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クリシュナの伝説と真実-インド神話3-


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クリシュナ3 
ゴーヴァルダナ山を持ち上げるクリシュナ)


もう10年ほど前になりますか、「アバター」というタイトルの洋画があり

ましたが、その語源となった「アヴァターラ」とは、「降下」という意味で、

神が悪魔などに苦しめられる生類を救済するために、仮に人間や動物の姿を

とって地上に降臨すること、あるいは、こうして現れた化身を指します。

 

シヴァやインドラなども化身をとることがあるようですが、特によく知られ、

また重要なものがヴィシュヌの化身なのです。

 

ヴィシュヌの化身思想は、『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』の二大

叙事詩において発展しますが、それが今日一般に知られているような形で

整備されるのは、プラーナ文献(ヒンドゥー教聖典群)においてであると

されます。

 

化身の種類と数については種々の説があり、必ずしも一致しませんが、

特に、猪、人獅子、亀、侏儒(小人)、魚、ラーマ、パラシュラーマ、

クリシュナ、ブッダ、カルキ、の十種の化身が最も一般的であると

言われています。

 

このようなヴィシュヌの化身のうち、ラーマ(英雄ラーマ・チャンドラ)

とともに最もインド国民に愛されているのがクリシュナなのです。

 

ヴィシュヌ神の化身とされるクリシュナは、『マハーバーラタ』に登場し

ます。特にその六巻に収められた、ヒンドゥー教屈指の教典『ヴァガ

ヴァッド・ギーター』において、クリシュナが戦いに疑念を抱いたアル

ジュナ王子を励まして、種々の教えを説いています。

 

この『ヴァガヴァッド・ギーター』については、以前に一度紹介したこと

がありますので、ここでは、まず、「ギーター」とともにヴィシュヌ教徒

(特にヴァーガヴァタ派)の根本教典とされる『ヴァーガヴァタ・プラー

ナ』におけるクリシュナ(ヴィシュヌ)伝説を紹介してみたいと思います。

 

(ヴィシュヌの降臨)

<悪魔どもは暴虐な王の姿をとって地上に出現した。大地の女神は彼らに

苦しめられ、牝牛に姿を変えて梵天(ブラフマー)に救いを求めた。梵天は

シヴァをはじめとする神々を連れて乳海の岸へ行き、瞑想して最高神プル

シャ(ヴィシュヌ神)を崇拝した。>

 

<梵天は瞑想のうちに天の声を聞いて神々に告げた。「最高神はヴァス

デーヴァの家に生まれるであろう。天女たちは彼を楽しませるために、

(牛飼い女として)地上に生まれなさい。ヴィシュヌ神の一部であるアナ

ンタ竜は彼の兄として生まれなさい。聖なるヴィシュヌのマーヤー(幻力)

も、主(ヴィシュヌ)の目的を成就させるために地上に下るであろう。」>

 

<マトラー市にシューラセーナというヤドゥ族(ヤーダヴァ)の王がいた。

その王の息子のヴァスデーヴァは、ウグラセーナ王の娘デーヴァキーと結婚

した。デーヴァキーにはカンサという邪悪な兄がいた。彼に「デーヴァキー

の第八番目の息子が汝を殺す」という声が聞こえたため、妹を殺そうとした

ものの、ある約束によってその時は思いとどまった。>

 

<しかし、やがてカンサは、デーヴァキーとヴァスデーヴァを牢獄に入れ、

生まれてくる息子たちを次々と殺した。さらに、カンサは自分の父や他の

ヤドゥ族の王たちをも退けて、自らシューラセーナ国を統治した。>

 

<デーヴァキーの6人子供が殺された時、ヴィシュヌの一部であるアナンタ

竜は、第7番目の息子としてデーヴァキーの胎内に入った。主はヨーガ・

マーヤー女神(ヴィシュヌの幻力を神格化したもの)に命じて、その胎児を

ヴァスデーヴァの別の妻であるローヒニーの胎内に移してしまった。この

ようにして生まれた子がバララーマである。ローヒニーはナンダの統治する

ゴークラに住んでいた。>

 

<主は、ヨーガ・マーヤー女神にナンダの妻ヤショーダーの胎内に生まれよ

と命じた。主はそのようにはからった後、自ら第8番目の息子としてデー

ヴァキーの胎内に入った。デーヴァキーは異常な光輝を放ったので、カンサ

はいよいよヴィシュヌが自分を殺すべく彼女の胎内に入ったと知った。

しかし、女性、しかも妊娠している妹を殺すことは罪になると考え、子供が

生まれてくるのを待っていた。>

 

(クリシュナの誕生)

<ある夜、ヴィシュヌ神は、東方に昇る満月のように、デーヴァキーの

胎内より出現した。その子はヴィシュヌの特徴をことごとくそなえていた。

ヴァスデーヴァとデーヴァキーは神を讃えたが、カンサを恐れて、姿を

消して下さるようにと嘆願した。>

 

<すると、幼児の姿をとったヴィシュヌは、自分をゴークラへ連れて行き、

自分の身代わりにナンダの妻ヤショーダーの娘として生まれたばかりの

ヨーガ・マーヤー女神を連れて帰るように指示した。>

 

