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「神霊主義-心霊科学からスピリチュアリズムへ-」


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神霊主義 


浅野和三郎氏が、心霊科学研究会を設立したのは、大正12年(1923

年)ですが、その頃、欧米のスピリチュアリズムはというと、そのころ

には、すでに80年ほどの歴史があり、第一次世界大戦をピークに黄金期

を迎えていたようで、その後、衰退期に入っていったようです。

(衰退期ではなく、新たな段階への移行期だとする見方もあります。)

 

浅野和三郎氏は、本書の序で次のように述べています。

 

「この神霊主義は、確かな科学的事実の論理的帰結であります。従って、

それは大自然の法則そのものです。ですから地上の人類の指導原理と

しては、恐らくこれ以外、またこれ以上のものはないと信じます。

少なくともこの神霊主義においては、科学と宗教は完全に握手し、道徳

と哲学とは立派に安住の地を見出しております。」

 

ここからは、時代を反映してか、スピリチュアリズムの前途への希望に

溢れ、大変、楽観的な印象を受けますが、そこには、様々な問題を孕んで

いるように思われますし、果たして、心霊科学からスピリチュアリズム

へという流れは、理想的な発展形態であったのかが問われているように

思います。

 

今回は、そのことについて考えてみたいと思います。

 

まず、浅野氏は、序論で、その心霊研究に対するスタンスとして、「本書

に述べていることはすべて生きた実験、実証の結果から帰納したもので、

ただの一つも一家言な独断はありません。現に私たちは専属霊媒を使い、

いつでも必要な時に各種の実験に応じて、私たちの主張を裏書きする用意

があります」と記しているように、科学的、客観的な姿勢を標榜している

ように思われます。

 

また、異常現象、今でいう超常現象に対する解釈についても、詐術説(いわ

ゆるペテン、インチキ、トリックの類い)や、幻錯覚説(単なる主観や暗示

が生み出したもの)、そして、精神説(人間に具わる不思議な能力の所産と

するもの)について、言及したのち、これらのいずれもが、到底、正しく

説明できない心霊事実があった時、たった一つ残るのが交霊説(霊魂説)

であるが、心霊事実の厳正な批判の結果、どうしてもこの説を肯定しな

ければならない、と非常に慎重な態度を示しています。

 

そして、<私たち心霊学徒の態度は、あくまでも、公平無私であり、断じ

て単なる部分的真理の主張にかたよってはいけません。主義をうちたてる

ことに興味がない訳でもありませんが、真理をあきらかにしてゆくことは、

更に大切です。私たちは、詐術説で砕けるものは詐術説で砕きましょう。

幻錯覚説で破れるものは幻錯覚説で破ってしまいましょう。精神説も使える

だけ使いましょう。それでも、どうあっても間に合わない時に、交霊説を

持ち出すのに、何の遠慮がいりましょうか>と述べています。

 

さて、以上のような態度にもとづき、近代心霊研究の成果を踏まえた時、

どのような教訓を私たちが引き出すのか、それはいかなる指導原理を私たち

に指示するかということですが、浅野氏は、次のように整理しています。

 

(1)  心霊現象は科学的事実である

この種の問題は、既成の宗教界では、そのよりどころを過去の経典や祖師

の行った事跡やらにおいてきたが、近代心霊研究のあっては、いつでも

科学的実験をもってすべてに臨む用意がある。久しい間、世界の心霊学会

から取り残された感のあった日本の心霊学会も、今日ではようやくすべて

の準備が整った。

 

(2)  いかなる異常現象も自然の法則の現れである

近代人は、一時自分の頭脳を過信した結果、自分の知恵が解釈できない

異常現象は、必ずうそに違いないと思うようになった。現在の日本には、

この部類に属する人々が、まだかなり多いが、時代はここに大きく変わ

ろうとしている。異常能力の所有者を機関として、実験室の内部で一切の

異常現象を作製し、それによって純学術的にそれのもつ裏面の意義、内容、

性質などを解明しようと全力を傾けるようになった。むろん、まだ、これ

によって一切の疑問が解明されてしまったとは言えないが、これまではただ、

人知でははかり知れない不思議な変化とされ、超自然的とか、超科学的で

あるかのように考えられてきた諸異常現象も、できるようにしてできる一つ

の自然現象であるという事実がつきとめられた。

 

(3)  各自は自我表現の機関として各種の媒体をもっている

人間は肉体の内に、超物質的エーテル体をもっているが、それは、幽体、

霊体、本体の三つに大別できる。この肉体、幽体、霊体、本体の四つは、

互いにに浸透して重なり合っており、各々が層をつくって偏在している

わけではない。この四つの体はいずれも、自我の行使する機関であり、

それぞれ分担がある。エーテル体は、非常に鋭敏に意念の影響を受け、

その形態は肉体のように固定的ではなく、時空の束縛を受けることが

きわめて少ない。エーテル体は、人間の地上生活中にも、しばしば離脱

するが、その場合には必ず白色のひもで肉体と結びついている。死は

そのひもが永遠に断絶した状態である。

 

