善と悪のあくなき闘争-ペルシャ神話2-


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宇宙において、二つの根本的に相反する力が働くという信念、つまり、

二元論は、ゾロアスター教特有の教義です。古代アーリア(イラン)

人は、真実あるいは秩序と虚偽あるいは混沌という二つの相反する力

を信じていたとされますが、この思想がゾロアスター教に継承され、

発展していったのです。正信の徒は真実の信奉者アシャワンと呼ばれ、

邪念の徒はドルグワンと呼ばれ、後期になると、この二つの力が対立

するという観念はさらに発展してゆきます。

 

ゾロアスター教徒にとって、善を悪と関連づけること、つまり、善の世界

がアンラ・マンユ(悪魔)の創造であるというような考えを持ち出すこと

以上に大きな罪はないとされます。神と悪を合同させる以上に大きな罪は

ないのであり、善と悪は、一つの実在の違った両面ではなく、対立する

実体なのです。悪は単に善が欠けたものではなく、実体であり力であり、

両者は共存することができないのです。

 

このように善と悪、あるいは神と悪魔の対立は、ゾロアスター教のすべて

の神話、神学、哲学の基本とされますが、神の勢力と悪の勢力の観念と関係

は、具体的にはどのようになっているのでしょうか?

 

善の勢力のトップには、創造主、賢明なる主であるアフラ・マズダー(

オフルマズド)が君臨します。彼はすべてのものの父、太陽と星々の道を

定めた聖なる者、大地と天空を支える者、光明と闇黒の創造者、始原の

とき、意思によって人間と創造物を造り出した者なのです。

 

ゾロアスター教徒にとって、オフルマズドはあらゆる善性に勝り、いかなる

悪とも関わりがない。善き創造を台無しにする苦難も悪であり、神の子に

苦難をもたらしたキリスト教徒の神をも悪として非難するのです。

 

ともかく、神はあらゆる善きものの源泉であり、悪は神が統御できない

ものであるが、最終的には征服するはずのものとされるのです。

 

さて、アフラ・マズダーには、六柱の神の息子たちや娘たちがいます。

これらの神は、ウフ・マナフ(善き心)、アシャ・ワヒシュタ(最高

の天則)、スプンター・アールマティ(聖なる敬虔さ)、フシャスラ・

ワルヤ(望ましい統治)、ハルワタート(健全)、アムルタート(不死)

と称されています。これらにアフラ・マズダーを加えた七柱の神格は

独特の神族を形成し、アムシャ・スプンタ(聖なる不死者)と言われ、

ゾロアスター教の神話と儀礼において中心的な役割を果たしているのです。

 

七種の創造物のうち、人類はアフラ・マズダー自身によって守護されるが、

その他の創造物(家畜、火、大地、天空、水、植物)は上記の神々に

よって守護されるとされます。

 

それぞれのアムシャ(不死者)は、神の性質の一面を表し、人が共有できる、

あるいは共有すべき性質の一面を表します。人が共有することができない

のは、アフラ・マズダー自身の創造的で、神聖で、豊かな心がけだとされ

ます。ゾロアスター教は、人間を高く評価するけれども、ヒンドゥー教に

見られるような神と人間との究極的な合一という観念はないのです。

 

アフラ・マズダーは、アムシャ・スプンタのそれぞれを通じて祈願と称賛

を受けるが、同時に、彼らを通じて応報と罰を与えるのです。アムシャ・

スプンタは、神が人間に近づき、人間が神に近づく媒介者ということに

なります。

 

アムシャ・スプンタの詳しい説明は割愛しますが、神の第一子として生まれ

たのが、ウフ・マナフで、アフラ・マズダーの右手に座り、あたかも助言

者にように行動する存在で、世界にいる有益な動物を守護するとともに、

人間とも深く関わるとされます。

 

そして、アフラ・マズダーの左手に座るのは娘アールマティで、彼女は大地

を統括するので、家畜に牧場を与える存在とされます。しかし、彼女の真の

性格はその名のとおり「敬虔」にあります。

 

さて、ゾロアスター教では、アムシャ(不死者)だけが天上的な存在では

ありません。その他に「ヤサダ」、つまり、尊敬されるもの、祭られるもの

がいます。ヤサダは、アフラ・マズダー、そしてアムシャ(不死者)に

次いで、三番目に重視されます。ヤサダに属する神々はたくさん存在し

ますが、ゾロアスター教の暦で、月の日々が割り当てられたヤサダが当然

のことながら上位にいることになります。そして、彼らのうちでもっとも

重要なミスラやアナーヒターは、彼ら自身の讃歌を持っています。

 

