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古代イラン(アーリア人)の神話-ペルシャ神話1-


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ペルシャ神話 



少し前、インドの神話について紹介しましたが、インド神話のなかでも、

古い層に属するのが、いわゆるヴェーダの神話と称されるものでした。

 

「ヴェーダ」とは、元来、知識、特に宗教的知識を意味するものですが、

なかでも『リグ・ヴェーダ』(神々に対する讃歌の集成の意味)は、

ヴェーダ文献の中でも最古のものであり、それは最初期のインド・

アーリア人の宗教・神話を伝える最も基本的な資料となるものと

いわれています。

 

アーリア民族が西北インドに侵入した時期は、一般に紀元前1500頃と

されていますが、紀元前1200年前後には、インド・アーリア人の有する

最古の文献である、『リグ・ヴェーダ』が成立したと言われています。

 

そこには、インド系民族とイラン(ペルシャ)系民族が一つだった時代の

文化の痕跡を強くとどめていて、インド、イラン共通の神々が登場するのです。

 

たとえば、『リグ・ヴェーダ』では神々は「デーヴァ」と呼ばれそして、

神々に敵対する悪魔が「アスラ(阿修羅)」と呼ばれていますが、それが

イランでは、ダエーウ、そしてアフラと称されます。

 

しかし、大変興味深いことに、イランのゾロアスター教において、アスラ

に対応するアフラが最高神アフラ・マズダーとなり、デーヴァに対応する

ダエーウが悪魔の地位に落ちるなど、インドにおける経過とは逆になって

ゆくのです。

 

そこで、今回は、イラン(ペルシャ)に焦点をあて、その神話を紹介して

みたいと思います。

 

さて、ペルシャ神話の資料としてもっとも重要なものは、ゾロアスター教の

聖典である『アヴェスター』であるとされます。もっとも、現在は儀式に

用いられる『アヴェスター』の部分しか伝わっておらず、それは原『アヴェ

スター』のおおよそ四分の一にすぎないのです。

 

『アヴェスター』は、ササン朝ペルシャにいたって初めて現在の形に書き

記されたが、その内容はそれよりもずっと古く、ゾロアスター教以前に

さかのぼる太古の神話の反映および残留が見られるとされます。

 

資料の集合体である『アヴェスター』でもっとも重要なものは、ゾロアス

ター教の説教である17編の詩編(ガーサー)とされ、そのもっとも重要

な部分の一つが、種々の神々に奉げた讃歌集(ヤシュト)だと言われます。

(インドの『リグ・ヴェーダ』も神々への讃歌集であった。)

 

ヤシュトはすべてゾロアスター教の礼拝で用いられてきたが、讃歌の多く

は、基本的にはゾロアスター教以前の時代にさかのぼるのです。『アヴェ

スター』は、アヴェスター語という教会言語によって伝えられてきたが、

死語になったのちも、言霊をもつ神聖な言葉として長期間保存されてきた

ために、古い伝承が残存しているのです。

 

なお、パハラヴィー語(中期ペルシャ語)文献にも資料となるものがある

ということです。たとえば、『ブンダヒシュン(創世記)』は、天地創造の

行為、性質、目的に関する『アヴェスター』の翻訳の集成とされます。

 

さて、それでは、古代ペルシャの宇宙観、世界観から見て行きたいと思い

ます。

 

<古代のペルシャ人は、宇宙というものを円盤のような、円くて平たいもの

と考えていたようです。彼らにとっては、空は無限の空間ではなく、水晶

のような堅い物質で、貝殻のように世界をおおっていたとされます。原初

の完全な状態では、大地は平坦で、谷も山もなく、太陽や月や星々は、

正午の位置のまま大地の上方に固定していた。>

 

