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「生命観を問いなおす-エコロジーから脳死まで-」

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生命観を問いなおす 

 

森岡正博氏は、80年代になると、アメリカを中心としてディープエコロジーの


思想が興隆し、これと並行して、日本では生命主義とでも呼ぶべき思想が独特の


展開をしてきたのだと述べています。


 


行き詰まった現代の文明を打開するために、「自然」や「生命」を、もう一度


深く考え直さなければならないという流れがアメリカと日本で同時に起きた』


というのです。


 


まず、ディープエコロジーとは、アメリカの伝統的な自然保護思想を背景として


1960年代~70年代のエコロジー運動や反体制運動の影響を強く受けて


成立した独特の環境思想です。


 


ディープエコロジーの思想家たちは、地球と「私」とを連続したものとして考え、


地球の危機を救うためには私たち自身が変わらなければならないという発想を


しています。だから、従来の、「環境危機が大変な問題になっている。これ以上、


汚染が進み、資源が枯渇すると、先進国に住む人々の生活は大変なことになる。


だから、なんとしてもこれらを解決しなければならない。」というような発想を


するエコロジーは、浅いエコロジーだと言います。


 


最初にディープエコロジーという言葉を提唱したのは、ノルウェーの哲学者、


アルネ・ネスだと言われていますが、彼は浅いエコロジーにとどまっていては


ならない、環境問題を生みだした根本原因にまでさかのぼって事態に対処する


「深いエコロジー」必要だとして、管理ではなく、脱中心化、人間中心主義で


はなく、生命圏平等主義を掲げ、実践的な環境哲学として現代文明の批判を


行っていきます。


 


80年代に入ると、ディープエコロジーは、次第に大きな流れに形成して


ゆきます。まずは、自己の探求や瞑想などを行い、誤った近代的な世界観を


捨て去ること。そのかわり、有機的な生命世界のなかに織り込まれて存在して


いる真の自己あり方に目覚めること。そして、生活をエコロジカルなものに


改め、調和のとれた世界を実現してゆくための直接行動を訴えます。つまり、


「自己実現」と「生命中心主義的平等」が、ディープエコロジーの二大目標と


いうことになります。


 


次に、生命主義の思潮とは何かというと、「生命」をキーワードにして、


人間社会や宇宙を見てゆこうとする考え方です。


 


我が国において、生命を深く問い直すことで、現代社会の諸問題を解決する


糸口が見つかる。生命を再評価することで、近代文明のパラダイムを脱出する


ことができるという考え方がまとまってあらわれてきたというのです。


 


森岡氏によると、それは、欧米で流行した文化や思想の単なる輸入では説明し


きれないものをはらんでいたということです。


 


80年代の「生命」に関する言説の主なものをピックアップすると、まず、


「生命倫理」があります。森岡氏は、「生命倫理は、80年代日本の文化史


の重大事件でした」と述べていますが、どうも、生命倫理というパラダイム


は、医療や科学研究の現場をもっと近代市民社会化してゆこうとするもので、


近代のパラダイムを超えてゆこうとする「生命主義」が育たなかったよう


です。(ただし、例外的に脳死論の中に、生命主義的な考え方の萌芽あった


ようですが。)


 


次の登場するのは、「ニューサイエンス」です。アメリカ西海岸に端を発した


ニューエイジ運動の波は日本にも及び、「ニューサイエンス」と翻訳されて定着


し、我が国の知識人や学生たちに大きな影響を与えたと言われています。


 


「ニューサイエンス」とは何だったのかという問いに対し、森岡氏は、無理を


承知でと前置きしたうえで、<近代科学の機械論、還元主義、主客二元論を


捨て、ものごとの関係性を重視した、ホリスティックな世界観へとパラダイム


シフトし、東洋の知恵に従って意識を変革し、地球と調和してエコロジカルな


生を送ることで、我々は新しい次元へと至ることができる。>これが、ニュー


サイエンスのメッセージだったと思います。』と述べています。


 


しかし、ニューサイエンス80年代後半から90年代に到ると下火になって


いったようです。そして、日本のニューサイエンスは、ひとつは、気というもの


を探求してゆく流れと、もうひとつは、エコロジー思想、運動への流れに分派


していったということです。


 


以上が、森岡氏の言う、80年代のディープエコロジーとその日本版である生命


主義の大雑把な展開過程ですが、では、あとから振り返ってみると、これらは、


いったい何だったのかが問われなければなりません。


 


森岡氏は、80年代に再発見された生命主義は、ニューサイエンスなどと結び


ついて、「反近代」や「脱近代科学」のキーワードにもなりました。「生命」に


こだわってゆくことで、この矛盾にみちた「近代文明」をのりこえることが


できる。この不完全な「近代科学」のパラダイムをのりこえることができる。


そういう夢を、私たちに与えてくれました。』と一定の評価をしながらも、


そこには、大きな問題点が潜んでいたと述べています。


 


森岡氏は、ほとんどのディープエコロジーや生命主義の思想において、『生命」


「自然」というと、すぐに「調和」とか「共生」とか言って、そこで思考を


ストップさせているものがいかに多いことか。』『そういうロマン主義は、私


たちの知性をにぶらせます。』ロマン主義は、「生命」や「自然」こそが、


大いなる悪の根源であることを見つめようとしません。』だから、ディープ


エコロジーや生命主義が、本当の意味での文明批判の思想として開花する


ためには、それがもっているロマン主義に、一度、はっきり死んでもら


わなければならないと思うのです。と断言しています。


 


しかし、森岡氏は、80年代生命主義のいくつかは、単なるロマン主義を超え


た地平へとしっかりと根をおろしていたとも述べ、鳥山敏子氏の「いのち」の


教育の例をあげています。「生きるということは、生きているものを食べる


ことです!食べるということは、生きているものを殺すということです!殺し


て自分のいのちにしてしまうことです!」と言う鳥山氏のいのち論は、生命論


にこういう境地を切り開いた点で、高く評価されるべきであり、80年代生命


主義の最高の成果のひとつだと賞賛しています。


 


エピローグで、森岡氏は、『『私は、ロマン主義的な傾向のある言説を、あまり


にも執拗に批判しすぎたかもしれません。しかし、これは、私自身が経験して


きた過ちに対する、苦い経験でもあるのです。』という自戒の上に立って、


「生命」とは、「調和」とか「共生」などの美しい言葉だけで捉えきれるよう


な、単純なものではありません。「生命」を捉え、考えてゆくとは、「生命」の


奥底にあるその本質にまでさかのぼり、そこに内在する様々な矛盾や、葛藤や、


妥協や、悪や、愛などをつかみとってゆく作業なのです。』「私たちはいったん


生命の奥底まで降りていって、そこにひそむ生命の本質をあらゆる角度から


解明しなければなりません。そのうえで、「どうして生命は、他の生命を犠牲


にしようとするのだろうか」「それにもかかわらずどうして生命は、他の生命


や自然と調和したいと願うのだろうか」という疑問を、ひとつひとつ考え


ぬいてゆく必要があるのです。』『これが、今の私が考えている「生命学」


のスタート地点です。と結んでいます。


 


ところで、それからもう20年ほど経過しています。森岡氏の生命学は、


その後、いかに展開されていったかについては、後日、触れてみたいと


思います。




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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性
ジャンル : 心と身体

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