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ホワイト・イーグルと神智学


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 光りへの道
 
 
以前、一度、紹介しましたが、スピリチュアリズム普及会のHPでは、

ホワイト・イーグルについて、「シルバー・バーチは、ホワイト・イーグル

を同志と呼んでいますから、“通信霊”としては高級であることは間違い

ないと思われますが、「霊界通信」として見たときに純粋なものとは言え

ません。」「霊界通信の純度という観点からすると、ホワイト・イーグルの

霊界通信には多くの問題点があります。「霊媒の潜在意識の混入」が随所

に見られます。キリスト教の影響、神智学の影響が濃厚に見られ、通信

内容の純粋さという点で大きな疑問符が付きます」と述べられていました。

 

そこからは、基本的には、シルバー・バーチとホワイト・イーグルは、

同志的な関係にあること、ただし、ホワイト・イーグルの通信は、高級

ではあるが、霊媒の潜在意識の混入があり、神智学、そしてキリスト教の

影響が見られる、と見ていることが伺われます。

 

しかし、あれだけ神智学を、たとえば、七つの霊的世界論、身体論などを

批判していたシルバー・バーチが、ホワイト・イーグルを一方で同志だと

いうのか理解に苦しみます。

 

そこで、今回は、ホワイト・イーグルの『光への道』を紹介しながら、

ホワイト・イーグルと神智学の関係がどういったものなのか、「霊媒の

潜在意識の混入」といったレベルのものなのか、を考えてみたいと

思います。

 

さて、この「光の道」というのは、霊性進化への道を指しているようで、

そこへ参入すること、或いは、その階梯を昇ってゆくことをホワイト・

イーグルは、「イニシエーション(魂の得度)」という言い方をしています。

 

この「イニシエーション」という言葉は、一般的に通過儀礼、つまり、

「ある集団や社会で一人前の成員として認められるための儀式」を指す

言葉として使用されています。ただし、そのほかに、霊的、宗教的な組織

における修行体系への入門、さらに、その修行過程における幾つかの関門

をクリヤーしてゆくことを意味しますが、この場合は後者を指しています。

 

よって、「イニシエーション」という言葉は、ルドルフ・シュタイナー

などは、秘儀参入という言い方をしているようですし、神智学においては

秘伝と翻訳されたりしています。

 

さて、このような意味を持つ「イニシエーション」という言葉は、神智学

におけるキーワードの一つのはずです。

 

神智学徒のアリス・ベイリーは、彼女の著書『イニシエーション』の中で、

<秘伝(イニシエーション)という言葉は、開始すること、あるいは、

霊的生命において新しい段階に入ることである。それは“聖なる道”の

第一歩であり、そしてそれに続く歩みである>とし、また、<イニシエー

ションに関する問題は、一般大衆の間でもしばしば語られるようになって

きた。何世紀もたたないうちに古代の秘儀が復興され、“教会”の中に

内部組織ができてくるであろう。その教会とは数世紀後の教会であるが、

その中核となるものはすでに形成されている。この教会では、第一イニシ

エーションが顕教的なかたちで行われるだろう>と述べています。

 

また、神智学徒のリードビーターは、その著著『大師とその道』において、

人間の生きる目的は、自己の霊性を進化させることであり、それを順調

かつ確実に遂行するためには、大師(マスター)たちが定める指針に

従わなければならないとし、大師に接触するための方法として、さまざま

な宗教の教えを学習すること、とりわけ神智学によって示されたヨーガや

瞑想を実践することにより、精神の波長を大師のそれに合わせてゆくこと

を推奨しています。

 

そして、大師に出会うことができた人間は、次に、大聖同胞団(聖白色

同胞団)の一員となるためにイニシエーションを受けることになる。

イニシエーションは九つの段階から構成され、どのイニシエーションの

段階までを通過したかということに応じて、その人間が同胞団の「ハイ

アラーキー(階級組織)」において占める地位の区別がなされとされます。

 

さて、ホワイト・イーグルの『光への道』を読んでみると、基本的に、

上記のような神智学でいう「イニシエーション」の枠組みを踏襲して

いるように思われます。ただし、特定の修行団体への入門を前提にして

いるものではく、人生即イニシエーションということを語っています

から、実際にイニシエーションに参入するための準備のための書と

いう印象を受けます。

 

とはいうものの、本書には、大師や聖白色同胞団(ブラザーフッド)や

瞑想とチャクラの開発について触れられているところをみると、神智学

的な教説の大衆化という意図がくみ取れるのではないかと思われます。

 

なお、『光りに道』では、四大元素や、十字架が登場します。

 

四大元素とは、古代ギリシャ哲学で提唱された世界を構成する四つの元素

のことで、「地」「風」「土」「火」の四つを指しますが、のちに錬金術に

大きな影響を与えたとされます。そして、この四大元素説は、錬金術師

たちによって占星術と結びつけられたということです。

 

