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霊的カルマ-「罪とカルマ」2-


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 前回は、キリスト教における「原罪」を取り上げ、仏教等における「罪」

については触れませんでした。

 

仏教における「罪」を語るとき、その根柢には、カルマ(業)、すなわち、

善または悪の業を作ると、因果の道理によってそれ相応の楽または苦の

報いが生じるとされる考え方があり、まず、このカルマとは何か、から

始めなければならないということでした。

 

今回は、この仏教をはじめとするインド宗教の思想に特有なカルマ(業)

という考え方を紹介しながら、併せて、水波霊魂学における「霊的カルマ」

と対比させてみたいと思います。

 

さて、カルマ(業)とは、本来、単に行為、所作、心身の活動を意味する

言葉であったようですが、それが仏教やジャイナ教など、インドの宗教に

おいて、過去(世)での行為は、善い行為であれ、悪い行為であれ、

いずれその報いが自分に返ってくるという因果の法則として体系化された

ようです。

 

また、インドでは、カルマの思想は輪廻転生とセットとして展開しました。

 

行為が行われたのち、何らかの結果がもたらされる。この結果は、行為の

終了時に直ちにもたらされる事柄のみでなく、次の行為とその結果として

もまた現れる。行為は、行われたのちに、何らかの余力を残し、それが次の

生においてもその結果をもたらす。この結果がもたらされる人生は、前世の

行為に原因があり、行為(カルマ)は輪廻の原因とされるのです。

 

また、行為(カルマ)を超越する段階に達しないかぎり、永遠に生まれ

変わり、生まれ変わる次の生は、前の生の行為によって決定され、天国で

の永遠の恩寵や地獄での永劫の懲罰といったこの世以外の世界は、輪廻の

サイクルに不均衡が生じるため、ありえないことと考えられたのです。

 

以上が、カルマ(行為)に基づく因果応報の法則であり、輪廻の思想と

結びついて高度に理論化されて、インド人の宗教観、世界観を形成して

きたということです。

 

なお、この輪廻転生と密着するカルマの思想は、決定論や宿命論として

理解されたため、人々の反発を招いたということですが、それが釈迦と

同時代の哲学者として知られた六師外道と仏教側に呼ばれた人々だった

のです。

 

さて、インド、あるいは東洋のみならず、近代における西洋のスピリチュ

アリズムにおいても、この「カルマ」の思想が取り入れられています。

 

スピリチュアリズムの興隆期においては、転生(再生、生まれ変わり)を

認めないという人たちがいる一方で、フランスのアラン・カルデックの

ように、転生(再生)を重要視する人たちがいました。

 

彼は、人は生まれ変わるとし、神から与えられた自由意思によって、転生

する間に過ちを犯してカルマを形成し、この負債であるカルマによって、

その人に災いが起こるとした。人間の苦しみの原因は自らが過去生で蓄積

した負債であり、地上の生は、この負債の返済のためにある。また、苦し

みは神の恩寵でもあり、苦しみを通じて負債が軽減されることは神の期待

に沿うことであり、苦しみを乗り越えることは大きな栄光であると主張

したということです。

 

とにかく、アラン・カルデックにおいては、自由意思は負債の原因である

と同時に、救いを可能にするものであり、個人が救済されるか否かは、

すべて個人の自由意思次第とされたようです

 

また、シルバー・バーチの場合もカルマと再生を重要視しています。

ただし、「カルマ」とは、行為とその結果という意味合いではなく、神の

摂理に違反することであり、再生とは償いや罰が問題ではなく、進化の

ためにあり、カルマという借金は教訓を学ぶための大切な手段であると

されます。

 

このようにスピリチュアリズムの場合、「カルマ」には懲罰的な意味合い

がほぼなくなっていますが、観念論的な側面が残っているように思われ

ます。

 

さて、では、水波霊魂学ではどのように「カルマ」というものが捉えられ

ているのでしょうか?