主たるヤサダであるワユ、アナーヒター、ハオマ、アータル、ウルスラグナ

などは前回少し紹介しましたが、ミスラについては、別途、取り上げたいと

思います。

 

ともかく、全体的に見て、ヤサダは太陽、月、星の守護聖霊であるか、祝福、

真理、平和というような抽象的な観念の化身であるようです。

 

なお、ヤサダを多神教の神々の一柱、つまり、古代ギリシャ神話の神々の

ようなパンテオンの住人と見なすのは正しくないようです。

 

ゾロアスター教徒は、人間が取るに足りない嘆願や懺悔や供物で、偉大で

崇高なオフルマズド(アフラ・マズダー)を煩わすことができないと考え、

その代わりとして、これらの自分たちが近づきうる、彼ら自身の個人的

守護者を選択したということのようです。

 

つまり、ヤサダは、異教のパンテオンの神々ではなく、どちらかというと、

キリスト教の聖者あるいは天使に類似する存在です。

 

以上が善の勢力ということになりますが、悪の勢力についても触れて

おきたいと思います。

 

さて、悪魔の世界が恐ろしく、堕落した性質を帯びたものであることは

疑いないことだとしても、ペルシャの文献では、天上の世界のようには、

明白な言葉で描写されていないようなのです。大悪魔は、大天使のように

ぴったりとした組織のなかに組み込まれておらず、彼らは終末のとき、

天上の存在と対になって登場するので、その階級制度を再構成できる

にすぎないのです。

 

それはともかく、アンラ・マンユ(パハラヴィー語ではアフリマン)が

悪魔の集団のリーダーです。

 

後期の神話テキストでは、<アンラ・マンユ(アフリマン)は、悪魔の

なかの悪魔で、伝統的な悪魔の住居である、北方の無限の暗黒の深淵の

なかに住む。無知、有害、無秩序はアフリマンの特性である。彼は自分

の姿を変え、トカゲ、ヘビ、あるいは若者として登場できる。>

 

<彼の目的は、オフルマズドの創造を常に破壊することであり、この目的

のために彼は創造主の仕事をだめにしようと、そのあとをつけ回る。

オフルマズドが生命を創造したように、アフリマンは死を創造した。彼は

健康に代わって病気を作り出し、美に代わって醜悪を作りだした。>

 

<ゾロアスターの誕生は、悪霊にとって大打撃であった。彼はゾロアスター

を誘惑したが成功しなかった。世界の終末のとき、アフリマンはいかに

もがいても、征服され、その悪の創造は撲滅される。>とされます。

 

なお、アフリマンは実体をもたないとされます。彼は寄生虫のように、

人間や動物の体内に住むだけで、本当の実体的存在とは言えないのです。

 

また、アエーシュマという憤怒と激怒の悪魔がいます。彼は常に争いを

かきたてようとします。善の創造に対して悪を作り出すことに失敗すると、

悪魔たちの野営地の中で争いをかきたてるのです。邪悪な者の言葉に憤怒

と激怒をかきたてられ、アエーシュマは人間を攻撃するのです。

 

しかし、彼が世界を分裂させようとする仕業は、従順と献身の化身である

スラオシャ(ヤサダ神群の一柱)によって阻止される、スラオシャは最後

には、世界から怒りを取り除く、とされます。

 

その他に、悪名高いのが、三頭、六眼、三口のアジ・ダハーカという悪魔

です。彼は他の多くの悪魔よりは、よりはっきりと神話的な色彩をもって

描かれていて、その体内には無数のトカゲ、サソリその他の害虫が詰まって

いるとされ、彼を引き裂くと世界中がこのような害虫でいっぱいになると

されます。

 

とにかく、彼も色々と悪事を働くのですが、最後には、復活したクルサー

スパ(古代ペルシャの英雄神の一柱)に殺されます。

 

これら三体が、明白に記述できる悪魔の特徴ですが、他の悪魔は、名前

以外はほとんど知られていないということです。ただし、悪魔とされる

ものに、嫉妬、傲慢、昏睡、不正があります。また、しばしば言及される

悪魔に、死体の悪魔でナスと呼ばれるもの、腐敗、分解、伝染、汚穢の

魂の化身であるドルジュがいます。

 

他に悪の力として、堕落の悪魔的な女性の化身であるジャヒーがいます。

また、魔法使い、あるいは妖術師であるヤートゥは、悪の破壊力の顕現

とされます。

 