<不思議なことに、守衛は眠りこけ、牢の鍵は自然に開いたので、ヴァス

デーヴァは神聖なる御子を抱いてナンダの牛飼村へ行き、眠っているナンダ

の妻のかたわらにいた女の子と御子をすりかえて、再び牢にもどり、その

女の子を、デーヴァキーの寝台に置いた。>

 

<カンサは子供が生まれたという知らせを聞いて牢にかけつけた。デーヴァ

キーは、「あなたは私の息子たちを皆殺しにしたが、娘は殺さないでくだ

さい」と懇願するが、カンサはそれを無視して、赤児の両足をつかむと、

それに石を投げつけた。その赤児(実は、ヨーガ・マーヤー)は、空に

舞い上がると女神の姿を現した。彼女は8本の腕をそなえ、その1本ごと

に種々の武器を持っていた。>

 

<女神はカンサに「邪悪なものよ、私を殺して何になる。お前の死をもた

らすものは他の場所で生まれている。憐れな人々を苦しめてはならぬ」

と告げた。>

 

<それを聞いてカンサは驚き、罪もない子供たちを殺したことを後悔して

許しを乞うたので、デーヴァキーとヴァスデーヴァは恨みも忘れて、快く

彼を許してやった。>

 

<しかし、夜が明けると、悪魔である大臣たちが、幼児を皆殺しにしな

ければならないと彼に勧め、さらに苦行者、祭祀執行者、牝牛、等々、

ヴィシュヌを体現しているものを滅ぼせば、それによってヴィシュヌを

滅ぼすことができると進言したため、邪悪なカンサはこの提案を受け入れ、

悪魔たちを派遣して敬虔な人々を迫害するのであった。>

 

あとは長くなるので省略しますが、無事に生まれたクリシュナの様々な

エピソードが語られています。たとえば、カンサから派遣された羅刹女が

美女に変身して猛毒を塗った自分の乳首をクリシュナにふくませて殺そう

とするが、逆にものすごい勢いで乳首を吸われ、逆に正体を現して死んで

しまった。腕白さと怪力を発揮し、凝乳の容器を割ったために継母のヤショ

ーダーに臼に縛られた際には、その臼を引きずって2本の大木を倒した。

 

また、ヤムナー河畔の湖に住むカーリアという竜が悪事をなしたことから

これを追い出した。インドラ神の高慢をくじくために彼を崇拝していた牛飼

村の人々に牡牛とバラモンと山(ゴーヴァルダナ)を祭ることを勧めると、

自分に対する祭りが中止されたことに怒ったインドラが大雨を降らせたが、

クリシュナはゴーヴァルダナ山を引き抜いて、傘のように頭上にさしかけ

人々を守った。成長したクリシュナは牛飼いの女性たちのあこがれの的と

なった。

 

そのあとも、カンサの誅殺、クリシュナの結婚等々、クリシュナの伝説は

なおも延々と続くですが、最後は悲劇的な結末を迎えるようです。

 

ヤドゥ族の人々は強い酒を飲んで正気を失い、お互いに殺し合いを始め、

クリシュナやバララーマにも襲いかかる有様となり、全滅してしまうの

です。そして、クリシュナもこの世を去ります。猟師が獣と思い誤って

射た矢に急所である足の裏を撃たれて非業の最期を遂げるのです。

 

さて、伝説のクリシュナは以上のとおりですが、クリシュナは実在の人物

かどうか?実在の人物ならば、どういう人物であったのかが気になるところ

です。古代インド学者の辻直四郎氏は、実在の人物として次のように推察

されているので、紹介しておきたいと思います。

 

<クリシュナは、なかば遊牧に従事していたヤーダヴァ族の一部ヴリシュニ

族に生まれた。父はヴァスデーヴァ、母はデーヴァキーという名であった。

最古のウパニシャッド(奥義書)の一である『チャーンドーギャ』(西暦前

600年頃)に、デーヴァキーの子であり、ゴーラ・アンギラスという聖仙

の門弟であるクリシュナについて説かれているので、クリシュナの出現は

西暦前7世紀以後に置きえない。>

 

<クリシュナはバラタ(バーラタ)族の大戦争に参加し、パーンダヴァ軍

を助け、アルジュナ王子の御者として決戦に臨んだ。クリシュナはヤーダ

ヴァ族の精神的指導者であり、新宗教の創始者でもあった。それは、その

神をバガヴァットと称し、主としてクシャトリヤ(王族)階級のために

説かれた宗教で、実践的倫理を強調し、神に対する誠信の萌芽をも含んで

いたと想像される。>

 

<クリシュナはその死後、自ら説いた神と同一視されるに至ったようである。

そこの新宗教は次第に勢力を拡張したので、バラモン教の側もそれを吸収

しようとして、ヴァガヴァット(クリシュナ・ヴァースデーヴァ(クリシュ

ナを指す))を太陽神ヴィシュヌの一権化と認めた。やがて、ヴィシュヌが

最高神の位置を確保するにおよび、クリシュナ・ヴァースデーヴァは一種族

の最高神から向上してバラモン教の主神と同化した。>

 