『光りの道』では、イニシエーションを受けるにあたって、風の元素の

学習、すなわち友愛の学習、そして火の元素の学習、すなわち愛、魔法

の火の学習、そして水の元素のコントロール、すなわち平和の学習、

さらに土の元素の学習、すなわち奉仕と犠牲の学習を経なければなら

ないとされています。

 

また、十字架についても語られています。具体的には、最初のイニシ

エーションにおいて、「人は空の彼方に、はるか高くにかかる十字架を

チラリと見ます」と述べてられています。しかし、この十字架は生命の

象徴を意味し、イエス刑死の象徴と受け取るのは誤りだといいます。

 

この十字架は太古からあり、霊的進化のある段階まで来れば全ての人が

見るシンボルである。また、この十字架は、低級な性質の放棄、自己

本位の欲求の放棄、すなわち、神の意志への完全な捨身、愛の奉仕に

打ち震えたものの象徴であると述べています。

 

そして、さらにバラの花が登場するのですが、そうなると、十字架と

バラ、すなわち、西洋における秘教的伝統の一つである薔薇十字の行法、

薔薇十字の秘儀参入(イニシエーション)を想起せざるをえません。

 

ルドルフ・シュタイナーは、『薔薇十字会の神智学』において、薔薇十字

の秘儀参入について、次のように述べています。

 

<叡智へと飛翔する最も新しい道は、薔薇十字の修行道です。この修行道

は過去ではなく、未来を修行者に示します。><一定の方法によって、

人間が自分の中に有している叡智を発展させるのが薔薇十字の行法です。>

 

<これは非キリスト教的な道ではなく、現代の状況に適応したキリスト教

的修行道であり、本来、キリスト教的修行道と(東洋的な)瑜伽(ヨーガ)

道の中間にあるものです。>

 

<薔薇十字的修行道においては、イエス・キリストの人格に対する確固と

した信仰という前提は多かれ少なかれ、廃止されます。>

 

<薔薇十字の修行も七段階からなります。>そして、 最初の段階に学習

がありますが、<薔薇十字的な意味における学習とは、物質的現実では

なく、高次の世界から獲得された思考内容への沈潜、すなわち、純粋思考

の中に生きることです。><薔薇十字的神智学を学ぶことが薔薇十字的

修行の第一段階なのです。>

 

<薔薇十字の導師は人類の進化を語り、感情がおのずと目覚めるように

するのです。薔薇十字の導師は宇宙の事実そのものに語らせます。>

<ですから、薔薇十字の修行においては、師に対する絶対的な帰依は

要求しはしません。><師は弟子に、師なしにも存在する宇宙的真実を

語るのです。>

 

以上のことから、薔薇十字的行法なるものが現在において果たして価値を

持っているのかどうかは別にして、ホワイト・イーグルは、神智学のみ

ならず、その他の雑多な西洋における神秘主義の教説をも取り入れて、

それを大衆化しようとしたことが伺われるのではないかと思われます。

 

しかしながら、ホワイト・イーグルが借用した神智学そのものにまで

さかのぼってみると、太田俊寛氏が『現代オカルトの根源-霊性進化論

の光と闇-』において、「全体として見れば、ブラヴァッキーが構築した

神智学の教説とは、西洋オカルティズムの世界観を基礎に置きつつ、秘密

結社・心霊主義(スピリチュアリズム)・進化論・アーリアン学説・輪廻

転生論といった雑多な要素を、その上に折衷的に積み重ねていったもの

と捉えることができる。その意味において神智学は、古代以来の西洋的

隠秘主義(オカルティズム)や秘教主義(エソテリズム)の伝統に連なる

ものであり、その現代的亜流にすぎない、言わなければならないだろう」

と述べているところから、霊魂からの通信という形態をとって神智学を

大衆化しようとしたと思われるホワイト・イーグルにおいて、どんな教説

が出てきても不思議ではないと言えるのではないでしょうか?

 

よって、ホワイト・イーグルについては、「霊媒の潜在意識の混入」と

いった霊媒の問題ではなく、通信を送った霊魂、あるいは霊魂団の意図

が反映されている可能性が高いように思われます。

 

もっとも、水波霊魂学によると、西洋の「霊界通信」は、霊媒が総体的に

そのための霊的修行と訓練を経ていないため、通信を送りうる霊魂は、

それほど意識の高い方の霊魂ではなく、真実が表現されることは少ない

ということですが。

 

次回は、ホワイト・イーグルという枠を越えて、スピリチュアリズムと

神智学の関係をもう少し掘り下げてみたいと思います。

 

 
 
 
 
 
霊魂研究  
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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