さて、多くの文化や宗教、ことに民衆文化のレベルで、清浄と汚穢の観念

と結びついた確固とした伝統がありますが、ゾロアスター教では、この

ような習慣は、善と悪についての神話的教義のなかに集成されています。

 

不浄とは、悪と接触したときの状態とされるが、その最たるものが死であり、

死体であるとされます。よって、葬式に関する浄化の法則は厳密に規定され

ていますが、その要点は、信徒の日常生活や家庭に、善と悪の宇宙的闘争を

持ち込むことにあります。なぜなら、悪の腐敗的影響が見られるところでは

どこでも、あらゆる形で悪と戦うのがゾロアスター教徒の最高の任務と

されるからです。

 

なお、ゾロアスター教徒は、一神教の多くが苦闘しなければならない課題

「神はなぜ人間に苦しむことをするにまかせるのか」という、世界の悪の

神学的問題をもたないようです。なぜなら、ゾロアスター教徒は、<神は

人間を苦しむにまかせない。悪とは、神が今は統御できないが、いつか

それに打ち勝つものである>と考えるからです。

 

さて、それでは、ゾロアスター教の創造神話を紹介しておきたいと思い

ます。

 

<無限の光明の高みに住むオフルマズドと、虚空を隔てて、暗黒の最深部

にいる悪魔アフリマンとは、直接の接触はなく、最初、両者は争いを始め

ることなく存在した。アフリマンはオフルマズドと光明を見るや、彼の

破壊的本能がオフルマズドを攻撃し、破滅させようとした。>

 

<アフリマンが破壊的性格を変えることがないのを知って、オフルマズド

は創造を開始した。彼は光明の本体から創造物のメーノーグ、すなわち

不可視的形姿を作り出した。彼は最初、アムシャ・スプンタをつくった。

それからヤサダをつくり、最後に宇宙の創造を開始した。最初は天空、

つぎに水、大地、植物、動物をつくり、最後に人間をつくった。>

 

<創造物はみな、神オフルマズドに属する。彼は母として霊的(不可視的)

世界をみごもり、父として物的(可視的)形態をとった世界を生んだと

される。アフリマンは、オオカミ、カエル、つむじ風、砂あらし、癩病など、

あらゆる悪しきものを産み出した。>

 

<物的創造は、最初つくり出されたときは、理想的な状態であった。樹木は

樹皮もトゲもなく、雄牛は月のように白く輝き、原人ガヨーマルトは、太陽

のように輝いた。しかし、この理想的な状態はアフリマンの攻撃によって

破壊される。一度は地獄に落ちたアフリマンであったが、全悪魔を率いて再び

反撃に出て、雄牛と原人ガヨーマルトを最後には殺してしまうのである。>

 

<しかし、それは善の終焉ではなかった。天空の精霊たちと人間のフラワシ

(守護霊、祖霊)の活躍により、アフリマンは投獄され世界の生命が再び花

開き始める。アフリマンの見かけ上の勝利の影に、彼の敗北の種子がひそん

でいたのである。雄牛が死ぬと、五十五種類の穀物と十二種類の薬草が牛

の四肢から成長し、牛の精液は月に行き、そこで浄化されて様々な動物を

生んだ。同じように原人が死ぬと、その精液を大地に流し込んだ。かくて、

金属でできた彼の体から大地は各種の金属を受け取った。彼の精液からは

最初の一組の人間、マシュイーとマシュヤーナクが生まれた。>

 

<生が勝ちアフリマンの創造物である死は敗北した。死からは生がより豊か

に生まれた。アフリマンは、個人を何人か殺すかもしれないが、また、誘惑

にさらされるかもしれないが、人類は全体として増え続ける。>

 

かくして、人間の住む世界は、悪の攻撃によって汚染されているものの、

基本的に善とされる。これを否定することは、ゾロアスター教の基本的罪の

一つとされるのです。ギリシャの宗教と異なって、ゾロアスター教では、

物質を不当に霊魂と比較することはなかったのであり、彼らの考えでは、

理想的な存在のためには両者が完全に調和していなければならなかった

のです。

 

なお、上記のような善と悪の闘争、つまり善悪二元論とともに、世界の

最後についての教理、すなわち終末論がゾロアスター教の中心的な要素と

言われます。

 

また、ゾロアスター教と一口でいっても、一枚岩ではなく、そこには、

オフルマズドではなく、ズルワンを最高神格とするズルワン教(ズルワン

派)やヤサダ神族の一柱であるミトラを崇拝するミトラ教(ミトラ信仰)

といった異端的な信仰を包含しています。よって、次回はそれらについて

触れてみたいと思います。

 

 
 
 
 
 
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