<しかし、この平静な状態も、宇宙に悪が侵入したために粉砕された。悪は

空から突入し、海洋のなかに飛び込んだ。そして、大地の真ん中から飛び

出し、大地を揺さぶり、山を成長させた。代表的な山はアルプルズ山で、

成長するのに8百年かかった。アルプルズは宇宙全体に広まり、山の本体

は天空に達し、大地を取り囲んでいる。この宇宙山の基底は大地の下に

広がり、大地を支え、この基底から他のすべての山々が成長する。大地の

中心にタエーラ山、つまりアルプルズの山頂がそびえ、山頂から天にかけ

てチンワト橋が架かっていて、死者の魂は天国または地獄に旅する。>

 

<なお、悪が宇宙に侵入したために揺さぶられたのは大地だけではなかっ

た。太陽、月、星々もその固定した位置から揺さぶり出された。これらの

天体は、宇宙の更新まで冠のように大地の周りをぐるぐると回っている。

そして毎日、アルプルズ山の東にある180の穴のひとつから出て、西に

ある180の穴のひとつに入る。>

 

<そして、ティシュトリヤ神(後述)によってつくられた雨は風によって

吹き集められ、宇宙の大洋、ウォルカシャ海を形成した。この海は巨大で、

そこにはアナーヒター女神(後述)の泉である千の湖水が湧き出していた。

この海には二本の木が立っていた。一本はガオクルナ樹で、人は宇宙の更新

のとき、この木から不死の霊薬を飲むことになっている。もう一本は百種樹

で、この木の種子からあらゆる樹木が生えた。>

 

<そのあと、3つの大海と20の小海がつくられた。2つの川が北側から

流れ、ひとつは北から西へ、ひとつは北から東へ流れ、両方の川とも最終的

には大地の果てを越えて宇宙の大洋に合流する。>

 

<雨が初めて降ったとき、大地は7つの部分に分裂した。中央部のフワニ

ラサは、全陸地の半分の大きさであった。周辺の6つの部分はキシュワルと

呼ばれる。ひとつの部分から他の部分へ大洋を渡って行くには、天の雄牛

スリソークの背に乗らなければなかなかった。>

 

なお、ここに登場する特徴的な動物として、すべての人間が不死となる復活

の日、生贄として供犠されるこのフリソーク牛のほかに、三脚、六眼、九口、

二耳、一角の奇怪なロバがいます。

 

さて、ペルシャ人は、ギリシャ人のように神が人間と同じ性質のものである

とは考えなかったようです。自然の神格化であり、観念の神格化であったり

しました。よって、彼らの祭壇は神殿のなかではなく、山の頂に置かれ、

また、王たちの大きなレリーフや碑文は文明の中心地にあるのではなく、

山の磨崖に刻まれているのです。また、神々はしばしば神話的な比喩で記述

されるものの、神々のことを述べた神話はきわめて少ないのです。

 

ともかく、古代ペルシャの神話にはおびただしい数の神々が登場しますが、

ここで、古代インドとイランに共通する主要な神々と、そのペルシャ的思想

を紹介しておきたいと思います。

 

<風神 ワユ>

雨雲のなかに生命を運び、暴風のなかに死を運ぶ風は、古代インド・イラン

人のもっとも神秘的な神の一柱でした。インドではヴァーユと呼ばれ、世界

がその体から生まれたとされる世界巨人の息に由来するとされ、彼は百頭、

さらには千頭の馬にひかれた快速の馬車に乗っているとされます。

 

一方、ペルシャにおいては、ワユは偉大であるが、謎に満ちた神であると

されます。創造主アフラ・マズダーも、悪魔アンラ・マンユも彼に生贄を

捧げたからです。アフラ・マズダーは、生贄を捧げ、ワユの悪しき創造を

打ち砕き、善き創造が持続するように願う。ワユは甲冑を身につけ、黄金

の鋭い槍と武器を手にして敵を追い、悪霊を打ち砕き、アフラ・マズダー

の善き創造を守るのです。よって彼は、もっとも勇敢な者、もっとも強力な

者などと呼ばれます。

 

