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「転生した子どもたち」

転生した子どもたち


前回、ヴァージニア大学で、イアン・スティーヴンソン氏が開始した「前世」

研究について述べましたが、それから50年以上たった現在、どのような研究

成果が出ているのかを、スティーヴンソン氏の後継者の一人であるジム。・B・

タッカー氏の「転生した子どもたち」からピックアップしてみたいと思います。

 

まず、タッカー氏は、本書で、長期間、調査研究されてきた膨大な事例の中

から、いつかの項目に分類して、それぞれ、有力な生まれ変わりの事例を

紹介しています。

 

そして、それに対する想定できるかぎりのあらゆる解釈を、先入観を排した、

あらゆる可能性を考慮した解釈を通常的な仮説、そして超常的な仮説に分け

て検討していきます。

 

さらに、唯物論的世界観を筆頭とする様々な反論をも検討した結果して、

「最有力の事例について最も適切な解釈は、記憶や感情や体の傷痕が、時と

して、前世から来世へ持ち越される可能性があるということになるだろう。」

と結論づけています。

 

スティーヴンソン氏も「私たちが調べてきた比較的有力な事例については、

生まれ変わりが-唯一でないとしても-最も適切な解釈である」と主張

しています。

 

こうした結論に付随する他の結論および推論について、いくつか具体的な表現

を拾い上げてみると次のようになります。

 

「今や一部の物理学者たちが、意識を脳とは別のものであり、宇宙の中で重要な

働きをする実態と考えていることを考慮に入れなければならない。」

 

「前世の記憶を持つ子どもたちは特殊かもしれないので、その子どもたちが生ま

れ変わって来たとしても、他の人たちはそうではないかもしれない。たとえば、

それらの子どもたちは、この世に未練を残していたので戻って来たが、それ以外

の人たちは違うということかもしれないのだ。」

 

「生まれ変わりはふつうに起こるが、記憶がそれとともに前世から引き継がれて

いるわけではないということなのかもしれない。その場合は、ほとんど者が前世

を記憶していないとしても、誰でも前世があるということになるだろう。もし

それが事実なら、予期せざる死のような前世での要因が、来世で何らかの要因に

よって、正常な過程が疎外されてしまい、その結果として、一部の記憶が来世

まで持ち越されることになるのかもしれない。そうすると、すべての人間が生

まれ変わるとしても、私たちが集めた事例は、前世の記憶が残っているという

点で例外的ということになる。」

 

「これらの事例は、少なくともある事情から人間が生まれ変わる場合があること

を示す証拠にはなる-これは重要な結論には違いない-が、実際にすべての人が

生まれ変わることを教えてくれるわけではない。たとえ、私たち全員が生まれ変

わるとしても、記憶が残っている事例に見られるパターンが、それ以外の人たち

にそのまま当てはまるわけではないだろう。」

 

「私たちが集めた事例から、前世の記憶を来世へ持ち越す媒体が示唆されるのは

間違いない。単なる記憶や感情以上のものが死後にも存続しているように見える

のだ。」

 

「前世で体に外傷を負ったことにより、意識が大きな心的外傷を負い、その結果、

成長する胎児に影響が及び、新しい体に同じような傷が作り出されるのではないか

ということだ。それを意識と呼んでも、「心搬体」その他の用語で呼んでもかまわ

ないが、何らかの存在がなければ、このような仕組みで母斑が発生する可能性を

思い描くのは、私には難しい。その存在が、前世で受けた傷による影響を来世に

もたらすのだろう。」

 

「さまざまな事例があることを考えると、生まれ変わる際に自分の両親や生まれ

変わる場所を選ぶ人たちと、選ばない人たちがいるという可能性もある。このこと

から、誰もが生まれかわるまでの間にいくつかの決定を下しているのかどうかと

いう、もっと大きな疑問が浮かび上がってくる。」が、「私たちの事例は、実際問題

として、この重要な問題について教えてくれることがほとんどないのだ。」

 

「その結びつきが地理的なものか感情的なものかはともかく、これらの事例から、

生涯が終わった後にも人は、その生涯との結びつきをいくつか持ち越す場合が少な

くないことがわかる。それが一般に言えることなのかはわからないが、これらの

事例は、状況によってはつながりが来世に持ち越される場合のあることを示して

いる。」

 

「本書で扱った研究成果は、もしかするとカルマで説明することができるかも

しれないが、私たちが集めた事例からは、それを支持する証拠がほとんど得られ

なかったと結論せざるを得ない。」

 

「残念ながら、催眠は、現世の記憶を引き出すのに使う場合も、過去世の記憶を

引き出すのに使う場合も、極めて信頼性の乏しい方法なのだ。」

 

「生まれ変わりが起こる可能性を承知しているほうが、自分の人生の霊的側面や

他者の霊的要素を理解しやすいかもしれないが、過去世があるという可能性に

あまり注意を向けるべきではない。」

 

「私たち誰しもが霊的存在だということをいうことを完全に認めるには、生まれ

変わり研究について知る以上のことがわからなければならないのは確かだろうが、

そのことがわかれば、人間はもっと霊的な生活のしかたを探し求めるようになる

かもしれない。」

 

「感情の重荷を前世から来世まで引きずるという考えかたは不愉快かもしれない

が、その対応のために複数の生涯を送ることが予測されれば、最終的には、私たち

にわかる以上の問題が解消できることになるのではないだろうか。」

 

「何度も生まれ変わりを繰り返したところで、完璧な人間になることまでは期待

すべきでないが、進歩するために何度も生涯を繰り返せば、その目標に近づける

のは確かだろう。」

 

以上の結論および推論を眺めてみると、隔靴掻痒の感じで、物足りない印象を受け

るかもしれませんが、逆に、このような、どちらかといえば、科学的な研究に不向

きな特殊な対象の研究の限界というものをよくわきまえていると考えることができ

るのではないでしょうか。

 

とにかく、この生まれ変わりの問題は、人間の本質に関わる非常に奥の深い、

それゆえ、最も興味深いテーマの一つであり、さらに研究が深まることを

期待したいものです。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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