<その後さらにウパニシャッド(奥義書)における最高原理ブラフマンも、

ヴィシュヌ・クリシュナの一面とみなし、バーガヴァタ派のバラモン教は

完成した。クリシュナとヴィシュヌとの一致を示唆する文献の証拠は、

少なくとも紀元前4世紀にさかのぼる。>

 

さて、果たしてこの推理が正しいかどうかは分かりません。そこで、これ

とは異なるクリシュナ像、水波一郎氏の水波霊魂学によるクリシュナ師を

紹介しておきたいと思います。

 

本来、クリシュナ師をテーマとした書ではありませんので、それほど詳細

には述べられてはいるわけではありませんが、『霊魂イエス』(下巻)には、

次のように述べられています。

 

<クリシュナはインドの古代において最も有名な聖者の一人である。彼の

名はインド人でなくても知っている人は多いが、歴史や物語の中で語られ

ているクリシュナと現実のクリシュナがどのくらい一致しているかは別の

問題である。人々の物語は必ずしも真実を語っているものではないからで

ある。>

 

<しかし、霊魂達から「クリシュナ」と呼ばれる高級霊魂が実在している

ことは確かなのである。この有名な神人はインド全体の指導はもちろん、

世界全体を指導すべく、早くから世界各国を指導して回った。アメリカの

人間も指導した。また、時には、アフリカ、アジア、ヨーロッパと、あら

ゆる所でたくさんの人間の霊的指導を行った。>

 

<この高級霊は、当然のことながら、インド人の信仰を集めている。それに

より、彼はいつも呼ばれている。そのためもあってか、彼の率いる霊魂団

の数も多い。クリシュナを信仰して死んだ人間のうち、特に成長した者が、

何百、何千年にわたって選ばれ、クリシュナの霊魂団の一員となっている

のである。>

 

<そんなクリシュナが、その時、目をつけたのが、なんと日本であった。

彼は神霊界にも出入りしていたが、日本の霊山には神霊界から霊的な力を

降ろしうる場所があったのである。よって、日本にいた神人も、何名かは、

このクリシュナの霊魂団の指導を受けていた。インドの信仰は良くない、

と頭から否定する日本の聖人も多いが、クリシュナは、こういう聖人達に、

自らの霊力を振り絞って指導したのである。>

 

そして、霊的存在となったクリシュナがある日本の修行者の指導を行う様

が述べられているのですが、詳しいことは本書を読んでいただくとして、

要点を少し述べると次のようなことになります。

 

<クリシュナはイエスやシャカと同じ霊質界の存在である。霊質界の存在

は普通の人間の霊的視覚には映らないが、それでも、さも幽質の世界の存在

のごとしに仮の姿を現す。それがクリシュナの用いた技であった。>

 

<彼(ある修行者)はこれまで日本の宗教のみを良しとし、キリストや

シャカを相手にしなかった。しかし、「日本のみしか見なければ、日本しか

見えない。これは本当の意味で自分に限界を作ることになる。世界の広さ、

宇宙の広さ、霊魂の世界の広さを知らねばならない。そうして初めて、真

の修行者と言える」ということを知ったのである。>

 

 

そして、この修行者に対する霊的な指導が終了するにあたり、クリシュナ

師は自分が「インドに生まれたことがあるクリシュナという者だ」と

名乗ったあと、次のように述べています。

 

<私は神ではない。神は、もっと、もっと大きい。人々は皆、本質的に

神を求める魂だ。だが、神は目にも見えず、耳にも聞こえない。神とは

何か、それは簡単には分からない。宗教的な成長が低ければ低いほど、

人はどうしても身近な神を欲するのだ。だから、様々な偶像が作られる。

これは、未発達な魂にとって仕方のないことだ。人間の意識は少しずつ

しか成長しない。目に見えるものを欲する人達は、やがて宗教の開祖、

そして聖人達を自らの神として信仰するようになる。これが宗教と

いうものの実態なのである。>

 

<真の宗教とは、目に見えない神を魂の奥底に感じる、そういうもので

なければならない。それにはやはり、霊的な修行がいる。>

 

また、水波一郎氏の今は絶版になっている旧著には、クリシュナ師が

「オーム」という聖なる言葉と関わりがあること、さらに、呼吸法、

瞑想法、すなわちヨーガの法の創始に関わるがあることが示唆されて

います。

 

ただし、そのヨーガとは、後世のただ座って瞑想と思索にふけるような

ヨーガとは異なっていたようです。ただ座っているのではなく、行為に

よる知覚により、自らが神を知り、そして、それに近づこうと努力する、

その方法を指すようです。

 

なお、『バガヴァッド・ギーター』に登場するクリシュナも、「行為の

ヨーガ」、そして、最高神に対する「信愛のヨーガ」を説いています。

この神話に登場するクリシュナが実在のクリシュナではないにしても、

クリシュナが示そうとした真実の一端を継承しているように思われます。






霊魂イエス下 
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