なお、アフラ・マズダーが、光り輝く天上を支配し、アンラ・マンユが闇黒

の地下を支配するのに対し、ワユは中間の虚空を支配するとされます。

これは、風というものが中間性という性質を持つ、つまり、2つの世界、

つまり善霊の世界と悪霊の世界の間を動くものであり、本来、温情あふれる

力と不吉な力の二元性を包含するひとつの神格であったというところから

きているということです。

 

したがって、彼は善の創り手であり、破壊者であり、統合者であり、分離者

であると言われるのです。

 

<雨の神 ティシュトリヤ>

ティシュトリヤは、自然現象である雨と関連のある神格ですが、この神の

性質にはワユのような二元性の観念はありません。彼は生命を破壊する

干ばつの悪魔アパオシャに対する宇宙的闘争に巻き込まれるときは温情

溢れる力となります。ティシュトリヤは、けんらんと光り輝く星であり、

水の種子であり、雨と豊穣の源泉とされます。

 

『ブンダヒシュン』によると、創造のはじめ、水をつくったのはティシュ

トリヤであり、彼がつくった雨の一滴一滴は、鉢いっぱいの量になった

ので、大地は人の背の高さまで水でおおわれることになった。そして、

有害な動物は大地の穴のなかに追いやられ、風の精霊は水を大地のへり

まで吹きやったので、水は宇宙の大洋を形成したとあります。

 

また、ティシュトリヤに捧げられた讃歌では、神と干ばつの悪魔アパオシャ

との戦いがうたわれていて、最初、アパオシャの方が優勢であった戦いが、

創造主自身の祈りと供儀によって、ティシュトリヤの勝利となり、水は

何ものにもさえぎられることなく、畑地と牧草地に流れることができた。

そうして宇宙の大洋から立ち上る雨雲は、風に駆り立てられ、生命を付与

する雨は、大地の7つの地域に降り注いだということです。

 

つまり、ティシュトリヤが供犠に際して祈られたときには、干ばつは打ち

負かされ、雨が世界に生命を与えるのであり、生の勢力と死の勢力の宇宙

的闘争の結果は、人が儀礼の義務を信心深く守るかどうかにかかっている

とされるのです。

 

<川の女神 アナーヒター>

多くの宗教が生命と豊穣の源を女性の姿に描いています。ペルシャでは、

アルドウィ―・スーラー・アナーヒター(強力な汚れなき川)は、地上の

あらゆる川の源泉とされます。彼女はあらゆる豊穣の源で、あらゆる

男性の種子を浄化し、あらゆる女性の子宮を聖化し、母親の胸の乳を

浄化するのです。

 

彼女は、天の源泉から流れ出て、宇宙の大洋に流れ込みます。風、雨、

雲、みぞれも彼女に管理下にあり、生命の源として、作物と家畜を育てる

と言われています。彼女は生命の付与者であるので、戦士は戦場で彼女

に勝利を祈願します。彼女は四頭立ての馬車を駆け、強くて輝き、背が

高く美しく、純潔で高貴な生まれであると描写されます。

 

そして、彼女は高貴な生まれにふさわしく、八方に光芒を放ち、百の星を

ちりばめた黄金の冠をかぶり、黄金色のマントをはおり、首には黄金の

首飾りをつけていると描写されるのです。

 

ちなみに、インドでは、河川の女神として、サラスヴァティーがもっとも

讃えられています。

 

<勝利の神 ウルスラグナ>

ワユとティシュトリヤは、自然現象と関連し、アナーヒターは人格的、

性愛的関係で考えられるが、ウルスラグナは、抽象観念、あるいは観念

の擬人化と考えられます。つまり、彼は、勝利の攻撃的で圧倒的な力を

表したものとされます。

 

彼に捧げられた讃歌である「ヤシュト」では、ウルスラグナは、風、雄牛、

白馬、ラクダ、雄猪、十五歳の青年、鳥、雄羊、雄鹿、勇士、と十回の

変身をするとされますが、それぞれの形は、この神の活動的な力を表すと

言われています。このようにペルシャの思想では、神々は色々な形に変身

するが、その理由として、ゾロアスター教徒は、不可視(メーノーグ)の

世界のあらゆるものは可視(ゲーティーグ)の世界で形をとることができる

という信仰があったことによるとされます。

 

