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神道の可能性


古代から来た未来人


折口信夫は、神道学者でもありました。独自の「神」観を展開してきた彼は、

中沢新一氏によると、太平洋戦争の敗北をきっかけにして、日本の神道が歴史

の中でたどってきた発達の道は、果たして正しいものだったのだろうか?

日本人の土着的な信仰から成長してきた神道は、ことによると自分の中に潜在

している可能性を抑圧することによって、のびのびとした自生的展開をとげて

こなかったのではないだろうか?このような大きな問いを自分に課すことに

なったというのです。

 

そこで、折口信夫は私は思ふ。神道は宗教である。だが極めて茫漠たる

未成立の宗教だと思ふ。宗教体系を待つこと久しい、神話であったと思ふ。

だから美しい詩であった。其詩の暗示してゐた象徴をとりあげて、具体化

しようとした人が、今までなかったのである。として、「神道の宗教化」

を主張します。

 

しかし、宗教の組織化というのは、どこの世界でも国家の成立というもの

と一緒に起こっているものであり、中沢新一氏によると、それは民族の

自然智の茫漠たる集合体に、深刻な改造を加えることになる。もっと

はっきり言えば、民族の自然智の茫漠たる集合体である折口的な「神道」

は、宗教となった瞬間に、死んでしまう性質を持つものなのだ。』という

ことであり、一体、折口は、何を言おうとしていていたのかということ

になります。

 

どうも、折口は、『つまり神によって体の中に結合せられた魂が、だんだん

発育して来る、その聖なる技術を行う神が、つまり高皇産霊神・神皇産霊

神、即ちむすびの神であります。つまり、霊魂を与えるとともに、肉体と

霊魂との間に、生命を生じさせる、そういう力を持った神の信仰を神道教

の出発点に持っております。』と述べ、来るべき神道は、「むすび」の概念

によって新しく組織化されなければならないと考えていたようです。

 

むすびの神とは、存在の奥底で、たえまない働きをおこないながら、宇宙

と生命をつくりなしている。それなのに、存在のいちばん深い仕組みを

作り出した後は、隠れて見えなくなってしまうという不思議な神です。

 

中沢新一氏は、折口信夫は宗教としての神道は、このようなムスビの神を

おおもとの場所にすえて、もう一度つくりなおさねばならないと考えた。

これはまったく天才的な着想だと、私は思う。なぜなら、このような内部

構造をもつムスビの神は、そこから経済や道徳や社会の領域へと腕を伸ばし

ていき、宗教を超えた大きな働きをおこなうようになるからである。・・・

もしそれができるようになれば、日本人の自然智である神道は、たんなる

宗教としてのありかたを超えて、つぎの時代の知性の導き手となることが

できるかもしれないのである。」とその未来への可能性を非常に高く評価
しています。



 
 
 
 
 
 
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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