(4)  各自の個性は死後に存続する

このことは、人生問題の解決の上で、きわめて深刻な影響を及ぼす一大事

であり、近代心霊研究はこの事実の実証に向かって渾身の力を注ぎ、客観

主観両面にわたってあらゆる異常現象をとらえて、綿密な討究を重ねてきた

が、その間、反対論者は激しい攻撃をしかけてきた。しかし、多くのイン

チキ霊術師たちが一掃されることはあっても、ついに厳然たる心霊事実には、

かすり傷一つすら負わせることはできなかった。確証が山積している以上、

私たちが死後個性の存続を認めることは、決して軽はずみでも迷信でもない

はずである。

 

(5)各自は永遠に向上進歩の途をたどる

既成の宗教または学説の中には、人生の目的に関して、ずいぶん不健全

極まるドグマの押し売りをしようとするものがある。キリスト教の教義で

一番問題なのは、贖罪説と最後の審判説であり、仏教では、全部再生説

である。心霊学徒にとって、人生の目的とは、生前死後を通じて、永遠の

向上であり、進歩である。現世生活は人間にとって第一段の道場であり、

やがて、肉体を放棄して、いわゆる死の関門を通過した時に、第二段の

幽界の修行がはじまる。そして、死後数百年ないし数千年を経て第三段階

の霊界生活に進む。さらに、その上は第四段階の神界となるが、地上との

距離は無限に近く、地上人としてはほとんど手のつけようがない。今日まで、

80年の心霊研究で、神界はおろか、霊界との直接交渉さえも、きわめて

まれにしか成立していないというのが公平な観察である。

 

(6)  死後の世界は内面の差別界である

ここ80年間に、各国に排出した霊媒は、優れたものだけでも相当数に

なるが、彼らは皆、各自得意な能力を用いて、超物質的内面世界の探究

調査に努力したので、今日ではある程度まで、その真相をつかむことが

できるようになった。もちろん、各霊媒の能力には限界があり、潜在意識

も混ざることがあるので、細かい点で食い違いはあるが、総合すると、

人間の自我機関が四つに大別されるように、人間の置かれる環境も、

1.物質界 2.幽界 3.霊界 4.神界の四つに大別される。

くれぐれも心にとどめておくべきことは、死後の世界が本質的に段階を

なしていて、決して無差別平等の世界ではないこと、また、それが内面の

世界であって、したがって距離や方角で測定できないこと、同時にそれが

厳然たる実在の世界であって、したがって過去現在の区別に捉えられない

ことである。

 

(7)  各自の背後には守護霊がいる

守護霊とは、先天的にその人を守護する任務をもつ他界の居住者のことで

あり、各人の背後には必ずその人に固有の守護霊がいる。これは、最近

80年間に、世界の各地で行われた心霊実験した結果がそれを示してして

おり、自分が実験した限りにおいても、各人の背後にはその人に固有の

守護霊がいたのである。

 

(8)  守護霊と本人とは不離の関係をもつ

本人と守護霊との問題を解くカギはW・ステッドやカミンズに通信を

送ったマイヤーズ霊の言う部分的再生にある。それは自我のほんの

一部分のみの再生である。本体は依然として他界にとどまるが、そこ

から発射された一念は、地上の物質に宿って新生活を営むことになる。

両者の関係は一にして二、二にして一、ちょうど本店と支店の関係に

似たものがある。離れられない強い因縁のきずなで結ばれているが、

この本店の主人こそ守護霊である。

 

(9)  幽明の交通は念波の感応である

仮説ではあるが、現世と他界の交信は、意念のエーテル光波によるもの

である。

 

(10)超現象の各界には種々の自然霊がいる

自然霊とは、ただ一度も肉体を持って地上に出現したことにない幽界以上

の存在者の総称。上級のもの、下級のものがあるが、さまざまな名称で

呼ばれている。近年の霊界通信はこの自然霊の存在を有力に支持している。

 

(11)高級の自然霊が人類の遠祖である

人類は最初から人類として進化し、猿は最初から猿として発達し、相互の

間には種類の転換は行われなかった。

 

(12)最高級の自然霊が事実上の宇宙神である

(13)宇宙の万有は因果律の支配を受ける

(14)宇宙の内部は一大連動装置をなしている

(15)全宇宙は物心一如の大生命体である

 

以上、浅野和三郎氏の近代心霊研究を踏まえた教訓、あるいは私たちに

示された指導原理なるものを紹介しました。

 

ここからは、欧米において、また日本において、霊魂と死後の世界を確信し、

それを実証しようとする人々の懸命な努力の成果を認めることができます。

 

しかし、そのまま受け入れることができるかというと、そうではありません。

 