つまり、世界は不可視世界がもとにあって、可視世界の姿をとったとされる

のです。

 

なお、このウルスラグナに対応する神がインドではインドラですが、イン

ドラのように竜を退治する神話はありません。そのかわり、彼は人間と

悪魔の悪意を打ち負かし、虚偽者と邪悪者に罰を加えます。

 

もし彼がふさわしい供犠を受けると、彼は戦場においても勝利を与え、もし

彼がふさわしく崇拝されると、敵軍もアーリア人の国土に侵入することは

ないという。ウルスラグナは戦士の神なのです。

 

このように古代の神々の多くはインド・イラン人の伝承に属する神々で

あるが、自然現象を表すもの、また、抽象観念を表すもの、宇宙的闘争を

想起させるものなど、実に幅広い多様性があるのです。

 

そのほかに、正午の暑熱の主、あるいは始原のときの主、さらには復活の

ときの主でもあるとされるラピスヴィナという神などがあげられますが、

割愛したいと思います。

 

とはいうものの、祭式の神とされる、火の神アタール、植物の神ハオマに

ついて少しだけ触れておきますと、まず、火の神ですが、それを信仰の

中心に据えるということが、ゾロアスター教のもっともよく知られた特徴

の一つです。よって、「拝火教」という烙印がおされてきのですが、実は、

彼らはそう呼ばれるのを非常に不愉快に思っていたということです。火は、

伝統的に多面的な理解がなされてきたのです。

 

火は、インドにおいても、アグニという名で尊敬されてきました、それは

世俗的であり、同時に神聖であったのです。火は神と人間の世界を結合

する仲介者と考えられていて、アグニは、火として供物を受け、祭司と

してそれを神々に捧げる神であるとされたのです。

 

もっとも、ペルシャにおいて、アタールに関する神話は、ほとんど伝わって

いないということです。

 

さて、ハオマはゾロアスター教と、ソーマとしてヒンドゥー教の両方で伝え

られたインド・イランの神格です。ソーマは古代インドの『ヴェーダ』の

儀礼における主たる神格のひとつとされ、そこでは植物として、また神と

して登場するのです。

 

ペルシャでは、ハオマをしぼって強い興奮剤を採ったとされるが、この

植物が本来何であったかは不明のようです。ですが、この植物は、幻覚性

をもち、戦士や詩人を鼓舞すると考えられたのみならず、儀式ではその

液汁は聖化され、宗教的洞察力を与え、祭司たちを神の命令に対してより

素直になると考えられたということです。

 

また、ハオマ草は薬効をもっていたので、ハオマ神は健康と力を付与する

もの、さらには、豊かな作物と子孫の供給者と考えられたようです。

 

このように、ペルシャ人の信仰では、神々は遠くの存在ではなく、儀式の

最中、直接に出会う力のようです。神は壁に囲われた神殿ではなく、山頂

で祭られるものであったし、神々は宇宙に遍満していたのです。

 

また、アタールとハオマの性格については、神話と擬人法的比喩が用いら

れているが、ギリシャ人がゼウスを考え、ユダヤ人がヤハウェを描き、

イスラム教徒がアッラーを記述するような仕方では擬人化されていない

のです。擬人化という手法を使っても、それはまったく異なった世界だと

ということです。

 

古代ペルシャの世界像では、平坦で平和な大地があり、そこには本来、

いかなる悪も存在しなかった。しかし、この平穏な状態は悪の侵入に

より揺るがされ、宇宙的生命と同様、地上的生命をも揺るがすことに

なったとされますが、この善と悪の戦いはゾロアスター教の神話

に継承されてゆきます。

 

次回は、ゾロアスター教の神話について述べてみたいと思います。






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