FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東洋の竜-「竜の起源」1-


にほんブログ村
龍の起源



竜といっても、東洋の竜と西洋の竜とでは異なっていますし、東洋に

おいても、中国の竜とインドの竜では違いがあります。また、日本の竜

といっても、竜と蛇の区別が判然としないところがあります。よって、

今回は、荒川紘氏の『龍の起源』に依拠しながら、竜とは何かを考えて

みたいと思います。

 

まず、東洋に目を向けると、中国の竜というのは、ウロコにおおわれた

蛇状の胴体に、2本の角とひげ、それに鋭い爪をもつ、我々にもなじみ

深い姿をしています。

 

それに対して、インドの竜であるナーガは、我々が目にする機会はあまり

ないのですが、その少ない図像の例は「弘法大師行状絵詞」や「神泉苑絵

巻」などに見られるようです。一見、それらはふつうの蛇のように見えます

が、コブラの竜だということです。このコブラの竜には角やひげ、足など

は認められず、現実のコブラと異なっているところは、七つの頭を持つ

とか、頭が人間だとか、擬人化されているところにあります。

 

このように、蛇の要素を共有する点で、竜とナーガは爬虫類の仲間に入れる

ことができるかもしれませんが、その姿形の隔たりは大きいと言えます。

 

ところが、仏教がインドから伝えられたとき、中国の人は、仏教に登場する

ナーガを中国土着の竜と理解したようです。インドの仏典を漢字に翻訳した

とき、ナーガを竜と訳しただけでなく、中国の仏教寺院も中国の伝統的な造形

によって飾られることになったのです。

 

そのため、中国を経由して仏教を受け入れた日本のお寺の天上などにも、

コブラのナーガではなく、中国のいかめしい竜が描かれたのです。

 

さて、中国の竜の歴史は古く、紀元前14世紀、殷の時代にはすでに「竜」

が存在していたようです。荒川紘氏は、<「竜」に相当する文字が甲骨文の

中に見いだせるのであるから、甲骨文の出現する、紀元前1300年ごろ

までには、竜の観念が生まれていたのは疑いない>と述べています。その

文字というのは、尾を巻いた蛇の胴体に角をつけた象形文字で、「竜」の

古い形であり、今日、日本で使われている「竜」はこの象形文字から作ら

れた漢字だということです。

 

なお、同じ殷代に現れる青銅器も甲骨文に劣らぬ貴重な資料で、そこに

鋳られた竜の文様は、角だけでなく目鼻が表現され、そして足が認められ

るのです。中国で竜が蛇から区別される決定的な特徴というのは、角と

この足だとされます。

 

その後、戦国時代後期には、リアルな竜が青銅器に鋳られたり、象眼され

たり、また、織物に描かれたりするようになり、秦・漢時代までには、

今日の竜のイメージが完成したようです。

 

それとともに、王権と竜の関係も強まるのですが、それによって竜の聖性

はさらに強化され、竜の相貌も威厳を増していったようです。民間の竜の

爪は、四本か三本であったが、五つの爪を持つ竜は特に神聖なものとされ、

皇帝にのみ使用が許されていて、王朝の交代はあっても、五爪の竜は清朝

の滅亡まで皇帝のシンボルでありつづけ、宮殿の装飾や皇帝の衣装の文様に

使われていたということです。

 

さて、竜の性質についても、多くのことが説かれてきました。ふつうは巨大

な生き物と見られていますが、変幻自在な動物とも考えられていました。

しかし、竜の性質のなかでも重要であるのは水との関係であるといわれます。

 

中国の竜には、水気の塊である雲がつきものであり、竜は水を呼び、雨の

因、洪水の因と考えられてきたようです。その代表的な竜が黄河の神である

河伯(かはく)であり、旱(ひでり)のときも、黄河が氾濫したときも、

河伯に牛や馬の犠牲を捧げて慈雨を求め、また、黄河が治まるのを祈った

ということです。

 

中国各地で広く行われていたのは、土で作られた竜の模型による雨乞で

あったが、後漢代に仏教が伝来すると、仏教の龍王を祀る龍王廟が設け

られ、仏教による雨乞が普及したということです。

 

なお、雨の原因は竜であっても、古代中国では、雨乞の主宰者は皇帝で

あり、干ばつに際しては、皇帝自身が河伯や天に降雨を祈願していたと

いうことです。つまり、皇帝というのは、天候や農作物の豊凶に全責任

を負うところの「雨帝」だったのです。また、竜と皇帝の結合は、天空を

飛翔する竜という観念を生んだようです。

 

ところで、中国で聖獣と見られていたのは竜だけではありません。麒麟

(きりん)や鳳凰(ほうおう)といった霊獣・霊鳥もいて、この二獣に

亀と竜を加え、もっとも神聖な生き物という意味で四霊と呼ばれるように

なりました。また、五行説が盛んになるとともに、それぞれ東・南・西・

北を守護する、青竜・朱雀(朱鳥)・白虎・玄武(蛇と亀からなる混成

動物)を四神とする思想も生まれました。

 

しかしながら、様々な聖獣・聖鳥のなかでも竜は別格で、最高の存在と

され、あらゆる動物が竜から生じたとされるのです。

 

さて、今度はインドの竜であるナーガに目を向けてみたいと思います。

 

