづく医療・禁厭(まじない)などの呪術を持つ特殊な信仰文化の

中心であり、それは地縁的な、従来の氏神信仰とは異なり、出雲から中国、

九州、近畿、北陸、東国などにいたるまで、巫覡(神に仕え祈祷や神おろし

をする人を指す)らによって宣布されたのであり、これが大和朝廷によって

大きな宗教勢力として映ったのだという説である。

 

さて、以上のような多くの出雲神話論を大まかに分けると、三つにまとめ

られるようです。

 

(1)  高天原と出雲の対立の神話は、歴史とは無関係な、中央貴族の理念

的産物である。

(2)  天津神系諸族と、国津神系諸族の対立のような、二つの勢力の対立

が実際にあった。

(3)  現地の出雲では、小規模の勢力の局地的交替があったが、朝廷でこれ

を大きくとりあげて、全国的なスケールにしたてた。

 

松前健氏によると、これらの中の一つだけが正しいのではなくて、これらの

いずれもが、ある程度は真実なのだと述べています。なぜなら、出雲神話

そのものが、一つの立場だけでは割り切れない複雑な過程をたどって成長

してきたからだとしています。

 

(1)  の説は、記紀の出雲世界が、高天原とは対照的な、死や冥府と結び

ついた世界であるという特質を説明するには適切であるが、この中に実際の

出雲の風土伝承らしきものや、出雲の土着の神々が登場することを説明する

のは困難である。

 

(2)  の説は、オオナムチ(大国主)やその眷属神を祀る神社、および出雲

系氏族の、全国的な分布を説明するには適切であるが、その対立の時期とか、

その事情なども明らかにしなければ、十分な説明にはならない。

 

(3)  の説は、出雲国内の勢力の交替や葛藤が中心になっていて、考古学や

文献史料によってある程度検証が可能であり、多くに学者がこれを採用して

いる。たしかにこれは「原像」の究明には有効であるが、それだけでは、

大きな霊格として記紀に取り上げられた理由の説明は不十分である。

 

このように述べた上で、松前健氏は、これらの説を内的に関連づけ、これを

一元化できるとして、巫覡信仰説を主張しています。

 

つまり、(1)の説は、他界信仰、起死回生の医療法などを持つ巫覡らの

信仰圏に対し、大和朝廷側でそれを特殊視し、高天原に対する対立的な

世界だと考えた。(2)の説は、巫覡らの活動が広範囲に及び、地方神の

祭祀をも包括し、それらの間で、一種の連繋(れんけい)が生じた。(3)

の説は、これらの巫覡らの最高支配者としての出雲大社の司祭職に、勢力

の交代があった、というふうに考えれば、すべて説明がつくと言うのです。

 

また、巫覡信仰説は、記紀のオオナムチ(大国主)の数多くの巫覡神・

医療神的性格を明確に説明していると言います。

 

因幡(いなば)の白兎に対する治療法の教示、オオナムチ自身の火傷に

対するキサガイヒメとウムギヒメによる治療(古事記)、オオナムチ、

スクナヒコナの二神が天下に医療・禁厭(まじない)の道を広めたという

話(日本書紀)など、みなこの神と巫覡との関係をよくあらわしているし、

また、根の国におもむいての根の国の大神スサノオによるいろいろな試練、

スセリヒメによる蛇の比礼(ひれ:呪術的な力を発揮する布)やムカデ、蜂

の比礼などの授与、それによる害虫に撃退などは、一種の巫覡団体の入門式

(イニシエーション)の試練と、そこにおける「死と蘇生の儀」、および神霊

の啓示と巫具の授与をあらわしているとし、もし、この神を奉じる司祭職や

巫覡らに、そうした社会的機能がまったくなかったなら、そういった話は

語られるはずもない、と述べています。




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