浅野氏は、「この神霊主義は確かな科学的事実の論理的帰結であります。」

と述べる一方で、「主義をうちたてることに興味がない訳でもありません」

と言っていますが、(12)~(15)あたりになると、科学的研究という

範疇を越えているように思います。

 

また、全体を個々に見ていくと、疑問点もたくさん浮かびます。しかし、

それらを一つ一つ取り上げると非常に煩雑になりますので、それは別の機会

に譲るとして、特に疑問に思うことを少し述べてみたいと思います。

 

霊媒による心霊現象といっても、物理的な心霊実験と霊言現象や自動書記

などがあるとして、霊言や自動書記を行う場合、通信を送る霊魂の高貴さ

や、それを受け取る霊媒の能力というものが大きく問われてくると思います。

 

高級な霊媒現象というものは非常に難しいもので、たとえ、生前、著名な

学者や宗教家、あるいは文化人であったという人が、死後、理論的精緻で

高度に見える通信を送ってきたとしても、それが信憑性の高いものである

か、本当に高級なものであるかは分からないようなのです。

 

たとえば、時代が遡るほど、仏教やキリスト教の哲人だった霊魂でも、

その教義を地上の人間ほどには記憶していないようなのです。地上時代

に宗教家や哲学者として有名だった霊魂に、その方の説いた宗教理念や

思想についての質問をしてすら、正確な答が返らないということです。

正確に答えるのはむしろ、長年地上にいて人間に干渉している、あまり

高級でない霊魂の場合が多いのだそうです。

 

水波一郎氏監修のHP「霊をさぐる」の「霊魂と交信する技術」の中で、

次のように述べておられます。

 

<東洋のような修行の伝統のない西洋では、良い通信は送りにくい。>

<高級と言われる霊魂の思想を表現することは普通の霊媒ではまず無理なの

です。それが可能なのは、長い間に渡り、不可能を可能にするための訓練を

した霊媒だけなのです。><したがいまして、西洋の霊界通信のように、

訓練のない霊媒を使っても、通信を送りうる霊魂は、それほど意識の高い

方の霊魂ではなく、真実が表現されていることは少ないのです。むしろ、

こうした霊魂からの通信は、いずれ、本物が出るための過渡期に出現

する役割があると言えましょう。>

 

実際、上記の(5)のように、<今日まで、80年の心霊研究で、神界は

おろか、霊界との直接交渉さえも、きわめてまれにしか成立していない>

と述べられているように、真に高貴な霊魂との通信はほとんど不可能だった

のではないかと思われます。

 

 

また、今から30年ほど前に出された水波氏の旧著『霊魂学を知るために』

には、次のように記されています。

 

通信を送る<どの霊魂も、神でなく、神霊でもない。それは、交信に使う

霊媒の霊的身体が幽体だからである。幽体では高い通信は得られない。

西洋の心霊研究は、ここに限界を迎えた。>

 

<心霊実験は、価値のある仕事であった。多くの人の目を見開かせた。

インチキ霊媒師は別とし、何人かの高級霊媒は、まさに貴重な宝であった。

彼らに通信を試みた霊魂たちは、いうまでもなく優秀であり、高級であった。

そして、人類最高のランクの霊魂たちも、背後で指導したのである。>

 

<それでも、結局は、真理のほんの一部しか、つまり、ほんの初級しか

示せなかったといえる。西洋には、イエス、シャカ、日本古代の神人と

いった超高級霊魂が通信できるほどに高級な霊的身体がなかったからで

ある。>

 

しかし、<その歴史を無駄にしてはいけない。本書は、そのような人たち

の努力の上に立って記すものである。多くの人たちがここまで霊魂を信じる

に至ったのは、東西を問わず、名霊媒と名研究者たちの真剣な戦いがあった

からである。>

 

<しかし、本当の霊魂については、いまだに何も知られていない。世間で

いう死後の生命体としての霊魂は、その存在を信じることができるかも

しれないが、それはほんの入口であるにすぎない。>

 

よって、厳密な心霊実験を重ね、霊魂の存在を証明しようとした心霊研究

の功績を正当に評価しながらも、幽質の世界を越える高貴な霊的世界の

真実をこの世にもたらすことのできる高級な霊魂通信には到底至らなか

ったということを認めなければならないように思います。

 

そして、高級な霊魂通信の信憑性は科学的な視点で語ることは困難であり、

霊的な感性、つまり、主観的な判断しかできないということになり、結局、

宗教の範疇に入れざるを得ないことになるのではないかと思います。

その場合、深遠な宗教的領域であることに無自覚なまま、短絡的に教条化
してしまってはいけないのであり、一歩、一歩、さらなる真実の探究へと
邁進して行かなければならないと思います。

なお、宗教への信仰そのものが決して悪いのではなく、宗教を批判し、
客観的、科学的を標榜しながら、なし崩し的にスピリチュアリズム教の
信仰者になってしまうことが問題なのだと思います。







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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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