ナーガの姿は先に触れましたように、蛇、つまり、コプラであり、中国の

竜とはその姿形がまったく異なるのですが、漢訳経典に登場する竜の長で

あるところの龍王(ラージャ・ナーガ)の性質に目を向けると、中国の竜

と同様の、雨の神、水の神とされ、水源を支配する神とも考えられていた

ようです。

 

仏教以前にさかのぼってみますと、蛇の神は仏教に特有のものではないと

いうことがわかります。仏教が興る以前にインドの支配者になっていたア

ーリア人の宗教であるバラモン教においても蛇の神アヒが登場するのです。

アヒもまたコブラの神であったことは、聖典『リグ・ヴェーダ』において

コブラに特徴的である頭巾状の首を表現しているところから、それが明ら

かです。

 

しかし、このアヒには守護神的な性格は認められず、ヴリドラ(障害物)

と呼ばれていたように、邪神・悪神と見られていたのです。アヒは世界の

水を体中に集めている存在で、アーリア人の主神インドラは、そのアヒを

殺して大地に慈雨をもたらしたというのですが、バラモン教ではアヒが雨

の神として信仰されることはなく、人々が降雨を祈願したのは、アヒを

殺したインドラであり、インドラの同盟神マルト神群であったのです。

 

そこで、さらにバラモン教以前のインダス文明の時代の宗教にまでさか

のぼってみると、インダス文字が未解読のためもあって、インダス文明の

宗教の詳細は不明ながら、それでも多数の発掘された印章の図像や彫像

からは、牡牛、男根、地母神、樹木信仰とともに蛇の信仰が存在していた

と推測されています。

 

よって、インドにおける蛇とも竜ともいえる神の歴史は次のように要約

できるのではないかと思われます。

 

<インドでは古くから蛇が信仰されていた。そこにインド・ヨーロッパ

語族のアーリア人が前1500年ごろに北西インドに侵入。インド主要部

を支配する過程で原住民に崇拝されていた蛇はアーリア人の主神であった

インドラに敵対する「障害物」と見なされるようになった。しかし、土着

の民衆のあいだには蛇の信仰はしぶとく生きていた。そして、土着の信仰

を受け入れた仏教の勃興にともなって、蛇の信仰も本来の善神としての

性格をもって宗教の表舞台にあらわれ出た。>

 

さて、仏教に遅れて登場し、衰退する仏教に代わってインドの民族宗教と

なったヒンドゥー教は、バラモン教の伝統を引き継ぎながらも、蛇につい

ては土着の蛇の信仰を取り入れたのです。ヒンドゥー教でも竜・蛇は神々

の守護神とされるのです。

 

ヒンドゥー教の最高神として位置づけられているヴィシュヌ神は、海上に

浮かぶ七頭の蛇アナンダの褥(しとね)(敷物の意)の上で瞑想する姿で

表されることが多く、宇宙の破壊者であるシヴァ神も蛇を体にまとうなど、

仏教と同様に、ヒンドゥー教においてもコブラの竜は守護神であると共に

に、豊穣の神でもあったのです。

 

仏教がインドで最後の高揚期を迎えるのは7世紀ごろですが、ヒンドゥー

教に触発されて密教なるものが誕生します。密教は呪術性と象徴性が濃厚

な、儀式重視の、現実肯定的な宗教ですが、竜・蛇に関しても、水の蛇の

思想を受け継ぎ、龍王による雨乞を儀式化したとされます。

 

なお、仏教の世界にも「非法行龍王」と称されるような、そして、ヒン

ドゥー教の世界にも、五頭の竜「カーリア」といった、ヴェーダのアヒの

性格を継ぐ悪竜はいるようですし、また、そのような邪悪な竜・蛇を食べる

とされる、蛇の天敵、巨鳥ガルダがいますが、ガルダ(中国では迦楼羅

(かるら)と音訳)は仏教に取り入れられて、竜やその他の神々とともに

仏法を守護する八部衆のひとつとされます。

 

孔雀もまた邪悪な竜・蛇を食べる鳥とされ、また、神々の聖なる乗り物と

考えられていたようで、孔雀明王として明王の地位を与えられます。孔雀

明王を本尊とする修法は、息災延命や請雨のために用いられ、その経典で

ある『孔雀王呪経』や『大孔雀明王経』がナーガによる雨乞の経典である

『大雨林請雨経』とともに空海により日本に請来されたのです。

 

以上、中国とインド、つまり、東洋の竜について見てきましたが、その

特性と関係は次のようになるのではないかと思います。

 

もともと、中国では、「海千山千」ということわざがあるように、蛇も

長く生きると竜になると考えられていた。

 

ウロコにおおわれた蛇状の胴体に、2本の角とひげ、それに鋭い爪をもつ

中国の竜と、コブラの竜としてのインドのナーガは、蛇の要素を共有する

といっても、姿形の隔たりは大きいが、それよりも、両者とも雨を恵む水

の神であったというところに共通点がある。

 

インドから仏教を介して中国に伝来したナーガは、外見は違っていても、

性格的に近い中国古来の竜と同一視され、中国では仏教に登場するナーガ

も角やひげや足を持つ中国的な竜として描かれるようになった。

 

さて、次回は西方の竜に目を向けてみたいと思います。

 


水波霊魂学バナー


 201612251040572de.jpg
   (水波一郎 著 アマゾン 発売)
 
 
 霊に関するアンケートを実施しています!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
龍
スポンサーサイト

テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。