 

前回、紹介した水波一郎氏の『神体』によると、人という霊的生命体が

地上(物質界)に降りて肉の身体をまとったため、食べなければ生きられ

ない存在となったのであり、そこからあらゆる不幸が始まったということ

でした。

 

そして、人間というものが地上に誕生するとき、それは新しい生命の誕生

のように見えるが、それは厳密にいうと正しくなく、人間の地上での生命

のもとは幽質界にあったでした。

 

つまり、人間は初めて地上に降りて以来、死亡しては故郷に帰り、非常に

複雑な原理によって何度もの過去世を背負っているということになります。

 

このように人間は、過去世からのカルマを背負ってきているということに

はなるのですが、それははなはだ複雑で、過去世で人を殺したから、現世

で自分が殺されるという単純なものではないようなのです

 

水波氏の旧著『霊魂学を知るために』では、次のように述べられています。

 

<それ(カルマ)が、今回の人生における幸、不幸作っている。しかし、

カルマとは、明確な因果律であるが、決して定められた運命といったもの

ではない。>

 

過去世で人を殺したから、今度は必ず殺されるとは限らないのであり、実際

のカルマはもっと流動的で複雑だということです。つまり、何回もの過去世

で一度も人を殺していないのに、今回の人生で人に殺される人もいるのです。

 

そして、<行為の結果は、新しい現象を起こす。しかし、カルマはそれのみ

で決まるのではない。カルマとは、幽体の個我だからである>とも述べられ

ています。

 

<この幽体の個我が今回の人生で修正され、あるいは教育され、それまでの

人生と違う判断を持つに至った場合、そのカルマはかなり解消されている

といえる。逆に、今回の人生で幽体を甘やかしてしまった結果、過去世に

ない不幸を作ることもある>ということです。

 

具体的な例として、たとえば、飛行機事故、列車事故等の場合、なかには

虫の知らせで、その飛行機に乗らなかった人もいます。これは、指導霊団

が働いた場合が多いようですが、厳密には、とても複雑な理由が絡んで

いるようで、逆に、己の意思で死んでゆく人もいるようです。

 

幽体の個我は、過去の罪を悔いて、事故の起きる飛行機にわざわざ乗せよう

とすることもあれば、逆に、死ぬのを嫌がって乗せないことのこともある

ようなのです。カルマの正体とは、かくも複雑だということです。

 

ともかく、事実はあまりにも複雑であるということですが、カルマは過去

世からの行為の集積であり、人間はいつも、過去の好みや経験による失敗を

無意識の衝動として浮かび上がらせて、それが新しい環境においての選択や、

判断の基準になってゆくようです。

 

しかし、過去世のカルマといっても、表面意識と、霊体の意識、そして、

守護霊、指導霊によって、相当に変化しうるのであり、単純に、人を殺せ

ば殺される的な因果律がめぐるとは限らないのです。

 

また、水波氏は、「大きな事故があると、因果(律)論者はよく、事故に

遭った人は全員、過去世でそれ相応の罪を犯しているため、その事故は

まさに必然的なものだと言う。しかし、それは間違いである」と述べて

おられます。事実は、そのうち何割かがそのような過去をもち、それを

知らなかった幽体の個我と指導霊団がその事故に巻き込まれたという

ことだそうです。

 

通常のカルマとは無関係な高貴な魂さえも、事故に遭うし、病気にかかる

こともあるが、それは、過去の罪なのではなく、肉体を持ち、カルマの

深い人と交わるからだそうです。

 

「カルマを知れば、未来はわかる。しかし、それは確定ではない。予定と

考えれば、より近い。過去世、それを知ることは大切である。それは幽体

の個我の本性だからである」ということだそうです。

 

なお、「霊魂学は人間の罪を霊的カルマで説明する」として、次のように

述べられています。

 

<人間は、憎しみを自分自身の本質としてもっている。それが、人間の

最初の不幸を作ったのである。それはもちろん、創世記にさかのぼる。

人間の歴史は罪の歴史であり、怒りと憎しみ、そして不幸と苦悩の歴史

である。地上の幸福は、かりそめの、非実質である。それは自己満足に

すぎない。しかし、苦しみはそうではない。それは人間のもつ、幽体の罪

だからである。過去の罪の集積である。人間はどこかでその罪を終わりに

しなければならない。>

 

<死後の世界では罪の清算は終わっていない。多くの「霊界もの」が過去

世を語っている。人間は、過去からのカルマにより、今病気であるとか、

不幸であるとか、明示した人もいる。もう一方では、人間は地上の行いに

より、死後の世界で罰を受けるという説がある。いくつもの「霊界本」が

地獄の光景を語っている。たしかに、地獄はあるし、下層幽界以下では

苦しみの連続である。しかし、それは罪の清算ではなく、その幽体が住む

にふさわしい世界というにすぎないのである。>

 

<つまり、罪で落ちるのではなく、意識の質と幽体の不健全さで落ちるの

である。それは法則であって、神の意志ではない。人は自分の犯した罪で

不幸になる。>

 

 
 
 
 
  
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