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「ミトラの密儀」1



ミトラの密儀




ミトラ(ミトラス)教は、紀元前1世紀から紀元前5世紀までローマ帝国で信奉


された密儀宗教とされています。


 


元来は、ペルシャ(イラン)の神であったミトラを主神とし、1世紀後半、主に


軍人によってもたらされ、下層階級の人々を中心に栄えたという。


 


キリスト教が広まる以前のローマ帝国で最もさかんになり、一時、キリスト教


勢力に匹敵するほどであったが、四世紀のミラノ勅令以後に衰退したという


ことです。


 


さて主神のミトラ(ミトラス)ですが、その起源は古く、ペルシャ(イラン)人


の祖先たちがアーリア人としてインド人の祖先たちとまだ一つであった遠い


昔に遡ります。イラン、インド両地域のおいて重要な神であったが、特に


「リグ・ヴェーダ」では、アーディティア神群の一柱であり、呪術的な


至上神ヴァルナと対をなす契約、約束の神であったそうです。


 


しかし、その後、ゾロアスター(ザラスシュトラ)の宗教改革により、ミトラは、


格下げされて、古くからの自然神たちの大多数とともに一群の精霊たち、即ち、


アフラマズダーによって創造されたヤサダ(諸神霊)の一柱とされてしまいます。


 


ところが、著者のF・キュモンによると、ミトラはゾロアスター教の神学体系に


組み込まれ、神々の位階にしかるべき地位を与えられ、完全な正統派への仲間入り


を成し遂げたが、それだけにとどまらず、聖典にはより古い観念の痕跡が見出され


るという。それによると、ミトラはペルシャ(イラン)の神々の中でははるかに


高い位置を占めており、ゾロアスター教の祈祷文で幾度もアフラマズダーと名を


連ねているということです。


 


つまり、この二柱の神は、その神性を見ると、天の光と、輝く天として分かち難く


対をなしているとしています。他の箇所では、アフラマズダーは他の被造物と同じ


ようにミトラをも創ったと言われているとしても、前者は後者を自分と同じくらい


偉大なものとしたというのです。


 


ミルチア・エリアーデも「世界宗教史」のなかで、ミスラ(ミトラ)神の台頭に


ついて触れています。「私が広き牧地の主であるミスラを創ったとき、私は彼を、


私に劣らず祭られるべき、讃えられるべき者として創った」というミスラを


称える長文の讃歌『ミフル・ヤシュト』を紹介しながら、『ミフル・ヤシュト』


は、ザラスシュトラの改革以前にミスラが保持していた高位にミスラが返り


咲くことについて語り、それを正当化していると述べています。


 


やがて、ゾロアスター教は、西方に広まっていくにつれ、異なったタイプの


諸宗教に出会い、その影響を受け、重層化していきます。


 


その中で、特筆すべきことは、バビロニアのカルデア人の天文学、占星術と


の遭遇であったようです。マズダー(ゾロアスター)教の神学は明確な教義


の体系というよりは、むしろ伝承の寄せ集めであり、カルデア人の長期に


わたる科学的観測の膨大な成果である占星術がイラン人たちの自然崇拝的


な神話に重ね合わされることになります。


 


また、そのときにマゴスという神官たちが果たした役割は大きいとされて


います。彼らは、エリアーデによると、メディア帝国に時代には、バラモン


に匹敵するような司祭カーストであり、アケメネス朝のもとでは、聖職者


階級の典型であった述べており、彼らの博学で組織的な神学がマズダー


(ゾロアスター)教の上にかぶさったようです。


 


F・キュモンは、バビロニアがマズダー(ゾロアスター)教に導入した最大の


教義は運勢に対する信仰であり、地上の出来事を操り、星のちりばめられた


天の公転と結びつけられた不可避の運命という観念であった。運命は「ズル


ワーン」と同一視され、すべてを生み出して宇宙を支配する至高存在となる、


と述べています。


 


こうして、アケメネス朝ペルシャにおいては、ゾロアスター教が国教の位置


を獲得したということですが、その内実を見ると、上記のような事情が反映


されてか、ゾロアスター教とはいうものの、アフラマズダーの教えに従うと


いうより、三柱のアフラの教えに従うという、折衷的な様相を呈していたと


いう説が見受けられます。


 


それは、古代イランの三神、マズダー、ミトラ、女神アナーヒターとバビ


ロニアの三天体神、シャマシュ(太陽)、イシュタル(金星)、マルドゥク


(木星)を重ね合わせたもので、そのなかに、いわば、マズダー派(新派)、


ミトラ派(古派)、そして、ズルワーンを原初の創造者たる神として奉ずる


ズルワーン派が混在していたというものです。


 


そして、マケドニアのアレクサンドロス大王の東方大遠征によってアケメネス朝


は滅び、ギリシャ人王朝であるセレウコス朝が成立し、ペルシャ系のアルサケス


朝パルティアと続くなかで、ヘレニズムの影響が濃厚になり、ゾロアスター教は


さらに変質していきます。


 


アフラマズダーは、至高の存在ゼウスと混同され、牡牛が捧げられたアナー


ヒターは牡牛を追うアルテミスとなり、ミトラはすでにバビロニアでシャマシュ


と対等のものとみなされていたが、ヘリオス(アポロン)と結びつけられたと


いう。


 


また、ゾロアスター教そのものは、元来は寺院や偶像崇拝を認めなかったが、


ギリシャ的な偶像化によって、ペルシャの神々の性格についての考え方が変化


させられ、西方の人々にいっそう容易に受け入れられるようになったという


ことです。


 


F・キュモンによると、ミトラ(ミトラス)教の形成に対するギリシャ哲学の


影響は深刻なものがあるが、しかし、ミトラ教が最後まで基本的にペルシャ


の儀式を保存することを妨げなかったとしています。


 


キュモンは、「ミトラ教を構成する諸部分を分析してみると、それはまるで


土壌の地質学的断面のように、徐々に積もった土層から成るこうした堆積土


の層位を示している。この宗教の基盤、すなわちその下位にあって最初の層


をなすのは、古代イランの信仰であり、ミトラ教はそこに起源を発している。


このマズダー教という下層の上にはバビロニアにおけるセム系の教義の厚い


沈殿層が積もっている。次には、その上に小アジアでの地方的信仰が幾つかの


沖積層を付け加えた。最後に、ギリシャ思想という濃密な植物群がこの肥沃な


土の上に生長し、部分的には我々の探究からその本来の性質を覆い隠している。」


と述べています。


 


かくして、アルサケス朝パルティアにおいて、『アヴェスター』が聖典として


文書化され、ゾロアスター教の公式教義がほぼ確定したとされているものの、


パルティアでは「契約」の神ミスラ(ミトラ)が重視されたと考えられ、


パルティア王国および周辺のバクトリア王国、ポントス王国、アルメニア王国、


カッパドキア王国、コマゲネ王国の宗教は、もう、ゾロアスター教というより


は「ミスラ(ミトラ)教」と称すべきものに変質したのではないかと言われて


います。


 


次回は、ローマでのミトラス(ミトラ)教の展開を追ってみたいと思います。


 


 


















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